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第67話 杖の真価

 昼下がりのギルド内は、比較的静かだった。

 受付で次の依頼を相談していたレオンたちのもとへ、リリアが足早にやって来る。


「レオンさん、ギルドマスターがお話があるそうです。これから大丈夫ですか?」

「……ああ、構わないよ」


 頷いたレオンたちは、リリアに案内されて階段を上がる。二階の奥にある扉の前でリリアがノックし、中から返事を受けてからそっと扉を開いた。

 執務室に足を踏み入れた瞬間、レオンはわずかな緊張感を肌で感じた。机の上には、黒い布を敷いた上に一本の杖が置かれている。それは、先日の討伐で倒したコボルト・シャーマンが持っていたものだった。


 見た目は簡素な短杖だが、柄の部分にいくつかの奇妙な刻印が刻まれており、ただの魔導具とは異なる雰囲気を醸し出していた。


「この杖だが――」


 机の向こうから、ギルドマスターがゆっくりと口を開いた。低く落ち着いた声には、わずかに警戒の色が混じっている。


「通常の魔導具とは構造が違う。術式を調べた結果、内部に何かが封じられている可能性が出てきた」

「……封じられている?」


 レオンが眉をひそめると、ギルドマスターは一枚の調査用紙を指先で軽く叩いた。


「反応としては、術者の痕跡に近い。魂とまでは断定できんが、それに類する力が残留しているようだ」


 その言葉に、空気が少し張り詰める。

 セリナは近づくことなく、杖に向けて鋭い視線を向けた。


「……呪い?」

「可能性はあるわ」


 サフィアが黒布ごしに杖を見下ろしながら応じる。表情は冷静だが、瞳の奥に微かな緊張が宿っていた。


「刻印の形状からして、封印系の魔術の可能性が考えられますが、断言はできません。解呪に失敗すれば、逆に干渉を受けるかもしれません」

「正直、この杖が何かまではまだ分からん。ただ……扱いには更に十分注意が必要だな」


 ギルドマスターの視線が、ふいにレオンへと向く。


「……俺たちに手伝えることがあれば、言ってください。可能な限り対応します」


 レオンが一歩前に出ながらそう告げると、ギルドマスターはしばし視線を交わし、ゆっくりと頷いた。


「分かった。頼りにしているよ、レオン」

「もちろんです」


 短く応じたレオンの目が、机の上の杖に向く。その表面に刻まれた模様が、わずかに光を吸い込むように見えたのは、気のせいだろうか――。

 


 しばらくしてギルドマスターは杖に布をかけると、引き出しから一通の封書を取り出した。厚手の羊皮紙に赤い蝋封が施され、その中央には見覚えのある意匠――ラウレンツ辺境伯家の家紋がくっきりと押されていた。


「君たちに、もうひとつ伝えなければならないことがある」


 ギルドマスターは封書を静かに卓上へ置き、その表を指先で軽くなぞった。


「……この封書は、ラウレンツ辺境伯直々のものだ。先の『杖』の件について、王都の一部にも報告が上がったようでな。由来不明の魔導具が発見されたことに、辺境伯が強く関心を示されたらしい」


 レオンは封書から視線を上げた。


「辺境伯が、俺たちに?」

「そうだ。できれば、君たち本人に会いたいと。……とくに、杖と接触した者たちに直接話を聞きたいそうだ」


 沈黙の中、リリアが思わず息をのんだ。そして不安げな声音で、けれどはっきりと尋ねた。


「わ、私も……ご一緒して、よろしいのでしょうか?」


 レオンはすぐに答えた。表情を崩すことなく、しかしその声には確かな信頼がこもっていた。


「もちろん。リリアがいないと始まらないだろ」


 その言葉に、リリアの表情がふっと和らぐ。

 けれどミリーは緊張を隠せないまま、胸元に手を当てて呟いた。


「辺境伯様……怖い人じゃないと、いいのですけれど……」

「見た目は怖い。でも、本質は真っ直ぐな人だよ」


 サフィアが淡々と補足する。まるで、かつて実際に会ったことがあるかのように。

 セリナは言葉は発さず、けれどじっと杖を見つめたまま、どこか考え込むような表情をしていた。

 ギルドマスターは改めて、全員に視線を向ける。


「王都との関係もある以上、この依頼は重要なものになる。だが、君たちが断れば他に回す用意もある。……決めるのは君たちだ、レオン」


 一瞬の沈黙の後、レオンは静かに頷いた。


「……引き受けます。行こう、みんな」


 誰も異を唱えなかった。


 ラウレンツ辺境伯――かつて共に旅をしたあの娘、その父にして一国の重鎮。彼の元で、杖に秘められた何かが、明かされるかもしれない。



 

 ギルドの扉を出た瞬間、街の喧騒と陽の光が戻ってきた。昼下がりのブルーヴェイルはまだ活気にあふれていたが、レオンたちの足取りは自然と静かになっていた。

 

 誰もが、あの執務室で聞いた話を胸に抱えている。あの杖のこと、そしてラウレンツ辺境伯という名の重さ。


 宿へ向かう石畳の道を歩きながら、レオンは先頭で口を開いた。


「領主邸へは馬車で五日ってところか……。準備は今日のうちに済ませておこう」

「五日……結構かかるのね。辺境伯との謁見、大丈夫かしら……」


 サフィアの声は珍しく揺れていた。いつもの落ち着いた調子ではあるが、わずかに口調が硬い。彼女にとって貴族という存在が、ただの肩書きではないことをレオンは知っていた。


