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第33話 貴族の子女護衛クエスト編 最初の試練

 貴族の娘エリザベート・フォン・ラウレンツの護衛任務が始まったばかり。視察を兼ねた旅は順調に進み、メルグレイヴを発ってからしばらくの間は特に問題もなく、一行は予定通りの道を進んでいた。

 エリザベートは護衛役のレオンやセリナに興味を持ち、「どんなクエストをこなしてきたの? 獣人の方はやっぱり夜目が利くの?」といった質問を次々に投げかける。レオンは穏やかに答え、セリナも最初は警戒しながらも、徐々に短い言葉で応じるようになっていた。


 おっとりした雰囲気を持ちながらも好奇心旺盛なエリザベートに、隊列の雰囲気は和やかに保たれていたが、護衛の旅に油断は禁物だった。視察の目的があるとはいえ、野営を余儀なくされる以上、盗賊や魔物の脅威は常に意識しなければならない。

 そして、最初の夜が訪れようとしていた。夕日が静かに沈み、空が深い藍色へと変わる頃、一行は今夜の宿営地に馬車を止め、慎重に周囲を警戒しながら野営の準備を進めていた。


 視察隊は次の目的地である小村へ向かう途中、日没が近づいたため、無理に進むのを避け、安全を考慮して道中の開けた場所で野営することになった。護衛の騎士と冒険者たちは、馬車を囲むように配置を取り、警備の準備を整える。

 エリザベートは馬車の中で休むことになり、侍女たちも同様に馬車内に簡易の寝台を用意して就寝の準備を進めていた。一方、騎士たちは交代で見張りにつき、レオン、セリナ、ヴィクター夫妻も順番に警備を担当することになっている。


 野営の夜は静かだった。月の光が薄暗い草原を照らし、焚き火の炎がぱちぱちと小さく音を立てる。レオンとセリナはそのそばに腰を下ろし、仮眠を取るかどうかを話し合っていた。


「俺が後半の見張りを担当するから、セリナは先に少し休んでおいてくれ」


 レオンがそう提案すると、セリナはわずかに首を振る。


「……一緒に警戒する」


 その言葉には、彼女の揺るがぬ意志が感じられた。今やセリナにとってレオンと共にいることは自然なことであり、加えて護衛としての責務を全うしようとする真面目な姿勢も垣間見える。


 ヴィクター夫妻は周囲を巡回しており、「何かあればすぐに知らせる」と告げていた。今のところ、不審な気配は感じられず、このまま何事もなく朝を迎える可能性が高い――はずだった。



 深夜――月が雲に隠れ、あたりが一層暗さを増す頃。焚き火のかすかな光が闇に滲み、夜の静寂が野営地を包み込んでいた。

 レオンはじっと耳を澄ませ、周囲の気配を探る。隣では、セリナがフード越しに狼耳を動かしながら、風の流れに紛れる微かな音を拾っていた。

 そして――そのとき、不穏な気配が風に乗って届く。


「……来る」


 低く呟くや否や、セリナは素早く身を起こし、頭を振ってフードを払い落とした。夜闇に溶け込んでいた銀色の耳が、警戒するようにピンと立つ。

 直後、茂みの奥から低く響く唸り声が、闇を裂くように重なり合った。


 魔狼――夜の闇に潜み、集団で獲物を狩る危険な魔物。以前、レオンとセリナが戦った魔物と同じ種である可能性が高い。

 警備の騎士たちもすぐに異変に気づき、警戒の声を張り上げながら陣形を整えようと動き出す。しかし、魔狼たちの狩りの動きは素早く、夜の帳に紛れながら着実に包囲を狭めてきていた。


「エリザベート様に異常は!?」


 騎士の一人が馬車を確認し、侍女たちはすぐに扉を閉め、内部で身構える。馬車の中からは物音がし、侍女たちが慌ただしく動く気配が伝わってくる。


(……さすがに起きてしまっているだろうな)


 レオンは魔狼の気配を警戒しながら、ちらりと馬車の方へ視線を送る。騎士たちの声、剣を抜く音、そして魔物の唸り声が響く中、エリザベートが目を覚まさないはずがない。だが、馬車の窓が開くことはなく、内部からは騒ぐような声も聞こえてこない。


