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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第31話 生きたい




『今から八年前、妹のルチアナが魔族に殺された。当時俺は十九歳で、妹は十七歳だった』


 これまで何度か耳にしてきた、妹の話だ。

 私は黙って続きを待つ。


『小さい頃から仲が良くて、可愛い妹だったよ。クライブたちほど歳が離れていなかったから、本当はガキっぽい俺の性格もちゃんとわかってて、俺はいつもあいつに頭が上がらなかった』


 リュシオンは懐かしそうに語る。


『魔法使いとしては平凡だったが、手芸が趣味でな。装飾品の作り方を教わったのもあいつからだ。……大人になってから暇潰しに、魔道具に応用してみたんだが、どうしてもあいつが好んで作っていたようなデザインばかりになってしまう。技術では勝てても、独創性ってやつは完敗だ』


 自虐的に言うリュシオンだが、亡き妹の手を思い出しながら黙々と魔道具を作るリュシオンの姿を想像すると、まるで鎮魂の祈りを捧げるようだと私は思った。


『そんな妹も年頃になり結婚が決まって、嫁ぎ先の領地へ旅をしていた途中だった。運悪く、付近で発生した群れに襲撃され、魔族に喰い殺されたんだ』

「……!」


 あまりの事実に、私は息を飲んだ。


 ずっと一緒に過ごしてわかったが、伯爵家の家族の絆はとても強い。

 大切な娘が花嫁として嫁ぐ途上で、その未来が無残にも奪われたリュシオンたち家族の悲しみは、想像するに余りある。


 同時に、リュシオンの死に際して、冥婚という弔い方を選択した家族の本当の想いも、不意に理解できた。


 妹が掴めなかった、新しい家族を得る幸せを、既存の制度を利用してリュシオンには与えることができる。

 楽園への旅路に、形だけでもその幸せを握らせてやりたいと思うのは、家族として自然なことだろう。


 過去を見つめるリュシオンの話は、淡々と続く。


『それまで天才だと褒めそやされて、まあそこそこ調子に乗っていた俺は、その知らせを聞いて絶望したんだ。どんなに高みに昇ろうと、大事な家族一人すら救えなかった自分の無能さに』


 リュシオンはなにも悪くない。悪いのはすべて魔族だ。

 それでも、この優しい人は、その悲劇を自分事として背負ってしまった。


『それからはもう、のうのうと今までどおりに生きていることなんてできなかった。魔族への憎しみだけが俺を突き動かした。家族も、後継者の立場も、当時いた婚約者も全部捨ててこの家を飛び出した。……あとは、お前も知ってのとおりだ』


 重く、そして空虚なリュシオンの過去。

 私は何も言えないまま、また泣いた。


 魔族を狩り尽くす流浪の英雄。

 尊敬と畏怖をもって語られるそんな彼の正体は、後悔と悲しみを抱えて自罰的に戦場を彷徨う、ただの孤独な青年の亡霊だったのだ。


 リュシオンが透けた手を回して、涙を拭おうとするように私の頬に触れる。

 耳元で照れくさそうに『泣くなよ』と囁くと、小さく笑った。


『いつか、自分もどこかの戦場で野垂れ死ぬんだろうと思っていた。自分の命なんか、杖と同じで使い捨てだ。族長にやられて、自分の身体を燃やしたあの時も、一泡吹かせてやった、くらいに思っていたんだ。……だが、今は違う』


 断言したリュシオンが、触れられない腕で、さらに固く私を抱きしめる気配を感じた。


『モニカ、俺から離れるな。……離れないでくれ』


 耳元で、リュシオンの声が熱く響く。


『今の俺は、実はかなり面倒な状況になっているんだが……何があっても絶対にお前を守り抜くと約束する。だから、どうか俺を助けてほしい。俺は、“一緒に生きたい”んだ……お前と、一緒に』


