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第41話 貴族の子女護衛クエスト編 次なる地へ

 ヴェルン村を出た翌朝、視察隊は粛々と荷をまとめ、馬車と馬を整えた。エリザベートは侍女を従え、馬車の窓から外を見つめながら出発の合図を待っている。

 ヴィクターとカレンは先頭で騎乗し、レオンとセリナは荷車で周辺を警戒する。騎士たちはそれぞれの持ち場につき、護衛の陣形を組むと、視察隊は街道へと進み出した。


 道中の宿場や小さな村で休憩を重ねながら、一行は次の目的地であるブルーヴェイルへと向かう。レオンとセリナにとっては、最終目的地となる。

 だが、訪れる先々で「各地で魔物の異常発生が報告されている」という噂を耳にし、誰もが不穏な気配を感じ始めていた。

 ある宿場での食事中、店主がふと話をこぼす。


「最近、隣の村でも夜に魔物が出るって話ですよ。しかも、普通じゃ見ないような狼型のやつが群れで押し寄せるとか……。そちらに向かわれるなら、気をつけたほうがいい」


 その言葉に、エリザベートの胸中にざわめく不安が広がる。

 ヴェルン村の事件が特例ではなく、辺境各地で同様の現象が起きているのだとすれば――あの森の術者が複数の土地で何らかの影響を及ぼしている可能性がある。

 馬車へ戻ると、彼女は護衛の面々へ静かに語りかけた。


「やはり……この問題はヴェルン村だけではないのかもしれません。ほかの土地でも魔物の増殖が報告されているのなら、王国全体で対策を考えなければ」


 ヴィクターは馬上から考え込むように首を振り、「情報が断片的だが、どうも辺境全域で魔物の活動が活発になっているな」と低く呟く。


「術者の正体は掴めずじまいだが、少なくとも何かが動いているのは間違いない。このまま個別の村を巡っていても、決定的な情報は得られないだろう。まずはブルーヴェイルに着いて、全体の状況を整理するべきだ」


 セリナはフードの下で耳を動かしながら、無表情のまま「……同意。いま森を探っても、何も得られない可能性が高い」と短く返す。

 実際、森での手がかりが曖昧な以上、まずは情報を集め直すのが先決だった。



 視察隊が半日ほど進んだ頃、小さな野営地で昼の休憩を取ることになった。近くには小川が流れ、草木が生い茂る静かな場所だ。馬車を停め、馬を繋ぎ、侍女たちが昼食の準備に取り掛かる中、エリザベートは外に出ると、レオンとセリナを呼び止め、少し離れた場所へと誘った。

 彼女の表情はどこか緊張を含んでいたが、その瞳には明確な意志が宿っていた。

 三人が腰を下ろしたのは、木陰の丸太の上。エリザベートが口を開く。


「最近、強く感じていることがあります。王国の貴族として、もっと知らなければならないことがたくさんあるのだと」


 レオンとセリナは顔を見合わせ、静かに耳を傾ける。エリザベートは戸惑いを滲ませながらも、言葉を続けた。


「辺境の村では、魔物や盗賊の被害が深刻なのに、王都ではそれが十分に知られていません。ヴェルン村でも、森の術者の存在に気づいている人はごくわずかでした。わたしは父や周囲の支えで何不自由なく育ちましたが、本当は知らないことばかりなのです」


 セリナは小さく頷き、「……それは、普通のこと」と静かに返す。

 彼女自身もまた、獣人として人間社会の仕組みを知らずに苦労した過去がある。だからこそ、エリザベートの言葉に共感する部分もあったが、それを口に出すことはしなかった。


 エリザベートは苦笑し、「わたしが普通だと言われるのは、なんだか新鮮ですね」と呟く。そして、少し俯き、唇を引き結ぶと、再び強い意志を込めて言葉を紡ぐ。


「でも、貴族として民を守る責任があるのなら、もっと知り、行動しなければなりません。例え王都を離れることが危険でも……護衛の皆さんに甘えてばかりではいけないんです」


 セリナはフードの奥で微かに表情を動かし、「……嫌じゃない」とだけ答えた。護衛としての務めを果たすのは当然のことだし、レオンとの連携もある以上、不満を感じる理由はない。むしろ、エリザベートの積極性に頼もしさすら覚えていた。


 一方で、レオンは彼女の言葉を聞きながら、自分の立場と照らし合わせていた。

 自分は王宮を出奔した身。王族の責務を捨てたと言われても仕方がない。だが、今こうしてエリザベートの護衛を務め、彼女が王都や王国の未来を考える姿を見ていると、無関係ではいられない気がした。


(俺が王宮を出たことは……この事態とどう関わっている? もし術者が王家に敵意を持っているなら、王族や貴族を動揺させることが狙いなのか?)


