第29話 墓地での危機
翌朝。
昨夜の大雨が嘘のように、空は高く晴れ渡っていた。
集合した屋敷の玄関ロビーで、私はクライブからある物を手渡された。
「これは……リュシオン様の杖ですか?」
細いペンのような形状のそのデザインには、見覚えがあった。
昨日、杖の間で見たリュシオンの杖が、そのまま小さくなって、私の手の中にある。
「はい。冥婚契約の内容が曖昧なので、具体的に検証してみたほうがいいかと思いまして。杖は持ち主の魔力に最も適合するよう作られています。とにかく兄に関係ありそうな物をモニカさんが持っていれば、なにか反応があるかも……」
私がリュシオンに尽くし、支え、導く、という契約が、具体的にどう働いているかを、クライブは調べたいようだ。
「わかりました、お預かりしておきます」
とは答えたものの、今日の服にはこの杖が入る丁度よいポケットがなかった。
手に持っているしかないか、と考えながら杖を眺めていると、ほぼ瞼を閉じたままフラフラと立っていたミーシアが、眠気たっぷりの掠れた声で教えてくれた。
そう、なんと彼女は、よほどリュシオンに会いたかったのか、気合いで起きてきたのだ。
顔はほとんど寝ているが。
「女の人はー……よくカンザシにしてるよー……あたしもよくやるー……」
「なるほど。確かに、丁度いい大きさですね」
私は失礼して、後頭部に纏めていたお団子髪の付け根に杖を刺してみた。
私の暴れ髪を固く結い上げたお団子なので、安定感は十分だ。
「うんー、ばっちりー」
ほとんど見えていなさそうなミーシアが親指を立てる。そのまま大きな欠伸をした。
まあ、邪魔にならず落とさないなら、これでいいだろう。
墓地への道すがら、クライブが尋ねてきた。
「あの、兄は、モニカさんの前ではいつもどんな態度なんですか?」
「え?」
急に訊かれたので、私は何故そんなことを質問するのかということの方が気になってしまった。
「いえ……僕たちが知っている兄は表情に乏しくて、たまに帰っても積極的には話さないし、家族とも距離がありました。正直、ずっと側に居るとなると、怖かったり、息が詰まったりしませんでしたか?」
クライブの発言に、私はぽかんとしてしまう。
あの自由奔放で構われたがりでやかましいリュシオンが、家族の前ではそんな態度だったなんて。
「とんでもありません。出会ってからずっと、お喋りし通しでしたよ。少し放って置いただけでも拗ねたり……」
「え!? そうなんですか?」
今度はクライブが驚く番だった。
「いえ、モニカさんもあまりにも抵抗なく兄の杖を身に着けるので、それなりに親しいのだろうとは思ったのですが……まさかそこまで……」
「えっ、気軽に簪にしてはいけませんでしたか!?」
慌てて杖を抜こうとしたが、クライブもワタワタと手を振って制した。
「いえ! 大丈夫です、なにも問題ありません! ただこう、女性が自分に関わりの深い物を身につけてくれるって羨ましいなと……僕も彼女にもっとなにか贈ろうかな……」
顔を僅かに赤らめたクライブ。ボソボソと呟く後半は完全に独り言だった。
男のロマンを感じているクライブには悪いが、リュシオンは杖を消耗品と言って雑に扱っていたし、そこまで思い入れがある物でもないと思う。
私が髪に挿していても、別に何も言わないのではないだろうか。
そうこうしているうちに、私たちは墓地へ到着した。
しかし、昨日リュシオンが居座っていた墓石の上に、彼の姿はない。
「リュシオン様?」
呼びかけてみるが返事はなく、どこにも見当たらなかった。
「そこに、兄がいるんですか……?」
恐る恐る訊いてくるクライブに、私は首を振った。
「いえ、姿が見当たりません。昨夜はご自分のお墓に座り込んで、梃子でも動かない様子でいたのですが……」
「そんな……」
残念そうに呟くクライブに、私も不安になった。
もしかしたら、もう魂が消滅してしまったのだろうか。
あんな喧嘩別れのような会話が、永遠の別れになるなど、耐えられない。
「少し、このあたりを探してみます。クライブさんも……」
一緒に行こうと言いかけたが、眠気の限界を突破したミーシアが、無言でクライブの肩に頭をもたれて眠りかけているのを見て、私は言葉を修正した。
「クライブさんは、ミーシアさんと待っていてください」
「すみません、不甲斐ない妹で……」
クライブも呆れた苦笑いを浮かべながら、了承した。
ざっと墓地や、歩いてきた庭園方向を見渡しても、リュシオンの姿はない。
ひとまず、墓地の背面にある林に入ってみることにした。
針葉樹が人工的に植えられた林だ。庭師の手もきちんと入っており、適度に枝や下草も整えられていて明るい。
昨日の雨で所々ぬかるんでいるが、細かくした木屑が敷かれてしっかり歩ける遊歩道もある。
朝霧が立ち込める、ゆるやかな曲がり道を、私は注意深く辺りを見回しながら進んでいった。
すると、道を外れた林の奥に、ようやくリュシオンの透けた後ろ姿を発見することができた。
私は安堵してほっと息を吐いた。
下草や低木が生い茂っていて近付けないため、私は遠くからその背中に声をかけた。
「リュシオン様!」
『モニカ……!?』
しかし、驚いた様子で振り向いたリュシオンはすぐに叫んだ。
『駄目だ、今こっちに来るな! 引き返せ!』
リュシオンが言っている間に、下草をガサガサと揺らす何者かの気配が、尋常ではない速さでこちらに迫っていることに気付いた。
「きゃっ……!」
茂みから何かが飛び出すのを感じ、私は反射的に身を屈める。
間一髪、それは私の頭上を素早く飛び越えていった。
直後、後ろにあった木から、ガンッとぶつかる鈍い音がする。
『くっそ……! モニカ、こっちに来い! 逃げろ!』
道まで出てきたリュシオンに呼ばれ、私は全力でそちらに走った。
ちらりと振り返った背後には、サルのような白い生き物の姿が確認できた。
「あれは!?」
『魔族だ! こんなところまで侵入してたから監視してたんだ』
「監視って……!」
宙に浮いて並走するリュシオンに、私は思わず怒鳴った。
「馬鹿ですか!? 一人じゃなにもできないくせに、どうするつもりだったんですか!」
『バッ……!? うるさいな! だからどうしようか考えてたんだよ!』
「そういう時は早く私に伝えて下さいよ! 助けを呼べるでしょうが!」
『お前を巻き込みたくないから突き放したのに、それこそ馬鹿だろ!』
「馬鹿ですよ! 今さら突き放したって、とっくに私は巻き込まれてるんですからね、あなたに!」
言い合っている間にも、背後には魔族が追ってくる気配が迫っている。
リュシオンがハッと気付いて言った。
『お前、耳飾りは!?』
「出かける予定もないのに、あんな高級品着けませんよ!」
『着けてろって言っただろ、馬鹿ぁ!』
頭を抱えて叫ばれても、ないものはどうしようもない。
なんとかここを切り抜けなければ。




