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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第27話 幽霊じゃない




 リュシオンの態度への疑問はひとまず置いておいて、私は魔法の専門家である二人に尋ねた。


「そもそも、魔法使いの常識として、“生きている”の定義とは、どういう状態を言うのでしょうか?」


 私の質問に、クライブは指を二本立てて示しながら答えた。


「生命の構成要素は、肉体と魂。このふたつが存在していることが、“生きている”状態の大前提です」

「肉体と、魂……」

「とはいえ、魂の方は直接観測する手段がなかったために、長らく仮定概念とされていました」


 クライブの説明は難解だが、つまり現在のリュシオンの状態は、今まで誰にも見えていなかったものが私にだけ見えている、相当な異常事態のようだ。


「私が見ているのが、リュシオン様の魂ということですか?」

「そうだと思います」


 なんとか理解できたが、ふと小さな疑問も浮かんだので、それも解消しておくことにする。


「その、魂と、幽霊って、違うものなんですか?」


 魂は観測できないとしても、幽霊は怪談話や架空の物語でもお馴染みの存在だ。


「幽霊は、未練や悪意のある魂がこの世に残ってしまう現象とされていますが、言ってしまえばただのオカルトですよ。研究している人も居ますが、少なくとも僕は、信じていません」


 クライブは言い切った。

 そういえばいつだったか、リュシオンも、幽霊研究は眉唾だ、と言っていた気がする。

 その理由を、クライブは説明してくれた。


「魔法使いの研究では、肉体と魂、どちらかが大きく損壊すれば、もう片方も存在を維持できないとされています。肉体が損傷して死ねば魂は消滅しますし、魔法の酷使や魔族の呪いなど、何らかの要因で魂が激しく損傷すれば、肉体が死ぬこともあります」


 今まで、なんとなく教わって信じてきた、一般人が考える魂の定義とずいぶん違う実情に、私は驚いた。


 肉体が死んでも人の魂は消えずにあって、残された人々を楽園から見守ったり、幽霊になって現世を彷徨ったりする……というのが、よくある死後のイメージだ。


「この国でも広く信じられている教えでは、死後も魂の形は保たれて、楽園へ昇ることになっていますからね。魔法使いでない方は、救いがないと思ってしまうかもしれませんが」

「宗教は宗教でー、現実とは別物なのー」

「そうなんですね……」


 やはり、魔法使いは見えている世界が違うと、私は感心しきりだった。


「肉体は魔力を作り出し、魂はそれを蓄積します。魔法使いは、肉体と魂の間で魔力を循環させることで、魔法を行使するんです。観測はできずとも、魂の概念は、魔法使いにとって身近なものなんですよ」

「……なんとなくですが、理解できました」


 難しいが、とにかく、魂という概念が正式に存在するものだ、と認識しておけばいいだろう。


 もしかして、リュシオンがしきりに『俺は幽霊じゃない』と否定していたのは、魔法使いの常識に照らし合わせれば“幽霊”ではなく“魂”の方が妥当だと考えていたから、なのだろうか。

 今更ながら、よく話も聞かずに幽霊扱いして悪かったかもしれないと、私は密かに反省した。


「だから私が、リュシオン様の姿が見えると言った時も、幽霊と断じずに信じてくださったのですね」


 伯爵夫人には、息子を葬った直後の悲しみで信じてもらえなかった。

 しばらく時間を置いた今、魂の概念が身近な現役魔法使いの二人なら、確かに信じてくれるだろう。


 しかし、クライブはやんわりと頭を振った。


「それもありますが、一番はモニカさんが言ったからですよ。冗談や軽い慰めでそんなことを言い出す人ではないと、この二週間あまりで僕たちもわかっていますから」

「リュシー兄さんー、モニカさんの人柄に感謝ねー」

「あ、ありがとうございます……」


 二人に信頼を伝えられ、恥ずかしくなる。

 私がここに居たことも無意味ではなかったのだと思うと、少し嬉しくなった。


 しかし。


「ですが……先程の前提だと、リュシオン様の魂は消滅していないので、肉体も生きている、ということになりますが……」

「そこなんですよ……」


 私の指摘に、クライブも途方に暮れた顔で頷いた。


 墓地に埋葬されたリュシオンの遺体は、戦いで激しく損壊し、頭部は切断。

 もちろん心臓も止まっていた。


「さすがにー、首を刎ねられたら死ぬよねー。それでも生きてたらー、もうアシダカグモじゃなくてゴ…………なんでもないー」


 ミーシアが賢明な判断で口を噤んだ。

 もしその先を言っていたら、リュシオンが魔族より恐ろしい形相で墓から飛んできたかもしれない。


「お墓ー、掘り返してみるー? ほんとにまだ動いてるかもー」

「ミーシア、それは最終手段にしよう。もっと別な角度から考えられることがあるはず……」


 軽々と倫理を踏み越える妹に若干引きながら、彼女を宥めていたクライブが、そこではたと動きを止めた。


「遺体が動くといえば……」

「なにか思い当たるのですか?」

「はい。実は、戦闘後の聞き取り調査で判明した事実なのですが……あの戦闘中に、身体を操られ、族長の手駒にされた兵士が何人か居たんです」


 私もミーシアも、それを聞いて息を飲んだ。


「恐らくあれが、兄が言っていた族長の“呪い”ではないかと」

「そ、それー……操られた人はー、どんな感じなのー?」


 ミーシアもさすがに顔を歪めながら、詳細を確認した。

 クライブは言いづらそうにしつつも、努めて淡々と答えた。


「意思に反して操られ、味方に襲いかかりました。何らかの強化をされたのか、人間ではあり得ない程の膂力を発揮していたと言います。止めようと周囲がどんなに攻撃しても、刀傷程度ならすぐに回復してしまい……本来なら致命となる傷を負っても止まらず。やむなく、腕や足を切断するなど、物理的に行動不能にするしかありませんでした」


 想像するだけで凄惨な状況だ。

 しかし、クライブが語る悪夢はそれだけに留まらなかった。


「最悪だったのが、彼らはどんなに傷付いても、最後まで自我があったことです。恐らく、肉体と魂を縛り付け、生命構成の繋がりを無理矢理保つような、そういう呪いだったと推測できます。最終的に、族長が撤退した際に、支配が弱まり……彼らも、死してなお生きる苦しみから解放されました」


 私たちはしばらく、恐怖とおぞましさで黙り込んでいた。


 しかし、落ち着いて噛み砕いてみると、現在のリュシオンの状態に符合する部分があることに気付いた。


「肉体が死んでも、魂が留まっていたというのは、今のリュシオン様にも当てはまりますね……」

「はい、僕もそう思います」


 クライブは真剣な表情で頷いた。


「状況的に考えて、兄は、族長の呪いを受けてしまったのではないかと」


 族長とリュシオンの一騎打ちを、クライブもすべて見ていた訳では無い。

 今考えられるうち、もっとも高い可能性だろう。




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