 だが、答えは出ない。術者の真意も、森の魔法陣の目的も、まだ断片的な情報しかない。

 エリザベートはレオンの沈思に気づくことなく、話を続けた。


「次の目的地、ブルーヴェイルで新しい情報が得られるかもしれません。わたしは、そこでも調べるつもりです。盗賊や魔物の脅威、そして森の術者――これらが王国全体に関わる問題へと発展する前に」


 セリナは短く「うん」と返し、レオンも微笑みながら頷く。


「力になれることがあれば、遠慮なく言ってください」


 その言葉に、エリザベートは少しだけ肩の力を抜き、小さく微笑んだ。


「ありがとうございます」


 木々の隙間から差し込む陽光が、彼女の横顔を照らしていた。



 日が暮れる前、視察隊は再び隊列を組み直し、夕刻近くになって野営に適した平地を見つけた。そこで一夜を過ごすことが決まり、騎士たちは周囲を巡回しながら警戒に当たり、馬車を中心にテントを張り、焚火を灯して明かりを確保する。

 レオンとセリナは夜の見張りを担当し、薄暗い中を静かに巡回していた。風に揺れる草のざわめきが響くが、特に異常はない。

 だが、やがてセリナが足を止め、フードの下で耳を立てる。鋭い瞳が夜の闇を見据え、低く呟いた。


「……遠くから、魔力の匂いがする」


 レオンは反射的に周囲を警戒するが、何も感じ取れない。彼女の嗅覚が捉えているのは、森の向こうに漂う微かな魔力の残滓――それも、すぐ近くに敵がいるわけではなく、一瞬だけ漂って消えたもののようだ。


「……どこだ? 近いのか?」


 セリナは首を横に振る。


「……遠い。でも、一瞬だけ、強く感じた。今は……もう消えた」


 まるで、先日遭遇した術者がまたどこかで何かを仕掛けていたかのような気配だった。しかし、確かな方角は分からない。

 二人は念のため騎士たちに報告し、警戒を強めるよう指示を出す。それでも、その夜は特に目立った異変もなく、やがて夜明けを迎えた。だが、セリナが感じ取った不快な魔力の残り香は、二人の胸に小さな不安を植え付けたままだった。



 夜明け前の薄闇の中、レオンは剣を携えてテント周辺を見回る。セリナはフードの下で微かに鼻を鳴らし、「……見えないけど、感じる」と囁いた。

 誰かがこちらを監視している。そう確信させるような、目に見えぬ気配が周囲の空気に混じっている。森の中に潜む何者かの意志を感じ取るような、不安な静けさ。だが、それが術者の仲間なのか、それとも盗賊の残党なのか、判別はつかない。


 結局、その夜も大きな事件は起こらないまま、朝を迎えた。視察隊が出発の準備を進める中、エリザベートは侍女に付き添われて馬車へと乗り込み、カレンが「今日はどこまで行くんだっけ?」と軽く問いかける。ヴィクターは街道地図を広げ、今日のルートを説明していた。

 レオンとセリナは夜通しの警戒で少し眠気を感じていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。ブルーヴェイルまでの道のりはまだ長く、途中にはいくつか宿場や小さな村がある。それぞれの場所で、何かしらの情報が得られるかもしれない。


「……セリナ、行こう」


 レオンが声をかけると、セリナは「……うん」と短く返し、フードを整えながら荷車に乗る準備を始める。

 ふと、視線を感じた気がして、レオンはわずかに振り返った。しかし、そこにはただ静かな草原が広がるばかりだった。だが、消えない違和感が彼の胸に引っかかる。誰かが、視察隊の動向を追っているのではないか――そんな考えが頭をよぎる。

 しかし、今はひとまずエリザベートを護り、目的地へ進むことが最優先だ。


 朝の陽光が街道を照らし、視察隊は静かに出立する。森の異変、術者の正体、王国全体に広がる魔物の問題――いくつもの謎を抱えたまま、彼らの旅は続いていく。



 視察隊が街道を進むにつれ、周囲の景色は徐々に開けていった。丘陵地帯が広がり、小さな村々が点在する。辺境といえど、ブルーヴェイルに近づくにつれ人の往来は増え、町としての賑わいを感じさせる。

 道中の休憩中、エリザベートは馬車の傍らでメモを広げ、各地の状況を書き留めていた。「魔物の増殖」「術者の影」「盗賊団の活発化」――彼女がまとめた記録から、辺境伯領の治安悪化は避けられない事態であることが読み取れる。

 レオンとセリナはその様子を見守りながら警戒を怠らず、周囲を観察している。カレンは肩をすくめながら、「結局、ブルーヴェイルで情報を集めるしかないのよねぇ」と呟く。ヴィクターも、「王都とも繋がる拠点だ。正式に報告すれば、何か動きがあるかもしれない」と静かに言った。


「わたしも父に手紙を送ろうかしら……王都や領都とも連携を取れるように」


 エリザベートの提案に、セリナは短く頷く。「……必要だと思う」と、淡々とした声ながらも、その言葉には確かな同意が込められていた。レオンも「そうですね。これだけ問題が広がっている以上、住民や冒険者の力だけでは限界があるかもしれません」と賛同する。

