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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第2話 偉大なる英雄の葬儀




 数日間の急ぐ旅を経て、ジェイム伯爵家へたどり着いたのは、日が暮れた頃だった。


 その日は簡単な挨拶のみで迎え入れられ、翌日には葬儀と冥婚の儀式が行われる運びとなった。

 冥婚相手が決まって到着するまで、葬儀も待機状態だったらしい。

 英雄が亡くなってから、既に二週間が過ぎてしまっていた。


 会場はお屋敷近くの、ジェイム領の町で一番大きな聖堂だ。

 地元オルトス領の村唯一の、集会所のような聖堂とは比べるのも烏滸がましい、壮麗な聖堂だった。


 儀式当日になって初めて、私は棺の中の“旦那様”と対面することになった。


 伯爵家の皆様には「無理しなくていい」と気遣われたが、謝礼をもらう以上は“妻”としての役割を全うしたいと考えた私は、勇気を出して、覆い布で隠されていたご遺体の様子を確認させて貰うことにした。


 死後二週間が経過しているとは思えない、言ってはなんだが、新鮮な様子のご遺体だった。

 英雄リュシオンの弟で、彼もまた魔法使いであるクライブ氏が、保存のためこまめに時間遅延魔法をかけていたらしい。


「本当は、時間を巻き戻す魔法でもかけて生き返ってくれたらいいのに、と何度考えたか。残念ながら、そんな魔法はさすがにないんですけどね」


 兄の遺体を保存し続けた弟の表情は、この上なく悲しげだった。


 しかし、そんなことより衝撃的だったのが、ご遺体の状態があまりにも痛ましかったことだ。


 まず、頭が無い。

 首がすっぱりと切断されて、顔はどこかに行ってしまっていた。


 さらに、両手両足のうち、皮膚が爛れた左腕だけを残して、それ以外は失われていた。

 綺麗な服を被せられていたが、その下には何もないことが見てすぐにわかる。


 胴体しか残っていないというのは、こんなにも不自然で胸がざわつく光景になるものなのか。

 絶句していた私を見かねて、隣に居たクライブが解説してくれた。


「兄は、魔族の族長に首を刎ねられ、身体を劫火の魔術で燃やされました。魔法防御の指輪をしていた左腕だけは僅かに耐性があって、燃え残ったんです。なんとか首だけでも取り戻そうとしたのですが……あと一歩のところで族長を仕留めきれず、そのまま持ち去られました」


 魔族は人間を食べて力を得るというのが常識だ。持ち去られた首のその先を想像してしまい、私は吐き気を覚えた。


 クライブは兄の遺体を見つめながら、グシャリと顔を歪めた。


「兄は、最強の魔法使いでした。なのに、僕たちや兵を庇いながら一人で族長と戦い…………僕が不甲斐ないせいで……!」


 堪えきれずに涙を流し始めたクライブに、なんと声をかけてやればいいか私にはわからなかった。


 軽い気持ちで引き受けた冥婚だったが、伯爵家の一同は、家族を亡くした悲しみの真っ只中にいるのだということを、私は改めて思い知った。


 そうして、英雄リュシオンの葬儀がしめやかに始まった。


 多くの参列者が広い聖堂にあふれて、神官の祈りの言葉を聞きながら悲しみに暮れている。聖堂の前には街の平民たちも大勢詰めかけていた。

 それだけでも、生前の彼がどれほど多くの人々に尊敬されていたか、うかがい知ることができた。


 祭壇には遺影となる肖像画が飾られていた。


 絵の中の英雄様は、二本の脚でしっかりと立ち、魔法使いの証である長い杖を右手に掲げ、いくつもの勲章がついた式典用ローブを身に纏っている。

 体型はすらりとしていて、背も高そうだ。


 対面できなかった頭部も絵の中では健在だ。

 生前はさぞ女性にモテていたであろう、精悍な顔立ちだった。切れ長の鋭い眼光で前を見据えている。

 享年は二十七歳だという。


 通常の葬儀の流れがひと通り済んだ頃、いよいよ冥婚の儀式を行う時間がやってきた。


 神官に呼ばれ、私は遺族席の端から、棺の横まで進み出る。


 厳かな神官の声が、リュシオンの冥婚を行うことを説明すると、聖堂の参列客たちは物珍しさに僅かながらざわついた。


「オルトスの娘、モニカ。そなたはジェイムの息子リュシオンを夫とし、その魂が楽園へ昇るまでこれを支え、尽くし、導くことを誓うか」

「誓います」


 決まり文句にはっきりと宣誓し、用意されていた誓約の書面にサインをした。


 そして、実際の結婚式と同様に、誓いの口付けをするくだりに差し掛かる。


 実は、首のないボロボロの遺体に口付けをさせるのは流石に酷だということで、代替となる故人の私物、ハンカチを伯爵家の家族が用意してくれていた。

 儀式としても、そちらに口付けをすれば問題ないと説明を受けている。


 ほかの冥婚でも代替品で済ませることが多いようだ。

 なにしろ、縁もゆかりも無い男性の遺体に口付けするというのは、女性からすればかなり心理的抵抗が強い。


 しかし私は、遺体の胸の上に置かれていたハンカチには触れなかった。

 覚悟を決めて掛布の端をめくり、遺体の左手をそっと持ち上げた。


 焼け爛れた冷たい手の甲を間近に見つめると、生理的な恐怖と、しかしそれを越える切なさが胸に込み上げてくる。


 クライブの話を聞いて、私はリュシオンの生き様に、深い共感と敬意を抱いていた。


 この手は、兄として家族を最後まで守り抜いた手だ。


 私も姉として家族を守りたいという気持ちはあるが、果たしてそこまでのことが出来るだろうか。

 命をかけて家族を守ろうとした英雄に、私も私なりに、誠意を示したいと思った。


 だから、持ち上げた手の甲に顔を寄せ、静かに口付けた。


 正真正銘、初めての口付けの相手が首無しの遺体なんて、とも少しだけ思ったが、後悔はない。今さら惜しむものでもないし。


 本当の結婚式とは違い、誰ひとり拍手をする者は居ない。


 それでも口付けた瞬間、なんだか形容し難いが、不思議とすっきりした気分になった。

 恐ろしく感じていた遺体への抵抗感も、スッと消えた。

 きっと自分でも自分の行動に納得できたからだろう。


 儀式を終えて遺族席に戻ると、伯爵夫人が感極まって涙を流しており、小声で私に何度も礼を言ってくれた。


 大切な家族を喪う痛みは、母を亡くした私にもよくわかる。

 部外者である私にできるのは、せめて誠実に、彼らに寄り添って悲しみを共有してやることくらいだろう。


 期間限定の冥婚を、責任を持って精いっぱいやり抜こう。

 私は静かに決意を固めた。




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