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第31話 貴族の子女護衛クエスト編 初の指名依頼

 レオンとセリナは、メルグレイヴを発つ前に冒険者ギルドへと足を運んだ。今日は特に予定がなければ、そのままブルーヴェイルへ帰還するつもりだったが、念のためクエストの確認と、滞在中に世話になったギルドへの挨拶も兼ねての訪問だった。

 ギルドの扉を押し開くと、朝の喧騒が広がっていた。依頼を探す者、報告を済ませる者、ただ酒を飲みにきた者――様々な冒険者たちが思い思いに過ごしている。


「今日も混んでるな……」


 レオンが軽く辺りを見渡しながら言うと、セリナは黙ってその隣に並び、受付の方へと向かった。以前のようにフードを被ることはもうない。隠れる理由がなくなったわけではないが、少なくとも普段から顔を隠す必要は感じていなかった。


「レオンさん、セリナさん。おはようございます」


 カウンターに立っていた受付嬢のルーシーが二人に気付き、明るく声をかける。


「おはよう。ちょっとギルドに寄ってから出発しようと思ってね。クエストの状況を確認したいのと、それと……まあ、一応挨拶も兼ねて」


 レオンがそう伝えると、ルーシーはにっこりと微笑んだ。彼女は決闘騒ぎの時にセリナのことを何かと気遣ってくれた女性だ。


「ご丁寧にありがとうございます。そういえば、先日の決闘の件ですが、ギルドマスターも気にかけていましたよ。決闘後の混乱もなく収まったこと、そしてセリナさんが無事だったことを喜んでいました」


 セリナは少しだけ眉を動かし、「……そんなの、別に気にすることじゃない」とつぶやいたが、その言葉の裏には少しの照れが混じっていた。


「よかったら、ギルドマスターがお話したいそうなので、奥へご案内します」


 ルーシーの言葉に、レオンは少し驚いた表情を浮かべた。ギルドマスターが自分たちに? 一瞬、何か問題でもあったのかと考えたが、彼女の和やかな様子を見る限り、深刻な話ではなさそうだった。


「わかった。案内を頼む」


 二人はルーシーの後に従い、ギルドの奥へと進んだ。普段は一般の冒険者が入ることのない通路を抜け、重厚な木製の扉の前で足を止める。


「ギルドマスター、レオンさんとセリナさんをお連れしました」


 ルーシーが軽くノックすると、中から低く渋い声が響いた。


「入れ」


 扉が開くと、部屋の中には壮年の男性が待っていた。


「ようこそ、メルグレイヴ冒険者ギルドへ。改めましてだな。俺はギルドマスターのガラハッド・ブローナだ」


 名乗ると同時に、ガラハッドは椅子から立ち上がり、堂々とした態度で二人を迎えた。鋭い灰色の瞳に、長年の戦歴を物語る傷跡がいくつか見える。


「お前たちには礼を言いたい。先日の決闘の件だが……エディンの問題をうまく収めてくれて助かった。ギルド内でああいうトラブルが起きると面倒なことになるんだが、お前が見事に片をつけてくれたおかげで、騒ぎも最小限で済んだ」


 そう言いながら、ガラハッドは腕を組み、二人をじっと見つめる。


「特に、セリナ……お前が無事で何よりだ。お前のことを心配していた者も少なくなかったからな」

「……別に、私は問題なかった」


 セリナは短く答えたが、どこかぎこちない。普段、こうして面と向かって気遣われることがなかったからだろう。

 ガラハッドは苦笑しながら、「そうか」と頷いた。


「それでだ。実は、お前たちに依頼がある。貴族の護衛任務なんだが……」


 その一言に、レオンとセリナは一瞬目を見交わした。


「貴族の護衛……?」



 ガラハッドの話によると、エリザベート・フォン・ラウレンツは名門ラウレンツ家の令嬢で、まだ十代後半の若い貴族の娘だ。父であるラウレンツ卿は、アストリア王国内でも名の知れた辺境伯であり、領地経営において優れた手腕を発揮している人物として知られる。

 エリザベート自身は、王都で過ごしながら領地経営について学ぶ日々を送っていたが、「机上の学問だけではなく、もっと世界を知りたい、冒険者の力を見てみたい」と希望し、視察の旅を計画した。彼女のために専属の騎士団が同行する予定だったが、「若い冒険者の力を間近で見たい」「いろんな種族に興味がある」という本人の強い要望により、今回の護衛には冒険者が選ばれることになったらしい。


