第25話 糸口
「え?」
まったく心当たりがないことを言われ、私は首を傾げた。
「魔法契約って……なんでしょうか?」
「そのままー。魔法使いとのー、ちゃんとした契約のことー。誓約書書くとかー、人前で宣誓するとかー」
聞いて、まず思い当たったのは、最近まとめていた領地の鉱山開発交渉だ。
私も領主代理として数え切れないほどの書類にサインをした。
「先日まで、伯爵様と大量の契約書を交わしていましたが、あれが魔法契約だったのですか?」
「うーん、そーゆーんじゃなくてー、契約内容も魔法的なやつー」
「魔法的……?」
と言われても、どんなものなのかピンと来ない。
あれ以外に契約と言えば、思い当たるものは他にひとつしかなかった。
「あとは、冥婚の儀で行った宣誓くらいですよ」
「あー、あれー!」
ミーシアはハッとした顔になるが、すぐに首を振った。
「でもあれはー、相手がリュシー兄さんでしょー? 魔法契約はー、生きてる人間同士じゃないとー、成立しないしー……」
それを聞いた瞬間、私の脳内は、まるで遅延守護が働いたように思考が止まりかけた。
考えが纏まらないまま、私の口が、勝手に動く。
「じゃあ……“生きてる”んですか?」
「えー?」
出てきた声は震えていた。
主語がない問いをどう受け取ったのか、ミーシアは不思議そうな顔をして答えた。
「契約のことー? 生きてるよー。切れた形跡ないー。契約内容まではー、この道具じゃわかんないけどー」
徐々に頭が晴れてくる。
暗闇の中で伸ばしていた手が、決定的な何かに触れたような、そんな高揚に私の心は支配された。
「うーんー、相手も内容もわかんない契約ー。やっぱりー、ほっとくの良くないよねー。こっちのー、ピカピカバチーンならー、もっとなにかわかるかもー……」
「ミーシアさん」
ミーシアが考え込んで呟いているが、もはやその内容すら私の耳に入らない。
私は夢中でミーシアの名を呼んだ。
今、この時だ。
この時を、逃してはいけない。
「なーにー?」
「もし、私が……“リュシオン様の霊が見える”と言ったら、信じていただけますか……?」
ミーシアは、ただただ目を丸くして、私を見ていた。
◇ ◇ ◇
「えっとー、つまりー……?」
私の話を聞き終えたミーシアは、こめかみを両手の指で揉みがら情報を整理した。
「お葬式のあとからー、モニカさんにはずっとリュシー兄さんが見えててー、兄さん本人は“死んでない”って言い張っててー、でもなーんにも覚えてないからー、モニカさんに付きまとっててー……?」
「そうです」
「それでー、今日になって急にー、今度は“死んだ”って言い張ってー、お墓に引きこもってるー?」
「そのとおりです」
ミーシアのまとめに、私は頷いた。
「でも、冥婚が魔法契約として成立しているなら、リュシオン様は本当に“生きている”ということですよね?」
「そー。そーだけどー……」
ミーシアは戸惑った表情で、キュッと眉根を寄せた。
「ほんとにー? 全部ほんとーなのー? ウソじゃないー?」
「嘘なんかつきませんよ。私だって、どうすればいいかわからなくて困っているんですから」
「そーねー、モニカさんすっごく真面目だものー……」
ミーシアはやがて口元を歪め、瞳を潤ませた。
「なんでー……なんでそんなー、わけわかんないことにぃー……! やっぱ兄さんバカぁーー!」
そのまま顔を覆って泣き出してしまい、私はミーシアが落ち着くまで静かに肩を撫で続けた。
しばらく気が済むまですすり泣いたミーシアは、ぐすっと鼻を鳴らしながらも、据わった目で顔を上げた。
「わかったー。よーするにー、ちゃんと“生きてるよー”ってバカ兄さんを論破してー、お墓から引きずり出してー、思い出したことー、洗い浚い吐かせればいいのねー?」
「えっと、まあ、そうですね」
語彙が所々物騒だが、方針は間違っていないので、私は頷いた。
「でもー、あたしだけじゃー難しいからー……」
ミーシアが言いかけたその時、くぅ~、と控えめな音が部屋に響いた。
ミーシアは無表情で自分のお腹を押さえる。
「驚きすぎてー、お腹すいちゃったー」
言われてみれば、そろそろ夕食の時間だ。
不意に緊張がほぐれて、私もつい、ふふっと笑ってしまった。
「モニカさんー。まだー、ママは兄さんのショックが抜けてないのー。びっくりすると思うからー、今の話はー、ママたちには内緒ねー」
「そうですね、特に今は、中途半端な状況になっていますし」
リュシオンの話題に触れるたび、今なお湿っぽくなってしまう夫人を思い出し、私も同意した。
「でもー、クライブ兄さんならー、信じてくれると思うー。夕飯のあとー、話してみよー?」
「ええ、ぜひ!」
ミーシアの心強い申し出に、目の前が明るく開けたような気がした。
窓の外は、いまだ強い雨が降り続いている。
この冷たい暗闇から、はやくリュシオンを連れ出してやりたいと、私は強く願った。




