第11話 お出かけしましょう
そうこうしているうちに酢漬け野菜をおかわりしたミーシアが、話題を変えた。
「そうだー。モニカさんー、兄さんの部屋でー、アレ見たー?」
「アレ?」
「魔道具よー」
ガラス張りの棚に収まっていた魔道具を私は思い出した。
「いくつかありましたね。作りかけのようでしたが……」
綺麗な石や金属を組み合わせた、何かの部品や、アクセサリーの一部のようなものだった。あれで完成品だと言われると、用途がよくわからない状態だ。
「あらー、ざんねんー。もう卸しちゃってたのねー」
ミーシアの言葉に、少しだけ棘のある反応したのはリュシオンだった。
『おいミーシア、お前まさか……』
「ええと、どういうことでしょうか?」
私が訊くと、ミーシアはにっこり笑って言った。
「完成品ー、残ってたらー、あげちゃおうと思ってー」
「えぇ……」
『お前なぁ! 兄貴のモノの扱い雑すぎるだろ!』
私もリュシオンも揃って呆れてしまう。しかしミーシアは悪びれもせず続けた。
「兄さんの魔道具ー、アクセサリーがほとんどなんだけどー、けっこうかわいいのー。溜まってくるとー、町のお店に売っちゃうのよー。モニカさんにもピッタリだと思ったんだけどー」
「残っていたとしても、大切なお兄様の形見じゃないですか。アクセサリーならミーシアさんだって……」
意外な趣味だが、可愛いと言うくらいなのだから、妹から見ても出来がいいのだろう。
わざわざ他人に渡そうとしなくても、自分で大切にすればいいのに。
そう思って私が言うと、ミーシアは何故かほんのり頬を染めて、視線を反らした。
「あたしー、兄さんだろうとー、ほかの男からのアクセサリーなんかつけたらー、カレシがやばいのよー」
『こいつの婚約者な。とんでもなく“重い”んだ。葬式で帰省するだけなのに自分のローブを着せて寄越す程にな。見ろ、あいつの家の家紋が入ってる』
このダボダボローブ、婚約者さんのだったのか……。
「じゃあじゃあー、モニカさんー、その魔道具のお店に行ってみないー?」
「お店に?」
「そー、お出かけー。ずっとこの家に缶詰めでもー、退屈でしょー?」
『おっ、いいなそれ』
私が伯爵領に着いたのは日暮れ間際で、地元の村の百倍は発展していそうなジェイム領の町を、まだじっくりと見ていない。
リュシオンも乗り気だが、私は少し迷った。
「でも、喪が明けていない冥婚妻が外を出歩くのは、あまり好ましくないのでは?」
ミーシアは笑って言った。
「だいじょーぶー。うちの家族だって仕事したりー、出かけたりしてるしー。“夫”を弔うのがモニカさんのお仕事なんだからー、兄さんの魔道具探しに行くのだってー、立派なお仕事よー」
「そうでしょうか……」
なんだか強引な言い分な気もするが、私も町の様子を見てみたい。
「そうそうー。でー、これー、ちょっと借りてきたのー」
ミーシアはローブの深いポケットから、鎖飾りのついた銀色のメダルを取り出した。メダルには、伯爵家の家紋が刻まれている。
目の前に差し出されたので、私は素直に受け取った。
「これは?」
「お買い物したくなったらー、それをお店の人に見せてー。だいたいのお店ならー、うちに請求回してくれるからー。好きなものバンバン買っちゃってー」
『おい、これも俺が使ってた家紋じゃないか! やっぱお前、俺の私物の扱い雑だよな!?』
なんだか凄いものを渡されてしまったことに気付き、貧乏が板についている私は震え上がった。
「そ、そんな大変なもの、私ごときが持ってはいけません!」
「いいのー、ママからもー、貸してあげてねって言われてるからー」
『俺のだけどな!?』
「馬車もー、好きに使っていいからー」
「え? ミーシアさんも行くんじゃないんですか?」
私が確認すると、ミーシアは手をひらひらと振った。
「あたしー、学院の卒業論文ー、ちょっとでも進めないとー。カレシと共同研究なのよー」
「そ、そうなんですか。大変ですね」
「そーなのよー。一区切りついたらー、また一緒に行こー?」
「ええ、ぜひ」
ミーシアは山盛りの酢漬け野菜を美味しそうに味わって食べきると、スープはほとんど一気飲みして私の食事をあっという間に追い越した。
「じゃー、楽しんできてねー」
残っていたパンにチーズを挟んでくわえ、にこやかに私に手を振ったミーシアは部屋に戻って行った。
嵐が去った後の私の手の中には、恐れ多すぎるものが重々しく残されたのだった。
◇ ◇ ◇
「あの、本当に出かけていいのでしょうか?」
昼食を終え、ひとまず客間に戻ってきた私は、家紋のメダルを落ち着かない気持ちで観察しながら、リュシオンに訊いた。
『いいに決まってるだろ。今から行ってもいいが……俺は他に少しやりたいことがある』
「やりたいこと?」
私が聞き返すと、リュシオンは憮然とした表情で腕を組んでいた。
『やっぱり、今の状態は身体があった時と違いすぎる。魔力感知ができないことにも気付かなかったし、他にも制限があるかもしれない。いったん落ち着いて、自分の状態を確認しようと思ってな』
「まあ、そうでしょうね。それがいいと思います」
身体を失って幽霊になるというのは、どんな感覚なのだろう。
「そもそも、感覚とかはあるんですか?」
『ほとんど無いな。物や人をすり抜けても何も感じないし。生理的にムズムズして落ち着かない気分になるだけだ』
ソファに座っている姿勢だったリュシオンが、おそらくわざと、ソファにめり込んで見せた。
見る方も落ち着かないが、本人も眉を寄せて嫌そうな表情だ。
『こうやって宙に浮いたりしているが、どこまで行けるかもわからないし』
今度は天井近くまで、ふわりと浮かび上がる。見上げる私にリュシオンは言った。
『というわけで、一人で色々検証してこようと思う。店は案内してやるから、出かけるのは明日にしよう。じゃ、夜には戻って来るからな、いい子で待ってろよ〜』
「えっ、あの……!」
私が呼び止めるのも聞かず、リュシオンは天井をすり抜けてその向こうに消えていった。
「別に、戻って来る必要はないんですけど……」
そもそも私に張り付いているのは、半ば嫌がらせのためだったはずだ。
別にどこへ行こうとリュシオンの自由だ。
しかし、彼の姿が唯一見える私の側に居たがるのは仕方のない事かもしれない。
昨夜も、態度はともかく、心細そうにはしていたし。
私以外にも彼と意思疎通できる人間がどこかにいればいいのだが。
勝手に見つけてそっちに付き纏ってくれないだろうか。
なにはともあれ、せっかくうるさい人が居なくなったので、午後はのんびりさせて貰うことにしよう。
客間に備え付けの茶道具一式を取り出した私は、ふと、さっきリュシオンに貰った薬草茶の存在を思い出し、試しに淹れて飲んでみた。
すっきりとした渋みの後、ほのかに甘い花の香りが鼻を抜けていった。初めて飲むのに、どこか懐かしい味で気分が落ち着く。
「……うわ、美味し……」
はからずも私の好みにぴったりだったお茶を飲みながら、私はぼんやりと窓の外の空を眺めて寛いだ。