 彼の態度はもう、からかい混じりの夫婦ごっこではなかった。


 その言葉を咀嚼した私の中に、真っ先に浮かび上がったのは、驚きでも戸惑いでもなく、深い喜びだった。


 彼は死者ではない。

 リュシオンは、“生きている”。

 生きようとしてくれている。

 私と共に。


 ただそれだけで、嬉しかった。


 リュシオンから注がれた熱が染み込むように広がり、私の胸の鼓動を早くする。


 きっかけはお金目当てで、その後は仕事を全うしたいだけの義務感で。

 打算と自分の都合まみれの冥婚生活だったのに、いつの間にこんなに、彼に惹かれてしまっていたのだろう。


 もう後戻りできないし、したくない。

 彼の力になりたい。


 彼が今どのような理屈で生きているのか、まだまったく理解できていない。

 私に何ができるのかもわからない。


 それでも、この鼓動が、この熱こそが、私の答えだと思った。


 ——モニカ。幸せになってね。


 母の言葉が今、私の中で新しい意味を持った。


 ……しかし。

 こういうことに自分は無縁だと思っていたので、こんな時に、どう返事をすればいいのかまでは知らない。

 感情とは裏腹に、頭の中は真っ白だ。


 浮かんでくるのは、普段通りの可愛げのない言葉だけ。

 こんな私で本当にいいのだろうか。


 私はリュシオンを振り向いた。

 せめて気持ちだけは伝えたいと、精一杯微笑んで。


「……はい。最初に、そう誓いましたからね」


 至近距離で目が合ったリュシオンは……案の定、呆れた顔をした。


『お前なぁ、こういう時はもっとこう……』

「……やっぱり、違いましたか?」

『いや、そういうとこがイイんだけどな? 笑った顔可愛いし……』


 ボソリと囁かれて、その内容にまた頬が熱くなる。

 私の反応に気を良くしたのか、リュシオンはにやりと口の端を上げた。


『まあ、すぐに素直にさせてやるさ。覚悟しろよ。俺は、お前のそういうお固くて真面目な顔が崩れるくらい、滅茶苦茶に甘やかしてやりたくて堪らないんだ』


 感情をそのまま溶かし込んだようなその視線に、今まで感じたことがなかった色気を感じ、私の背筋はゾクリと粟立った。


『そのためにも……取られたものは全部、取り返さないとな』


 リュシオンの声が、強い意志を宿す。

 真剣になった彼の様子に、私の頭も冷静さを取り戻してきた。


 同時に、先程からずっと、背後から抱きしめられた格好のままでいることにも気付いて気恥ずかしくなる。


「リュシオン様、その……」

『リュシオン』

「え?」

『様なんていらないから、名前で呼んでくれ。お前にはそう呼ばれたい』

「ええと……わかりました」


 しかしリュシオンがあまりにも自然体で、そこから動こうとしないので、そこに突っ込みを入れるのは保留しておくことにした。

 恥ずかしいが、どうせ誰にも見えないし、もう少しこのままでも問題ない。たぶん。


「それで、リュシオン。まだ状況の全貌が見えていないのですが……取り返すということは、あなたは確かにまだ生存していて、身体を取り戻す算段があるということですよね?」

『本当は敬語もいらないんだが……ああ、そうだ』


 リュシオンは肯定したが、墓に埋葬された身体はボロボロで、持ち去られた首はとっくに魔族に食われているはずだ。


「言いにくいのですが……あんな状態の身体を呪いから解放したところで、その瞬間にもう一度、本当に死んでしまうのではないでしょうか?」

『ああ成る程。お前たちはそっちで解釈したんだな。残念だが、惜しい』


 教え子の回答を採点する教師の口振りで、リュシオンは答えた。


「惜しい? そっち……?」

『面倒な状況、その一、だ』


 リュシオンは私の目の前で、ぴんと人差し指を立てる。


『実は、俺の……』

「モニカさーん!」


 リュシオンが言いかけた所で、透けた指の向こう側に、こちらへ駆けてくるクライブの姿が見えた。




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