 レオンは剣を抜き、セリナも短剣とナイフを構える。馬車が狙われる前に、森側から迫る魔狼を引きつけ、殲滅するのが最優先だった。


「セリナ、左を頼む!」

「……了解」


 闇の中を疾風のごとく駆け、流れるような動きでナイフを放つ。銀色の刃が音もなく飛び、最初に飛び出した魔狼の足元を貫いた。悲鳴とともに動きが鈍ったところへ、セリナが素早く距離を詰め、一撃で短剣を突き立てる。

 その手際は、まるで計算された動きのように正確だった。以前の魔物討伐や護衛任務を経て、レオンとの連携も自然に取れるようになっている。


 一方、レオンは騎士たちと共に、正面から突っ込んできた魔狼を迎え撃つ。目を凝らし、闇に潜む魔物の気配を捉える。音もなく飛びかかる影――狙いは喉元か、それとも足か。


 剣を構え、次の瞬間――。

 レオンは魔狼の牙が迫る直前に剣を振るい、その攻撃を弾き飛ばす。勢いのまま流れるように切り払うと、魔狼は断末魔を上げて地面に崩れ落ちた。


 王宮仕込みの剣捌きと冷静な判断――それらが、護衛としての役割を確かに果たしていた。しかし、魔狼はまだいる。森の奥から、さらに気配が近づいていた。


 夜の静寂を破る、低く響く唸り声。――夜の襲撃は、まだ終わりそうにない。



 騎士たちは奮闘していたが、魔狼の素早い動きに苦戦を強いられていた。群れ全体が連携し、波のように突撃してくるたびに陣形が乱れそうになる。だが、そのたびにレオンとセリナが横から的確に攻撃を加え、被害を最小限に抑えていった。

 セリナのナイフが二匹目の魔狼の首元をかすめ、魔狼が苦しげにのたうつ。その隙を逃さず、レオンが鋭く踏み込んで剣を振るい、止めを刺す。まるで息の合った連携が自然に成立しているかのようだった。


 周囲にいる騎士たちは、その動きを目にして思わず目を見張る。彼らの間には、互いに声を掛け合うわけでもなく、最小限の動きで連携を取る二人の姿に驚きの色が広がっていた。

 やがて、群れのリーダー格が倒れ、仲間が次々と倒されるのを見た残りの魔狼たちは、尻尾を巻いて森の奥へと逃げ去っていった。


 襲撃開始からわずか数分足らず。野営地は騒然としたものの、大きな被害もなく、素早く事態は収束した。


「素早い対応だったな……。やはり、お前たちはDランクの枠に収まるような連中じゃないな」


 駆け寄ってきたヴィクターは、剣を納めながら軽く息をつき、満足げに頷いた。近くで魔狼の死骸を処理していた騎士たちも、「まさか、こんなに短時間で片付くとは」と感嘆の声を漏らしている。


「そうねー。でも、レオン君、戦闘で風魔法を試してみた?」


 合流するや否や、カレンが興味津々な様子で問いかけてきた。先日の助言を思い出したらしく、レオンが実際に試したかどうかを確認したかったのだろう。

 レオンは苦笑しながら、「……まだ、考えている余裕がなかった」と正直に答える。魔狼の群れに襲われた混戦では、普段どおりの剣技で対処するほうが速いと判断したのだ。


「もう、せっかくアドバイスしたのに……まあ、次の機会にやってみなさいよ。攻撃の流れが変わるかもよ?」


 カレンはニヤリと笑いながら言い、ちらりとセリナに視線を向ける。

 セリナは、血のついた短剣を拭き取りながら、静かに息を整えていた。戦闘の緊張感はまだ抜けきっていないが、動じることもなく、ただ淡々と次の動きに備えているようだった。その耳が微かにピクリと動くと、カレンは「ああ、可愛い……」と心の中でモフりたい衝動を抑え込んでいる。


 そんなカレンをよそに、セリナは視線をレオンに向ける。


「……レオン、強い。でも……まだ、もっと強くなれる」


 短い言葉ながら、その瞳は真剣だった。エディンを倒し、護衛任務でも確かな実力を示したレオン。しかし、セリナは彼の戦いを間近で見ているからこそ、まだ引き出せる力があると感じていた。

