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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第23話 馬鹿な兄貴(リュシオン視点)




 モニカの背中が雨煙に消えていくと、リュシオンは再び、力なく己の墓石に座り込んだ。


『ああー……もう! なんでこうなるんだ……!』


 ぼやきながら、リュシオンは前髪を掴んで掻きむしる。


 どんな返事をされても冷たく突き放すつもりでいたのに、それどころか、ますます深く踏み込ませるきっかけをモニカに与えてしまった。


 項垂れていたリュシオンは、真隣にある墓に視線をやると、自嘲して呟いた。


『……お前も、馬鹿な兄貴だって笑ってるだろ、ルチアナ』


 もちろん返事はない。

 彼女は、リュシオンの妹ルチアナは、もう八年も前にこの世を去っている。


『わかってたさ。あいつが、言われて大人しく引き下がるだけの女じゃないってことは』


 それでもリュシオンは、語りかける口調のまま、独白を続けた。


『だいたい俺は、こういうのは苦手なんだ。お前にも、いつも言われてたな。“兄様は嘘が下手すぎる”って』


 幼い頃から、何をやっても他人より良い結果を出してきたリュシオンは、天才だ神童だと持て囃されて育った。

 そんなリュシオンの唯一の欠点が、思ったことを素直に表に出し過ぎる癖だ。


 頭の回転が早く、自分の正しさにも自信があったリュシオンは、意見や本音をわざわざ隠したり、態度を取り繕ったりする必要性を感じられなかった。

 それがいつしか癖となって、言いたいことははっきり言い、隠そうと思っても態度に出てしまうという性分になってしまった。


 魔法学院時代も、傭兵稼業を始めてからも、そのあけすけな言動がかえって彼の才気を際立たせたようで、周囲が勝手に持ち上げ特別扱いしてくる以外に、特段困ることはなかった。


 他人を遠ざけたい時は、余計なことを言わないように、無愛想な仏頂面を保って黙っていればいい。

 苛烈な戦い方をしていた理由も、半分は魔族への憎しみからだが、残りの半分は周囲の人間を威圧して寄せ付けないようにするためだ。

 甲斐あって、そんなリュシオンの張りぼてを崩すほど踏み込んでくるような相手は長らく現れていなかった。


 だから、初めて対等に、真正面からぶつかってくるモニカを相手にして、リュシオンは自分の不器用さと情けなさをつくづく思い知らされていた。


『しかし、あんな女、誰が勝てるっていうんだ。お前も見たか? あのモニカの目……』


 声を荒らげたリュシオンにも怯まず、射抜くように見返してきたモニカの目。

 雨に濡れ、泣いているようにも見えるのに、その奥には燃えるような熱が宿っていた。


 あの瞬間、彼女の中ではまさに、中途半端なリュシオンへの怒りと、彼女自身の信念が燃えていたのだ。


『あんな目で見てくる女を、俺なんかが突き放せるわけないだろう……』


 リュシオンはもう、彼女の前で自分を取り繕うことなどできなくなっていた。

 まるで女神の裁きの前に引き立てられたちっぽけな人間だ。


 拒まれても、リュシオンの心に触れようと手を伸ばしてきた彼女。

 その姿が、ずっと空虚だった自分の中を満たしてくれるのを、リュシオンははっきりと感じてしまった。


 モニカが去っていった方向を、リュシオンは見つめた。

 こんな時ですら、リュシオンの胸には、モニカをあんなに雨に当ててしまって、寒い思いをさせたという後悔が募る。


『……ああ。やっぱり、どうしようもなく、好きだ……』


 口をついてこぼれ出た。

 誰も聞く者がいないその声は、雨の闇の中へ静かに溶けていった。


 初めて会った瞬間から、彼女に惹かれていた。

 よく知りもしない相手に、感情だけが惹きつけられる現象に、リュシオンははじめ戸惑いや気味の悪さを感じていた。


 それでも、付き纏って同じ時を過ごすうちに、その想いはますます深まっていった。


 真面目で、誰に対しても誠実で、求められる期待に応えようとする強さ。

 口では幸せだと言いながら、無意識に自分の幸せを度外視しているいじらしさと危うさ。

 そんな彼女が、リュシオンにだけ向ける砕けた態度。気安い微笑み。


 そして今日、取り戻した記憶と、“垣間見た光景”。

 自分の感情がこうなった答えを、リュシオンはその中に見つけていた。


 今のリュシオンにとって、モニカを守ることだけが、己に課した最大の使命だ。


『しかし、どうしたものか……』


 リュシオンは力無く、雨粒が落ちてくる空を見上げた。


『恐らく、いや十中八九、モニカとの契約が機能している。調子が良いのはたぶんそのせいだ』


 リュシオンの胸に灯った熱は、日毎に力強さを増していた。

 はじめに感じていた耐え難い寒さも、今ではもうほとんど感じることはない。

 まるで身体があった時のように、自分の存在が明確になってきている感覚があった。


『もしかしたら、あいつは……』


 リュシオンの膨大な知識の中から、ひとつの可能性が浮かぶ。

 しかし、限りなく低い可能性だ。少なくとも、リュシオン自身が「突飛だ」と笑い飛ばしたくなる程度には。


 モニカのことになるとつい盲目になりがちな自分の思考を、リュシオンは頭を振って追い払い、冷静になろうとする。


『だが、このままでは……いつ“あんなこと”になってもおかしくない。あいつがここに居るのは危険すぎる。しかし、あいつが居なくなったら、俺は本当に何もできなくなる……』


 リュシオンは縋るように、再びルチアナの墓に問いかけた。


『あいつを失いたくない。だが、こんな俺に何ができる? あいつを守り切れるのか? 俺はどうすればいい。教えてくれ、ルチアナ……』


 返事はない。

 ますます強くなる雨が墓石を叩く音だけが、辺りに響き渡っていた。




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