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第53話 装備強化と新たな挑戦

 朝の光が、静かな宿の部屋を照らす。レオンは目を覚まし、昨夜の夢を思い出す。


 涙を滲ませた、妹の悲しげな表情——。今まで夢に現れた少女は、いつもどこか儚げで、けれどどこか微笑んでいた。

 しかし、昨夜は違った。彼女は、何かを訴えるように表情を曇らせ、微かに震えていた。


(『兄さん……』)


 けれど、俺には何もできない。夢の中の彼女が、どこにいるのかも分からない。手を伸ばしても、掴めない幻のように——。


(それでも、前に進むしかない)


 妹の居場所が分からぬ以上、焦ってもどうしようもない。今は目の前の旅を続けることが、やがて答えに繋がるかもしれない。

 今のレオンには、そう思うことしかできなかった。




 宿で朝食を終えたレオンたちは、それぞれの準備を整えながら、次の行動を話し合っていた。


「そろそろ装備を整えないとな」


 レオンは腰に下げた剣を軽く抜き、刃先を確認する。細かい傷や刃こぼれが目立ち、そろそろ鍛冶屋で研いでもらう時期だと判断した。


「……刃こぼれ、多い」


 セリナも自身の短剣を手に取り、指の腹で刃をなぞる。使い込んだ分だけ研ぎ直しが必要で、戦闘中の切れ味にも影響しそうだった。


「私も杖を強化したいわ」


 サフィアはいつもの短杖を握りながら、小さく頷く。魔法の制御を安定させるためにも、より自分に適した形へと調整するべきだと考えていた。


「バルド工房に行くのがいいですね!」


 リリアが明るく提案する。


「久しぶりに会いに行くか」


 レオンも納得したように頷いた。

 ギルドに併設されたバルド工房はブルーヴェイルで長く続く鍛冶屋で、彼らの装備もそこで手入れを任せている。これまでのクエストを通して、装備は確実に消耗している。新たな挑戦に備え、しっかりと整えておくべきだ。


