第42話 貴族の子女護衛クエスト編 護衛任務、完了
淡い朝日の下、視察隊は緩やかな丘を越えていく。しばらくすると、遠方にそびえる城壁の輪郭が見えてきた。
中核都市ブルーヴェイル――王国東部に位置する冒険者の町であり、視察隊にとっては次の目的地へ向かうための中継地点となっている。
だが、レオンとセリナにとっては、この護衛任務の最終目的地だ。
馬車の窓を少しだけ開け、エリザベートがほっとしたように息をついた。
「……ようやくブルーヴェイルが見えてきましたね」
馬車の中には彼女のほか、侍女たちが同乗している。騎士たちは外で馬を走らせ、隊列を保ちながら街へ近づいていく。レオンとセリナは荷車に乗り、周囲の警戒を続けている。セリナがフードを整えつつ、小さく息をついて言葉を返す。
「……やっと、着いた」
レオンは彼女の近くで苦笑しながら、合わせるように呟いた。
「思ったより長旅でしたね」
本来ならば短期間の護衛任務だったが、道中で発生した魔物の襲撃や調査のために想定以上の日数を費やしていた。エリザベートは苦労を掛けさせたことを詫びるように微笑み、しかし感謝を込めて言葉を続ける。
「ふふっ。でも、とても貴重な経験でした。レオンさん、セリナさん、あなたたちがいなければもっと大変だったはず。本当にありがとうございました」
その言葉に、セリナはそっけなく「……当然」と返しつつも、微かに得意げな気配を滲ませる。レオンは肩をすくめながらも、「無事に送り届けられて良かったです」と穏やかに返した。
遠くに見える城壁が次第に大きくなり、街道にも徐々に人が増え始める。冒険者風の集団や商隊、小さな村から訪れる人々など、様々な人がブルーヴェイルを目指して歩を進めていた。
「またお願いすることがあるかもしれませんね。例えば、王都へ戻る時とか……」
控えめにそう漏らす彼女の声には、真剣な響きがあった。セリナは一瞬眉をひそめるが、すぐに無表情に戻る。その微妙な変化にレオンは気づいたが、あえて何も言わなかった。
こうして視察隊は、長く続いた旅路の中継地であるブルーヴェイルの城門へ向かっていった。
ブルーヴェイルの城壁が見えてくると、視察隊は自然と馬の速度を落とし、街の正門へと向かった。門番たちは慣れた手つきで通行手続きを進め、貴族の馬車であることを確認すると、すぐに通行を許可する。
エリザベートと騎士たちは、領都へ向かうための準備のため一旦別の宿へ向かい、ヴィクターとカレンも引き続き護衛任務のため同行する。一方、レオンとセリナは冒険者ギルドへ向かい、クエスト完了の報告をすることになった。
ブルーヴェイルの大通りを進むと、見慣れたギルドの建物が視界に入る。扉を開けると、中は相変わらずの賑わいを見せていた。カウンターでは、リリアが忙しそうに対応していたが、レオンたちの姿を見つけると、ぱっと表情が明るくなる。
「おかえりなさい! 2人とも無事でよかったです!」
レオンは軽く手を上げながらカウンターへ近づいた。
「ただいま。護衛クエスト、無事に終わったよ」
リリアはほっとしたように微笑み、すぐに報告書を受け取ると、手際よく確認し始める。その様子を、セリナはレオンの隣でじっと見つめていた。
「貴族の護衛任務を最後までやり遂げるなんて、本当にすごいですね。お疲れさまでした!」
リリアは感心したように微笑みながら、小さく拍手を送る。しかし、その言葉を聞いたギルド内の冒険者たちがレオンたちをちらちらと見ながら、ヒソヒソと囁き合い始めた。
「あれが……例のDランクの?」
「貴族の護衛なんて、マジでやったのかよ」
「噂じゃ、Dランクのくせにあり得ない実力らしいけど……」
レオンは聞こえてくる囁きに苦笑しながらも、特に気にする様子はない。一方、セリナは無表情を保ちながらも、わずかに尾を揺らしていた。
