第48話 新生活、はじまる
ブルーヴェイル冒険者ギルドの執務室で、Cランク昇格と専属受付嬢の配属が正式に決まった日の午後。
レオンは、一人ギルド宿舎へと向かっていた。
宿舎の入り口で待っていたリリアは、ギルドの制服ではなく、ふんわりとした白いブラウスに、淡い花柄のスカートという可愛らしい私服姿。
普段より少しだけ気合いを入れた服装なのは、彼女なりの特別な気持ちの表れだろう。
「お迎えありがとうございます!」
小さく頭を下げるリリアの足元には、小さなカバンと、思いのほか大きなトランク。
「そんなに荷物あるのか?」
レオンが思わず目を丸くすると、リリアはちょっとだけ頬を膨らませる。
「だって、これからずっと一緒に暮らすんですから! お仕事用の制服もありますし、お洒落やお化粧も必要ですし……それに……」
一度言葉を切ったリリアは、少しだけ視線を泳がせた後、急にくるっとレオンに向き直る。そして、いたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。
「レオンさん、気になります? このトランクの中身。可愛い服とか……下着とか……」
「ぶっ!!」
レオンは盛大にむせ込み、思わず顔を背ける。
その反応がツボに入ったのか、リリアは「冗談ですってば」と笑いながら、トランクの取っ手をレオンに押しつけた。
「もちろん、持ってくれますよね?」
「お、おう……まあ、それくらいなら……」
完全にペースを握られたまま、レオンはしっかりトランクを抱える羽目に。リリアは小さなカバンを持ち、レオンと並んで歩き出す。
午後の日差しが、ふたりを柔らかく包み込んでいた。
「改めてよろしくな、リリア」
「はいっ! わたし、頑張ります!」
そんな他愛もないやりとりを交わしながら、宿への道を並んで歩く。しばらくすると、リリアがふと足を止め、レオンを見上げた。
「レオンさん、覚えてますか? 前に一度だけ、わたし、自分の夢を話したこと……」
「夢?」
レオンは首をかしげる。リリアと本格的に親しくなったのはここ最近のことだが、確かに何度か話すうちに、未来のことを語るような場面はあった気がする。
「わたし、ずっと憧れてたんです。特定の冒険者さんを担当して、その人の成長をずっとそばで見守れる専属受付嬢になることが」
リリアの頬が少しだけ赤く染まり、握った両手にぐっと力がこもる。
「それが、今日……叶いました」
晴れやかで、けれどどこか涙がこぼれそうな微笑み。
レオンは一瞬言葉に詰まるが、すぐに苦笑しながら頭を軽くかく。
「それって……俺たちで良かったのか?」
「もちろんです! わたし、レオンさんとセリナさんをずっと見てきましたから。お二人の力になれるなら、こんなに嬉しいことはありません」
リリアのまっすぐな言葉に、レオンは胸の奥が少しくすぐったくなるのを感じた。
「ありがとう。これからよろしくな、リリア」
「はいっ!」
迷いなく即答するリリアに、レオンはじんわりと胸が温かくなるのを感じた。
気づけば、二人の目の前には馴染みの宿が見えている。
宿の主人が外で箒をかけているところへ、荷物を抱えたリリアと、トランクを持ったレオンが並んでやってきた。
「お、お世話になります!」
玄関をくぐったとたん、主人が箒を止めて目を丸くし、すぐににんまりと笑う。
「おうおう、可愛いお嬢さんまで連れ込んで、お兄さん、ほんとやるねぇ! ずいぶんモテるじゃないか」
「毎回言うの、ほんとやめてください……!」
レオンが苦笑いしながら軽く頭を下げると、主人は陽気に笑いながら二人を中へ招き入れる。
「まあまあ、照れるな照れるな。部屋はちゃんと用意してあるから、ゆっくりしていきな」
「ありがとうございます。お世話になります!」
