第49話 専属受付嬢の初仕事と三人の初陣
朝の冷たい風が、ブルーヴェイルの石畳を吹き抜ける。まだ人通りの少ない街を、レオン、セリナ、サフィア、そしてリリアの四人が並んで歩いていた。
その様子は、昨夜の距離感を思い起こさせるような、互いを信頼し、認め合った仲間同士そのものに見える。
「……本当に大丈夫かな、私」
リリアがぎゅっと胸元で両手を握りしめる。リリアが身に着けたその制服は、ひと目で普通の受付嬢とは違う特別感があった。
まずトップスは、純白のブラウスに淡い金糸の刺繍が施されていて、胸元にはギルドの紋章がきらりと光る。襟は高めのスタンドカラーで、清楚さとフォーマル感を演出。だけど硬すぎないように、袖は少しふわっとしたパフスリーブで可愛らしさも残している。
上から羽織るベストは、濃紺でウエストが程よく絞られたデザイン。くるみボタンが並んでいて、少しクラシカルな雰囲気を漂わせている。背中側には細いレースアップのリボンがあしらわれていて、後ろ姿まで気を抜かない可愛さ。
スカートは、紺と白の二重仕立て。上の紺スカートは前が少し短く、動きやすさも考慮されたデザイン。その裾から、ふわっとした白いフリルがのぞく。だけど可愛すぎるだけじゃなくて、サイドにはギルド専属を示す金色のラインが一本入っていて、大人のアクセントも効いている。
足元は黒の編み上げブーツ。ヒールは低めだけど、きゅっと引き締まった足首が見えるデザインで、普段よりほんの少し背伸びした印象。
仕上げに、胸元には専属受付嬢だけに与えられる特別なブローチ。ギルドマスター直々に贈られたもので、銀細工で羽根のモチーフがあしらわれている。
「特別な役割を担う者は、普通の受付嬢とは違う覚悟を持て」
そんな意味が込められているらしいけど、リリアがつけると、どこか守ってあげたくなるような愛らしさが滲み出ていた。
髪もいつものふわふわじゃなく、きっちり三つ編みにしていて、いつもより大人びて見える。けど、その表情はいつものリリアだ。
「何度も確認したんだろ? 自信持てよ」
レオンが横で声をかけると、リリアは小さく頷いた。
「はい……でも、やっぱりちょっと緊張します……」
「緊張してるリリア、可愛い」
セリナがいつもの調子でさらっと言う。銀色の耳がぴくっと動いて、尾もふわんと揺れる。今は外套は羽織っておらず、狩猟服の出で立ちのため、朝日を浴びて毛並みが光って見えた。
「や、やめてください、セリナさんまで!」
リリアが真っ赤になって抗議すると、今度はサフィアが「ふふ」と微笑んだ。
「大丈夫、リリアさんならきっと上手くいきますよ」
薄紫のローブ姿のサフィアは、優しくリリアの肩に手を添える。
「サフィアさん……ありがとうございます」
そんなやり取りをしながらギルドの扉を開けると、朝の受付カウンターはまだ静かだった。だけど、リリアが専属受付嬢になったという噂はもう広まってるようで、先輩受付嬢たちが気になるのかこっそり見守っている。
「では、始めます!」
リリアは深呼吸して、制服の襟をぎゅっと正すと、いつもの元気な声を張り上げた。
「レオンさん、セリナさん、サフィアさん! 専属受付嬢として、初めてのクエスト申請を受け付けます!」
「よろしくな」
レオンが笑ってクエスト一覧を広げると、リリアは真剣な表情で隣に座る。
「こちらが、今のタイミングで受けられそうな依頼です」
テーブルに並べられた依頼の一つで、『街道沿いの魔物討伐と物資運搬』。 Cランクで、ブルーヴェイル郊外の小村の村長から出された依頼だ。
「物資を運びながら、村周辺に出るコボルトを討伐するんですね」
サフィアが内容を確認しながら呟くと、リリアが小さく頷く。
「この依頼なら、ギルドマスターも問題ないだろうとおっしゃっていました。 護衛と討伐の両方ですが、Cランクに上がった今なら、きっと大丈夫です!」
