第37話 貴族の子女護衛クエスト編 辺境の村と森の異変
本日二話目の投稿となります。
交易拠点リュミナスでの視察を終え、レオンたち視察隊は次の目的地、ヴェルン村へと向かっていた。この村は辺境伯領のさらに奥に位置する小さな農村で、周囲を鬱蒼とした森に囲まれている。
道中、商人や旅人から「森で魔物の発生が増えている」という噂を耳にしていたが、その実態はまだはっきりしていなかった。
貴族の令嬢であるエリザベートは、複数の村や町を巡り、辺境の現状を自らの目で確かめようとしていた。王都では書物や報告書から領地の情報を得ることができるが、それでは知り得ない現実がある――彼女はそれを肌で感じたいと考えていた。
視察隊の旅はこれまで緊張の続くものだったが、ヴェルン村へ向かう道中では、少しばかり穏やかな時間もあった。護衛のセリナとカレンがエリザベートと同じ馬車に同乗し、セリナが徐々に心を開いていく様子は、これまでの彼女からは想像しづらいものだった。レオンもまた、借りた馬の騎乗をこなし、視察隊の一員としての実力を着実に示しつつあった。
和やかな雰囲気の中で進んだ旅路だったが、ヴェルン村が近づくにつれ、隊列は再び警戒態勢へと移行する。エリザベートも、貴族としての視察という使命を改めて意識し、真剣な面持ちへと変わっていた。
そして、ヴェルン村に到着した一行を待ち受けていたのは、より深刻な問題の兆しだった。村長の話によれば、森の異変、魔物の増殖、そして魔法陣の痕跡という、ただならぬ要素が重なっているという。
道中は特に目立った襲撃もなく、視察隊は夕刻前にヴェルン村へ到着した。素朴で静かな村には、どこか寂れた空気が漂っている。農作物の畑が広がるが、作業をしている村人の姿はまばらで、活気が感じられなかった。
エリザベートが馬車から降り立つと、村人たちが控えめながらも迎えに出る。簡単な挨拶を交わした後、村長らしき老人が前に進み出た。顔には深い皺が刻まれ、今にも消え入りそうな声で問題を口にする。
「……最近、森で魔物が妙に増えてな。以前はこの辺りの森に狼やゴブリンが出ることはあったが、これほど数が多くなるのは異常じゃ。何かが起きていると、わしは思うとるんじゃ……」
レオンとセリナはエリザベートの左右で護衛の姿勢をとりながら、その話に耳を傾ける。ヴィクターとカレンも後方で控え、時折周囲に目を巡らせながら話を聞いていた。
エリザベートは一歩前に進み、村長の言葉を促すように尋ねる。
「森で魔物が増えている……具体的にはどんな兆候があるのですか?」
村長は深いため息をつき、肩をすぼめる。
「幾度か様子を見に行った若者がおるが、森の中で異様な気配を感じて戻ってきたんですじゃ。あまり奥まで踏み込まんように注意しとるが、そのうち魔物が村へ押し寄せるんじゃないかと、皆が怯えとる……」
騎士たちも「この辺りまで魔物が湧いてくるとは……」と顔を曇らせる。もし森の奥で魔物の巣が形成されているなら、村の安全はすぐにでも脅かされる恐れがある。
エリザベートは手袋を外し、真剣な表情で村長を見つめると、提案するように言った。
「ならば、わたくしの護衛がここにいるうちに、森を簡単に調査できないでしょうか? 辺境伯領の一部として、このまま放っておくわけにはいきません。村の方々にも、安心していただきたいのです……」
レオンはエリザベートの意外な積極性に少し驚くが、確かに彼女の言うとおり、今この場で対処できるなら、村の不安を取り除くことができるかもしれない。セリナもフードの下で静かに耳を動かしながら、「……賛成」と無言で頷くような気配を見せていた。
エリザベートの意向を受け、レオンとセリナ、ヴィクター夫妻、そして護衛の騎士たちは、村長が指し示した異変が起きたとされる森へ向かうことになった。
一方、エリザベート本人は村に留まり、村長と共に情報を整理しつつ、彼らの帰りを待つことになった。
出発の準備を整えながら、カレンがセリナの肩を軽く叩き、「さて、ちょっと探検してこようか!」と明るく言う。
セリナはフードの奥で小さく耳を動かしながら、「……油断しないで」と短く返す。
