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第62話 冒険者ギルド訪問

 澄んだ朝の空気が広がるブルーヴェイルの町。陽光が石畳を照らし、店の軒先にはすでに商人たちの活気ある声が響いていた。


 レオンたちは孤児院の前でミリーと合流し、そのままギルドへと向かっていた。

 ミリーは、街並みを興味深そうに見回しながらも、その歩みはどこかぎこちなかった。


「……賑やかですね」


 彼女の青い瞳が、道を行き交う人々の姿を映す。冒険者らしき者たちが装備を整えて歩き、武器を担いだまま談笑している者もいる。市場では朝の仕入れを終えた商人たちが、声を張り上げながら客を呼び込んでいた。


「ブルーヴェイルは、冒険者が多い町だからね。活気があるのよ!」


 リリアが軽やかな声で説明すると、ミリーは「なるほど……」と静かに頷いた。しかし、その表情には少し戸惑いが混じっている。


「こんなにたくさんの人が……。少し、驚いてしまいました」


 町の賑わいに慣れていないのだろう。彼女は人混みを避けるように歩きながらも、慎重に周囲を観察していた。


 そんなミリーの様子を見て、セリナが少しだけ足を速め、彼女の隣に寄った。


「……大丈夫?」


 その短い問いかけに、ミリーは一瞬驚いたようにセリナを見たが、すぐに控えめに微笑んだ。


「はい。でも、やはり人混みは慣れませんね」


 セリナはじっとミリーの表情を見つめた後、小さく鼻をひくつかせた。


「……怖がってるわけじゃない。でも、落ち着かない……そんな感じ」


 セリナの観察眼に、ミリーは驚いたように目を瞬かせた。


「……はい。なんだか……場違いな気がしてしまうのです」

「場違いなんてことはないわ」


 優しく微笑みながら、サフィアがミリーの肩にそっと手を置いた。


「少しずつ慣れていけばいいのよ。無理をしないように」

「……そうですね」


 ミリーは自分を気遣ってくれる彼女たちの言葉に、少しだけ表情を和らげた。


「俺たちが一緒にいるから、心配しなくていい」


 レオンの落ち着いた声が響く。ミリーは彼の横顔を見つめた後、ふわりと微笑んだ。


「……ありがとうございます、レオン様」


 そう言って、彼女は少しだけ歩く速度を上げた。


 少し先には、目的地である冒険者ギルドの建物が見えてきた――。




 石造りの堅牢な建物――冒険者ギルドの扉を押し開けると、騒がしさと熱気が一気に飛び込んできた。

 中では、装備を身に着けた男女が談笑しながら酒を飲んでいたり、カウンターで受付嬢と話し込んでいたりする。壁には大小さまざまなクエスト用の依頼書が並び、ざわめきの中にも活気が溢れていた。


 ミリーは入口で足を止め、そっとスカートの端をつまみながら、目を見開く。


「……すごい。まるで別の世界のようですわ」


 その声に、隣を歩いていたリリアが微笑みながら頷く。


「これが、冒険者ギルドよ。みんな、クエストを受けたり情報を交換したりしてるの」


 ミリーの視線は、筋骨隆々の戦士や軽装の弓使いたちに向けられる。そのどれもが、彼女にとって初めて見る「現実」だった。


「冒険者の方々……皆さま、逞しくて堂々としていて……」


 セリナが少し離れた場所で腕を組み、そっけなく言う。


「……まあ、いろいろ。強いのも、騒がしいだけのも」


 その言い方に、思わずリリアが肩をすくめる。


「それでも皆、ギルドの仲間ですから」


 サフィアが静かに説明を加える。


「ここは、冒険者にとっての拠点よ。仕事を請ける場でもあり、必要な物資や情報が集まる場所でもあるわ」


 レオンがミリーに視線を向ける。


「俺たちも、ここでクエストを受けて動いてる。たいていは護衛や討伐任務だ」


 ミリーはレオンの言葉を聞きながら、再び広いホールを見回す。目に映る一つ一つが、まだ知らない世界への扉のように思えた。


「……なるほど。冒険者というのは、こうして依頼を受けて働いているのですね」


 声に迷いはない。ただ、どこか不思議な憧れの色が滲んでいた。




 ギルドのホールを一通り案内したあと、リリアはミリーをカウンター付近へと連れてきた。そこでは冒険者たちが依頼を確認したり、報告を行ったりしていて、常に数名が列を作っていた。


