第35話 貴族の子女護衛クエスト編 交易の要衝で
本日二話目の投稿となります。
貴族の娘エリザベート・フォン・ラウレンツを護衛する視察隊は、道中で盗賊の偵察や魔狼の襲撃を乗り越え、ついに目的の一つである交易拠点の町・リュミナスへと到着した。ここは辺境伯領と王都を結ぶ物流の要衝であり、商人ギルドや大小さまざまな倉庫が立ち並ぶ活気ある町だ。その反面、最近は盗賊の出没が増えており、警備が強化されているという情報も入っていた。
一行はまず宿へ向かい、長旅の疲れを癒すためにしばしの休息を取った。その後、準備を整えたレオンとセリナは、Bランク冒険者のヴィクターとカレン、護衛の騎士や侍女たちとともに、町の中央にある商人ギルドの館へ向かった。そこでは、エリザベートが商人代表と面会し、辺境の物流事情を直接聞くことになっていた。
町の中心には幾つもの石造りの建物が立ち並び、その一つに商人ギルドの看板が掲げられている。広々としたフロアには商人たちの活気に満ちた声が響き、行き交う人々の雑踏が絶えない。エリザベートは侍女に付き添われながら、興味深そうに周囲を見渡しつつ中へ入った。
ギルド内の奥まった部屋に通された一行を迎えたのは、この地域の商人代表だった。壮年の男で、口髭を湛えた穏やかながらも切れ者の印象を持つ人物だ。エリザベートは椅子に腰を下ろすと、さっそく口を開いた。
「最近、盗賊の襲撃が増えていると伺っています。私たちも道中で不穏な気配を感じましたが……」
商人代表は神妙な面持ちで頷き、苦い表情を浮かべて言葉を返す。
「ええ、ここ数週間で被害が急増していましてね。我々商人ギルドとしても、自衛手段を強化せねばならない状況です。商隊には傭兵を雇う者も増えていますが、残念ながら完全には防ぎきれません」
レオンとセリナは、エリザベートの後方数メートルほど離れた位置で護衛として控えつつ、会話に耳を傾けていた。貴族の令嬢が商人と直接やり取りする光景は、セリナにとって新鮮だった。
エリザベートはさらに身を乗り出し、真剣な表情で尋ねる。
「王国と辺境伯領の交易が滞るのは、わたくしの家が管轄する領地にとっても大きな損失です。何か有効な対策は取れないのでしょうか?」
「一部の商隊は傭兵を雇い始めています。しかし、盗賊側もただのならず者ではなく、組織的に動いているという噂がありまして……。われわれとしても危険を承知で交易を続けるしかないのが現状です」
商人代表の言葉を受け止めながら、エリザベートは深いため息をついた。貴族としての使命を抱えながらも、現実には限られた手段しかないことを痛感しているようだった。
レオンは小声で呟く。
「辺境は、王都ほど秩序が保たれているわけじゃないんだな」
セリナも同じく小声で応じる。
「……危ない場所、いっぱいある。ここも似たようなものかもしれない」
フードを被ったまま周囲に注意を向けるセリナは、この商人ギルドにも多くの人々が出入りしているため、警戒を解かない。一方、レオンは「この先、盗賊団との衝突が避けられないかもしれない」と考えていた。
商人代表との面会を終えた後、エリザベートは商人ギルドの職員に案内され、町の倉庫街へ向かった。ここには大量の物資が集積され、辺境伯領と王都を結ぶ商隊が頻繁に行き来するため、物流の拠点となっている。
護衛の騎士やヴィクター夫妻、そしてレオンとセリナが周囲を囲むように移動し、警戒を怠らない。エリザベートは侍女たちと共に、倉庫の規模や品物の状況を見学していた。
しかし、その最中――突然、警報とも言える鐘の音が町中に響き渡った。緊急事態を知らせる合図だ。
「盗賊団の襲撃だ! 倉庫が狙われている!」
騎士の鋭い声とともに、指差す方向を見ると、倉庫の裏手で暴れる複数の人影が確認できた。次の瞬間、悲鳴が上がり、倉庫を守っていた警備員が倒れるのが見える。
ヴィクターはすぐに顔を引き締め、「来たか……レオン、セリナ、行くぞ!」と叫んだ。カレンも剣を抜き、あっという間に戦闘態勢を整える。
「了解!」
レオンが応じ、セリナも「……戦う」と短く答えながら武器を構える。
倉庫の一角には、ニ十人程の盗賊が侵入しており、その周囲にもさらに仲間が潜んでいるらしい。町の衛兵も駆けつけたが、相手は数任せの人数だけでなく素早い連携を見せ、しぶとく抵抗を続けていた。
