第38話 貴族の子女護衛クエスト編 森の奥へ
ヴェルン村での魔物襲撃を退けてから二日後。村長の要請とエリザベートの意向を受け、レオン、セリナ、そしてBランク冒険者のヴィクターとカレンは、再び森へ向かうことになった。目的は、魔物の異常発生の原因を探り、森で発見された魔法陣の正体を突き止めること。
村に残る騎士たちは防衛を固め、万が一の襲撃に備える。エリザベートは「自分も同行したい」と強く主張したが、護衛の騎士やヴィクターの説得により、最終的には村で待機することに落ち着いた。森の奥の調査は危険を伴い、貴族令嬢が踏み入れるにはあまりにもリスクが高すぎる。
こうして、新たに調査隊が結成された。魔法陣を使った何者かの仕業なのか、それとも別の理由があるのか――この森で何が起きているのかを明らかにするため、彼らは再び足を踏み入れることになった。
村の入口で、エリザベートが名残惜しそうにしている中、レオンとセリナはヴィクター、カレンとともに森へ向かう準備を整えていた。
森の異変が偶然とは思えない以上、何者かが魔物を操り、意図的に村へ向かわせている可能性は高い。その真相を突き止めなければ、いつまた襲撃が起こるかわからない。
エリザベートは出発する彼らを見送りながら、小さく息を吐いた。
「どうか、お気をつけて……」
その言葉に、レオンは静かに頷き、剣の柄に手を添えながら前を向く。セリナもフードを軽く直し、すぐに歩き出した。
先日通った道をさらに奥へ進むと、森は鬱蒼と生い茂り、昼間でも薄暗さが際立っていた。
前回の探索で魔法陣の痕跡を見つけた場所を通り過ぎ、さらに奥へと足を踏み込むと、森の空気が重苦しく淀んでいるのを感じる。動物の鳴き声はほとんどなく、不自然な静寂が辺りを支配していた。
セリナはフードを深く被りつつ、鼻をひくつかせて低く呟く。
「……魔物の匂い、強くなった」
レオンも周囲を見回し、剣の柄に手をかける。風の流れに乗って嫌な気配が漂ってくるのを感じていた。
「確かに、こんなに動物の気配が消えてる森は珍しいわね。何かが起きてるとしか思えないわ」
カレンが小声で言いながら、腰の短剣を軽く握る。ヴィクターは先頭を進み、慎重に前方の様子を伺いながら、低く指示を出した。
「油断するなよ。魔物の増殖は本当らしいな。レオン、セリナ、俺のすぐ後ろを頼む。カレンは後方支援に回ってくれ」
こうして四人は緩やかな列を作り、慎重に森を進んでいく。セリナは匂いで周囲の気配を探り、レオンは警戒を怠らずに歩を進める。カレンは背後に気を配りつつ、弓矢の準備を整えていた。
薄暗い樹間を進むうちに、何度か小さな魔物――ゴブリンやフェングモール――に遭遇するが、連携によってさほど苦戦することなく撃退する。
やがて、レオンたち調査隊は広葉樹が密集する一角で異様な空気を感じ取った。木々の根元の地面には、妙に掘り返された跡があり、そこに円環状の文様や文字が刻まれている。
前回見つけた魔法陣はすでに消えかかった形跡だったが、今回のものはまだ魔力が残っているのが感じられた。
カレンが目を凝らし、低い声で言う。
「これ……まだ新しいわね。魔力がほのかに漂ってる。誰かがここで術を行使してる……」
セリナは鼻をひくつかせ、周囲の空気を慎重に嗅ぎ取った。さらに、より警戒するようにフードを少しずらし、狼耳を外に出す。
「……さっきより強い。気持ち悪い」
顔をしかめながら呟くと、レオンも剣を携えたまま立ち止まり、地面の隅に埋め込まれた石のようなものを見つめた。
「この石版……あれ、文字が刻まれてる?」
そこには不自然な石版が埋まっており、何やら古代文字のような痕跡が刻まれている。周囲の土は掘り返されたばかりなのか、まだ湿っていた。どうやら、この魔法陣の中核となる媒体が、この石版である可能性が高い。
ヴィクターが膝をつき、慎重に石版の周囲を調べる。土を少し掘り返すと、いくつかの刻印が浮かび上がり、低く唸った。
「こういう魔法陣や石版が一つだけじゃない可能性があるな……。どうやら、森全体に仕掛けが施されてるのかもしれん」
その言葉に、カレンが息を呑む。
「……つまり、魔物が増えてるのも、単なる偶然じゃないってことね」
そうして魔法陣の周囲を調べていたそのとき、森の奥から地面を揺るがすような振動が伝わってきた。同時に、低い唸り声と共に、獣や魔物の混声が響き渡る。セリナが鋭く耳を立て、警戒の色を強める。
「……来る」
その言葉の直後、木立をなぎ倒すように姿を現したのは、通常の影狼やゴブリンとは異なる異形の魔物だった。
それは巨大な影狼に近い姿をしていたが、身体からゴツゴツとした突起が生え、光る紋様が皮膚に刻まれている。まるで魔法的に強化されたような印象を受ける。
さらに、その背後には数体の不気味なゴブリンが続き、こちらへと向かってくる。
「なんだ、あれ……!?」
カレンが眉をひそめ、低く唸る。
「ひゃあ、見たことないわね……。これ、まずいかも」
ヴィクターがすかさず前に立ち、短く指示を飛ばす。
「一斉に攻撃するぞ!」
レオンとセリナも素早く身構える。