「ここが受付カウンター。冒険者たちはここでクエストを受けたり、報酬をもらったりするの」


 リリアの説明に、ミリーは小さく頷いた。その瞳には、興味と戸惑いが入り混じったような色が浮かんでいる。


「……皆さん、真剣な表情をしていますね」

「そうね。仕事そのものが命懸けのことも多いから、どんな依頼でも油断はできないのよ」


 リリアが笑顔を見せつつも、言葉には重みがあった。


「それに、冒険者にはランクがあるの。Fランクから始まって、Sランクが最高よ。レオンさんたちは今、Cランク」

「……階級……」


 ミリーは静かに繰り返した。その響きは、どこか遠い記憶に引っかかるような感覚を含んでいたが、それが何なのかまでは思い出せなかった。


「高ランクの冒険者ほど、難しい依頼をこなしてきたって証明にもなるの。経験と実力の証ね」

「なるほど……」


 ミリーはカウンターの前で報告書を手渡す冒険者の姿をじっと見つめていた。その背筋には張り詰めたものがあり、淡い憧れのような想いが、胸の奥に浮かんでくる。


「……でも、私は……」


 言いかけたその時、リリアが軽く肩をすくめて微笑んだ。


「ふふ、ミリーも登録してみる?」

「えっ……!?」


 ミリーの顔が一気に赤くなる。


「そ、そんな……っ、わたくしが、冒険者など……っ」


 口元に手を添え、戸惑う様子で目を泳がせるミリーに、後ろから声が飛ぶ。


「リリア、驚かせすぎだ」


 レオンが苦笑交じりに言い、サフィアがその横でやんわりとフォローを入れる。


「冒険者といっても、戦うだけが全てではありません。物資の補給や支援魔法の役割も大切です」

「……支援、ですか……」


 ミリーはサフィアの言葉に目を瞬かせた。その表情には、何かが引っかかっているような、けれど温かな光が差し込むような感覚があった。


「……たぶん、合ってない」


 セリナがぽつりと呟く。それは冷たい言葉ではなく、むしろ彼女なりの照れ隠しだったのかもしれない。


 ミリーはふと、自分の手を見つめた。あの時、無意識に発動した回復魔法のぬくもりが、まだ指先に残っている気がしていた――。




 冒険者ギルドの賑わいは、昼を迎えてさらに熱を帯びていた。クエストを終えて戻った冒険者たちが、次の依頼を探したり、仲間と成果を語り合ったりしている。


 そんな中、空気を乱すような怒鳴り声が奥から響いた。


「ははっ、いいじゃねえか、ちょっとくらい――なあ?」


 明らかに酒に酔った男が数人、カウンター近くにふらふらと歩いてくる。赤ら顔の一人が、目に留まったミリーににやけた笑みを向けた。


「お嬢ちゃん、俺と遊ばねえか?」


 突然の言葉に、ミリーは小さく肩を震わせ、思わず一歩後ずさる。


「……っ」


 それを見たレオンが、間に立つように一歩前に出た。表情は崩さぬまま、低く、しかしはっきりとした声で言う。


「やめておけ。彼女は関係ない」

「なんだ、お前……俺に指図すんのか?」


 周囲にいた冒険者たちが、すでに様子を伺っていた。誰かが小さく呟く。


「あれ、レオンだぞ。例のCランクの……あいつ知らねぇのか」

「レオンさんの知り合いに絡むなんて……終わったな」


 ざわつきが広がる。


 男の眉がつり上がるが、その横から静かな声が差し込んだ。


「……そこまで」


 セリナだった。腕を組んだまま、鋭い金色の瞳で男を睨む。その視線に男が一瞬ひるむ。

 さらに、サフィアが冷たく告げた。


「無礼ですね。ここがどこか、わかっていないのかしら」


 冷気を含んだその声音に、男たちはさすがに気圧された様子を見せる。


「おい、お前ら!」


 そこへ、ギルドのスタッフが怒鳴りながら駆け寄ってきた。