リリアが改めてぺこりと頭を下げると、主人は満足げに頷く。
レオンがトランクを抱え直し、リリアがカバンの持ち手を変えたところで、ふとリリアが小声で尋ねた。
「わ、私、本当にお邪魔じゃないですか……?」
レオンは思わず笑ってしまう。
「何言ってんだよ。これからよろしく頼むってギルドでも言ったろ?」
その言葉に、リリアはほっと息をつき、どこか安心したように笑う。
「じゃあ、まず部屋で荷物を置いて、みんなでこれからのことを決めようか」
「はい!」
そうして二人は、並んで階段を上がっていく。
新たな生活の始まりに、少し緊張しながらも、リリアの表情はどこか嬉しそうだった。
レオンとリリアが部屋の扉を開けると、そこにはベッドが二つ置かれた、そこそこ広い部屋が広がっていた。
「わ、思ったより広いですね……」
リリアが感嘆の声を上げる。
レオンも「確かに」と頷きながら、部屋を見渡した。だが、四人で使うにはやや手狭で、二つのベッドをどう分けるかが、早くも問題になりそうだった。
「さて、ベッドはどうする?」
レオンがそう問いかけた瞬間、セリナが黙ってすっと袖を掴んできた。見上げる顔はいつもの無表情。だが、尻尾はわずかに揺れ、狼耳もぴんと立っている。
それだけで、彼女の答えは聞かなくても分かった。
「レオンと一緒」
きっぱりした声に、レオンは「やっぱりな」と苦笑する。セリナがこう言い出したら、もう覆ることはまずない。
視線を横にやると、サフィアが何かを察したように小さく微笑んでいた。特に驚くでもなく、納得したような表情だ。
一方、リリアは目を丸くして固まっている。
「レオンさんと、セリナさんが……一緒に?」
ようやく絞り出した声には、戸惑いが滲んでいる。
レオンが説明しようと口を開く前に、セリナが当然と言わんばかりに頷いた。
「当然」
まるで他に選択肢などないと言わんばかりの断言に、レオンは頭を掻く。
「レオンの傷も、まだ治りきっていませんし」
控えめながらも、サフィアがさらりと補足を入れる。看病という名目を持ち出されると、レオンとしても強く否定しづらい。
リリアは何か言いたそうにしていたが、その顔がみるみる赤くなっていく。口をパクパクさせながら、目だけが忙しなく動いているのが見えた。
(うわ、めちゃくちゃ混乱してるな……)
レオンは胸の内で苦笑しつつ、少しでも場を落ち着かせようと手を上げた。
「いやいや、俺は床でいいよ。ベッドはみんなで分けよう。気を使わせるのも悪いし」
そう言って引こうとした瞬間、セリナが無言でレオンの腕に両手を回し、そのままぎゅっと抱きついてきた。
「ダメ」
真剣な瞳で上目遣いに睨まれ、レオンは思わず固まる。
そこへさらに、サフィアが遠慮がちに口を挟んだ。
「私も……看病できます」
ほんのわずかに頬を染めながらも、サフィアははっきりと申し出る。
「いや、そういう話じゃ……」
レオンが頭を抱えかけたところで、リリアが勢いよく手を挙げた。
「あの! 私は床で大丈夫です!」
その言葉に、セリナがすぐさま「リリアは床」と即断。
「決定早い!」
リリアが思わず抗議するが、セリナはまったく動じる様子もなく、尻尾を軽く振るだけ。
「……群れの序列、レオンが一番。次が私。だから私はベッド」
「そ、そういうものなんですか!?」
リリアが食い下がるが、セリナは揺るがない。収拾がつかなくなりかけたところで、サフィアがふっと微笑みながら、静かに口を開いた。
「では、順番に交代するというのはいかがでしょうか?」
「順番?」
レオンが首を傾げると、サフィアは柔らかく微笑んで頷く。
「セリナさんも、リリアさんも、それぞれレオンを大切に思っている。ならば、毎晩交代で隣に寝れば、公平で皆さん納得できるかと」
「それなら……」