「皆さんがバルドさんのところに行ってる間に、私はギルドで次のクエストの選定を進めておきます!」


 リリアが張り切った声で宣言する。


「助かる」


 レオンが微笑むと、リリアはどこか誇らしげに胸を張った。

 こうして、四人はギルドへ向かう。




 ギルドの扉を押し開けると、いつもと変わらない活気に包まれた空間が広がっていた。冒険者たちの談笑や受付嬢の応対が響く中、リリアは意気揚々とカウンターへ向かう。


「それじゃ、私はクエストの選定を進めておきますね!」


 振り返ったリリアに、レオンは軽く手を振って頷いた。


「頼んだ」

「ええ、お任せください!」


 張り切って駆けていくリリアを見送り、レオン、セリナ、サフィアの三人はギルド内の一角にある鍛冶屋バルド工房へ向かう。


 鉄と火の匂いが漂う工房の奥では、大柄な男が鉄槌を振るっていた。分厚いエプロンをつけた鍛冶師バルドは、金床を叩く音に負けないほどの大声を響かせる。


「お前さんら、ずいぶん久しぶりじゃねぇか!」


 レオンたちの姿を確認すると、槌を置き、腕を組んでこちらを見つめる。だが、その視線は一瞬で険しいものに変わった。


「……って、なんだ、すげぇ顔してるな?」


 レオンは苦笑しながら挨拶を返す。


「お久しぶりです、バルドさん。少し過酷なクエストが続きまして……」

「ふん、お前さんたちが無茶ばっかしてるのは見りゃわかる」


 バルドは呆れたようにため息をつきながらも、どこか嬉しそうな顔をしていた。だが、すぐに目を細め、サフィアへと視線を向ける。


「で、そっちの銀髪のお嬢さんは?」

「サフィアです。レオンたちと一緒に行動しています」


 サフィアは落ち着いた口調で答える。


「ほう、またメンバーが増えたってわけか。しかも、お前らCランクになったんだってな?」

「はい。まだまだこれからですけど」

「ったく……強くなるってのは良いことだがな、気をつけろよ」


 バルドは腕を組んで、ふっと少しだけ寂しげな目をした。


「そして強くなるってことは、それだけ危険も増えるってことだ」

「そのつもりでいます」


 バルドの気遣いがありがたいほど身に染みる。レオンがしっかりとした口調で答えると、バルドは満足げに頷いた。


「さて、お前さんたち、今日は何の用だ?」


 セリナがすかさず一歩前に出る。


「……短剣、研ぎ直し」


 バルドは目を細め、セリナの腰にある短剣に視線を向けた。


「ほう、随分と使い込んでるな」


 セリナは無言で短剣を抜き、光にかざす。刃の端には細かい傷が入り、わずかに鈍い反射を見せていた。


「……まだ使える。でも、切れ味悪い」


 バルドは短剣を受け取り、親指の爪で刃の感触を確かめると、鼻を鳴らした。


「なるほどな。刃こぼれはそこまでひどくねえが、切れ味は確かに落ちてるな」

「……魔物、多かった」

「そりゃあ研ぎ直しも必要になるわな。いい腕してるんだから、手入れを怠るなよ」


 バルドはそう言うと、短剣を軽く持ち上げ、光にかざしてもう一度確認する。


「しっかり仕上げるには、それなりに時間がいるな。数日もらえれば仕上げとくから、また取りに来な」

「……わかった」


 セリナは短く頷く。

 その様子を見届けたサフィアが、一歩前に出る。


「この杖ですが、魔力の伝導率を上げることはできますか?」


 サフィアは自身の短杖をバルドに差し出した。

 バルドは短杖を受け取り、じっくりと眺めると、唸るように言った。


「へぇ、こりゃ珍しい杖だな。強化しようと思ったら、それなりの加工が必要だが……少し時間をもらえりゃ、改良できるぜ」

「助かります。お願いします」


 サフィアは穏やかに頷く。


「俺の剣も、そろそろ新しくした方がいいですか?」


 レオンが手持ちの剣を見せると、バルドはそれを手に取り、じっくりと観察した。


「ああ、これはかなり使い込んでるし、もう一段階上の剣を持ってもいい頃合いだな」

「お任せしてもいいですか?」


 バルドは満足そうに鼻を鳴らし、頷いた。


「よし、それぞれ見繕ってやる。だが、しっかり手をかけるからには数日はかかるぜ」

「問題ない」


 セリナが即答し、サフィアも静かに頷く。

 レオンも「待つだけの価値はあるので」と微笑みながら答えた。


 バルドは大きく頷き、手のひらで金床を軽く叩いた。


「よし、じゃあ楽しみにしてな。お前さんたちのために、最高の仕上がりにしてやるよ!」


 そう言うと、再び工房の奥へと消えていった。




 鍛冶屋バルド工房を後にしたレオンたちは、ギルドへと戻った。

 カウンターの向こうで待っていたリリアが、顔を輝かせながら駆け寄ってくる。


「おかえりなさい! クエストの候補をいくつかピックアップしました」

「どんなのがある?」


 レオンが尋ねると、リリアは準備していた書類を取り出しながら説明を始めた。


「ブルーヴェイル近郊での討伐依頼が三つあります。『森林のオーク討伐』と『廃村のゴブリン退治』、そして……」


 一瞬、リリアが言い淀む。

 サフィアが眉を寄せながら続きを促した。


「そして?」

「『コボルト大量発生の原因調査討伐』です」


 リリアの声が少し沈む。ギルドが把握している情報によれば、コボルト関連の依頼が急増しているらしい。しかも、上位種に進化したコボルトがいる可能性が高いことが指摘されているという。