レオンとセリナが駆けつけると、盗賊たちはまるで軍隊のように、それぞれ役割を分担して動いていた。前衛が突撃して注意を引きつける一方、後衛が倉庫の扉を破壊しようとしている。
レオンは剣を振るい、最前線に踏み込んで敵の剣撃を受け流す。セリナは素早く側面へ回り込み、ナイフで後衛を狙いながら牽制を仕掛けた。ヴィクターやカレンも横から加勢し、剣と弓矢で圧力をかけていく。
しかし、盗賊の一人が鋭い声で合図を送ると、仲間全員が瞬時に回避行動を取り、連携して反撃してきた。その動きは明らかにただの寄せ集めではない――何かしらの訓練や指揮が行き届いている証拠だ。
ヴィクターは低く唸りながら言う。
「こいつら……単なる山賊やチンピラじゃないぞ。どこかで訓練を受けているんじゃないか?」
カレンも鋭い視線を向けながら応じる。
「だね。組織的に動いてる。誰かが裏で支援しているのかもしれない」
剣撃を交わしながら、レオンはこれまで風魔法を戦闘にどう活かすべきか考えていた。自身の魔力では強力な魔法を使うことはできないが、移動や回避の補助、剣に纏わせることで攻撃の精度を上げるといった使い方なら十分に実用的だと気づく。カレンの助言どおり、単なる補助に留まらず、より効果的に応用できる方法を模索するのだ。
敵の一人が斬りかかってきた瞬間、レオンは一歩踏み込み、剣を受け流すと同時に風魔法を発動する。足元に僅かな突風を生じさせ、身体を軽く流すことで、最小限の動きで相手の攻撃を回避する。さらに、剣に薄く風を纏わせ、素早く斬り返した。風の補助を受けた刃がわずかに速度を増し、相手の剣を弾き飛ばす。
「お、いい感じ! やっぱり風魔法、戦闘に活かせるでしょ?」
遠方から弓矢で援護していたカレンが声をかける。
レオンは息を整えながら、「確かに……この程度なら俺でも十分使えますね」と応じる。魔力の制限上、大規模な魔法攻撃はできないが、移動や回避の補助、剣に纏わせることで攻撃の速度や軌道を微調整することは可能だ。もともと剣の技量は高いため、風魔法を組み合わせることで無駄のない動きが可能になり、これまで以上にスムーズに敵を制圧できる。
一方、セリナもナイフと短剣を駆使し、盗賊たちの動きを封じていた。レオンとセリナの連携が加わることで戦況は一気に傾き、魔狼を撃退したときと同じように、敵は次第に追い詰められていく。
とはいえ、盗賊たちも無策ではなかった。リーダー格の男が素早く合図を送ると、隊列を整えながら後退を開始する。すでに数名が倒れたものの、残存勢力は混乱することなく、統率の取れた動きで後方へ散り、視界から消えるように立ち回っていた。
レオンが追おうと駆け出しかけるが、ヴィクターが「深追いは禁物だ!」と鋭く叫ぶ。この町は倉庫が迷路のように並んでおり、むやみに追いかければ待ち伏せされる危険がある。カレンも「ここで無理しても仕方ないわ。次の機会に叩くしかないけど……」と同意する。
やがて町の衛兵が駆けつけ、手薄だった倉庫周辺の防衛に成功する。盗賊の一団は、何らかの目的を果たせないまま退却したようだが、町の人々の不安は拭えなかった。
「またか……」「被害は最小限だったが、いつまで続くんだ……」
商人たちは肩を落とし、嘆きの声を上げていた。
襲撃を退けた後、倉庫周辺では負傷者の手当てと被害状況の確認が進められていた。倒された盗賊のうち何名かは鎖で拘束されたものの、リーダー格や大半の仲間は逃げ去った。
ヴィクターは険しい表情を崩さぬまま、レオンの戦いぶりに目を見張る。
「……お前、本当にDランクか? 風魔法を組み合わせりゃ、Bランクも視野に入るかもしれんな」
レオンは剣を収め、「まだDランクですよ」と苦笑するが、カレンも「でも、動きはCランク以上だったわよね?」と続ける。
「……レオン、もっと強くなれる」
セリナがぽつりと呟く。その言葉に、レオンは静かに頷きつつ、内心で魔法と剣技を併用する手応えを感じていた。まだ試行錯誤の段階だが、可能性は大いにあると確信し始めている。
その時、少し遅れてエリザベートが侍女を伴い、緊張した面持ちで現場に姿を現した。騎士が制止しようとしたが、どうしても実情を自分の目で確かめたかったのだろう。倒れた盗賊や、混乱する商人たちの姿を見て、彼女は顔をこわばらせた。
「……こんなにも大勢の人が危険にさらされているのに、私は今まで何も知らなかった……」
