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第47話 Cランク昇格と専属受付嬢

 朝の光が街に差し込む頃、レオン、セリナ、サフィアの三人はブルーヴェイルの冒険者ギルドへと足を向けていた。

 ギルドの扉を開けると、朝からすでに何人もの冒険者たちがカウンター前に列を作っている。


 セリナはいつもの狩猟服姿で、今日もいつも通り、銀色の狼耳を隠すことなく堂々と見せている。そのせいか、ちらっと視線を向ける冒険者も少なくないが、セリナ本人は気にする様子もなく、いつもの無表情でギルドの中を歩いていく。

 一方、サフィアはフードを目深に被り、銀髪もすっぽり隠している。だが、全身から漂うどこか上品な空気と、僅かに覗く白く細い指先に、何者なのかと勘繰るような視線が集まる。


 リリアは次々と依頼や報告の処理に追われていたが、ふと顔を上げてレオンたちの姿を見つけると、目を大きく見開いた。


「——レオンさん! セリナさん! サフィアさんまで……っ!」


 思わず声を張り上げたリリアの目には、安堵と涙が滲んでいた。慌ててカウンターから出て駆け寄ると、レオンの全身をじっと見つめて、言葉が詰まる。


「本当に……本当に無事で……よかったぁ……っ!」


 普段はきちんとした受付嬢らしく振る舞っているリリアが、今は完全に年相応の少女の顔だった。

 レオンが小さく手を上げて「心配かけた」と笑ってみせると、リリアはその言葉だけでまた目元を押さえる。


「報告書を見たんです。あんなに酷い状態で……レオンさんもセリナさんも……助かったって聞いても、信じられなくて……」


 セリナは無言でじっとリリアを見つめていたが、狼耳が少しだけ伏せ気味になっている。


「心配、かけた」


 レオンの隣で、ぽつりとセリナが呟く。その小さな声に、リリアは堪えきれずにセリナの両手をぎゅっと握った。


「もう、無理しないでください! こんなこと、何度も耐えられませんから!」

「……うん」


 セリナがほんのわずかに目を伏せて、小さく頷く。


 レオンも苦笑しながら「気をつけるよ」と言って、セリナの頭を軽く撫でた。その光景を見届けて、リリアはふっと肩の力を抜くように深く息を吐き出した。


「……本当に、無事でよかったです」


 一息ついたリリアに、レオンは改めて口を開く。


「心配かけて悪かった。それと、昨日の魔物襲撃の件で、改めて報告に来たんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、リリアの表情が少し引き締まる。先ほどまでの安堵感から一転、受付嬢としての職務に意識を切り替えたのがわかる。


「ありがとうございます。ちょうどギルドマスターからも、お話があると伺っています。わたしも、書類がまとまったところですので……すぐにご案内しますね」

「……何か、ある?」


 セリナがいつもの無表情で小首を傾げる。狼耳がぴくりと動くのを見て、リリアは少しだけ口元を隠して笑った。


「行ってみればわかりますよ。私が案内しますから。さっ、こちらへ!」


 リリアはカウンターから出ると、ぴしっとした動きで背筋を伸ばし、タイトスカートの裾を軽く直してから、三人を先導するようにギルド奥の階段へ向かった。


 階段は年季の入った木製で、一歩上がるたびにぎしぎしと控えめな音を立てている。リリアはスカートの裾を片方の手でそっと押さえながら、一歩一歩慎重に階段を上がる。

 いつもの受付業務では見せない、ほんのり力の入った表情が、なんとも初々しい。


「……やっぱり、この階段急すぎますよ……」


 誰に言うでもなく、小さく漏らしたぼやきを、セリナの狼耳がしっかり拾っていた。セリナはちらりとリリアの足元を見て、ふわっと小さく鼻を鳴らす。


「……そんなに怖いなら、四つ足で上がれば?」

「えっ!? それはちょっと……!」


 慌てて振り返るリリアに、セリナは無表情を崩さないまま、ほんの少しだけ口角を上げる。普段はしっかり者の受付嬢が見せた、そんな隙だらけの姿に、レオンは思わず肩を震わせるのだった。