 レオンは彼女の視線を受け止め、ゆっくりと頷いた。


「……わかった。試してみるよ」


 風魔法の応用――カレンの言葉のとおり、剣技と魔法を組み合わせれば、新たな戦闘スタイルが生まれるかもしれない。

 その思考を巡らせながら、レオンは剣を軽く振り、改めて魔狼の死骸を見やった。戦闘は終わったが、護衛の任務はまだ始まったばかりだった。



 魔狼が逃げ去った後、騎士たちは周囲を確認し、戦闘の痕跡を片付け始めた。夜明け前の暗がりの中、野営地にはまだ緊張の余韻が残っている。

 そのとき、馬車の扉がそっと開き、エリザベートが侍女に付き添われながら外の様子を窺った。


「……大丈夫でしょうか? 怪我をされた方は……?」


 不安そうな声に、すぐさま騎士の一人が答える。


「軽傷者はおりますが、命に別状はありません。ご安心ください」


 その言葉を聞き、エリザベートはほっと胸を撫で下ろした。そして、視線を巡らせ、少し離れた場所で待機しているレオンとセリナの方を見つめる。


「あなたたちが迅速に対応してくださったおかげだと聞きました。本当に、ありがとうございます」


 彼女は微笑みを浮かべながら、深く頭を下げた。

 セリナはやや距離を保ちながらも、視線が合うと軽く頷く。それ以上の言葉はないが、彼女なりの礼のつもりなのだろう。


 一方、レオンは「お怪我がなくて何よりです」と、護衛らしい落ち着いた口調で返した。エリザベートは少し安堵した様子を見せながら、それでも小さな声で呟く。


「こういう危険があるのは分かっていたつもりでした。でも……やっぱり、実際に起こると怖いものですね……」


 夜の襲撃の恐怖は、想像とは違ったのだろう。彼女の指が微かに震えているのを、レオンは見逃さなかった。


「今後も警戒は必要です。特に夜間は魔物の活動が活発になりますから」


 そう告げると、エリザベートは少し表情を引き締め、「わかりました。気をつけます」と頷いた。

 旅はまだ始まったばかり。この先も、いつ襲撃があるかわからない。そう考えると、今夜の戦いは、まだ序章にすぎないのかもしれなかった。



 一夜が明け、視察隊は再び馬車を整え、移動を開始した。魔狼の襲撃による大きな被害もなく、一行は予定通り進むことができる。

 ヴィクターとカレンはそれぞれ馬を駆り、隊列の前後を固める。騎士たちも騎乗し、周囲の警戒を怠らない。一方、レオンとセリナは昨日と同様、荷車に乗りながら進む形となった。馬車のすぐ後ろに連結された荷車からなら、いざという時にすぐに飛び出し、護衛の役目を果たすことができる。


 出発前、ヴィクターがレオンの肩を軽く叩き、低い声で言った。


「昨夜は助かった。あれほど迅速に動けるとは正直驚いたぞ。お前たちがDランクってこと、もう誰も信じちゃいないだろうな」


 レオンは「そんなことないですよ」と謙遜するが、実際、周囲の騎士たちの視線には、確かな評価が込められていた。特に、夜間の襲撃を無傷で切り抜けたことは、彼らの実力を示すには十分すぎるほどだった。

 カレンも笑みを浮かべながら、レオンのそばに寄る。


「ねえ、レオン君。風魔法の練習、忘れてないでしょうね?」


 軽く脅し混じりに言いながらも、その口調にはどこか期待が込められていた。レオンは苦笑しつつ、「次の機会があれば試してみますよ」と肩をすくめる。

 一方、セリナは昨夜の戦闘を思い返していた。レオンの剣技はすでに一流の域に達している。しかし、彼が魔法を本格的に活かすことができれば、さらに強くなる可能性を秘めている――それはセリナ自身が誰よりも感じ取っていたことだった。


(……レオンは、もっと強くなれる)


 自分がそう断言したことを思い出しながら、ふと、わずかな焦燥が胸をよぎる。彼がさらに強くなれば、自分は置いていかれるのではないか――そんな考えが浮かぶと、セリナはかすかに尻尾を揺らし、目を伏せた。


(わたしも……もっと強くならなきゃ)


 そう、心の奥で密かに決意を固めながら、視察隊は新たな一日を進み始める。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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