リリアは周囲の様子に気づき、申し訳なさそうに微笑んだ。
「最近、レオンさんの名前がギルドでよく聞かれるんです。かなり噂になっていますね」
「面倒なことになりそうだな」
レオンは肩をすくめながら、手続きを進めるよう促す。リリアは「はい、すぐに処理しますね」と返事をして書類に目を通し、正式に報告を受理した。
「これでクエスト完了です。お疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね」
「助かるよ、リリア」
レオンは柔らかく笑い、セリナも小さく頷く。こうして、長い護衛任務の正式な終わりが、ギルドの報告と共に締めくくられた。
セリナは心底疲れた様子で小さく息をつき、レオンの袖を引く。
「……噂、気になるの?」
レオンは少し首をかしげ、「正直、気にはなるけど……まぁ仕方ないよな。護衛任務が貴族案件だったし」と苦笑した。しかし内心では、王宮で培った力を隠しているはずなのに、思わぬ形で注目を集めてしまっているのを面倒に感じていた。
リリアがカウンター越しに笑みを浮かべ、「すごい活躍だったんですよね? あとで詳しく聞かせてください!」と興味津々に言いつつも、二人の疲れを察して「今日はもう休んだほうがいいですよ」と優しく勧める。
「……そうする」
「……賛成」
セリナはレオンの袖を軽く引っ張り、そのままギルドの出口へと向かう。扉を開けると、外は夕暮れに差しかかり、人々の往来が増えていたが、二人はなるべく人混みを避けるように歩き出した。
背後でリリアが「ふふ、ゆっくり休んでくださいね」と小さく声をかけ、見送ってくれる。ギルド内に残る冒険者たちは「Dランクのくせに貴族護衛か……」「なんかクールな獣人連れだな」と興味本位で話していたが、レオンはもう気にする余裕がなかった。
二人が向かったのは、かつて拠点にしていた馴染みの宿だった。冒険者ギルドからそう遠くない場所にあり、通りで聞こえる人々の声もどこか懐かしい。
レオンが扉を開けると、宿屋の主人がすぐに気づき、「おや、久しぶりじゃねぇか! ずいぶん長旅だったな?」と、朗らかに声をかけてきた。
レオンは「ただいま戻りました」と軽く笑い、セリナも静かに頭を下げる。
「部屋は前と同じでいいか? 今日はゆっくり休むといい」
「助かるよ。じゃあ、いつもの部屋を頼む」
宿屋の主人は「ま、話は明日でも聞くぜ」と笑いながら鍵を渡してくれた。
受け取ったレオンが部屋へ向かおうとすると、隣でセリナが小さく「……疲れた」と息をつく。
「俺もだよ。今日はさっさと休もう」
彼の言葉に、セリナは静かに頷き、二人は揃って馴染みの部屋へと向かった。
部屋に入り、セリナは外套を脱ぐと、ベッドの端に腰を下ろした。狼耳がぴくりと動き、無意識に周囲の気配を探っているが、その動きもどこか緩やかで、旅の終着点にたどり着いた安心感が滲んでいる。
「……長かったな」
窓辺から夜の街を見下ろしながら、レオンがしみじみと零す。セリナは「……うん」と小さく返事をした。それだけの短いやり取りだったが、二人の間には静かな安堵の空気が流れていた。
思えば、エリザベートの護衛を受けて旅に出て以来、盗賊の襲撃や森の魔物、謎の術者との遭遇など、次々と事件が重なった。無事にブルーヴェイルへ戻れたのは奇跡的とも言えるが、それはレオンやセリナ、そしてヴィクターとカレンの尽力があってこそだった。
セリナは窓の外に広がる夜空をちらりと眺め、「……結局、術者は逃げたまま」と呟く。レオンも視線を向け、静かに頷いた。
「ああ、そうだな。目的は分からないけど、いつかまた絡んでくる気がする。……まあ、今は一旦休もう。大きな問題はエリザベート様が先導してくれるだろうし」
