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第55話 コボルトの巣への足跡

 冷たい朝靄が森を覆い、日の光がまだ十分に届かない。村を出発したレオンたちは、森の入り口で馬車を停めた。


「ここから先は馬車じゃ無理だな。ここに置いて、歩いて行こう」


 レオンは馬を繋ぎながら言った。村の男たちが使っている小さな馬車道は、森の手前までしか続いていない。そこから先は、人が踏み分けた程度の獣道しかなかった。

 セリナが鼻をひくつかせながら、森の奥へ視線を向ける。


「……コボルトの匂い、まだ遠い」


 サフィアは周囲を見渡しながら、慎重な口調で言った。


「この先に巣があるなら、きっと何かしらの痕跡があるはず」

「警戒しつつ、慎重に進もう」


 レオンは剣の柄に手を置き、森の奥へと一歩を踏み出した。




 森の中は静かだった。まだ朝早いためか、鳥のさえずりもほとんど聞こえない。木々は高く生い茂り、湿った土の匂いが鼻をつく。歩を進めるたびに、靴の下で枯れ葉がくしゃりと音を立てた。


「……妙に静かね」


 サフィアが警戒しながら呟く。


「獣の気配、少ない」


 セリナは地面にしゃがみ込み、細長い指で土をなぞった。そこには小さな爪の跡があり、周囲の葉にも擦れた痕が残っていた。


「コボルトの足跡だな」


 レオンも近づき、跡を観察する。大きさや深さからして、子供ほどの体格の者が複数通ったものだ。


「……数は、そこそこ多い」


 セリナは鼻をひくつかせ、匂いを確かめながらゆっくりと立ち上がった。


「まだ古い。でも、奥に行けば……もっと濃くなる」

「つまり、この道を通って巣へ向かえるってことか」


 レオンは頷き、剣を抜かずに慎重に前進する。

 他の二人もそれに同調するように歩き出した。




 しばらく歩くと、森の雰囲気が変わり始めた。


 陽が完全に昇ったにもかかわらず、木々が密集し、光が地面に届かないほど薄暗い。足元には湿った苔が広がり、地面には枯れ葉が堆積していた。ところどころに、折れた枝や引き裂かれた樹皮が散らばっている。


