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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第16話 リュシオンの魔道具




 店主はやや興奮した様子で、魔道具の説明をしてくれた。


「それはリュシオン様の作品で、“遅延守護”の魔法が付与されています」

「遅延守護?」

「身につけた持ち主に危害が及びそうになった時、その害を及ぼす物の時間を大幅に遅延させ、持ち主を守るのです」

「時間を、遅延……?」


 そう言われても、魔法をほとんど目にしたことがない私には、それがどういう現象になるのか、いまいち想像が付かない。

 首を傾げていると、店主はさらに噛み砕いて教えてくれた。


「例えば、この耳飾りを身につけたモニカ様に、私が石を投げたとします。すると、この耳飾りの魔法が危険を察知して発動し、石の動きをゆっくりにするのです。そうなれば、モニカ様でも簡単に石を躱すことができるでしょう」

「それは、素晴らしい効果ですね!」


 私も、理解してその凄さに驚いてしまった。


「ええ、こんな効果を実用レベルで付与できるのはリュシオン様くらいです」


 店主は我が事のように誇らしげな表情だ。

 しかし、そこまでの称賛を受けてなお、作った本人であるリュシオンはどこか不満そうだ。


『馬鹿だな、よく考えろ。一回きり躱せば済む危機なんて、大したことないだろう。本当にやばい状況だったら全く使い物にならないぞ。魔法は一回分しか付与できなかったから、回数を稼ぐために二つ一組の耳飾りにしたが、はっきり言ってゴミ性能だ』


 戦場で千の魔族を相手に修羅場を駆け抜けてきた英雄の経験談としては納得できる話だが、そもそもこんな耳飾りを着けるような令嬢は、そんな修羅場に行かないだろう。


 上から物が落ちてきたとか、馬車にはねられそうになったとか、そういう不意の事故を一回きりでも防げるのなら、十分だと思う。


 私がリュシオンの言葉に意識を向けていた間に、店主はどこからか鏡を持ってきていた。


「お気に召したのでしたら、ぜひお試しください」

「え?」


 宝飾品を売る者としては当たり前の台詞だったが、私にとっては思いがけない言葉で、呆けてしまった。


 私は、こういう煌びやかなアクセサリーを着けたことがない。

 今まで着飾って何処かに出かける機会もなかったし、普段は仕事の邪魔になるからだ。


 だから、素材の石が気になって手には取ったものの、自分がこれを身に着けようなどという発想がなかった。


 店主は、固まっている私の手から耳飾りを取ると、台紙からひとつを外し、「失礼します」と声をかけてそのまま私の耳に着けてくれた。


「具合はいかがでしょうか? とてもよくお似合いですよ」


 そう言って、店主が鏡をこちらに向ける。

 繊細な曲線で花模様が彫り込まれた銀の留め具に、雫型によく磨かれた小さな石がぶら下がるデザインの耳飾り。

 私が顔を動かすと石も小刻みに揺れて、周囲の光を纏うように輝いた。


 着ける前には少し派手ではないかと思ったが、合わせてみると案外悪目立ちせず、輝きも控えめだった。

 まさに花から滴る朝露のような、素朴な煌めきだ。


 なにか感想を言わねばと私が口を開きかけたその時。


『…………いい』


 耳元のすぐ後ろ、至近距離からいきなり唸るような声が聞こえて、私は驚きに総毛立ってしまった。

 なんとか表情には出さずに耐えたが、店主がいなければ悲鳴を上げていたに違いない。


 真後ろから鏡を覗き込んでいたのは、もちろんリュシオンだ。

 鏡に映らないので、接近されても気が付かなかった。


『まさに、俺が考えていたイメージにぴったりだ。今まで自分の作品を誰が身に着けようがまったく気にしたことがなかったが、これは絶対にあんたが着けるべきだ。買おう。あのメダル出してツケにしろ』