 二階に上がると、廊下の一番奥にある重厚な扉の前でリリアが立ち止まった。


「こちらです。少しお待ちください」


 リリアがノックしようとした瞬間、中から「入れ」と低い声が響き、リリアはちょっと驚きつつも「失礼します」と扉を開ける。

 セリナは鼻をひくりとさせながら、「……何か、煙草みたいな匂い」とぽつりと呟いていた。



 部屋に入ると、紙とインクの混じった匂いがふわりと漂ってくる。広い執務室には大きなデスクが置かれ、上には依頼書や報告書、それに地図や封書などが雑然と並んでいた。

 普段見るギルドカウンターの書類とは少し趣が違うが、この部屋の空気が、日常の仕事場とは別の空気を纏っていることだけは、自然と感じ取れる。


 ギルドマスターは、部屋の奥でどっしりと椅子に腰を下ろしていた。

 五十代半ばくらいだろうか。無造作に後ろへ流した灰色混じりの黒髪に、日に焼けた肌。鍛えられた太い腕には、いくつもの傷跡が刻まれている。

 一見すると腕利きの冒険者そのものだが、意外なほど柔らかい目元が印象的で、そのギャップが妙に親しみやすい。


 レオン、セリナ、サフィア、リリアの四人が並んで立つと、サフィアは自然な動作で両手を上げ、深く被っていたフードをそっと外した。

 銀色の髪が柔らかく肩に落ち、三つ編みにまとめられた毛先が揺れる。


 ギルドマスターの目が一瞬だけ細まり、わずかに眉が動いたが、すぐに表情を戻し、口元に軽く笑みを浮かべて口を開いた。


「よし、揃ったな。わざわざ朝から来てもらって悪いが、どうしても直接話しておきたかったんだ。まずは、商隊襲撃への緊急出動……本当にご苦労だったな。お前たちのおかげで被害は最小限で済んだよ」


 レオンは背筋を伸ばし、「ありがとうございます」と素直に頭を下げる。

 セリナもレオンに倣って軽く一礼し、サフィアは少し緊張した様子でギルドマスターを見つめている。


「それからな、お前らの先輩冒険者やお偉いさんから、推薦状が届いている。護衛任務の詳細から魔物討伐まで、かなりの高評価だ。特にお偉いさんからは、わざわざ直筆で感謝の手紙まで寄越してくれた」


 ギルドマスターは机の上の書簡を軽く指先で叩き、レオンとセリナが思わず視線を交わす。


「実力、実績ともに、Cランクへの昇格に値すると判断した。よって本日付で、正式にお前たちをCランク冒険者に認定する」


 そう告げた後、ギルドマスターはちらりとリリアに目をやる。


「後で、お前が登録証の更新手続きをやっておいてくれ。証明印の押印も忘れるなよ」

「はい、承知しました!」


 リリアがピシッと背筋を伸ばして答えると、ギルドマスターは満足そうに頷く。


 唐突な宣言に、レオンは「えっ?」と目を見開き、セリナもほんのわずかに驚きを見せる。ついこの間までDランクだった自分たちが、こんなスピードで昇格するなんて予想すらしていなかった。


