第20話 思い出すために
しばらく考え込んだ後、リュシオンが静かに呟いた。
『その後は?』
私は噛み締めていた唇をなんとかほぐして、恐る恐るクライブに尋ねた。
「……それで、その後は、どうなったのでしょうか?」
クライブは少し顔を上げ、続きを語ってくれた。
「その後は……不甲斐ないのですが、すっかり頭に血が昇ってしまって。族長に向けて滅茶苦茶に魔法を撃ち込みました。半身を損壊させるところまでは追い詰めたのですが、逃げ足を潰すことはできずに、仕留め損ねました。魔族は頭や心臓が急所とは限らないので……」
『相変わらず、キレると俺以上にえげつないよな、お前……』
リュシオンが青ざめて呟いた。
クライブ、穏やかそうに見えて逆上すると手が付けられない質らしい。
「それに、兄の首もそのまま持ち去られてしまいました。魔族は人間の身体を食べて、力を蓄えることがわかっています。恐らく、兄の首も……」
言葉を濁して再び俯くクライブ。
私も居た堪れなくなり、リュシオンを見やる。
しかし、意外にもリュシオンは、納得がいっていない表情で唸っていた。
『うーん……はっきりと思い出せないが、何か、もっとこう、ややこしいことになっていた気がする……』
ややこしいこと?
『族長の行動も不自然だろう。どうして首だけ奪って、身体は焼いたんだ? せっかく仕留めたいいエサだったはずだろう?』
魔族との戦闘経験豊富なリュシオンが言うのだから、確かに不自然な行動なのだろう。
しかし、今の空気でその疑問をそのままクライブにぶつけるには、あまりにも配慮がない気がする。
どうして首は食べたのに身体は食べなかったんですか? などと私の口から訊けるはずがない。
リュシオンも、今はこれ以上何も思い出せないようだし……。
行き詰まりを感じたその時、私の頭にとある案が浮上した。
ここでいつまでも悩んでいるよりはずっといいだろうと思い、私はその案を実行するため、クライブに頼み込むことにした。
「……大変お辛いお話を、ありがとうございました。それで、今のお話を聞いて、ひとつ、お願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「私を、リュシオン様が倒れた場所まで、連れて行っていただきたいのです」
「えっ」
『はぁ!?』
二人とも、私の提案に驚きの声を上げた。
クライブはともかく、リュシオンは何を驚くことがあるのだろうか。
話を聞くだけで思い出せないのなら、実際に現場に行ってみればいいのだ。
私はクライブに状況を確認した。
「今、魔族の動きは観測されていないのですよね?」
「ええ。でも、族長もそろそろ回復している頃です。いつ再び群れを形成して攻めてくるか、わからない状況です」
『そうだ、危険すぎる! なにもあんたが行くことないだろう。屋敷で大人しくしてろ』
いつも合理的に動くリュシオンが、何故か焦った様子で、強く反対してくる。
もしかすると、リュシオン本人も本能的に触れたくない心理があるのかもしれない。
これもまた彼の“勘”というやつだろうか。
それでも、このまま何も思い出せず苦しむリュシオンを放置するなど、私にはもうできなかった。
「それでは、すぐにでも行くべきですね。魔族が動き出す前に、一目でもその場所を見られればいいのです」
『モニカ!』
普段はあまり名前を呼ばないくせに、焦った時は呼ぶのだなと、小さな発見をした。
いつも私の方が振り回されているのだから、少しだけいい気味だ。
クライブは私の覚悟を感じ取ってくれたのか、やがて頷いた。
「わかりました。そこまで言うのなら、お連れします。でも、安全が保証できませんので、ほんの短時間ですよ」
「ええ。構いません。我儘を聞いてくださってありがとうございます」
「冥婚の花嫁の要望を極力叶えることも、弔いのうちですからね」
『弔われてる本人がやめろって言ってるんだがな!』
リュシオンの嘆きの遠吠えは、もちろんクライブには届かなかった。
◇ ◇ ◇