「ここはギルドだぞ! 迷惑行為は規約違反だ。今すぐ出て行け!」

「ちっ……わかったよ、わかったって」


 男たちは渋々引き下がり、ギルドの扉の奥へと姿を消した。

 場が落ち着きを取り戻した頃、ミリーはそっとレオンの方を見上げた。


「……助けていただき、ありがとうございます、レオン様」


 深く、心からの感謝のこもった声だった。レオンはわずかに微笑み、静かに頷く。


「気にするな。ああいうのも、たまにいる。でも、俺たちがいる。心配しなくていい」


 その言葉に、ミリーは小さく、けれど確かに微笑んだ。




 夕方の光が、ブルーヴェイルの石畳を黄金色に染めていた。

 ギルドを後にした一行は、並んで通りを歩いていたが、ミリーの足取りはやや遅い。その視線は、先ほどまでいた建物――冒険者ギルドの扉に名残惜しそうに向けられていた。


 セリナはちらりとミリーの様子を伺い、何も言わずにその隣へ並ぶ。サフィアもその後ろに続き、レオンとリリアは少し前を歩いている。


「……強い人たちばかりでした」


 ぽつりと、ミリーがつぶやいた。指を胸元でそっと組みながら、まっすぐ前を見据える。


「戦いも、魔法も、言葉も……すべてが確かで、揺らぎがなくて……わたくしとは、まるで違いました」


 リリアが振り返り、やや肩をすくめるように笑った。


「それでも、あの中にいた子たちの中にはね、最初は魔法も剣も使えなかった人もたくさんいるのよ。誰もが最初から冒険者だったわけじゃないわ」

「……それでも、私は」


 ミリーは少しだけ声を落とす。だが、すぐに言葉を続けた。


「私は……何もできないと思っていました。でも、もし――ほんの少しでも、誰かの力になれるのなら」


 レオンが立ち止まり、振り向く。その瞳は優しく、ミリーの揺れる決意を受け止めるように見つめていた。


「ミリー。無理に何かを決める必要はない。焦らず、ゆっくりでいい」


 ミリーの視線が、まっすぐレオンへ向く。彼女の中にあった不安の霧が、少しだけ晴れたように思えた。


「……ありがとうございます、レオン様」


 その言葉には、ささやかながらも確かな決意の色が滲んでいた。


 日が傾き、通りに長く伸びる影の中――少女の胸の中に、新しい光が芽生え始めていた。

 しばらく無言のまま歩き出す一行。その沈黙を破ったのは、再びミリーの声だった。


「……レオン様」


 レオンが振り向く。ミリーは歩を止め、両手を前に重ねたまま、真っ直ぐ彼を見上げていた。


「わたくし、やはり……ご一緒させていただきたいのです。あなた様方とともに歩んで、もう少し、この世界を知ってみたい」


 言葉はゆっくりと、けれどはっきりと紡がれる。恐れるような色はなかった。


「今のわたくしでは、きっと足手まといです。でも……それでも、傍にいたいと思いました。あのギルドで感じた想いを、無かったことにはできません」


 セリナがちらりとミリーに視線を向け、何も言わずに歩調を緩める。サフィアもまた、小さく頷くようにその言葉を聞いていた。

 レオンはミリーの瞳をじっと見つめ、やがて静かに頷いた。


「……わかった。無理をしなくていい。ゆっくり、できることを探していけばいいさ」


 その一言に、ミリーはふわりと息を吐いた。安堵とも喜びともつかぬ表情が、頬にやわらかな紅を差す。


「……ありがとうございます」


 再び歩き出す列の中、今度はミリーが自然とレオンのすぐ後ろについた。迷いのない足取りだった。


 少女はまだ何者でもない。けれど確かに、今――誰かの背を追い、その足跡を踏みしめようとしていた。

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