「……C、ランク。レオン……」


 セリナがレオンを見上げ、小さく呟く。

 レオンは嬉しさ半分、戸惑い半分の表情で、セリナの頭を軽く撫でながら「やったな」と笑う。


「でも……本当にいいのですか? こんなに早く?」


 レオンが戸惑いがちに尋ねると、ギルドマスターは「異例中の異例だ」と渋い声で頷く。そのままデスクの上に置かれた報告書の束を、分厚い指先でトントンと揃える。


「それに、これだけの魔物討伐実績もあるしな。書面だけ見ても、文句のつけようがない」


 重ねられた紙に目を落としながら、ゆっくりと言葉を継ぐその姿には、単なる社交辞令ではない本音が滲んでいる。


「期待してるんだよ。ギルドとしてもな」


 セリナは「レオンと一緒なら、どこでも」と淡々とした調子で告げるが、その瞳にはしっかりとした信頼が宿っている。

 レオンは苦笑しつつ、彼女の変わらぬ想いにじんわりと嬉しさを感じていた。


 そんな二人をひととおり見届けると、ギルドマスターはふっと視線を横へ流す。そこに立っているのは、銀髪を三つ編みにした女性——サフィア。


「それで……そっちのお嬢さんだが」


 ギルドマスターの目が、初対面のサフィアをじっくりと観察する。


「昨日の魔物襲撃では、あの上位種を一撃で仕留めたそうじゃないか。見た目に反して、なかなかの遣い手らしいな」


 サフィアは深く頭を下げる。


「いえ、私はレオン……いえ、二人の力があったからこそです。私はただ、最後に少し手を貸しただけですから」


 言葉は控えめだが、その所作には確かな品がある。ギルドマスターは鼻を鳴らしつつ、目を細めた。


「謙虚なのはいいがな、目撃証言ってのは残酷なくらい正直だ。アンタが放った魔法の威力、見てた連中が皆口を揃えて褒めてたぜ」


 デスクの端に置かれた報告書の一枚を指で叩きながら、ギルドマスターは続ける。


「それで、確認しときたいんだが……アンタ、このままレオンたちのパーティに加わって、活動していくつもりなのか?」


 レオン、セリナ、サフィアの三人が、それぞれ一瞬だけ視線を交わす。

 セリナは特に何も言わないが、耳だけがわずかにぴくりと動く。


「私からは、何も異論はありません。ただ、サフィア本人の意思を尊重したいと思います」


 レオンがそう答えると、サフィアはゆっくりとレオンを見上げ、小さく微笑んだ。


「もちろん、同行させてください。私は……レオンの力になりたいんです」


 サフィアがまっすぐに想いを口にすると、ギルドマスターは軽く頷きながら、リリアにもう一度目配せすると、手元の書類を一枚取り上げる。

 ペンを指先で回し、カリカリと何かを書き込みながら、自然な流れで口を開いた。


「それともう一つ、大事な話がある」


 ギルドマスターはさらに真剣な表情に変わる。


「Bランク以上の冒険者、もしくは将来を期待される冒険者には専属受付嬢を付ける制度があるのは知ってるか?」

「専属受付嬢?」


 初耳の単語に、レオンは首を傾げる。

 セリナも微かに眉を寄せ、サフィアは興味深そうに耳を動かす。


「普段の依頼選定や遠征時の物資調達、さらには報酬管理まで。専属受付嬢は冒険者の活動をトータルでサポートする存在だ。相棒みたいなもんだな。本来はBランク以上の話だが……お前たちはCランク昇格と同時に、その対象にすることが決まった」

「でも、俺たちまだCランクですよ? そこまでしてもらう理由なんて……」

「素直に受け取っておけ。まぁ、複数の強い推薦もあったからな。強運ってやつだ」


 そこへ、そっと控えめに手を挙げたのはリリアだった。けれど、その小さな仕草とは裏腹に、彼女の顔は真剣そのものだ。

 少しだけ噛みしめた唇。緊張を押し隠すように背筋をぴんと伸ばして、まっすぐレオンとセリナを見つめる瞳には、揺るがない決意が宿っている。


「その専属受付嬢ですが……できれば私に担当させてもらえませんか?」


 思わぬ申し出に、レオンとセリナは思わず目を見合わせる。


「リリアが……?」

「はい! わたし、レオンさんとセリナさんにはずっとお世話になってきましたし、お二人のことは誰より把握しているつもりです。だから、ぜひ!」


 普段の柔らかい笑顔とは違う、覚悟を滲ませた真っ直ぐな視線。それがどれだけ本気なのか、レオンとセリナにも一目で伝わってくる。


 セリナはじっとリリアを見つめ、ぽつりとつぶやく。


「……リリアも群れの仲間」

「えっ……わ、わたし、そんな大したものじゃ……」


 しどろもどろになるリリアだが、サフィアは穏やかに微笑み、「新しい仲間が増えるんですね」と和やかに言う。

 セリナは鼻をひくひくさせて、「……甘い匂い、だから大丈夫」と呟き、独特の基準でリリアを認めているようだ。


「まぁ、リリアなら安心だな。これからもよろしく頼むよ」


 レオンが手を差し出すと、リリアは嬉しそうに両手でぎゅっと握り返す。


「はいっ! レオンさん、セリナさん、サフィアさん、精一杯サポートします!」


 三人と一人――新たな仲間が、こうして正式に加わった。


 続いて、ギルドマスターは専属受付嬢の具体的な制度について補足を加える。


「専属受付嬢ってのはな、ギルドとお前らの橋渡し役ってだけじゃない。普段の依頼管理から宿の確保、物資の手配まで、細かい部分も全部見てくれる。便利な反面、一緒に行動することも増えるし、遠征となれば同じ宿やキャンプを共にすることになる。要するに、もう仲間みたいなもんだ」