エリザベートは見送りながら、真剣な表情で声をかけた。
「皆さん、どうか気をつけて……無理はしないでくださいね」
レオンが「大丈夫です。慎重に調べます」と頷き、一行は森へと歩を進めていった。
森の入り口は鬱蒼と木々が生い茂り、昼間にもかかわらず薄暗い。樹間から細く陽の光が射しているが、どこか背後に視線を感じるような、不気味な気配が漂っている。セリナは鼻をひくつかせ、低く呟いた。
「……魔力の匂いがする」
「魔力の匂い……?」
レオンが思わず聞き返した直後、森の奥へ数歩踏み込むと、地面に奇妙な模様が刻まれているのを発見した。それは、円形の魔法陣の痕跡だった。血の跡や細かい文字のようなものが散らばり、部分的にかすれているものの、明らかに人為的なものだ。不自然な幾何学模様が、見ているだけで不安を煽る。
「魔法陣の痕跡……?」
レオンが呟くと、ヴィクターが眉をひそめ、「こりゃただの自然現象じゃないな」と吐き捨てるように言う。一方、セリナは短剣を握りしめながら、周囲の気配を鋭く探っていた。
カレンがセリナの後ろから、フード越しにセリナに向けて問いかける。
「どう? 敵の気配は感じる?」
セリナはじっと耳を動かし、小さく首を振った。
「今は……見当たらない。でも、ここで何かをしてた跡。……気持ち悪い」
地面に描かれた紋様からは、わずかに魔力の残滓が漂っている。カレンが興味深げに手を伸ばそうとするが、ヴィクターが素早く制止する。
「あまり直接触るな。下手に刺激すると、何が起こるか分からん」
慎重を期した方が良さそうだった。
「……誰かがこの森で魔物を呼び出している? あるいは強化している?」
レオンが疑念を口にすると、ヴィクターは険しい表情のまま周囲を見回し、低く言う。
「奴らの狙いは分からんが、村の近くにこんなものがあるとは穏やかじゃないな。とりあえず村長に報告して、対策を考えねば」
一行は森の奥へ進むべきか迷ったが、夜が近づきつつあったため、一旦村へ戻ることに決めた。暗闇の中で魔物を呼び寄せる術式が発動すれば、大規模な襲撃につながる可能性がある。慎重かつ迅速な判断が求められた。
しかし、村へと戻る道の途中で、不穏な気配が漂い始める。
村の北側、薄暗い森へと続く道の先――そこから現れたのは、影狼と呼ばれる闇属性の狼型魔物。そして、その後ろには統率の取れたゴブリンの部隊が続いていた。 通常のゴブリンは散発的に襲いかかるものだが、今回は影狼が先行して騒ぎを起こし、その隙にゴブリンたちが村へ潜り込もうとしている。
レオンは、この異様な光景を目の当たりにして、森で発見した魔法陣の影響を強く疑った。魔物同士が自然に協力することは滅多になく、何者かが背後で指揮を取っている可能性が高い。
セリナは尻尾を逆立て、ナイフを強く握りしめる。
「ゴブリンが複数のグループに分かれて侵入してる! 村人を避難させろ!」
騎士たちが即座に指示を飛ばしながら、村人の保護に動き出す。
レオンとセリナは、正面の影狼を迎撃しながら、ゴブリンが横から回り込むのを防がなければならない。カレンとヴィクターもそれぞれ別の場所を担当し、ほぼ同時に複数の戦闘が始まった。
影狼は闇に溶け込むように動き、獲物に一気に襲いかかる性質を持つ。レオンは目を凝らし、セリナの狼耳を頼りに敵の位置を探っていた。
「来る!」
セリナが鋭く叫ぶと同時に、三匹の影狼が身を低くしながら突進してくる。
レオンは素早く剣を抜いて牽制しつつ、先の盗賊戦で学んだ風魔法を活用する。足元に微細な気流を生じさせ、最初の一匹の攻撃を紙一重で避けると、風圧を利用して体勢を立て直した。そのまま横から剣を振り抜き、影狼を一閃する。
一方、セリナは的確にナイフを投げ、二匹目の動きを鈍らせると、すかさず短剣で止めを刺す。だが、三匹目が背後から襲いかかろうとしていた。
「っ……!」
レオンが瞬時に横へステップし、影狼を弾き飛ばす。すかさずセリナが喉笛を正確に狙い、一撃で仕留めた。
「……やった」
短く呟くセリナと、静かに頷くレオン。二人は視線を交わしながら、呼吸を整える。レオンは風魔法を活用していたが、まだぎこちない部分がある。それでも確実に戦闘の幅は広がり、セリナとの連携も向上していた。