急遽、午後には出発してくれるように話がまとまったので、外出の支度のために私は一旦自分の客間に下がった。
人目がなくなった途端、リュシオンは激しい剣幕で文句を言ってきた。
『あんた、どうしてあんなことを言い出した!』
「話を聞くだけではあまり思い出せなかったのでしょう? だったら現場に行ってみれば、もっと手がかりが掴めるはずです。一番合理的ではないですか」
『そりゃそうだが、あんたが行く必要はない』
「もしかして、暇だった間、すでにお一人で行っていましたか?」
『いや、行ってないが……』
珍しく歯切れの悪いリュシオンを、私は奇妙に思った。
「どうしたんですか? 先ほどは、あんなに自信満々に、記憶を取り戻すのは恐ろしくないと仰っていたではありませんか」
少しだけ発破をかけるつもりでそう言うと、リュシオンは歯痒そうに首を振った。
『自分だけなら、何がどうなろうと怖くない。そうじゃなくて、俺が怖いのは……』
「怖いのは?」
リュシオンはしばらく迷ったように視線を彷徨わせていたが、やがて、真っ直ぐにこちらを見つめて言った。
『あんたに、何かあったらと……それだけが怖いんだ』
「へ……私、ですか?」
思いがけないことを言われて、私は訳がわからなかった。
しかし、言われてみれば確かに、私はリュシオンと唯一会話ができる人間だ。
もし私が中途半端に居なくなれば、リュシオンは誰にも気付かれないまま、永遠にこの世を彷徨うことになってしまうかもしれない。
それはきっと、何よりも恐ろしいことだろう。
私は少しでも安心してもらおうと、微笑んで答えた。
「大丈夫です。小康状態とは言え、しばらく魔族が出ていない場所だと言いますし。クライブさんも一緒です。自分で言い出したのですから、例え危険な目に遭っても、途中で投げ出して実家に帰ったりはしません。あなたの話し相手くらいは立派に務め上げますよ」
『いや、違う、そういう意味じゃ……』
リュシオンはまたモゴモゴと何か言いたげにしていたが、はっきりした言葉にはならなかった。
「少し、見に行くだけです。ご不安でも、私が側にいますから、安心してください」
そう言うと、リュシオンはなぜか悔しそうにした。
歪めた顔を隠すように片手で覆うと、前髪をぐしゃりと乱雑に掴んだ。
『ああもう、あんた……ほんっとうに、いい女だな』
皮肉を言うなら、もっとそれらしく言ってほしい。
そんなふうに、噛み締めるように言われてしまっては、聞いているこちらが無駄に照れてしまう。
「お褒めに預かり光栄です」
努めて涼しい顔を作って受け流すと、リュシオンは大きなため息をついてから、ようやくいつもの調子を取り戻して顔を上げた。
『……理由はさて置き、俺が一人で現場に行けずにいたのは事実だ。さっさと行けばよかったのに、どうにも足が向かなくてな……』
「なにか嫌な予感でもするのですか?」
自分の勘は当たると豪語している彼だ。
不吉な予兆を感じ取っているのかもしれないと思い、私は訊いた。
『いや、たぶん……大丈夫だ。行けば何かしら思い出せる。俺は早いところ、何もかも思い出さないといけないんだ……』
思考に耽りながら、呟くようにリュシオンは言う。
ここまでの会話で、私はリュシオンへの認識を少し改めていた。
お喋りで軽口を叩いてばかりの彼だが、彼なりに考えがあって言わずにいることや、内面で言語化できていないこともたくさんあるのではないかと。
リュシオンは落ち着いた笑みを浮かべて言った。
『せっかくあんたがここまでお膳立てしてくれたんだ。俺も腹を決めた。……だが、危なくなったらすぐに逃げて身を守れよ。クライブなんか放っといて大丈夫だからな』
弟に対する雑な信頼に、私はつい小さく笑ってしまった。
「はい。気を付けます」
『そうだ、あの耳飾りも忘れずに着けておけよ。無いよりましだ』
「はい」
譲り受けてから大事にしまい込んでいたが、せっかく守護の魔法が付与してあるのだから、まさに今が出番だろう。
その後もリュシオンにあれこれと指示されながら、私は戦場跡視察の準備を整えた。