(ラウレンツ卿……)


 ガラハッドの説明を聞きながら、レオンは心の中でその名を反芻する。


 ラウレンツ卿――グスタフ・フォン・ラウレンツは、王国内でも信頼の厚い有力貴族の一人だ。

 レオンも王子として宮廷にいた頃、晩餐会などで何度か彼と顔を合わせたことがある。武人らしい剛毅な性格で、余計な駆け引きを嫌い、真っ直ぐな物言いをする人物だった。そして、王宮内での陰謀や権力争いにはほとんど関与せず、ひたすら領地の統治と国の防衛に尽力する実直な男――王族としても評価の高い貴族だったことを覚えている。


(まさか、こんな形でラウレンツ家の名を耳にするとはな……)


 だが、今回の依頼はあくまでその娘の護衛だ。ラウレンツ卿本人に会うわけではないため、今のレオンの姿を見てすぐに素性が露見する可能性は低い。もしエリザベートが父親と似た性格なら、こちらの正体を探るようなこともしないだろう。


(護衛するのは娘の方だし、引き受けても問題はない……はず)


 そう判断したレオンは、セリナの方へ視線を移し、そっと首肯する。


「……わかった。護衛受ける」


 セリナが短く言うと、レオンは彼女を横目に見ながら「もちろん、俺たちで引き受けます」と言葉を添えた。

 

「よし、正式に依頼を受けたってことでいいな? とにかく、相手は貴族のお嬢様だ。余計な無礼は許されないが、その分報酬も破格だぞ。もちろん、万が一彼女に危害が及べば……分かるな?」


 ガラハッドの脅し半分の言葉に、レオンは静かに頷く。セリナは「貴族」という言葉にわずかに耳を動かし、警戒を滲ませた。彼女にとって貴族という存在は、強者というより、支配する者というイメージが強い。過去に獣人として見下された経験があるからだろう。しかし、レオンが隣で落ち着いた様子でいるのを確認すると、不安そうな仕草は見せつつも、嫌悪を抱いている様子ではなかった。


「視察の内容や具体的な行程は、先方から説明がある。ギルドとしては、お前たち二人に正式な護衛を依頼する形になるが、すでに先遣の冒険者が護衛に就いている。お前たちはその者たちと合流し、これからの道中を同行する形だ」


 ガラハッドはそう言いながら、机上の書類に目を落とし、確認するように数枚めくる。そして、視線を戻すと、レオンとセリナに向けて続けた。


「その冒険者は、Bランクとして活動している夫婦で、彼らが今回の護衛の主力となる。お前たちは彼らと協力しながら、エリザベート嬢の旅の安全を確保することになる」


 レオンはその言葉に、少し考え込むように腕を組んだ。Bランクの冒険者が同行するなら、戦闘の要は彼らだろう。自分たちの役割がどのようなものになるのか、詳しい説明を聞く必要がありそうだった。


「その二人が、俺たちと一緒に護衛を?」


 レオンが確認すると、ガラハッドは頷き、続ける。


「そういうことだ。彼らは長年コンビを組んできた熟練の冒険者で、貴族の護衛経験も豊富だ。お前たちとは実力に差があるだろうが、悪い人間じゃない。うまくやれるはずだ」


 と、そのとき――。


 コン、コン


 執務室の扉が、控えめなノックの音を立てた。


「おっ、ちょうどいいタイミングだ。入れ」


 ガラハッドが声をかけると、扉が静かに開いた。そこに現れたのは、一組の男女だった。

 男のほうは、長身でがっしりとした体格。短く刈り込んだ黒髪に鋭い青の瞳を持ち、肩には使い込まれたマントを羽織っている。その落ち着いた風格と隙のない立ち居振る舞いは、まさに熟練の戦士そのものだった。

 そして、その隣に立つ女性は、スラリとした体型で栗色の髪をポニーテールにまとめた快活そうな人物だった。透き通るような白い肌と、やや尖った耳がハーフエルフの血を感じさせる。普通の人間よりも細身でしなやかな印象があり、動きやすそうな軽装を身にまとっている。その腰には、精巧な細工の施された弓が携えられており、彼女が熟練の弓使いであることを物語っていた。