さらに、村の裏手では別のゴブリン集団が侵入を試みていたが、それをヴィクターとカレンが阻止する。彼らも息の合った連携を駆使し、Bランク冒険者らしい圧倒的な実力でゴブリンたちを蹴散らしていく。
村の各所では騎士たちが散開しながら、村人も加わり残ったゴブリンの迎撃に当たっていた。戦闘は続いていたが、確実にこちらの優勢が強まっていた。
通常なら脆弱なゴブリンは個々に散発的な襲撃を仕掛けるものだが、今回は様子が違った。数が多い上に、影狼を先頭に統率の取れた動きを見せ、まるで軍隊のように襲いかかってくる。
それでも、各所でそれぞれが奮戦し、数十匹のゴブリンを撃退することに成功した。追い詰められた数匹は逃げ出し、闇の中へと消えていく。
夜の村は、レオンたち冒険者の立ち回りと騎士たちの奮闘によって、辛うじて守り抜かれた。
夜明けが近づく頃、ようやく村に静寂が戻る。ゴブリンや影狼の死骸があちこちに散らばり、村人たちは疲労困憊の様子だったが、最悪の事態は免れた。被害は軽傷者が数名出た程度で済んだものの、物資の一部が荒らされ、家畜が襲われる被害も発生していた。
襲撃が収まると、エリザベートは村長の家から飛び出そうとしたが、騎士が慌てて制止する。しかし、彼女は「皆の様子を見たい」と押し通し、侍女を伴って傷ついた村人のもとへ駆け寄った。
その姿を目にしたセリナは、小さく呟く。
「……必死だな」
レオンも視線を送りながら、静かに頷いた。
「そうだな」
エリザベートの目には、襲撃の恐怖と、被害を受けた村人たちへの憤りが滲んでいた。
「こんなにも多くの方が危険に晒されるなんて……。あの森の魔法陣といい、放っておけばこの村は……!」
唇を噛み、拳を握りしめる彼女の瞳には涙が浮かんでいる。町では盗賊の脅威を目の当たりにしたが、今回は魔物による直接的な被害が、辺境の村を脅かしていることを痛感したのだ。
少し離れた場所で息を整えていたレオンとセリナのもとへ、ヴィクターが苦笑まじりに近づいてきた。
「見事な連携だったな。Dランクにしちゃ、十分Cランク以上の動きだ。特に風魔法は有効に活かせてたようだが」
レオンは剣を腰に収めながら、謙遜するように言う。
「まだぎこちないですけど、思ったより上手くいきました」
カレンは「もっと練習すれば伸びるわよ」と目を輝かせるが、セリナはそんなレオンを見上げ、ぽつりと呟いた。
「……あなたの力、こんなもんじゃない」
その言葉に、レオンは一瞬驚いたような表情を見せるが、すぐに静かに頷いた。
今や、風魔法の応用は戦闘に欠かせないものになりつつある。この先、より強力な魔物や未知の脅威と対峙するならば、剣技だけでは不十分かもしれない――。
襲撃の被害を見回ったエリザベートは、村人たちが不安と恐怖に震えている現状を目の当たりにし、衝撃で体を強張らせていた。夜が明けかけた空を見上げ、小さく息を吐きながら、震える声で呟く。
「貴族の庇護が行き届いていれば……こんな危険に晒されることも少なかったでしょうに……。わたしは何も知らずに……」
自責の念がにじむその言葉に、侍女たちは慌てて慰める。
「お嬢様、そんな……」
だが、エリザベートは首を横に振る。
「わたしが王都で安穏としていた間、領地の方々はこんな苦労を……」
その呟きは、まるで自分自身を責めるようだった。
レオンとセリナは、少し離れた場所からその様子を見守る。彼らは護衛としての立場であり、エリザベートの内面に踏み込むほど親しい間柄ではない。それでも、彼女の悔しさや変わろうとする意志が、痛いほど伝わってきた。
セリナはフードの奥で微かに耳を動かしながら、静かに考える。
(貴族であっても、こんなに苦しむのか……)
彼女にとって人間の貴族とは、圧倒的な力を持ち、弱者を押さえつける存在だった。しかし、目の前のエリザベートは自分の無力さに苦しみ、変わろうとしている――その姿が、少しだけ不思議に思えた。
一方、レオンは頭の片隅で王宮で過ごした日々を思い出す。
(確かに、王族や貴族でも何も知らずにいることは多い……)
