第4話 弔いの晩餐
結局、休憩を取る暇もなく晩餐の時間になってしまった。
あれから、リュシオンの幽霊は本当にずっと私の周りを彷徨いている。
晩餐に出席している親族と私が会話をするたびに、
『この人は叔父さん。こう見えて小鳥の世話が趣味』
『こいつは又従弟。女好きでいま面倒くさいことになってる』
とリュシオンがどうでもいい情報を交えて紹介してくるので、肝心の会話が全く頭に入らない。
神妙な表情を取り繕うだけで必死だった。
しかもだんだん飽きてきたのか、今度は身体があったら絶対にできないような行動をして遊び始めた。
『おお、全部すり抜ける。テーブルの真ん中からみんなの顔見るのってヘンな感じだな!』
テーブルからゆっくり生えてくるのやめて、笑う。
なんとか黙らせてやろうと、私は自分から親戚一同に向けて話を振った。
「私は急遽こちらへ参りましたので、英雄であるリュシオン様の素顔については知らないことばかりです。ご親族の皆様から見て、どのようなお方だったのでしょうか?」
真っ先に反応したのは、クライブだった。
「兄は天才です。どんな不利な戦場にも果敢に飛び込んでいって、一人で戦況をひっくり返してしまいます。勇猛で、魔族には一欠片の容赦もない苛烈さで圧倒します。兄こそ英雄の名に相応しい」
クライブの側に寝そべるような格好で浮かびながら、ウンウンと得意そうに頷いているリュシオンを、私はなるべく見ないようにした。
勇猛とか苛烈とかいう言葉の意味を辞書で引きたくなってくる。
「もー、クライブ兄さんはリュシー兄さんに夢見すぎー」
そこで、クライブの隣にいた彼らの妹、伯爵家の末っ子ミーシアが、間延びした声で口を挟んだ。
葬儀の際の礼服から着替えたミーシアは、派手なピンク色に染めた長い髪を結わずに垂らし、ブラウスは胸まで大きくボタンを開けている。
豊満な谷間がのぞいていて、正面にいる私は正直目のやり場に困る。
見るからにピシッとしていて真面目そうなクライブとは正反対の妹だ。
ちなみにクライブが二十歳、ミーシアは十八歳だという。
「リュシー兄さんはー、ただの変人よー。魔法で魔族をぶっ飛ばすのがー、好きなだけなんだからー」
ミーシアは独特の間延びした口調で、異常に細かく肉料理を刻みながら続けた。
「魔法学院の子たちにー、リュシー兄さんなんて呼ばれてたか知ってるー? クライブ兄さんはリュシー兄さん大好きだからー、みんな耳に入れないようにしてたけどー」
「あだ名なんてあったのか。何と呼ばれていたんだ?」
クライブが尋ねる横で、リュシオンも興味深そうに聞き耳を立てていた。
「“アシダカ様”よー」
「アシダカ? どういう意味だ?」
私はすぐにピンと来たが、綺麗なお屋敷に住んでいるクライブは知らないようだ。
「アシダカグモー。家の中の害虫を食べ尽くしたらー、獲物を求めてさっさと次の家に行くー、超つよいクモよー」
『おい、言うに事欠いて、この俺を虫けら呼ばわりとはいい度胸だな! 誰だそんなこと言った奴! 連れてこい!』
しまった、余計にうるさくなった。
魔族を倒し尽くして戦場を渡り歩く姿は、まさにそのままだと思うが。
「しかもー、結局死ぬまで童貞だったしー」
『うるさい、今言うことじゃないだろうが!』
突然のデリケートな暴露話に、私は噎せそうになるところをなんとか耐えた。
クライブも似たような反応で、引きつった顔をして妹に言う。
「そ、それはわからないんじゃないか? 僕たちに話さなかっただけで、どこかでそういう仲の相手が居ても……」
「でもー、リュシー兄さんの魔力ー、そーゆー“混じりっけ”なかったよー?」
「そ、そうなのか……」
『ああくそ、これだから感知が得意な奴は!』
リュシオンが大騒ぎしているが、もちろんミーシアの耳には届かない。
彼女は気が済むまで細かく刻んだ肉を、今度はフォークで刺せる限界までいくつも刺しながら、 視線を私の方によこした。
「せっかく“奥さん”もらったんだからー、そういうのもちゃんとー、知ってもらったほうがいいよねー?」
『いいか、別にモテなかった訳じゃないぞ。言い寄ってくる女は山ほど居たんだ。俺に相応しい女が居なかっただけだ。いいな!?』
