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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第21話 戦場跡地へ




「この先は街道を外れます。揺れますので、気を付けて」


 クライブが言った通り、荒れ地に入った幌つき馬車は途端に大きく揺れ始めた。

 私は必死で手摺りにしがみつき、舌を噛まないように口を閉じる。


『輸送用の悪路仕様の馬車なのに、乗り心地は最悪だな』


 リュシオンは宙に浮かんだまま、狼狽える私が面白いのか、にやにやと笑っている。


 彼は戦場での移動はもっぱら飛行魔法が主で、こういう馬車には「まだるっこしいから」と乗らなかったそうだ。


 クライブの話だと、飛行魔法とは戦闘時の位置取りやちょっとした回避に使う程度で、リュシオンのように長時間、広域の移動に使うことができる魔法使いは、ほんの一握りしかいないという。


「そろそろです。念の為、一度索敵しますね」


 しばらくガクガクと揺られた後、クライブはローブの肩ポケットに挿していた、小さな棒を取り出した。

 大きさも太さも、ちょうどペンのように見える。


 魔道具かと思って見ていると、その棒は突然、クライブの背丈とほとんど変わらないほどの長さの杖に変化した。

 槍のように真っ直ぐで、真鍮らしい落ち着いた輝きの金属装飾と、黄色系統の媒介石で彩られた、上品な印象の杖だ。


「あ、すみません、驚きました? 僕の杖です。みんな、だいたいこうして小さくして持ち歩いているんですよ」


 目を丸くしていた私に、クライブは説明してくれた。


「無くても魔法は使えますが、杖があったほうが効率よく、強力な魔法が使えるんです」

『そういえば、俺の杖はどこに行ったんだろうな?』


 今頃思い出したように、リュシオンが呟いた。

 あまり杖に執着はなさそうだが一応、私からクライブに尋ねてやることにする。


「リュシオン様も、杖を使っていたのですか?」

「もちろん。屋敷の、一族の杖の間に大切に保管してありますよ。……とはいえ、兄本人は杖使いが荒いというか、負荷を掛けすぎて、すぐ壊しては作り直してました。あれで三本目だったかな?」

『五本目だ。杖なんて消耗品だろ』

「普通に使っていればそう壊れるものでもないんですけどね。いったいどれほど無茶な使い方をしていたのやら……」

『…………』


 ばつ悪そうに黙り込むリュシオンは、どことなく叱られた子供のようだった。



 ◇ ◇ ◇



 ついに現場に辿り着いた私たちは、荒れ地に降り立った。


 一面の荒野の平地だ。

 強く吹き渡る風が、乾いた砂埃を巻き上げている。

 雲に覆われた今日の空模様も、風景の寒々しさに拍車をかけていた。


 耳元では、タルカイ石の耳飾りが風に煽られ、チリチリと金具を鳴っている。

 静かな場所だ。


 私は暴れるドレスの裾を押さえ、目を眇めて辺りを見渡した。


 地面は所々焼け焦げた後のように変色していたり、抉れている場所もある。

 木材や、武器やなにかの道具の破片があちこちに散らばっていて、ひと月前の戦闘の爪痕は今でもしっかりと残っていた。


「兄が倒れたのは、あの辺りです」


 少し先の方向を、クライブは指差した。

 その方向は特に荒れ果てていて、大きな穴や隆起がいくつも出来ていた。これ以上馬車で進むことはできない。


 あれが、リュシオンと族長の戦闘の余波で出来たのだとしたら、私には想像もつかないほど激しい戦闘だったことだろう。


 リュシオンはふわふわと浮いて、私たちよりも数歩前に出ると、じっとその現場を見つめていた。


「リュシオン様が戦った族長とは、どんな魔族だったのですか?」


 少しでも記憶の刺激になるかと思い、私はクライブに訊いた。


「姿形は、ほぼ人型です。ただ、身の丈は人間の二倍以上ありました。肌は赤黒く、腕が四本。巨大な大剣と、弓矢も使っていました」


 そんな化け物を相手に戦っていたのかと、話を聞いて改めて恐ろしくなる。


「加えて一部の魔法も扱い、何より知能が高かったです。群れの統率が上手く、こちらもかなりの苦戦を強いられました。兄が居なければどうなっていたことか……。名を、“ザヘル”と名乗っていました」