 レオンは腕を組みながら、思い返すように呟いた。


「そういえば、俺たちも以前コボルトの巣を駆逐したな」

「……こないだの村も、コボルトの被害があった」


 セリナも静かに言葉を添える。

 リリアが頷きながら、ギルドの記録を見つめた。


「ここ最近、コボルトの活動が活発になってるみたいです。襲撃の頻度も増えていて、進化した個体の存在が懸念されています」

「進化した上位種が関わっているなら、放置は危険ね」


 サフィアの言葉に、一同が真剣な表情になる。

 もしこのクエストを受けると数日間に及ぶ可能性が高く、リリアはギルド待機となってしまうだろう。


「長期のクエストになるな……」


 レオンは候補を見比べながら、慎重に決断を下す準備を進めるのだった。




 ギルドでのクエスト相談を終えた後、サフィアがふと提案した。


「せっかくだから、魔道具屋を覗いてみない?」


 レオンとセリナは顔を見合わせる。


「魔道具か……あまり使ったことはないが、役に立つものはあるのか?」

「場所によっては、あると便利よ。特に長期のクエストなら、準備しておいて損はないわ」

「……見るだけ」


 セリナも小さく頷いた。

 こうして、三人はブルーヴェイルの商業地区の一角にある魔道具屋へ足を踏み入れた。


 扉を開けると、店内は独特の香りに包まれていた。古書の匂い、微かに漂う薬草のような香り、そして何か魔力を帯びた空気。

 店内には所狭しと棚が並び、その上には見慣れない道具や不思議な石が並べられている。


 カウンターの奥では、妖艶なローブを纏った女性がゆったりと椅子に腰掛けていた。黒髪に紫の瞳、柔らかな笑みを浮かべながら、こちらを眺めている。


「おやおや、可愛らしいお客様ねぇ……ふふ、何をお探しかしら?」


 落ち着いた声で、店主の女性が問いかける。


「クエスト中や野営に役立つものが何かないかと思って」


 サフィアが店内を見渡しながら答える。


「ふふ、興味があるなら見ていってちょうだい」


 店主は微笑みながらカウンターの奥へと手を伸ばし、いくつかの魔道具を取り出す。


「これは《魔力灯》よ」


 店主が取り出したのは、手のひらほどの小さなランタンのような魔道具だった。


「魔力を込めることで数時間光り続ける便利な道具よ。炎を使わないから、風の強い場所や、隠密行動の際にも役立つわ」

「なるほど、確かに便利そうだ」


 レオンが興味深そうに手に取る。炎を使わず、魔力で光るというのは確かに実用的だ。だが、手元の値札に目をやった瞬間、セリナが先に呟いた。


「……銀貨八枚」

「ふふ、いいものはそれなりの価値があるのよ」


 店主は妖艶な笑みを浮かべながら、指で魔道具の表面を撫でる。


「他にも、食料の鮮度を保つ《保存の護符》が金貨一枚と大銀貨五枚、魔物の探知を妨害できる《小型結界石》なら金貨三枚ね」

「……どれも便利そうではあるが……」


 レオンはしばらく考えた後、軽く首を振った。


「保存の護符や結界石は手が出せないが……《魔力灯》は買っておくか」

「高いけど、あると便利ですね」


 サフィアが優雅に微笑む。


「夜の行動時、明かりを確保するのは重要ですし、私が魔力を込めれば長時間使用できます」

「……確かに、夜道を照らすのに便利」


 セリナも納得したように呟いた。これまでは松明を使っていたが、それよりも軽くて扱いやすいのは利点だった。


「よし、買うか」


 レオンは8銀貨を取り出し、店主の前に差し出した。


「ふふ、いいお買い物をしたわね。魔力を込めるだけで点灯するから、使い方は簡単よ」


 店主は満足げに魔力灯をレオンに渡す。

 レオンは軽く重さを確かめると、サフィアに向かってそれを手渡した。


「お前が扱う方が効率がいいだろう」

「ええ、私が管理します」


 サフィアはそっと受け取ると、優しく魔力を込めてみる。すると、小さな灯がぼんやりと輝いた。


「ふむ……悪くないな」


 レオンがその光を見つめる。人工的な魔道の光だが、穏やかで心地よい。


「……これで夜の準備、少し楽になる」


 セリナも小さく頷く。


「ええ、いい買い物をしましたね」


 サフィアが満足そうに魔力灯を手にして微笑む。


 こうして、一行は初めての魔道具を手に入れ、少し軽くなった財布と共に店を後にしたのだった。




 数日後、ギルド併設の「鍛冶屋バルド工房」の扉を押し開けると、いつも通りの熱気と鉄の香りが鼻をつく。カンカンと小気味よい金属音が鳴り響き、奥では職人たちが黙々と作業を続けていた。