 どんな顔で言っているのかは知らないが、どうやら製作者としてのツボに嵌ったようで、抑揚がない早口で淡々と囁かれる。圧が怖い。


 確かに私も気に入りはしたが、そもそもアクセサリーなど必要ない。


 しかも、さっきちらりと見えてしまった台紙裏の値札が気になってしまい、試着中ずっと耳が落ち着かないのだ。

 実家の六人家族が三ヶ月は余裕で食べられる値段だった。


 そんな高額商品を、ミーシアや伯爵夫人から許可を貰っているとは言え、お世話になっている伯爵家の奢りでぽんと買うわけにはいかない。

 私は鏡から視線を上げて、店主に言った。


「あの、大変素晴らしいお品だと思います。リュシオン様の作品を、実際にこの目で見る事が出来て、大変光栄です。ですが、だからこそ、私には勿体ないと言いますか……」


 恐る恐る、返却する方向に話を持っていこうとすると。


『何言ってるんだ!』

「何をおっしゃいます!」


 前後から、店主とリュシオンの叫び声が被った。

 続けて、店主が熱弁をふるう。


「数多あるこの店の商品の中から、私でさえ失念していたリュシオン様の作品を拾い上げられたのは、モニカ様です。きっとこれは運命……いや、リュシオン様のお導きに違いありません!」

『そーだそーだ!』


 なぜかリュシオンまで同意している。

 もちろん導かれた記憶はこれっぽっちもない。


 私がどう返すか悩んでいるうちに、店主は一転して、穏やかに微笑んだ。


「先ほども言いましたが、モニカ様。私たち領民は、リュシオン様に最大限の敬意を払って下さったあなたを、心から尊敬しております。ですので、この耳飾りは、一領民からリュシオン様への餞ということにして、どうかあなたがお納め下さい。お代は要りませんので」

「え!?」


 気前が良すぎる店主の提案に、私は震え上がった。


「そんな、受け取れません。こんな、高価なもの……」


 とうとう本音が出てしまった私にも、店主は主張を曲げなかった。


「そもそもそれは、リュシオン様からお譲りいただいたものです。しかも私は、恐れ多くも店の中で持ち腐れていたのです。遺品として“ご遺族”にお返しすることに、なんの不思議がありましょう。さて、収納箱にお入れしますので、一度お預かりしますね」


 有無を言わさずそう言って、店主は耳飾りを回収すると、店の奥に入って行った。


 どうやらただの善意に限らず、店主も店主なりに商売人としてのプライドがあってあんなことを言い出したようだが、それにしても大盤振る舞いすぎやしないかと思う。

 食費三ヶ月分……。


 呆然としている間に、収納箱の上からさらに化粧箱でラッピングされた耳飾りを手渡され、やりきった表情の店主に見送られながら、私は店の外に出た。


「……うわぁ…………」

『フッ、そんなに嬉しいか』


 言葉にならない乾いた声を漏らして箱を見下ろす私の横で、リュシオンは得意そうにしていた。

 もはや突っ込む気力はない。


 するとリュシオンは、急に不満そうな顔になって続けた。


『しかし店主の奴、粋なことをするのはいいが、これでは店主からの贈り物じゃないか。俺が自分で贈りたかったのに……』


 リュシオンの理想の夫婦ごっこからは外れてしまったようだが、伯爵家のツケ払いにならずに済んだことにはひとまず安堵した。


 口にしたらまたリュシオンが騒ぎそうなので黙っておくが、冥婚の務めが終わったら、この耳飾りは伯爵夫人かミーシアに返そうと、私は密かに決めた。


 ……務めの終わり。

 そんな時がいずれは来るのだろうと思うと、なんだか胸の底が落ち着かない気がした。

 

 まるで生きているかのように振る舞い、ずっと私の側にいるリュシオンの存在に、慣れ始めてしまっている自分がいる。


 今までこんなに長い時間を異性と、いや、性別問わずに、気取らず会話できる相手とじっくり過ごす事などなかった。


 やかましい時もあるが、それが不快かと訊かれると、そうでもない。


 彼がいずれ楽園へ旅立つ時が来たら……その時私は、どんな顔をしているのだろうか?


「はぁ……戻りましょうか」


 感傷を小さなため息で片付けて、私は店の裏手の馬車置き場に向かおうとした。


 しかし、歩き出そうとしたその時、ふと嫌な視線を感じた気がして、私は道の反対側に植えてある街路樹の枝を見上げた。


 ちょうどガサガサと枝が動き、何かが飛び立っていったところだった。

 あいにく、その気配の正体ははっきりと判別できなかったが、鳥だろうか。


 妙な存在感があったので、少しだけ気味が悪かった。


『……どうした?』


 遠くを眺めたまま首を傾げていた私を、リュシオンが訝しむ。


「いいえ、何でもありません。帰りましょう」


 私は軽く首を振って、再び馬車へと歩き出した。




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