リリアがほっと安堵の笑みを浮かべるが、その横でセリナが耳をぺたんと伏せ、ものすごく不満そうに口を尖らせていた。
「レオンと一緒、わたし」
いつものように強く主張するが、サフィアは「私もレオンを支える立場ですから」と静かに返す。
理屈ではサフィアが正しい。それはセリナにもわかる。
「……順番、わかった」
ものすごく渋々ながら、セリナは一応了承した。
「今日は、リリア?」
「えぇっ!? い、いきなりわたし!?」
リリアは顔を真っ赤に染めて大慌て。
「新入り、まず仕事」
セリナがすかさず冒険者ルールを持ち出してくる。
床で寝る提案をしていたリリアには、あまりにも突然すぎる展開。
「そ、そんな心の準備が……!」
「遠慮不要」
セリナは淡々と告げるが――。
次の瞬間、ふっと口角を上げていたずらっぽい目をリリアに向けた。
「でも、今日はわたし」
「えぇっ!?」
リリアは拍子抜けし、レオンは何も言えず苦笑い。サフィアは「ふふ、セリナさんらしいですね」と優しく微笑んだ。
セリナはレオンの袖を掴んだまま、しれっと言い放つ。
「リリア、わたしの後。覚悟して」
「え、覚悟って何ですか!?!?」
宿の廊下に響くリリアの声と、宿主の「今日も賑やかで何よりだねぇ!」という笑い声。
レオンは深いため息をつきながら、「もう好きにしてくれ……」と、そっと目を閉じるのだった。
そんな空気の中、全員で宿の食堂に移動し、主人が運んできたパンとシチューを前に、四人は囲んでテーブルについた。
小さめのテーブルに肩を寄せ合って座る形になり、少しぎこちなさはあるものの、こうして一緒に食事をするのは新鮮な感覚だった。
「こうやってみんなで食事するの、なんか新鮮ですね! 以前、一緒に食べたりはありましたけど、ここまでは……」
リリアが笑顔を向けると、レオンも「確かにな」と頷き、パンをちぎる。
「これからは一緒に暮らすわけだし、色々決めておかないとな。消耗品の買い出しとか、遠征の準備とか……」
セリナもパンをかじりながら、ちらりとレオンを見て、ぽつりと呟く。
「……ごはんは宿で」
「はい! そこは助かります!」
リリアが元気に返事をする横で、レオンはもう少し実務的なことを考えていた。
「でも、遠征のときとか、消耗品は誰かがちゃんと管理しておかないとだろ? ポーションとか道具とか」
「……買い物、苦手」
スプーンを口にくわえたまま、セリナが耳をぺたりと伏せる。
その横でサフィアが小さく笑い、手を挙げる。
「でしたら、薬や保存食など、旅支度に必要なものは私が担当します。これまでの旅の経験も……少しだけですが、活用できるかもしれません」
「なら、日常の消耗品や宿で足りないものは私が揃えますね。ギルドの仕事と並行でも、それくらいなら大丈夫です!」
「助かる。それなら武器の手入れや装備関係は俺が見ておくよ。自分の道具くらいは自分でちゃんと管理しないとな」
それぞれが自然と役割を決めていく中で、セリナが尻尾をふわりと揺らしながら、ぽつりと一言。
「……私は、モフモフ担当」
「えっ!? モフモフ担当って何ですか!?」
思わずリリアが食いつくと、セリナは目を逸らしながら小声で呟く。
「……レオンの癒し係」
「ぶっ……!」
レオンは思わず噴き出し、サフィアは口元に手を当てて微笑んだ。
「でも癒しも大事ですし、いいと思います」
サフィアの柔らかいフォローに、セリナはわずかに誇らしげに胸を張る。
負けじとリリアも「それなら私も癒し係に!」と張り合うが、セリナは即座に「リリアは雑用」とバッサリ。
「ひどいですーっ!」
リリアが泣きそうになりながら抗議するも、セリナはさらりと受け流して、レオンの横にちょこんと座り直す。
「……私はレオンの隣」
当然のように陣取るセリナに、リリアは「じゃあ私はレオンさんの正面で……」と慌てて妥協策を提示する。