 その説明に、レオンが思わず「えっ、同じ宿まで?」と目を丸くする。するとセリナがすかさず、「……リリアも同室?」と確かめるようにじっと見つめた。

 リリアはわずかに目を泳がせながら、顔を赤く染める。


「そ、そのあたりは、状況次第……ですけど……」


 サフィアがくすっと笑い、「賑やかになりそうですね」と、どこか楽しげに口を添える。

 セリナは尻尾をふるふる揺らしながら、「……群れ、また増えた」と、少し複雑そうな表情で呟く。


 レオンはこの急展開に目を回しそうになりながらも、「まぁ……今さら驚いても仕方ないか」と、もはや諦め半分に肩をすくめた。


「とにかく、これからはリリアが専属受付嬢として、お前らを支えることになる。Cランクになったからって気を抜くなよ。目指すのはさらにその先だろう? そのためにも、リリアをうまく頼れ。そういう制度だ」


 リリアは改めて姿勢を正し、両手を前で握りしめると、「改めて、よろしくお願いします!」と、少し緊張しながらも元気よく宣言する。


 セリナはドヤ顔で尻尾をぴんと立て、「……新しい仲間」と満足そうに頷いた。

 サフィアはその様子に微笑み、「レオンは本当に、人を惹きつけるんですね」と、感慨深げに呟く。


 こうして、Cランク昇格と専属受付嬢の配属という異例の決定を受け、賑やかで、少しだけ騒がしくなることは――もう、誰の目にも明らかだった。



 執務室を出た後も、リリアが「これから専属受付嬢として、ずっとお世話になります!」と張り切って宣言するたびに、レオンは頭を押さえたくなる衝動を必死で抑えていた。


 宿の部屋割りはどうするのか。これからの依頼や遠征は? セリナやサフィアとの関係に、リリアまで加わって――。考えるだけで頭が追いつかない。

 しかし、当のセリナとサフィアは意外なほどあっさり受け入れている。一方のリリアは、緊張しつつもやる気は満々だ。


 さらにCランクに昇格したことで、これまで以上に難易度の高い依頼も受けられるようになる。騎士団や他の冒険者との合同任務、エリザベートとの縁も続く可能性が高い。

 ギルドとしても、彼らへの期待を強く打ち出した形だ。サポート体制は整いつつある。……問題は、レオン自身の心の準備がまるで追いついていないことだった。


 そしてセリナは、くんと鼻を鳴らしてから、何のためらいもなく言い切った。


「リリアも、仲間。甘い匂い、だから大丈夫」

「え、ええっ!? そ、そんなこと恥ずかしいから言わないで……!」


 真っ赤になって慌てふためくリリアに、レオンは「まぁまぁ」と宥めながら、内心では遠い目になる。


(これは……本当にいろいろ大変になるな)


 でも、その胸には不思議な充実感もあった。


 王宮も、王子という立場も捨てて飛び出した先で――こんなふうに誰かと触れ合い、仲間と呼べる存在が増えていく。

 それは確かに、レオンが密かに願った未来の形に、少しずつ近づいている気がした。


「だれかを選ぶなんてできない。俺は、みんなを守る。それが俺の答えだ」


 セリナ、サフィア、そしてリリア。そして、まだ見ぬ運命の糸で繋がった――。

 ブルーヴェイルで築かれる親愛は、これからますます賑やかに、そして騒がしくなっていくだろう。


 Cランク昇格と専属受付嬢の配属。


 冒険者としての新たな一歩は、甘さと苦さが入り混じる、嵐のような幕開けになりそうだった。

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