「おう、待たせたな!」


 バルドが鍛冶場から姿を現し、鍛え上げられた腕を組みながら満足げに頷いた。


「お前らの武器と防具、完璧に仕上げてやったぜ!」


 バルドの言葉に、レオンたちは一斉に目を輝かせる。レオンは新しく鍛え直された剣を手に取った。刃の輝きが増し、重量バランスもさらに向上している。


「すごいな……。持ちやすいし、切れ味も良さそうだ」


 試しに軽く振ってみると、しっかりと手に馴染んでいる。


「へへっ、そりゃあ腕によりをかけたからな。柄の部分も補強してあるし、これなら長く使えるぜ」


 バルドは誇らしげに言う。


 さらに、新しく仕立てられた軽鎧を手に取る。素材はこれまでのものと同じ革だが、魔法加工が施され、耐久力が向上している。


「強化した革鎧だ。これまでより軽くて丈夫だぜ。魔力を少しでも流せば、衝撃の吸収率も上がる」

「なるほど、戦闘中の機動力を保ったまま防御力も強化されてるのか」


 レオンは鎧を手にしながら納得する。


 セリナの手には、新たに調整された短剣が握られていた。刃の形状が微妙に変わり、軽量化されている。


「……扱いやすい」


 試しに空を切ると、まるで指先の延長のように馴染んで動く。


「お前さんの戦い方を考えて、少し形を改良しておいた。前よりも速く振れるはずだ」


 セリナはわずかに満足げに頷く。

 加えて、新しい防刃コートが手渡された。黒を基調とした装備で、裏地には特殊な加工が施されており、切り裂き攻撃への耐性が向上している。


「このコート、刃物のダメージを軽減するだけじゃなく、動きやすさも考慮してある。お前さん向きだろ?」

「……いい」


 セリナは短く言いながらも、その手つきは満足げだった。


 サフィアが受け取ったのは、魔力伝導率を向上させた杖。木の質感はそのままに、装飾部分に魔導鉱石が組み込まれ、微かな魔力の波動を発している。


「これほど綺麗に仕上げられるとは……。ありがとうございます」


 そっと杖を撫でると、魔力が穏やかに流れ、表面に微かな光が走る。


「杖も武器だ。魔法の伝導効率を上げて、消費魔力を減らせるようにしておいたぜ」

「それは助かります。戦闘中の負担が減りそうですね」


 サフィアが満足げに微笑む。

 そして、バルドが最後に手渡したのは強化ローブだった。


「動きやすさを重視しつつ、防御力を高めてある。布だけど、簡単な魔法防御も付けといた」

「とても軽いですね……これなら、魔法の詠唱も邪魔されません」

「これで準備万端ってとこだな?」

「はい、助かりました」


 レオンが深く頭を下げると、セリナとサフィアもそれに倣った。


「……それで、費用の方だが?」


 レオンが懐から財布を取り出し、バルドへ視線を向ける。


「へへっ、ちゃんと払う気があるのはいいことだ。お前らの装備全部合わせて大銀貨六枚だな」


 レオンは用意していた硬貨を数え、バルドの手のひらに渡す。


「確かに受け取った。これでおあいこだな」


 バルドは重みを確かめるように手のひらにある硬貨を軽く揺らし、ニッと笑った。


「しっかり生きて帰ってこいよ!」


 最後にそう念を押し、バルドは鍛冶場へと戻っていった。




 カウンターの前で待っていたリリアは、レオンたちの姿を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。


「準備、整いましたか?」

「もちろんだ。問題ない」


 レオンが頷くと、リリアは少しだけ肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべた。


「よかったです! それじゃあ、予定通りコボルト討伐ですね?」


 レオンはサフィアとセリナに軽く視線を送り、改めてリリアに向き直る。


「ああ。巣の規模が大きい可能性もあるし、放っておけば被害が広がるかもしれない」

「……上位種、いたら厄介」


 セリナが静かに呟く。


「ええ、進化個体が噂されている以上、慎重に対応する必要があります」


 サフィアも冷静に分析しながら頷いた。

 リリアは書類を確認しつつ、少し真剣な表情になる。


「討伐の成功を祈っています。でも、くれぐれも無茶はしないでくださいね」

「心配性だな。ちゃんとやるさ」


 レオンが軽く肩をすくめると、リリアは小さく頬を膨らませた。


「そう言って油断しないでくださいね……私はギルドで報告を待っています」


 そう言いながらも、リリアの表情にはどこか心配の色が浮かんでいた。


「大丈夫だ。俺たちなら、ちゃんと戻ってくる」


 レオンが微笑むと、セリナが「……当然」と小さく呟き、サフィアも静かに頷いた。

 だが、リリアの拳は小さく震えていた。


「……待ってますから」


 決意を込めたその声には、不安と信頼が入り混じっている。


「行ってくる」


 レオンが一歩踏み出し、セリナとサフィアもそれに続く。


 ギルドの扉が静かに閉じる。


 リリアは、その向こうに消えていった彼らの背中をじっと見つめていた。次にここで再会する時、彼らはどんな顔をして戻ってくるのか——。

 リリアはそっと胸の前で手を組み、祈るように呟いた。


「絶対に……無事に帰ってきてくださいね」


 そして、物語は大きな波へと飲み込まれていく。——これは、ただの討伐では終わらない。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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