「さすが、リリアだな。ちゃんと俺たちのこと考えてくれてる」
レオンが素直に褒めると、リリアは耳まで真っ赤になる。
「べ、別に当たり前のことですからっ!」
セリナが横でくすくす笑う。
「褒められて、嬉しい?」
「う、嬉しいとかそういうんじゃなくて……もう!」
慌てるリリアを横目に、レオンが「それで?」と次の話を促すと、リリアは真面目な顔に戻って小さな透明の石を差し出した。
「進行報告用に、これを使ってください。簡易伝言石という魔道具です!」
「へえ、これが」
レオンが手に取ると、セリナが興味津々で横から覗き込んだ。
「これ、喋る?」
「話すことはできなくて、基本は短い文字で報告するんです。簡単なメッセージが送れる仕組みで、確認すると光って相手に既読がわかるんですよ」
「へえ、そんな便利なのがあるんだな」
リリアは伝言石の表面を指でなぞると、ギルドの紋章と一緒に送信ボタンが浮き上がる仕掛けを見せる。
「これに触れると、文字が浮かんで入力できるんです。メッセージを作ったらボタンを押して送信。簡単でしょう?」
「確かに。スマートだな」
「でも、1度の魔力充電で送れるのは数回までなので、使いどころには注意してくださいね!」
「数回か。じゃあ、こまめに送るより、要点だけまとめる感じが良さそうだな」
「はい。受信は回数制限がないので、私からの連絡は必要に応じて送ります」
「ってことは、リリアが待機して管理してくれるわけか」
レオンが納得すると、リリアは胸を張って「はい!」と笑顔を見せた。
「これ、本来はBランク以上の冒険者用なんですけど、専属受付嬢がつくパーティには特例で貸し出しされるんです」
「リリアが専属受付嬢だから、俺たちも使えるってことか」
「その通りです! それに、この伝言石はブルーヴェイル専用で、他の町に行ったらそのギルドの伝言石しか使えないんですけど、今日はブルーヴェイル管轄のクエストなので、バッチリ使えます!」
「なるほど、リリアがいるおかげでCランクでもこれが使えるわけか」
レオンが自然と笑うと、リリアは照れくさそうに「専属受付嬢の特権ですから!」と頬を染める。
セリナが「以外。リリア、優秀?」と茶化すと、「い、意外って何ですか!?」とリリアが真っ赤になって抗議する。
そんな掛け合いを横目に、サフィアが「これなら安心ですね」と微笑む。
「それじゃ、しっかりサポート頼んだぞ、リリア」
「任せてください!」
「よし、それじゃ行くか」
レオンが軽く拳を握って、セリナとサフィアに目配せする。セリナは尾をふわんと揺らして「早く終わらせて帰ろ」と気楽な調子。
サフィアは「気を引き締めていきましょう」と、微笑みながらもぴんと背筋を伸ばしている。
「みんな、気をつけて! 帰ったらちゃんと報告してくださいね!」
リリアの声に送られて、三人はギルドを後にした。
荷馬車の車輪が、朝露に濡れた街道をゆっくりと進んでいく。積まれているのは、小村へ届ける保存食や生活雑貨。
ブルーヴェイルを出発したレオン、セリナ、サフィアの三人は、荷馬車を引きながら並んで歩いていた。
「さて、移動中に確認しておくか」
レオンが馬の手綱を握りながら、腰の剣に軽く手を置いた。
「俺は前衛で敵を引きつける。基本はこれまで通り」
「索敵。奇襲」
セリナはレオンの少し後ろを歩きながら、短く要点だけを言葉にする。耳をピクリと動かしながら、周囲の音に集中している。
「私は中衛で魔法支援と回復を担当しますね」
サフィアは荷馬車の横に並び、時折リリアがまとめたクエスト資料を広げては確認していた。
「リリアさん、思った以上に仕事が早いですね。ここまで細かくまとめてくれているなんて」
「……リリア、有能」
セリナはチラッとサフィアの持つ資料を覗き込んで、ぽつりと呟いた。普段なら「ふん」と流して終わるはずが、今回はほんの少しだけ口角が上がっている。