盗賊が血を流して倒れている姿をまじまじと見つめ、小さく震える。貴族として王都や領地の屋敷で過ごすだけでは分からなかった生々しい現実が、目の前にある。
「貴族が守るべき民が、こうして危険に晒されているのに、私は……」
言葉を詰まらせ、俯くエリザベート。レオンとセリナは一歩後ろで静かに見守り、彼女の感情の揺れを感じ取っていた。何度か小さく息を吸い、震える声で続ける。
「私は普段王都で過ごし、領地のことを実感が湧かないまま学んでいたのかもしれません。でも、ここでは毎日のように盗賊や魔物に怯え、交易が滞れば生活が崩れてしまう人々がいる……。もっと深く学ばなくては」
その瞳には、新たな決意の光が宿っていた。小村での視察以上に、現場での戦闘を目の当たりにした衝撃は大きかったのだろう。セリナはフードの下でそっと耳を動かし、エリザベートの強い意志を感じ取るように、じっと彼女を見つめていた。
襲撃の翌日、町の衛兵や商人ギルドのギルドマスターとの協議の結果、エリザベートの視察は予定どおり続行されることになった。辺境伯領の物流状況を把握し、盗賊の脅威にどう対処すべきかを、自らの目で学ぶためだ。
レオンとセリナ、そしてヴィクター夫妻は、護衛体制をさらに強化し、エリザベートの周囲を固める。盗賊が再び襲撃を仕掛ける可能性は高く、警戒を緩めるわけにはいかなかった。
「一度の襲撃で終わるとは思えん。やつらには狙いがあるはずだし、何者かが背後で支援しているとすれば、こちらが警戒を強めても油断はできない」
ヴィクターがそう結論づけると、カレンも頷く。セリナは少し離れた場所でそのやり取りを聞きながら、「……来るなら、準備しておく」と短く決意を表した。
一方、レオンは今回の戦闘を通じて得た風魔法の応用を、さらに磨こうと心に決めていた。彼は王宮出身ゆえに秘めたる力を持ちながら、それを完全に使いこなしたことはない。しかし、護衛としての責務を全うするためには、もっと強くならなければならないと痛感していた。
また、エリザベートは倒れた盗賊や混乱する町の様子を目の当たりにし、自身の無力さと貴族としての責務を改めて痛感した。視察を単なる見学で終わらせず、何かしらの改善策を模索しようとする意気込みが見える。商人ギルドの代表と再度会談する予定もあり、父が待つ領主邸へ報告をまとめる準備も整えなければならなかった。
彼女の変化は、護衛の二人にも良い影響を与えていた。セリナは当初、「また人間の領主か……」と警戒していたが、エリザベートが本気で民を想い行動する姿を見るたびに、少しずつその考えを変え始めていた。
(……あの人、本当に貴族のためじゃなく、民のためを考えてる。……嫌じゃない)
フードの下で微かに耳が動く。彼女の中で新たな意志が芽生え、次第に「この護衛任務には意味がある」と感じ始めていた。
こうして、エリザベートは商人たちの話を聞き、盗賊による被害や物流の停滞が辺境に深刻な影響を及ぼしている現実を知ることとなった。護衛隊が倉庫街での襲撃を食い止めたことで、一時的に町は落ち着きを取り戻したが、根本的な問題は何ひとつ解決していない。盗賊団が再び襲撃を仕掛ける可能性は高く、視察隊も警戒を緩めることはできなかった。
一方、レオンは魔法を本格的に戦闘へ活かす道を歩み始め、セリナは彼はもっと強くなれると確信を持って見守っていた。Bランクの実力が見え始めるほど、彼らの技量は磨かれつつあり、ヴィクターやカレンからの信頼も深まっている。
そして何より、エリザベートにとって最も大きな変化は、貴族の庇護が十分に行き届いていないという現実を突きつけられたことだった。倉庫街で見た盗賊襲撃の惨状は、彼女が生まれて初めて直面した現実の闇だった。しかし、それを前にしても彼女は退かず、その瞳には新たな決意が宿っていた。貴族として何をすべきか、どう改革すべきか――その答えを求めて、彼女はさらに旅を続けることを決意する。
「わたし……もっと強くならなくてはなりませんね。民を護るために……」
その言葉に、レオンもセリナも静かに頷いた。彼らは護衛として彼女を守るが、それは同時に、この地の平和や住民の生活を支えることにもつながっているのだと感じていた。
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