第3話 幽霊な旦那様
聖堂での葬儀が終わり、遺体の棺は伯爵家の屋敷に運ばれた。
敷地の外れには、伯爵家の一族が眠る墓地がある。
そこに用意された真新しい墓に、親族の手でリュシオンの棺も埋められた。
無事に葬儀のすべての行程が終了し、伯爵家の人々の間には、どこか安心したような、緊張がほどけた空気が漂っていた。
これから、弔いの晩餐まで少し時間があるので、各自部屋に戻って休憩することになった。
屋敷へ戻る家族の後ろをついて行こうとしたその時、私ははたと気がついた。
少し離れた位置から、伯爵家の一同の背をじっと眺めて佇む人物がいることに。
そして、それが、“絶対にあり得ない人物”であることに。
混乱で言葉を失って立ち尽くし、その人物を見つめていると、やがて相手も私の視線に気がついた。
最初は訝しそうにキョロキョロと後ろを確かめたりしていたが、私の視線がしっかり自分を捉えていることを把握すると、驚愕の表情で私を見返してきた。
やがて、彼は自分を指さしながら言った。
『あんた……俺が見えるのか!?』
私が震えながら頷くと、その人物——肖像画で見たままの姿の英雄リュシオンその人は、透けた身体で私の目の前まですっ飛んできた。
なにこれこわい。
私の目の前まで来た彼は、地面から僅かにフワフワと浮いていた。
よく見れば、肖像画と比べて服装はだいぶ簡素で、貴族とは思えない生成りのシャツに、旅人風のベストとブーツという出で立ち。草臥れた魔法使いのローブはマントのように肩に羽織っているだけだ。
戦場で没した当時の姿なのだろうか。杖も持っていない。
絵では凛々しく引き締まっていた表情は、焦りに満ちていて、話しかけてくる声の調子も揺れていた。
『あんた、モニカって言ったな。声も聞こえてるんだよな?』
私は恐ろしさと驚きで一歩引いてしまいながらも、なんとかもう一度頷いた。
すると彼は、必死な様子で身を乗り出すと、叫ぶようにこう言ったのだ。
『聞いてくれ! 俺は、まだ死んでないんだよ!』
「死んで、ない……?」
鸚鵡返しをしながら、私はその姿を改めて見返した。
どう見ても生きた人間の姿ではない。
『そうだ、まだ生きてるんだ!』
それなのに、彼は何度も頷いてそう主張する。
私はただ、訳がわからなかった。
「ちょっと、お互い一旦冷静になりましょう。あなたは、リュシオン様で間違いないんですよね?」
『そうだ』
「さっき葬儀が終わって、そこに埋葬された、リュシオン様ご本人?」
『そうだ!』
突っ込まなければならないところが多々あるはずなのだが、私自身もだいぶ混乱していた。
諸々差し置いて、私は真新しい墓を指差すと、まず浮かんだ最悪の想定を“本人”に確認する。
「まさか、あれは別人のご遺体ですか!?」
首が無かったせいで、戦場の混乱で取り違えられた可能性がある。
確かにそれでは本人も浮かばれないし、慌てるだろう。
しかし、私の心配とは裏腹に、リュシオンは歯切れ悪く返答した。
『……いや、確かにあれは、俺の身体だ……』
振り出しに戻るどころか、ますます訳がわからなくなってきた。
「あの、先ほど私も拝見しましたが、とても生きているとは言い難い状態でしたよ……?」
『それでも! 俺は死んでないんだよ!』
もどかしそうにそう叫ぶと、リュシオンは自分の頭をグシャグシャと掻き乱した。
どうやら彼自身も、かなり興奮しているようだ。
私は意識してゆっくりと声を掛けた。
「わかりました、お聞きしますので、焦らず落ち着いてお話しください。はい深呼吸」
『ふぅ~〜〜〜……』
実際に呼吸をしているかは怪しいが、とにかく素直に従って落ち着いてくれたリュシオンに、私は質問した。
「私の認識では、あなたのご遺体はボロボロで、ついさっき葬儀と埋葬が終わりました。あのお墓の下に、あなたの身体は眠っています。それでも“死んでいない”と仰るのは、どういう理由からですか?」
リュシオンは苦い表情で自分の墓を睨みつけていたが、私の質問を聞くと胸を張って答えた。
『勘だ』
「はい?」
『“まだ死んでない”って感覚が確かにあるんだ。俺の勘は外れない』
堂々と言い切って、リュシオンは続けた。
『俺は自分が死んだ瞬間を覚えていない。気が付いたら自分の葬式の真っ最中で、あんたと冥婚させられていた。ただ、はっきりと“死んでない”感じがする。だから俺は死んでない』
「感じがする、って……」
一片の迷いもなくそう言うリュシオンに、私はだんだん胸が詰まるような気分になってきた。
「そうですよね……突然のことで、到底受け入れられませんよね……」
『おい、なんだその、聞き分けのないガキを見るような生温かい目は』
「わかります。英雄と謳われたご自身が死んでしまったなんて、信じられないんですよね……?」
『やめろ! 涙ぐむな!』
「安心してください。私は冥婚で、妻としてあなたを導くことを誓いました。毎日朝晩しっかりお祈りを捧げますから、どうか心安らかに、楽園の門をくぐってください」
『祈るな! 話聞け!』
祈りの形に手を組み合わせると、リュシオンは私の手を叩き崩そうとするように自分の手をバタバタさせた。
見事に全部すり抜けている。
だんだんやかましく感じてきて、少しだけむっとして私は言った。
「聞いています。じゃあ、なんなんですか。何か未練でもあるんですか?」
『ああそうだな、まだ死んでないのに死人扱いされてるのが一番の未練だな』
「それはもうどうしようもないですよ……」
私が肩をすくめると、リュシオンは苛立ち全開で腕を組んだ。
『ああもう、頭の固い女だな。そんなだから冥婚なんてするハメになるんだ。どうせ性格悪くて行き遅れてたんだろう』
流石に聞き捨てならない暴言だ。私もつい頭にきて言い返してしまう。
「私の事情なんてあなたには関係ないでしょう!? あなたこそ、英雄と言うからにはもっと立派な方だと思っていました。いい歳して、これじゃただの駄々っ子じゃないですか!」
『なんだと!?』
私の言葉にワナワナと震えたかと思ったら、リュシオンは突然力を抜いて、不気味に笑い始めた。
『ふふ……いいだろう。こうなったら、あんたが納得するまでずっと側に張り付いてやる。祈るたびに耳元で“俺は死んでない”って囁き続けてやる……朝晩の祈りは冥婚妻の大事な仕事だもんなぁ? 家族の手前やらない訳にはいかないよなぁ……?』
「なっ、なんですかそれ!」
まさかの精神攻撃宣言。幽霊が四六時中側に居て耳元で囁き続けるなど、悪夢でしかない。
「やめてください! そんなの完全に悪霊です! それでも英雄ですか!」
『こうなったらもう形振り構っていられるか。あんたしか俺の姿が見えないんだ。どんな手段を使ってでも信じさせてやる。そして俺が復活する手段を見付けるのを手伝ってもらうぞ』
据わった目で私を見詰めながら、リュシオンはまた含み笑いを漏らす。
え、これ、私、取り憑かれたということだろうか?