 こうして、視察隊の旅はただの移動ではなく、王国のための情報収集という新たな意味を持ち始めた。



 荷車で周囲を見回しながら、レオンは自分が王宮を出た経緯を振り返っていた。

 本来なら、彼は何の関係もなく、冒険者として自由な日々を送るはずだった。しかし、今こうして貴族令嬢を護衛し、王国の脅威に巻き込まれている。結果として王国の未来に関わる事態に直面しているのは、単なる偶然なのだろうか。

 もし、王宮に残っていたら――ここでどんな立場を取っていたのだろうか? 彼には政治や軍を動かす権限があったわけではない。だが、王族としてならば、もっと違う形で動くことができたかもしれない。

 それでも、王宮での責務を選ばなかったからこそ、自分の意思でエリザベートを守り、辺境の人々を助ける形になっているのではないか。そう考えると、奇妙な巡り合わせにも思えた。


「……考え事?」


 ふと、隣にいるセリナが問いかけた。レオンは軽く笑って「まあね」と誤魔化す。セリナはじっと彼を見つめた後、「変なの」と呟いて視線を前へ戻した。

 一見すると、ごく平穏な旅の一幕に過ぎない。しかし、レオンの胸にはまだ夜の残滓――あの術者の影がこびりついている。そしてセリナもまた、昨夜感じた魔力の残り香を決して忘れてはいなかった。

 馬車の車輪が緩やかに回り、視察隊は静かに街道を進む。いつ襲撃や陰謀が再び迫るか分からない緊迫感を抱えながら、彼らの旅は続いていく――。



 視察隊がブルーヴェイルへ近づくにつれ、さらに人の往来が増え、途中の村や町にも商人や旅人の姿が目立ち始めた。だが、その賑わいの中に視線を感じることがある。それが単なる警戒心によるものなのか、それとも本当に誰かが監視しているのか――気のせいだと断言できないのが、今の状況の不気味さだった。

 セリナが以前「遠くから魔力の匂いがする」と言った夜から、彼女の警戒は緩むことなく続いている。もし視察隊を狙う何者かがいるのなら、次に動くのは相手なのか、それともこのまま傍観を続けるつもりなのか――誰にも分からない。


「……また夜に襲ってくるかもしれないし、昼間に奇襲を仕掛けるかもしれない。とにかく油断ならないわね」


 カレンがぼそりと呟く。対してヴィクターは険しい表情のまま、「先手を打つために情報を集めたいが……術者の居場所が掴めない以上、そう簡単にはいかん」と肩をすくめた。

 エリザベートは馬車の窓から景色を眺めながら、思いを口にする。


「……早くブルーヴェイルへ行き、この問題を少しでも明らかにしたいわ」


 セリナはその言葉を聞きながら、荷車の上で静かに息を吐く。彼女の意識は自然とレオンの存在へと向かう。自身が戦う理由――それは、レオンとともに彼女を護るためだ。



 この日も夜が近づき、視察隊は野営の準備を整えていた。天候は良好で、頭上には満天の星が広がる。だが、その穏やかな光景とは裏腹に、セリナはふと鼻をひくつかせ、小さく呟いた。


「……風の匂い、少し嫌」


 焚火の薪が爆ぜる音の合間に、レオンが問いかける。


「また魔力を感じるのか?」


 セリナはわずかに首を傾げ、森の方角へ視線を向けた。


「……ごく微か。でも、どこかで動いてる」


 それが視察隊を監視する者の気配なのか、あるいは単に周辺で魔物が活発化している兆候なのか――判然としない。ただひとつ確かなのは、このまま無事に目的地へたどり着ける保証はどこにもないということだ。

 とはいえ、今できるのは警戒を怠らず、一刻も早くブルーヴェイルへ到達すること。そこにはより多くの情報源があり、場合によっては王都との連絡手段も期待できる。


「まずは無事に到着して、情報を整理しましょう。エリザベート様もそれを望んでいますし」


 レオンの言葉に、セリナは「……うん」と短く頷く。その横顔はどこか落ち着かず、警戒の色を宿していた。夜の闇に漂う魔力の残滓、森の術者が残した不気味な余韻――それが完全に消え去ったわけではないことを、彼女は本能的に感じ取っていた。

 それでも、この夜も何事もなく明け、朝日が地平を照らす。視察隊は再び馬車と馬を進め、旅を続ける。


 やがて、丘陵地帯を越えた先に、遠くにそびえる城壁が見えた。


「……ブルーヴェイル」


 エリザベートが馬車の窓から景色を見つめ、小さく呟く。その声に呼応するように、セリナの耳がピクリと動き、レオンも目を細めた。

 目的地は目前。だが、この先で何が待ち受けているのかは、まだ誰にも分からない。城壁の向こうには、新たな波乱と、そしてその答えが待っている――。

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