セリナは身に着けた装備を外し、尻尾を軽く揺らした。そして、ゆっくりとベッドに横になりながら、「……レオンの言う通り。今は休む」と静かに目を閉じる。普段は警戒心が強く、深く眠ることの少ない彼女だが、ここは馴染みの宿だけあって、少しだけ気を緩められるようだった。
レオンはそんなセリナの様子を眺めながら、ふっと微笑む。明日からのことはまだ決まっていないが、ひとまず護衛任務は終わり、久しぶりに心から眠れる時間がある。
窓の外には、静かなブルーヴェイルの街並みが広がっていた。
一方、ブルーヴェイルのギルド内では、レオンに関する噂が日に日に広まりつつあった。貴族の護衛任務を成功させたDランク冒険者――それは注目を集めるには十分な話題だった。だが、王宮を出た身として目立つことを避けたいレオンにとって、それは決して望ましい状況ではない。
同時に、彼の頭の片隅にはある考えが浮かんでいた。
(もし、術者がまだこの辺境に関与しているなら、どんな手段を使ってでも再び接触してくるはずだ。むしろ、噂が広まることで、相手を誘き寄せる手がかりになるかもしれない)
意図せずして、囮としての役割を果たす可能性があるのだ。だが、それを活かすには、確実に仕留められるだけの戦力と準備が必要だった。レオンは肩を軽くすくめ、現実的な判断へと意識を戻す。
今のところ、彼に強力な後ろ盾はない。頼れるのは自分の実力と、共に戦った仲間たち――セリナやエリザベート、そしてヴィクターやカレンのような経験豊富な冒険者たちだ。当面はセリナとともに情報を集め、エリザベートの今後の動きを見守りながら行動するのが最善の選択だろう。
エリザベート自身も、王都や辺境伯領の有力者へ報告を行うため、ブルーヴェイルで準備を進めると言っていた。レオンとセリナが再び護衛役を引き受けるかは未定だが、もし彼女が「力を貸してほしい」と願うなら、そう断る理由はない。
セリナは、エリザベートの話題が出ても、以前のように不満げな表情を浮かべることはなくなっていた。だが、特に興味を示すわけでもなく、そっけない態度は変わらない。ただ、それは単なる無関心ではなく、旅を通じて彼女なりに感じたことがあるからこその反応だった。
これまで警戒の対象でしかなかった人間の中にも、エリザベートやカレン、リリアのように信用に値する者がいる。まだはっきりと言葉にすることはないが、彼女の中で確かにその認識は芽生え始めていた。
宿の窓から眺める夜景は、街灯と月明かりが交錯し、活気ある光景を映し出していた。ブルーヴェイルの賑わいは夜になっても衰えず、酒場の笑い声や商人の呼び声が遠くから聞こえてくる。旅の終着点とも言えるこの街で、ようやく一息つけるはずだった。
レオンはベッドに腰を下ろしながら、横になろうとしているセリナをちらりと見た。
「少しだけ出かけるか?」
そう提案しかけたが、彼女の疲れ切った顔を見て、言葉を飲み込む。
「……やっぱり、明日にしよう」
苦笑いしながら言うと、セリナは微かに目を細め、「……ありがとう。寝る」と短く呟いた。
布団に沈み込むように横になる彼女の姿は、普段よりも少し無防備に見える。長旅と戦闘の連続で、さすがの彼女も限界だったのだろう。
レオンは静かに窓を閉め、部屋の灯りを落とす。まだ完全に気を抜くことはできないが、今はせめてこの一晩だけでも安らぎを得たい――そんな思いが胸をよぎる。
(術者のことは気がかりだけど……それはまた、明日考えればいいか)
ふっと息をつき、レオンも布団に体を預ける。窓の外では、街の喧騒が遠のいていく。今はただ、この静かな夜を受け入れよう。
こうして、長い旅の果てにたどり着いたブルーヴェイルの夜が、静かに更けていった。
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