 人間の親から受け継いだ親しみやすい雰囲気と、エルフの血筋による鋭敏な感覚を併せ持っているのか、その琥珀色の瞳はどこか獣のような鋭さを感じさせる。


「よう、俺たちが今回の護衛任務に同行している冒険者だ」


 男がそう言うと、ガラハッドが二人を紹介する。


「紹介しよう。この二人が、お前たちと共にエリザベート嬢の護衛に就くヴィクター・ハーグとカレン・ハーグだ。どちらもBランクの実力者で、貴族護衛の経験も豊富だ」


 ヴィクターは静かに頷き、レオンとセリナの方をじっと見つめる。一方のカレンは、ニコリと親しみやすい笑みを浮かべた。


「あなたたちがレオンとセリナね! エディンの決闘の噂、私も聞いたわ。いや~、Cランクの男を圧倒するなんて、見てみたかったなぁ」


 カレンが軽快な口調で言うと、セリナは少しだけ警戒したように耳を動かす。だが、敵意のない言葉に、すぐに興味深げな視線を向けた。


「まあ、護衛のことはこれから説明するとして、とりあえず顔合わせだ。お前たちと組むのは初めてだが、よろしく頼む」


 ヴィクターがそう言うと、レオンは「こちらこそ、よろしくお願いします」と礼儀正しく返した。こうして、正式に護衛メンバーが揃い、エリザベートの旅に向けた準備が始まることになった。



 護衛の開始は数日後と聞かされ、レオンとセリナは宿に戻ることになった。翌日には詳細な行程が決まるとのことで、それまでに装備を整えておくつもりだった。

 ところが、翌朝、二人が宿を出ようとしたところで、軽やかな足音が近づいてきた。


「おはよう、二人とも! ふふっ、もう準備はいいの?」


 カレンだった。相変わらずの快活な笑顔で、Bランク冒険者とは思えないほど親しみやすい雰囲気を持っている。ヴィクターの寡黙な態度とは正反対の性格だ。

 レオンが軽く会釈すると、カレンは屈託のない笑顔のまま、セリナの方へ視線を向けた。


「ねえねえ、その耳、ちょっとだけ触らせて? ほら、私の耳も触っていいから!」


 レオンは、セリナが即座に拒否するものだと思っていた。だが、彼女はじっとカレンを見つめた後、小さく頷いた。


「……それならわたしも触る」


 その瞬間、レオンの眉がわずかに動く。セリナがこんな風に譲歩するとは思わなかったのだろう。本人も驚いたのか、一瞬、戸惑ったようにまばたきをした。


(……今の、セリナが言ったのか?)


 彼は内心でそう思いながら、じっと彼女の表情を観察した。だが、セリナ自身もなぜそう言ったのか分からないような、どこか不思議そうな顔をしていた。


「ほんと!? やったー! じゃあ、お互いに同時に触ろうね!」


 カレンの顔がぱっと輝き、喜びを隠しきれない様子で両手を伸ばした。そのやり取りに、周囲の冒険者たちが気づき、ちらほらと視線を向ける。


「おいおい、何が始まるんだ?」


 そんな呟きが聞こえたが、レオンはただため息をつきつつ、静かに様子を見守ることにした。セリナとカレンは向かい合い、おそるおそる手を伸ばす。


「んっ……」


 カレンの指がセリナの狼耳にそっと触れた。その瞬間、カレンの目が驚きと感動に見開かれる。


「すごい……! 本当にモフモフ!」


 一方、セリナもカレンの尖ったハーフエルフの耳に指先を添える。


「……あっ」


 ピクッと小さく動いたカレンの耳に、セリナの瞳がわずかに揺れた。


「ふふ、ちょっとくすぐったいね」

「……うん」


 二人が静かに笑い合う。レオンはその光景を真正面で見せつけられながら、何とも言えない表情になった。


(……公衆の面前で、これはどうなんだ?)