「……ここから先は、コボルトの縄張りっぽいな」


 レオンは周囲を見回しながら、低く言った。


「足跡も増えてるし……」


 セリナが尻尾を揺らしながら先へ進む。鼻をひくつかせ、獲物の匂いを追う狩人のように慎重に歩を進める。


「……この先に、巣がある」


 レオンは頷くと、サフィアと目を合わせた。


「気を引き締めよう。そろそろ、奴らの斥候が出てくるかもしれない」


 三人は、さらに奥へと足を進めた。――そして、濃密な獣臭と、微かな血の匂いが漂い始める。

 確実に、コボルトの巣へと近づいていた。




 森の奥へ進むにつれ、異変が明らかになってきた。

 道らしき道はなくなり、枯れ葉と土の間に深く刻まれた小さな足跡が無数に残っている。木の幹には爪で削られたような擦り傷が増え、ところどころに骨の破片が散乱していた。


 セリナが足を止め、しゃがみ込んで地面を見つめる。


「……足跡、多い」


 指先で地面の跡をなぞり、周囲の状況を観察する。


「群れの規模、大きい」


 レオンもその場にしゃがみ、深く刻まれた無数の足跡を目で追った。コボルトのものと見て間違いないが、その数が尋常ではない。


「少なくとも十数体以上……いや、それ以上かもしれないな」


 サフィアが歩み寄り、木の幹に残った引っ掻き傷に触れる。


「これは比較的新しいわ。少なくともここ数日以内に通った跡ね」


 森の奥から微かな風が吹き抜ける。獣臭が漂い、空気はどこか湿っていた。

 そのとき、セリナが僅かに鼻をひくつかせ、視線を横に向ける。


「……血の匂い、する」


 レオンとサフィアが一斉に視線を向ける。

 セリナが森の草むらを押しのけると、そこには土に滲んだ赤黒い血痕が残っていた。

 レオンが近づき、手で触れてみる。


「……まだ乾ききっていない」


 サフィアも眉をひそめながら、周囲を確認する。


「血痕があるわ。まだ新しい……誰かが最近襲われた?」


 レオンは唇を引き結ぶ。


「……急がないと、手遅れになるかもしれない」


 緊張感が一気に高まる。

 誰かが襲われたのなら、まだ生きている可能性もある。もし囚われているなら、助ける時間は限られているかもしれない。

 レオンは剣の柄に手を置きながら、深く息を吐いた。


「……巣はもう近いはずだ。慎重に進もう」


 セリナとサフィアが頷き、一行は更に森の奥へと歩を進めた。




 森の奥へと進むにつれ、コボルトの気配が濃くなってきた。木々の間を慎重に進んでいたレオンたちは、不意に足を止めた。


 前方の茂みで、何かがうごめいている。

 レオンは身を低くしながら、じっと目を凝らす。


 ――コボルトが二体。


 一体は木の幹に寄りかかりながら周囲を見張り、もう一体は鼻をひくつかせて何かの匂いを嗅いでいる。


「見張り役か……。こっちに気づく前に片付けるぞ」


 レオンは素早く判断を下した。

 セリナが一歩前に出ると、低く囁く。


「……任せて」


 次の瞬間、セリナの姿が一瞬で消えた。いや、厳密には視線の端でしか捉えられないほどの速度で、草むらを滑るように走り抜けたのだ。

 コボルトが何かに気づいたように顔を上げる――が、間に合わない。


 スッ――。


 鋭い音とともに、短剣がコボルトの喉を切り裂いた。

 相手が声を上げる間もなく、セリナは手早く刃を引き抜き、静かに地面に倒す。残る一体が異変に気づき、慌てて振り向く――が、その瞬間、サフィアの冷静な声が響いた。


「空を裂く刃よ、我が敵を刻め――《エアカッター》!」


 透明な刃のような風が巻き起こり、一直線にコボルトへと放たれる。


「ガゥッ――!」


 コボルトは短い悲鳴を上げる間もなく、鋭い風の刃が胴体を切り裂いた。


 ――次の瞬間には、二体とも動かなくなっていた。


 レオンは周囲を警戒しつつ、二人の方を振り返る。


「よし、気づかれずに倒せたな」


 セリナは手際よく短剣の血を拭い、尻尾を軽く揺らしながら頷く。


「……簡単」


 サフィアも魔法の余韻を残した手を下ろし、静かに微笑んだ。


「巣まで近いはずね。慎重に行きましょう」


 三人は戦闘の痕跡をできるだけ残さぬよう処理し、再び森の奥へと進んでいった。




 セリナの嗅覚は、コボルトの気配が強まっていることを示していた。足跡も、折れた枝も、擦れた木の幹も増えている。


 ――巣は近い。


 だが、その時だった。レオンが踏み出した瞬間、茂みの向こうからコボルトたちが現れた。


 五体。


 互いに驚いたように一瞬の静寂が訪れる。


「しまった、奴らが見張りか……!」


 レオンが剣の柄に手を伸ばす。次の瞬間、一体のコボルトが大きく息を吸い込み、警告の遠吠えを上げようとした。


 ――が、遅い。


「させない……っ!」


 セリナが一瞬で姿を消したかと思うと、音もなくコボルトの懐へ飛び込む。


 スッ――!


 鋭い刃が閃き、コボルトの喉元を一閃する。


 「グッ……!」


 短い呻き声すら発する間もなく、コボルトは崩れ落ちた。しかし、残った四体は威嚇するように唸り声を上げ、武器を構えてくる。


「天に轟きし雷帝よ、その怒りを地に降らせよ――《サンダーストーム》!」


 サフィアが冷静な声で詠唱を終え、杖を振る。空気がビリビリと震えたかと思うと、雷撃が一直線に迸る。


「ギャアアッ!」


 雷撃は二体のコボルトを直撃し、その場で焼き焦がす。

 しかし、残る二体は怯むことなく、低い姿勢でレオンへと突進してきた。


「ここは通さない!」


 レオンは即座に剣を横薙ぎに振る。


 ズバァッ!


 一体のコボルトは剣圧の前に真っ二つに裂かれ、血しぶきを上げて倒れた。残った一体は、戦意を失ったのか、怯えたように後退し始める。


 ――だが、その背後に静かな影が迫っていた。


「終わり」


 セリナが無音のまま背後に回り込み、短剣を突き立てる。コボルトは小さな悲鳴を上げる間もなく沈黙した。


 戦闘は一瞬だった。


 レオンは剣を払って血を落としながら、周囲を素早く警戒する。


「危なかったな……でも、どうにか気づかれずに済んだか」


 サフィアも魔力の余韻を振り払いながら、冷静に息を整える。


「もし奴らが巣に戻っていたら、奇襲が難しくなるところだったわね」


 セリナは小さく鼻をひくつかせた。


「……でも、匂いが濃くなってきた。巣、近い」


 レオンとサフィアが互いに視線を交わし、頷く。

 コボルトの巣まで、もうすぐだ。




 森を進むにつれ、夕暮れの光が木々の隙間から漏れ、長い影を作り始めていた。


 レオンたちは慎重に足を運びながら、僅かに開けた場所に出た。そこには、森の奥深くにあるとは思えない光景が広がっていた。


 ――コボルトの巣。


 想定よりもずっと大きな集落だった。

 巣の入り口には簡易的な柵が設けられ、その周囲には数体のコボルトが見張りについていた。中ではコボルトたちがうごめき、時折、低く唸るような声が響いてくる。


「……これは、思ったよりもずっと規模が大きいわね」


 サフィアが静かに言う。

 レオンも同じ感想だった。ただの洞窟に住み着いている程度の巣を想像していたが、ここはまるで小さな砦のようだった。

 入口の奥からは、一定のリズムで奇妙な音が聞こえてくる。太鼓のような低い響きに混じり、何かを呟くような声――まるで儀式のようだ。


「……嫌な感じがするわ」


 サフィアが眉をひそめる。

 そのとき、セリナが鼻をひくつかせ、小さく目を見開いた。


「……人の匂い」


 レオンが鋭く振り向く。


「捕まってるのか……!?」


 セリナは静かに頷く。


「……生きてる。でも、弱ってる」


 レオンの表情が険しくなる。コボルトが人間を捕えること自体は珍しくない。

 しかし、巣の中で儀式めいたことをしている以上、捕えられた者の運命がどうなるかは予想がつかない。


 サフィアも顔を引き締める。


「このまま放っておけば、犠牲者が増える可能性が高いわね」


 レオンは柵の向こうの様子を慎重に観察し、コボルトを数える。見張りのコボルトは三体。しかし、奥にはさらに多くのコボルトがいる。


「正面から突っ込むのは難しそうだな」


 静かに状況を整理しながら、戦略を考える。コボルトの数、巣の構造、囚われた人間――考えるべきことは多い。

 だが、決断を躊躇う時間はない。


「……急ぐ、まずい」


 セリナがぽつりと呟く。その声に、レオンとサフィアは無言で頷いた。


 次の行動が、全てを決める――。

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