『魔族の名前なんか呼ぶもんじゃない。連中は人間を喰らって付けた知恵で、人間の真似事をしているだけの、ただの獣だ』


 振り返らずに、吐き捨てるように呟くリュシオン。

 その声には、魔族への底冷えするような憎悪が含まれているようだった。


『ああ、だが、そうだな……確か……奴の呪いが……』


 リュシオンは深い思考に沈むように、ぶつぶつと呟きながら歩き回る。

 どうやら本当に、少しずつ記憶が蘇ってきたようだ。


『ああ、そうだそうだ、そうだった……それであれがああなって……うわ、無茶したな……我ながら引くわ……』


 なにやら不穏そうなことを口走ってはいるが、本人の表情は決して暗くはない。

 まるで、学者が新しい理論に辿り着いたような、興奮と喜びが入り混じったような表情だ。


『いいぞいいぞ……だいたいわかった……しかしまだ何か……何故俺はこれを忘れてたんだ?』


 クライブの前なので、「思い出せましたか?」と訊きたくても、私から声に出すことができない。


 期待を込めた視線をリュシオンに送っていると、やがてリュシオンがこちらを振り返った。

 輝きに満ちた瞳で私を見て、リュシオンは高らかに言う。


『モニカ、思い出したぞ! やっぱり俺は……!』


 しかし、その続きを聞くことは叶わなかった。

 突如、表情を凍りつかせたリュシオンが、鋭く叫んだからだ。


『モニカッ、伏せろ! 後ろだ!』

「え」


 突然の警告に、私はすぐに正しく反応できなかった。


 中途半端に身を屈めながら、つい呑気に後ろを振り返ってしまう。


 目の前に黒い塊が迫っていたことを認識した瞬間、視界の右端が眩しく発光した。

 耳朶がかっと熱くなる。


「モニカさん!」


 クライブの叫び声が聞こえる中、まるで時が止まったかのように、私はその塊の全容を直視した。


 それは、大きな鳥のような形状だった。

 胴体があり、左右に翼を広げている。

 黒と白が交じった鳥の翼のようだが、先端にはコウモリのような小さな鉤爪がある。


 頭は小さく、トカゲのようにも、魚のようにも見える。

 瞼のない見開いた瞳がこちらを見据え、開いた口には細かく牙が生えていた。


 そして、一番異様だったのが、足だ。

 鳥と同じ位置に二本生えたその足の形は、どう見ても人間の手だった。

 生白い老人のような両の手が、漆黒の爪を立て、私の顔を今にも鷲掴もうとしている。


 私が息を飲む暇もなく、動けずにいると、不意に強いつむじ風を感じた。間髪入れずに、その化け物は胴体から真っ二つに両断された。


「大丈夫ですか、モニカさん!?」


 クライブの声に、私はようやく呼吸を思い出した。

 杖の媒介石が輝いているのを見るに、どうやらクライブが魔法で倒してくれたようだ。


「は、はい……今のは……」

「魔族です」


 私の掠れた声の問いに、クライブは周辺の上空を見上げながら短く答えた。


「……どうやら、群れのものではなく、野良魔族のようですね。すみません、飛行してくる魔族まで索敵しきれなかったようです」

「あの、空中で動きが止まっていたのは?」


 クライブの視線が、私の右耳のほうに向く。


「あれが時間遅延魔法です。兄の魔道具に付与された魔法が上手く働いてくれました。魔道具の魔法まで規格外でしたね……とにかく、怪我がなくてよかった」


 私は、震える手で右の耳飾りに触れた。

 この時ようやく、自分の身体が震えていることに気が付いた。


「これが、魔族……」


 両断され、足元に転がる魔族の死骸。

 泥のような茶褐色の血溜まりを地面に広げていたそれは、やがて急速にしわがれていき、風化する砂岩のように、跡形もなく崩れ去ってしまった。


「魔族は自然発生したあと、人間の血肉を喰らって力をつけていきます。今の魔族も、形質に人間の特徴が出ていたので、どこかで誰かを喰らったのでしょうね……」


 クライブの話に、私は体の芯がますます冷えた。


「これ以上は危険です。帰りましょう」


 クライブに背を押され、私は馬車に戻り始める。

 しかし、ふとここで、リュシオンがずっと無言でいたことに思い至った。


 胸騒ぎを感じて振り返ると、リュシオンはさっき叫んだ位置から一歩も動かず、呆然とした表情で、私を見つめていた。

 半開きの口元も、力無く垂れ下がった手も、わなわなと震えている。


 尋常でない様子に、私はクライブが居るのも一瞬忘れて、思わず名を呼んだ。


「リュシオン様」


 私の声に、リュシオンはぐしゃりと表情を歪めた。

 苦しそうに。今にも泣き出しそうに。


 眉を寄せ、唇を噛み締めて私を見ると——やがて、耐えきれなくなったように、くるりと背を向けた。


 何が起きたのかまったくわからず、私は戸惑った。

 ただ、何かとてつもなく大きな変化が、彼の中で起こっていることだけはわかった。


 本当はクライブを振り切って駆け寄りたかったが、染み付いた理性が邪魔をしてそれもできない。


 私は暴れまわる不安を胸に抱えたまま、大人しく馬車に乗ることしかできなかった。




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