「俺たちの装備や戦い方まで、しっかり把握した上でまとめてる。専属受付嬢って、こういうことか」
レオンは感心したように言いながら、伝言石をポケットから取り出して軽く撫でた。
「新人の専属受付嬢とは思えませんね」
サフィアも優しく笑う。
「……リリア、ちょっとだけ見直した」
セリナが素直じゃない声で呟くと、サフィアがくすっと笑う。
「セリナさん、照れなくてもいいんですよ?」
「照れてない」
ぷいっと横を向くセリナの耳が、うっすら赤いのをレオンも見逃さない。
そんな他愛ない会話をしながら、荷馬車はのんびり進む。前よりも、肩の力が抜けたやり取り。それは、ただの即席パーティじゃなく、信頼で繋がった仲間になりつつある証拠だった。
「この調子なら、無事に届けられそうだな」
レオンがそう言うと、セリナもサフィアも静かに頷いた。
風が少しずつ温かくなり始める。三人と荷馬車は、のどかな草原の中を、村に向かって進んでいく。
荷馬車が林の中へ差し掛かった時、セリナの耳がぴくりと動くのが、レオンの目に入った。
「……来る」
セリナが低く呟いた次の瞬間、茂みをかき分ける音とともに、数体のコボルトが飛び出してくる。錆びた短剣や石斧を振り上げ、ギラついた目でこちらを睨んでいた。
「いきなりか……」
レオンは剣を抜き、馬車の前に立つ。
その背後で、サフィアの声が響いた。
「セリナさん、右側をお願いします!」
「……了解」
セリナは音もなく右へ回り込み、素早く地を蹴る。
低い姿勢のまま懐へ飛び込み、レオンの視界に入るより早く、コボルトの喉元へ短剣を突き立てていた。
「レオンさんは前へ。正面を受け止めてください!」
「ああ!」
レオンは言われるがまま、馬車の正面で剣を構える。迫るコボルトの刃を受け止め、そのまま体ごと押し返すように真っ二つに叩き斬る。
「セリナさん、背後も注意してください!」
「問題ない」
飛びかかってきたコボルトを、振り返りざまナイフで首ごと断つ。無駄な動きは一切なく、返り血にも表情ひとつ変えない。
「あと2体、まとめていきます!」
サフィアが両手を広げ、詠唱に入る。
「空を裂く刃よ、我が敵を刻め――《エアカッター》!」
風の刃がうなりを上げて放たれ、レオンの横をすり抜ける。そのまま、並んでいた二体のコボルトを一刀のもとに切り裂いた。
断末魔が林に溶け、辺りが静かになる。
レオンは剣についた血を払いながら息をついた。
「最初はちょっとバタついたけど……悪くないな」
「初陣にしては上出来です」
サフィアが微笑みながら頷く。
「……次。もっと速く」
セリナは短剣を振り払いながら、短く呟いた。その横顔に浮かぶわずかな満足感を、レオンは見逃さなかった。
役割が決まり、それぞれが補い合う。ぎこちなさは残るものの、三人での戦いは確実に形になり始めていた。
荷馬車が村の広場へ入ると、斜めに差し込む西日が地面をオレンジ色に染めていた。
到着したのは、夕方少し前。広場には数人の村人が集まり始めており、その中から村長らしき初老の男が先頭に立って駆け寄ってくる。
質素な服装ながら、しっかりとした目つきをしている。
「おお、無事に来てくれたか。助かったよ」
「物資、無事。受け取って」
セリナが荷馬車の後ろを開け、積まれた麻袋を指さす。
村人たちが荷を下ろしながら、口々に礼を言う。
「本当にありがとう!」「これでしばらく困らないぞ!」
レオンは村長に向き直り、「それと、途中でコボルトの群れに襲われましたが、討伐済みです」と報告した。
村長は驚きつつも安堵の表情を浮かべた。
「それはありがたい。最近、奴らの被害が増えていてな……本当に助かったよ」
サフィアが微笑みながら頷く。
「ご安心ください。もう襲われる心配はないでしょう」