「……森じゃないけど、気は抜かない」


 セリナはそう言って、まっすぐ前を見つめていた。あまり表情に出さないが、すでに旅の気配を読み始めている。尾がゆっくりと揺れていた。


「……貴族のお屋敷、初めてで……ちょっと緊張します」


 リリアがやや遅れ気味に歩きながら、そっと胸元を押さえる。ギルドでの受付嬢としての誇りはあっても、領主の館となると勝手が違う。そういう不安が、声に滲んでいた。


「礼儀作法、心配です……」


 小さく呟いたのはミリーだった。短杖を両手で抱きしめたまま、足取りはどこかおぼつかない。それでも、ついてこようとする気持ちはひしひしと伝わってくる。


 宿の前に差し掛かる頃、レオンは振り返り、皆を見やる。


「難しく考えるな。今回の任務は、杖の報告。それが一番だ」


 それでも、やわらかい声で続ける。


「でも……礼節は大事だ。練習も兼ねて、今日は荷造りの後に少しだけ作法の確認をしよう」

「……は、はいっ」


 ミリーが小さくうなずき、リリアも安堵の吐息を漏らす。


 宿の扉が開き、少し冷えた空気が迎える。それはどこか、旅の始まりを告げる風のようでもあった。


 そして、彼らの背後で陽が傾き始める。


 ラウレンツの名が告げた次の舞台は――確実に動き出していた。



 

 金属を磨く音と、時折漏れる笑い声が、静かな夜の空気をやわらかく揺らしていた。

 宿の一室。装備の手入れと荷造りを終えたレオンたちは、床に円を描くようにして座り、短い休息を取っていた。


 けれどレオンだけは、少しだけ距離を取って、窓際に腰を下ろしていた。

 掌の中――記憶に焼きついたあの杖の感触が、離れない。


(……ただの魔導具じゃない。確かに魔物の意思みたいなものを、感じた)


 洞窟から持ち帰る際、レオンはあの杖に魔力を通してみた。

 ほんのわずかだった。だが――確かに、反応があった。触れた先の奥で、何かが身じろぎするような、鈍く、濁った気配。


「レオン、何かあったの?」


 いつの間にか隣に座っていたサフィアが、そっと問いかけた。


「……少しだけ。触れたとき、奥底で、何かが動いたような……そんな気がして」


 サフィアは静かに頷いた。その目に浮かぶのは、明確な警戒だった。


「やはり……相当危険なものかもしれませんね」

「……なら、壊せばいい」


 セリナが短く口を挟んだ。ぴくっと動いた耳が、その意志の強さを示している。

 レオンは肩を竦め、わずかに笑った。


「……それも、一つの判断材料かもな。あとは、領主館での報告次第だ」


 そう言って、部屋を見渡す。少しずつ緊張がほぐれ、表情にもゆるやかな色が戻っていた。


「さて。せっかくだから、作法の確認もしとくか。リリア、まずは挨拶から」

「ひゃっ、わ、わたしですか!?」


 カチコチの所作でぺこりと頭を下げるリリアに、思わずセリナが首を傾げた。


「……変。ぎこちない」

「うぅ、緊張してるだけですぅ……」

「肩の力を抜いて。リリアらしく、ね」


 サフィアのアドバイスに、リリアは深呼吸してからもう一度礼をする。今度は、いくぶんか自然だった。


「……次、ミリー」

「えっ、わ、わたしですか……?」


 おそるおそる立ち上がったミリーは、数歩前に出て、ふわりと裾をつまんで上品に一礼した。


「……このたびは、お招きいただきありがとうございます」


 その所作はどこか洗練されていて、無駄がなかった。

 一瞬、部屋の空気が静止する。


「……え、えぇと……?」

「……完璧」


 セリナがぽつりと漏らし、サフィアも目を見開いたまま頷く。


「記憶はないと聞いてましたが……。出自は、やはり……」

「……すみません、よく分からなくて。でも、なんだか体が覚えていて……」


 ミリーが戸惑いながら微笑むと、レオンも自然と頬を緩めた。


「それで十分だ。ありがとう、ミリー」


 夜の空気が静かに流れていた。その中で、彼女たちの小さな成長と、まだ見ぬ不穏な真実の気配が、静かに交差していた。




 夜の静寂が宿の部屋を包み込んでいた。仲間たちの寝息が微かに聞こえる中、レオンは一人、窓辺に立っていた。


 月は高く、透き通るような光が街の屋根を照らしている。開けた窓から入る風が、肌をなでるように通り過ぎた。

 その静けさの中で、レオンは黙って、手すりに両肘をかけた。


 ……あの杖。


 あの底知れぬ気配。そして、再び貴族との関わりが生まれていく今の流れ。

 心の奥に、言葉にならない重さがある。


(……結局、こうやって関わっていくことになるのか)


 出奔した王子が、皮肉にもまた王国の謎へと引き寄せられていく。否応なく絡んでくる血と過去。

 けれど――今の彼には、それを拒む理由はなかった。


(この杖の正体を明かせば、きっと何かが見えてくる……)


 レオンはそっと目を閉じる。浮かぶのは、仲間たちの顔。そして、あの杖の奥底に潜んでいた何か。


(だから俺は――進む)


 その瞳が、ゆっくりと開かれたとき。月明かりの中に、静かで強い意志が宿っていた。

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