サフィアは「私は近くで見守りますね」と穏やかに微笑む。
ぎこちなさは残りつつも、こうして四人の生活における役割と距離感が、ゆるやかに形作られていく。
リリアも、新たな群れの一員として、少しずつ馴染み始めているようだった。
夕食を終え、四人は部屋でくつろぐひとときを過ごしていた。
薄暗いランプの明かりが揺れ、ベッドにレオンとセリナが腰掛け、サフィアは椅子に、リリアはもう一つのベッドの端にちょこんと座っている。
しばらく何となく世間話をしていたところで、リリアが意を決したように手を挙げた。
「あの……セリナさん、ちょっとだけ尻尾を触らせてもらってもいいですか?」
専属受付嬢になったとはいえ、セリナのモフりにはいまだ遠慮があるリリア。
セリナは少し目を細め、いつもの無表情でひと言。
「……条件」
「じょ、条件って何ですか!?」
リリアが慌てて聞き返すと、セリナはピクリと耳を動かしてから、淡々と告げる。
「レオンに変なことしない」
「へ、変なことって何ですかーっ!!」
リリアが真っ赤になって抗議すると、サフィアがくすりと笑い、「では、私もご一緒に」と手を挙げる。
「えぇっ!? サフィアさんまで!?」
リリアが驚きに目を丸くするが、サフィアは柔らかく微笑んで、「だって、可愛いですもの」とさらりと答える。
「……特別」
セリナはそう言いながら無言で尻尾を差し出す。リリアとサフィアが、左右からそっと指先を添える。セリナのふわふわの毛並みに触れた瞬間、二人は同時に感嘆の息を漏らした。
「わぁ……すごく柔らかい……」
「ほんのり温かくて……癒されますね」
セリナは少しくすぐったそうに肩をすくめるが、嫌がる様子はない。むしろ、どこか誇らしげにも見える。
レオンはそんな光景を眺めながら、ふとセリナの耳に目を向けた。ランプの光に照らされ、柔らかそうな毛並みがわずかに揺れている。そのふわふわに思わず手を伸ばしかけるが、すんでのところで「いやいや」と我に返る。
「……レオンも?」
その仕草を見逃さなかったセリナが、じっとレオンを見つめてくる。期待するような、そのまっすぐな目に、レオンは思わず苦笑する。
「じゃあ……少しだけ」
遠慮がちに指先を耳に触れさせると、ふわりとした毛並みが指に心地よい。
セリナはくすぐったそうに目を細め、喉の奥から甘い声を漏らした。
「……ん」
その瞬間、リリアとサフィアの手がぴたりと止まる。空気が妙に甘くなった気がして、二人は思わず目配せする。まるで恋人同士の戯れに見えてしまい、リリアは少し頬を染めて俯いた。
「……もっと」
セリナはレオンの袖を軽く引き、囁くように呟く。レオンは「仕方ないな」と苦笑しつつも、そのまま耳を優しく撫で続けた。セリナは喉をくすぐったそうに鳴らしながら、どこか幸せそうに身を委ねる。
リリアとサフィアは、その様子を「う、羨ましい」と言いたげな表情で眺めていたが、セリナがふいにリリアへ目を向けた。
「……リリア、また触る?」
「え、えぇっ!? でもセリナさん……」
「条件」
「ま、またですか!?……へ、変なことしませんから!」
リリアが慌てると、セリナは無言で尻尾をふわりと差し出す。恐る恐る手を伸ばしたリリアの顔が、次の瞬間ぱっとほころんだ。
「……やっぱり、ふわふわ……」
サフィアも「では、私も」と微笑みながら加わり、セリナの尻尾はすっかり二人の癒し道具と化していた。
レオンは「もう好きにしてくれ」といった表情で、やれやれとマットに腰を下ろす。部屋には柔らかな笑い声が響き、疲れを癒すような穏やかな時間が流れていく。
こうして、少しずつ四人の距離が縮まる夜が、静かに更けていった。
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