「……レオン、行く」
セリナが短く告げると、レオンは頷き、剣の柄を握り込んだ。風魔法の応用を頭に浮かべ、慎重に立ち回りながら敵の動きを観察する。
異形の魔物は闇のオーラを纏い、見た目に反して俊敏な動きで突進してきた。ヴィクターがそれを迎え撃とうと構えるが、魔物はそのまま彼の剣をかわし、地面をえぐる勢いで爪を振り下ろす。
盾で防ごうとしたヴィクターがよろめき、カレンがすぐさま後方から援護の矢を放つが、魔物の周囲に漂う瘴気のような力が、それを弾き飛ばした。
「……普通の魔物じゃないな」
レオンが呟く。
ゴブリンの群れをヴィクターとカレンが抑える一方、レオンとセリナは異形の影狼と相対した。魔物が咆哮を上げ、その声に応じるように小型の魔物たちがざわめく。
レオンは風魔法を活かし、瞬時に距離を詰めて斬撃を放つ。だが、魔物の皮膚は硬く、軽い切り傷しか与えられない。逆に魔物は牙を剥き、強烈な一撃で反撃してくる。
レオンが紙一重でかわした直後、セリナが横からナイフを投げ、魔物の横腹を狙う。
「……っ、硬い……!」
ナイフが皮膚を掠めるが、致命傷には至らない。どうやら術式によって身体を強化されているらしい。しかし、レオンはすぐに次の手を打つ。剣に風魔法をまとわせ、刃に渦を巻き起こす。
魔物が突進してくる瞬間、レオンは風の勢いを利用して側面に回り込み、バランスを崩させた。セリナもその隙を逃さず、短剣で関節部分を狙い、力を削ぐように攻撃する。
そして、とどめにレオンが風の刃をまとわせた剣を真横に振り抜き、魔物の首を切り裂いた。魔物は苦しげに身をよじり、やがて力尽きて崩れ落ちる。
「……やったか?」
警戒しつつ様子を窺うと、魔物の体が黒い瘴気を吐き出しながら、ゆっくりと消えていく。
「……普通の魔物じゃない」
セリナが低く呟く。
異形の魔物を倒し、レオンたちが一息ついたところで、ヴィクターとカレンも合流する。
「お前たちが仕留めたのか。あれは完全に強化されてたな」
「やっぱり、誰かが仕組んでるのね……」
カレンが倒れた魔物の跡を調べるが、特に魔石等は見当たらない。ただ、瘴気だけが残っている。
ヴィクターは険しい顔で呟いた。
「森の異変は自然じゃない。意図的に魔物が強化され、操られている……」
その言葉に、レオンとセリナも無言で頷いた。
これは偶然ではなく、誰かが仕組んだ計画的なもの――その事実を、彼らは改めて確信したのだった。
こうして、調査隊は新たな魔法陣と異形の魔物という確かな手掛かりを得た。森の奥で発見した石版は、単なる魔物の巣や自然現象ではなく、何らかの術式の一部である可能性が極めて高い。誰かがこの森を利用し、魔物を強化、あるいは召喚していることはほぼ間違いない。
しかし、犯人の姿は見えず、さらなる深部へ進むべきかどうかの判断も難しい。襲撃による被害を最小限に抑えられたとはいえ、拠点となる村を放置したまま奥へ進むのはあまりにも危険だった。
ヴィクターは腕を組み、考え込むように言う。
「……一度村へ戻るべきだな。戦力や情報をまとめて、次の動きを決める」
「賛成。むやみに深入りするのは得策じゃないわ」
カレンも頷く。
レオンとセリナは最後にもう一度、魔法陣が描かれた地面を見回った。レオンは足元に微かに残る魔力の痕跡を感じ取り、剣の柄を握りしめる。
「……このまま引き下がるのは悔しいですね。せめて術式を壊しておくことはできませんか?」
だが、カレンが即座に首を横に振った。
「下手に破壊すると、逆に暴発するかもしれないわよ。封印系の術式なら、迂闊に触れないほうがいい」
ヴィクターも「魔術師がいれば話は別だが……」と渋い表情を浮かべる。
最終的に、石版を持ち帰るのも危険と判断され、簡易的な封印の札を貼る程度に留めた。果たしてこれが有効かどうかは未知数だが、完全に放置するよりはマシだった。
セリナは視線を森の奥へ向けながら、静かに呟く。
「……このままだと、また魔物が増える」
その言葉に、レオンも頷く。
(誰が仕組んでいるのか。何のために? このまま放置すれば、村や辺境一帯がもっと危険になるに違いない……)
彼は王宮を出奔した身でありながら、今や辺境の人々を危険から救うために何か手を打たねばならないと考え始めていた。
一方で、セリナもどこか落ち着かない様子で、村に残るエリザベートのことを気にかけている。護衛という立場でありながら、貴族の想いに応え、民を守るために行動する――それが今の二人に課された役目なのかもしれない。
ヴィクターが低く息を吐き、呟いた。
「こうなると、次はもっと大掛かりな動きになるかもしれんな……」
カレンも険しい表情を浮かべる。
「うん……もはや、普通のクエストの範囲を超えてるかも」
何者かが意図的に仕組んだ計画――その核心に、一歩近づいたようで、しかし全容はまだ見えないままだった。
不穏な気配を背に感じながら、レオンたちは静かに村へと帰路を辿り始めるのだった。
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