第28話 呪いと英雄
「つまりリュシオン様は、呪いを受けて殺されても死ねない状態となり、その後何らかの事情で、魂が肉体から離れてしまった、ということでしょうか?」
私が自分の頭を整理しながら確認すると、クライブは頷いた。
「ええ、そうだと思います。ただ、そもそも肉体と魂は密接に繋がりあっている不可分なものと考えられていたので……分離してしまったまま長期間魂だけで行動しているという点には、どう説明をつけていいのか僕にはわかりません」
さらに、ミーシアが手を挙げた。
「あとはー、族長ー、なんであんなにー、身体めちゃめちゃにしたのー?」
これは、記憶を取り戻す前のリュシオンも指摘していた疑問だった。
せっかく呪いをかけたのなら、操って手駒にすることも、無抵抗のリュシオンをそのまま丸ごと食べることもできたはずだ。
クライブも腕組みをして考え込んだ。
「うーん……。もしかしたら、兄さんの身体を上手く操れなかったのかもしれない。呪いは魔法と反発するから、一流の魔法使いである兄さんには、一般兵よりも呪いの効きが悪かった可能性がある」
「抵抗されそうになってー、とどめ差したってことー?」
「多少損壊させてでも確実に抵抗力を奪って、じっくり喰らうつもりでいたのかも……」
ぞっとする話だが、自分の呪いに抵抗するほどの強者の肉体は、魔族にとっても格好の獲物だろう。
「そうだ、モニカさん。今日、戦場の視察に行ったのは、兄の記憶を取り戻すためだったんですよね。兄はなにか、思い出せましたか?」
「ええ、確かに、なにか思い出した様子でしたが……」
私は頷いたが、どう続けてよいか迷う。
思い出した結果、彼は“自分は死んだ”と言い張り、墓場に引きこもってしまったのだから。
私は落ち着いて、記憶を取り戻した瞬間のリュシオンの様子を思い返した。
——ああ、そうだそうだ、そうだった……それであれがああなって……うわ、無茶したな……我ながら引くわ……。
「……死の間際、なにかをしたような口ぶりでした。無茶をしたと仰っていました」
「無茶? なんだろう……」
「リュシー兄さん天才すぎてー、いっつも何考えてるかわかんないからねー」
クライブもミーシアも、眉根を寄せて考え込む。
リュシオンが無茶と言うほどのこと。
もし私がリュシオンだったら、どうするだろうか?
自分が呪いにかかり、抵抗もしきれずに、操られそうになってどうしようもなくなった時。
最悪の状況を覆す、一番“合理的”な行動は……。
「まさか、リュシオン様は……ご自分で身体を燃やしたのでは……?」
「え……」
クライブが硬直してこちらを見た。
遺族を前に言っていいことか迷ったが、私なりの考えを慎重に話す。
「それなら、遺体の損傷が激しかったことも辻褄が合います。操られた自分の身体が他人を害さないよう、動けない状態になるまで破壊する。……リュシオン様なら、そうすると思います」
「それは確かに……でも、そんな……そんなの……」
クライブも納得しつつ、表情を暗くして動揺を見せた。
その意味を、続けて説明してくれる。
「魔法使いの魔法は、一部を除いて、魔法使いが絶命するか、精神力を維持できなくなると停止します。つまり兄は、自分の身体を焼き尽くすまで……生きたまま、正気も保っていたことに……」
聞いて、私も胸を締め付けられた心地がした。
それは、どれほどの覚悟だろうか。
どれほどの痛みを、恐怖を、彼は踏み越えたのだろうか。
しかも彼の場合、それだけに留まらない。
その過程で、首まで刎ねられている。
——うーん……だが、首無しの身体が燃えるのはしっかり見ていた気がする……。
唐突に思い出したリュシオンの言葉。
つまり彼は、呪いで魂を縛られ、首を刎ねられても死ねず、自分の身体を“その目で直接見ながら”、自分の意志で焼いていた、ということになる。
想像を絶する苦痛を思い、私は震えた。
「……確かに、兄らしい無茶です。あの人は、他人に心を開かないけれど……いつも誰かを守ろうとしている、優しい人でしたから」
クライブは唇を噛んだ。
ミーシアも目に涙を湛えて俯いているが、クライブに同意して小さく頷いた。
「ここまで話した推測が合っているとして……その状況を乗り越えてなお、リュシオン様は魔法契約上では生者扱いになっているのですよね?」
ボロボロになって残されたリュシオンの身体。
それでも存在し続けている魂。
生命の構成要素は揃っているものの、それはバラバラに引き裂かれている。
「はい。この推測からいくと恐らく、兄の身体だけ、呪いが抜けていないと考えるのが妥当です。あの遺体には、埋葬まで僕が遅延魔法をかけ続けていたので、異変があっても見逃していたのかと」
私は、耳飾りで発動した時間遅延魔法を思い出す。
極限まで時間を遅延された対象は、ほとんど静止しているように見えた。
例えばあの遺体が呪いの影響で蠢いていたとしても、長時間目を離さずじっと観察していないと気付かないと思う。
涙を拭ったミーシアが、現在のリュシオンの言い分を振り返って怪訝そうに言った。
「それなのにー、今は“自分は死んだ”って言ってるのよねー?」
「はい……」
私は頷いた。
すべて思い出したのなら、私との契約が成立していることに、リュシオンが気付かないはずがない。
なにか、自分の命よりも気がかりなことがあって、あんな主張をしているに違いなかった。
「そういえば、私が伯爵家に留まることも、意に沿わない様子でした。何度も、早く実家に帰れ、どこかへ行け、と言われましたし」
「モニカさんを遠ざけたい……魔族との戦いに巻き込みたくないということでしょうか……」
それ以外にもまだわからない部分が多いが、これ以上は、この場で推測するのは難しいことだった。
真実を抱えたまま黙り込むリュシオンから聞き出す以外に、方法はない。
「モニカさん。明日、夜が明けたら、もう一度兄と話をしてみましょう。僕も一緒に行きます。僕らからは見えなくても、兄に声は届きますよね?」
「はい」
「あたしもー」
続いてミーシアも宣言したが、クライブは疑いの視線を妹に返す。
「……起きられるのか?」
「…………起きれたら行くー」
壊滅的に朝が弱いミーシアは、結局行かない人間の常套句で答えた。