「あ、あはは……」
もう笑って流すしかなかった。
「ミーシア、はしたないですよ」
見かねた伯爵夫人が嗜めると、ミーシアは黙って、フォークにみっしりと刺した肉を一口で頬張った。
すらりと細く美しく優雅で、ともすれば近寄りがたい印象すらある伯爵夫人。リュシオンとミーシアはどちらかと言えば母親似だろう。
だが、実際は穏やかで親しみやすい距離感の女性であることを、昨日からの交流で私は知っている。
「ごめんなさいね。末っ子だからと甘やかして育ててしまって」
「い、いえ。リュシオン様は、ご弟妹ともとても仲が良かったようですね」
「そうね……素っ気ないところもあったけれど、家族思いで、責任感が強くて……本当に良い子だったわ」
食堂の壁際、花や供え物と共に飾られていた肖像画を見つめて、伯爵夫人は涙ぐみながら言った。
リュシオンはむすっとして、『いつまでも小さいガキみたいな言い方するな、何歳だと思ってるんだ』とブツブツ文句を言っているが、親にとっての我が子など、きっといつまでもそういうものだ。
隣に座る伯爵もまた、痛みに耐える表情で、妻の涙を見守っていた。
クライブが年をとったらこうなるだろうな、といった雰囲気の、厳格そうな家長だ。
ジェイム伯爵家は魔法使いの名門。一族のほとんどが魔法使いとして育てられ、王都の魔法学院を卒業している。
しかしこの伯爵は、優秀過ぎて魔法学院の課程を飛び級で終えてしまい、領主後継者として見識と人脈を広げるために、王立学園に転入したという経歴の持ち主だ。
それがなければ私の父と知り合うこともなかったし、今私がここに居ることもなかっただろう。
伯爵は穏やかに、今回の冥婚に至った経緯を語ってくれた。
「リュシオンは幼い頃から才能に溢れた息子だった。しかし、成人とほぼ同時にこの家を飛び出し、己の使命を魔族討伐と定めた。それ以来、活躍を誇らしく思う一方、親らしいことは何もしてやれなかったのだ。せめて最期くらいは、家族の温もりの中で見送ってやりたいと、この度モニカさんに冥婚をお願いした次第だ」
今どき冥婚を依頼する家など、しきたりにうるさいか、見栄を張りたい家くらいだと思っていたが、この一家は全員が、本気でリュシオンのことを想っているようだ。
伯爵は温かく微笑んで言った。
「私も妻も、あなたが誠実な女性であることに感激している。今日から一ヶ月間、どうか我々と共に、リュシオンを弔ってほしい」
「はい。誠心誠意、お勤めを果たします」
私が頭を下げると、頭上でリュシオン本人がフンと鼻を鳴らすのが聞こえた。
いったいどんな表情で聞いているのかは、この目で見ることができなかった。
しばらくの間、沈黙が場を支配する。
しかし、肉を飲み込んだミーシアが再び口を開いて、その沈黙を破った。
「リュシー兄さんはおバカよー。背負わなくていいもの背負ってー……いつまでも伯爵継がずにぷらぷらしてー……自分から危ない所に首突っ込んでー……誰も頼んでないのにー……」
プチプチと細かい肉の欠片を刺していくミーシアの声は、さっきまでとはうって代わり、震えていた。
「結局自分の命縮めてぇー…………ちゃんとした恋もしないでぇーー………!」
とうとう手を止めると、ミーシアは本格的に泣き始めた。
「リュシー兄さんのバカぁーーー……!」
取り繕うこともなく、大声で慟哭を上げるミーシア。
クライブも鼻を啜りながら妹の背に手を置くと、ミーシアはますます激しくしゃくり上げた。
つられて泣き出す親族たちの声が、食堂に染み渡っていく。
そんな親族たちの頭上で、リュシオンは腕組みをして黙り込んだまま、ただ静かに浮かんでいた。
その後も涙が引かなかったミーシアは、そのままクライブに連れられて部屋に下がり、やがて晩餐も静かにお開きとなった。
私は、リュシオンの幽霊が見えることを伯爵家の家族に明かそうと思っていた。
しかし、外様の客人である私が、親族の見送りで忙しくしている伯爵夫妻に話しかけられるタイミングがなかなか見つからない。
結局、この夜は伝えることができなかった。