自分もまた、かつては王族として過ごしていた。しかし、その立場を捨てて今ここにいる。エリザベートの姿を見ながら、いずれ自分も王宮との因縁に向き合わねばならない時が来るのかもしれない――そう、漠然とした予感が頭をよぎる。
今はただ、護衛として彼女を支える。それだけでいい。そう自分に言い聞かせるように、レオンは静かに息を吐いた。
夜の襲撃を受け、ヴィクターは再度相談を持ち掛けた。魔法陣の存在や魔物の異変を軽視できない以上、早急に森を調査し、原因を探る必要がある。だが、村への再襲撃の可能性も考えれば、手分けして対策を講じる必要があった。
カレンは腕を組みながら主張する。
「ここまで来たなら、一度奥まで踏み込んで正体を突き止めるべきよ」
しかし、ヴィクターは難色を示す。
「相手の術者が潜んでいるかもしれん。無策で動くのは危険が大きい」
騎士たちはエリザベートの安全を最優先とする方針を崩さず、村長もまた「村人を巻き込むわけにはいかない」と慎重な姿勢を見せる。
しかし、放置すれば再び魔物の襲撃を招く可能性が高く、森の奥で何らかの術が使われているのは明白だった。
エリザベートは静かに視線を落とし、だが、しっかりとした声で口を開く。
「このままでは、また村が襲われるかもしれません。森の中で何らかの術を使って魔物を操っているのなら、原因を突き止めなければなりません。……わたくしも同行します」
その言葉に、侍女たちは悲鳴のような声を上げる。
「お嬢様、それは危険すぎます!」
エリザベートは唇を引き結び、反論しようとした。しかし、その前にヴィクターが低い声で告げる。
「お嬢様、ダメだ。今回ばかりは護衛として反対させてもらう」
エリザベートが驚いたようにヴィクターを見つめる。カレンも、「エリザベートお嬢様の気持ちはわかるけど、ここは私たちに任せて」と、やんわりと微笑んだ。
エリザベートは悔しそうに拳を握るが、騎士たちの表情も固い。彼女の身を守るのが第一であり、護衛の任務を逸脱するわけにはいかない。
レオンが静かに口を開いた。
「お嬢様がここにいることで、村の人たちも落ち着くはずです。俺たちが森で異変を探りますので、村でお待ちください」
セリナも「……大丈夫。わたしたちが片付ける」と短く付け加える。
エリザベートはしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……わかりました。ですが、絶対に無理はしないでください。どんな情報でも、必ず持ち帰るのです」
その言葉に、レオンたちは頷いた。
こうして、エリザベートと侍女たち、騎士たちは村に残り、レオンとセリナ、ヴィクター、カレンの四人が森へ向かうこととなった。
夜が明けたヴェルン村には、昨夜の魔物襲撃の爪痕が生々しく残っていた。村人たちは怯えながらも、視察隊の尽力に感謝し、エリザベートを温かく迎えようとしていた。しかし、彼らの表情には拭いきれない不安が刻まれている。森の魔法陣、増え続ける魔物、訓練された盗賊団――不穏な影は確実に辺境へ広がっていた。
レオンは、戦闘で風魔法を活かす手応えを得たことで、さらに自らの力を高める必要性を感じていた。剣だけではなく、魔法との融合が今後の戦いの鍵となる――その確信が彼の中に芽生えつつあった。
そんなレオンを、セリナは静かに見守る。彼女自身もまた、この護衛任務が単なる依頼ではなく、想像以上に大きな局面へと繋がっていることを感じ始めていた。
一方、エリザベートの瞳には新たな決意の炎が灯り始めていた。
「貴族が守るべき民」
その言葉の重みを、彼女は初めて真正面から受け止めた。これまで王都で何不自由なく過ごしてきた自分が知らなかった現実――襲撃に怯える村人たち、庇護が行き届かず苦しむ領地の人々。その姿を目の当たりにし、彼女は初めて本気で考えた。
(この脅威から人々を護りたい。領地経営や政治を本気で学び、実際に力になりたい)
彼女は今、貴族としての使命を自らの意志で選ぼうとしていた。
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