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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第10話 平凡なモニカ




 昼時になったこともあり、リュシオンは今日の調査はここまでにすると宣言した。


「お気遣いいただかなくても、もう大丈夫です。午後からまだまだ働けますよ?」

『いや、あんた、このまま本当に大怪我するまで働きそうだし……俺が言うのもなんだが、もう少し力抜いて付き合ってくれれば良いんだぞ?』


 何故か私に遠慮し始めたリュシオンに、私は言った。


「この程度で音を上げていては、実家の仕事が回りませんでしたので」


 常に火の車な実家の生活を円滑に回すには、私の疲労など二の次にしなければならなかった。


 早朝からパンを焼いて朝食の支度をし、片付けが済んだら、古いくせにそこそこ広い屋敷の掃除、洗濯、庭の草むしり。時たま修繕。自家用野菜と家畜の世話。

 あっという間に昼食の準備だ。


 午後は各所からの手紙を捌いて、その後父の仕事の補佐をする。主に経理関係だ。


 なにしろ我が領地の財務状況は、我が家の家計から補填している部分が多く、必然的に家計を司っている私の仕事になってしまう。

 必要ならば融資を頼み込むために私が奔走することもある。


 そしてまた夕食を準備し、食後は翌日の朝食やパン種を仕込む。あとは寝付くまで残っていた仕事を片付け、ようやく一日が終わる。

 休んでいる暇などない。


 妹たちも時々手伝おうとしてくれるが、私は自分が貴族令嬢の生活を捨てたぶん、妹たちにはなるべく令嬢らしい生活をさせてやりたかった。

 刺繍やダンスに詩歌、必要な教養や社交のマナーを学ぶのだって時間がかかるし、令嬢の立派な仕事だ。


 現状、刺繍の練習と称して繕い物やボタン付けなどの針仕事は彼女たちに持っていかれてしまっているのが、姉として情けない。


 今回、急に一ヶ月も実家を留守にすることになり不安だったが、伯爵家が私の代わりとなる人員を三人も派遣してくれたので、こうして安心して滞在できているというわけだ。


 本当に三人も必要なのかと遠慮しようとしたのだが、最低でも三人は送らせてくれと押し切られてしまった。

 伯爵家は何から何まで本当に手厚い。


 廊下を歩きながら、そんな経緯をつらつらとリュシオンに説明すると、リュシオンは何故か頬を引きつらせていた。


『そりゃ三人でも……いや、あんた、もっと自分を大事にしたほうがいいぞ……?』

「大事にしているつもりですけど……家族が無事に過ごしている事が、私の何よりの幸せですから」


 私は心からの気持ちでそう言ったのに、リュシオンは何やら、歯にものが挟まったような微妙な表情で黙り込んでしまった。



 ◇ ◇ ◇



 食堂で、朝とは違う種類のパンと野菜たっぷりのスープ、絶妙な酸味の酢漬け野菜に熟成チーズという、簡素ながらもこれまた素晴らしい昼食を頂いていると、ミーシアがフラフラと現れた。


「あーーー、おはよーございますー、モニカさんー」

「おはようございます、ミーシアさん。もうお昼ですよ」

「うふふー、ぐっすり寝たー」


 ミーシアのブラウスは昨日よりもさらに大胆にボタンが開いていて、谷間どころかもっと際どい所まで見えている。

 下はピッタリとした革製の乗馬ズボンを履いていて、官能的な下半身の輪郭を強調していた。


 そんな身体の上に、明らかに男性物とわかるデザインでブカブカなサイズの、魔法使い用ローブをラフに羽織っている。


 同じ年頃の妹がいる身としては一言二言言いたくなってしまう服装だが、他人の私がとやかく言えるものでもない。


『あー、あれがあいつの標準装備なんだ。そのうち慣れるから気にするな』


 リュシオンが目を泳がせながら言う。

 どうしてこんなになるまで放っておいたんですか。


 ミーシアはあくびをしながら食卓につく。テーブルは広いのに、迷いなく私の隣に座った。

 すぐに運ばれてきた料理の中から、彼女は真っ先に酢漬けに手を付けた。


「モニカさんー、伯爵家はどうー? 楽しんでるー?」


 人懐っこい笑顔を浮かべて、ミーシアが私の顔を覗き込んでくる。

 昨夜の会食ではあんなに号泣していたのに、今はすっきりとした表情だった。


 私はお兄さんの弔いに来ている客だと言うのに、楽しんでいると答えてもミーシア的に問題ないのだろうか。


「素敵なお屋敷で、皆様にもとても良くしていただいています。ミーシアさんも、今日はもう平気ですか?」

「なんかー、昨日はすっごい泣いちゃってー、全然話せなくてごめんねー」


 えへへと照れ笑いを浮かべる顔が可愛らしい。攻めた服装と、幼気の残る性格とのギャップが凄まじい。


「みんな忙しくてー、一人で暇してないー? 朝は何してたのー?」

「リュシオン様のお部屋を見せていただいていました。凄い数の本でしたね」

「おー、モニカさんも魔法に興味ある系ー?」


 私の答えに、ミーシアはぐぐっと身を乗り出してきた。私はその勢いに思わず身を引いてしまう。


「い、いえ、英雄様のお部屋が気になっただけで、魔法の方はさっぱり……」

「なーんだー……んー?」


 近付いたところで、ミーシアが小さな鼻をスンスンと吸う。


「あー、モニカさんー、やっぱり魔力あるー」


 ミーシアが嬉しそうに目を見開いた。


 普通、魔力の有無は特別な魔道具で測るものだが、どうやらミーシアは敏感に感じ取れるらしい。そういう魔法使いもいると聞いたことがある。


 この国では、成人するまでに、すべての国民が魔力測定することが義務付けられている。

 私の地元では、一定の年齢になると村の聖堂で神官様に測ってもらうのが慣例だ。子供の成長を祝うお祭りのような行事になっている。


「ありますよ。でも、ほんのちょっぴりで、魔法使いになれるほどではありません」

「たしかにー、そんな感じー……でもー……いやー……まいっかー」


 確認するようにまた数度鼻を鳴らして、ミーシアは大人しく身体を離していった。

 一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに彼女の中で解決したらしい。それ以上なにか言われることはなかった。


 私程度の微妙な魔力を持つ一般人は、大して珍しくない。一緒に測定した村の友達の中にも、私の他に三人いた。


『なんだ、あんた魔力あったのか。全然気付かなかった……いや、この身体だと感じ取れないのか。不便だな……』


 リュシオンが、私やミーシアに近付いたり離れたりして、感覚を確かめている。

 彼だって幽霊として目覚めてまだ一日足らずなのだから、掴めていない部分もあるのだろう。




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