レオンは腰の伝言石を取り出し、親指でボタンを押す。淡く光る石の表面に魔法文字が浮かび上がり、簡潔な報告文を入力する。
『村到着。物資引き渡し完了。コボルト討伐済み』
ボタンを押すと、伝言石が一瞬光り、メッセージがギルドへ送信された。
◆◇◆◇
ギルドカウンターの端で、リリアが待機していた。
カウンターの上には、レオンたちのクエスト記録をまとめた書類と簡易伝言石。その伝言石が、小さく光った。
「……きた!」
リリアは素早く石を手に取り、確認ボタンを押す。
『村到着。物資引き渡し完了。コボルト討伐済み』
メッセージの確認と同時に、ギルドの共有記録へ進行状況を反映する。
「よし、これで報告は完了……!」
すぐにレオンへ返信を打つ。
『確認しました! 無事で何よりです』
◆◇◆◇
レオンの伝言石が、淡く光る。送信したメッセージの横に「既読」を示す微かな輝きが灯る。
『確認しました! 無事で何よりです』
それを見たレオンは、思わず笑みをこぼした。
『リリアのサポート、すごく助かるよ』
そう送ったすぐに、もう一通メッセージを送った。
『今夜は村に泊まって、明日帰る。到着は昼過ぎくらいになりそうだ』
◆◇◆◇
『リリアのサポート、すごく助かるよ』
その言葉を見た瞬間、リリアは思わずその場で小さくガッツポーズを決めた。
「……やった!」
けれど、周囲の受付嬢たちの視線を感じて、すぐに咳払いし、背筋を伸ばして真面目な顔に戻る。
「……っ、こほん。えっと、問題なしっと」
続けざまにもう一通届く。
『今夜は村に泊まって、明日帰る。到着は昼過ぎくらいになりそうだ』
『了解しました! お気をつけて』
そう返信すると、耳まで赤くなったリリアはそっと伝言石を置いた。
◆◇◆◇
翌日、レオンたちがブルーヴェイルに戻ってきたのは、夕暮れ間近だった。ギルドの扉を押し開けると、柔らかな光がカウンターを照らしている。
リリアはギルドカウンターの端に立ち、伝言石と書類をきっちり並べて待ち構えている。レオンたちの姿を見つけるなり、ぱっと顔を上げ、弾けるような笑顔を見せた。
「おかえりなさい!クエスト、お疲れさまでした!」
「ただいま」
レオンが軽く手を挙げると、セリナとサフィアも続いてカウンターへ向かう。
「物資引き渡し完了、コボルト討伐確認済み。進行報告も問題なし」
リリアはすでに書類の大半をまとめ終えていたらしく、残りの確認事項をさらっと確認し、報告書を整える。
「正式報告、完了です!」
胸を張るリリアの様子に、近くで作業していた他の受付嬢たちが感心したように声を上げる。
「リリアちゃん、初仕事なのに仕事早いね!」
「さすが専属、頼れる~!」
リリアは少し照れながらも、胸元をぎゅっと押さえて、笑顔で答える。
「専属受付嬢は、これくらい出来て当然です!」
その言葉を聞いて、セリナがちらっとリリアを見やる。
「……リリア、やる」
短く、けれどはっきりとしたセリナの評価。
リリアは一瞬きょとんとした後、頬を染めながら「えへへ」と笑った。
「頼れる受付嬢ですね」
サフィアも優しく微笑み、リリアの肩にそっと手を置く。
「これからもよろしくな、リリア」
レオンが少し照れくさそうに言うと、リリアは目を輝かせて立ち上がり、制服のスカートをきゅっとつまんで深くお辞儀した。
「はいっ! お任せください!」
その笑顔は、初仕事をやり遂げた誇りと、信頼される喜びが詰まった、今までで一番の笑顔だった。
カウンター越しに交わされる視線には、もう不安や戸惑いはない。
信頼と絆が、確かにそこに生まれていた。
レオンたち三人とリリア、専属受付嬢としての最初の一歩は、少しぎこちなくも最高の形で幕を下ろす。
夕暮れに包まれるギルドの中、四人の物語はまた新たなページをめくるのだった。
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