 仲良く耳を触り合う二人。そしてそれを囲むように眺める冒険者たち。場の空気は妙にほのぼのとしていた。無骨な男たちの中には、目を細めて「ああ、いい……なんだかいいな……」と呟く者もいる。

 その和やかな空気に、レオンも肩の力を抜いた。


(まあ、セリナが嫌がってないなら……いいか)


 やがて二人は名残惜しそうに手を引っ込め、セリナがぽつりと呟く。


「……あなたの耳、思ったより柔らかかった」


 カレンは満足そうに微笑み、セリナの耳を指でくるくると形を整えながら、「セリナの耳は最高ね! また触り合いっこしようね! 次はしっぽもモフモフさせてね!」と張り切る。


 セリナはわずかに戸惑いながらも、「……気が向いたら」とそっぽを向いた。そんなやり取りに、周囲の冒険者たちの表情も自然と緩んでいく。

 ――朝の穏やかなひとときに、ふと生まれた小さな交流。レオンはそれを眺めながら、微かに苦笑するのだった。



 その日の夕方、ギルドから正式なスケジュールが伝えられた。エリザベートの視察の旅は本来一週間後に出発の予定だったが、急遽、明日となった。

 理由は、ギルドマスターの情報筋から近隣の盗賊団に妙な動きが察知されたためである。視察の安全を確保するため、当初の計画を繰り上げることになったのだ。


「もともと予定されていた行程に変更はない。ただ、急ぎの旅になる分、途中の滞在時間や休憩場所が少し変わるかもしれない」


 ギルドからの説明を受け、レオンとセリナはすぐに宿へ戻った。とはいえ、二人はもともとブルーヴェイルへ戻るつもりで旅支度を済ませていたため、慌てる必要はなかった。

 今回の視察の旅は、もともとエリザベート、女性騎士二名、侍女二名、ヴィクター、カレンの七名でメルグレイヴまでやってきた。そこにレオンとセリナが加わる形となるとのことだった。



 夜。再び宿の部屋で、レオンは机の上に地図を広げ、行程を確認する。セリナはいつものようにベッドに腰を下ろし、近くに座る。


「……これが予定のルートか」


 レオンは指でなぞるように地図を示した。


「メルグレイヴを出発し、北の関所を経由。その後、いくつかの町や村を回りながらブルーヴェイルへ向かう。俺たちは護衛として合流し、ブルーヴェイルまで同行することになる」


 セリナはじっと地図を見つめ、「……前の護衛任務より長い旅になりそう」と呟く。

 レオンは頷きつつ、「貴族絡みだと、いろいろ面倒があるかもな。でも、報酬は良いし、Cランク昇格にも箔がつくんじゃないか?」と軽く笑ってみせる。

 セリナは少し考えた後、表情をわずかに和らげ、「なら、いい」と応じた。


「それに、ヴィクターさんとカレンさんもいるしな」


 レオンがそう付け加えると、セリナは小さく頷く。

 ヴィクターとカレンは、視察の旅の終わりまで同行し、エリザベートを領主館へ送り届けるまで護衛を担当する。一方、レオンとセリナはメルグレイヴからブルーヴェイルまでの護衛を任され、ブルーヴェイルで彼らと別れることになる。


「途中で盗賊が動いているなら、護衛の役目は結構重要になりそうだな」


 レオンがそう言うと、セリナは軽く尻尾を揺らした。


「……貴族相手は、少し緊張する。でも、あなたがいるなら、大丈夫」


 その言葉に、レオンは驚いたように一瞬だけ目を見開く。セリナがこうして素直に自分の気持ちを口にするのは珍しい。


「そうだな、俺がついてる。安心してくれ」


 レオンがそう言うと、セリナは静かに目を閉じ、わずかに微笑んだ。


 それからレオンが地図を畳み、明かりを落とそうとしたとき、セリナはいつものようにベッドの端にそっと腰を下ろしていた。最近は眠る前のひととき、こうしてレオンの近くに寄るのがすっかり習慣になっている。

 彼女の尻尾が微かに揺れているのが目に入り、レオンはふと「どうした?」と声をかけた。セリナは「……何でもない」と短く答え、首を振る。だが、そこにはどこか安心したような表情が見え隠れしていた。


(やっぱり、少し緊張してるのか……)


 セリナが貴族と関わることに不安を抱いているのは、レオンにも分かっていた。彼女がかつて「群れのリーダーだから従う」と言っていたのに対し、今は「自分が一緒にいたいから」と明確に意思を示している。その変化を思うと、セリナにとってこの旅がどんなものになるのか、少し気がかりでもあった。


 ベッドの隅で静かに座っている彼女を見て、レオンは軽く笑い、「そろそろ休むか?」と声をかける。セリナは「……うん」と小さく頷いたが、そのまま動こうとはしない。

 レオンはそんな彼女の様子に気づきつつも、特に何も言わなかった。最近は、こうして彼のそばで過ごす時間が、セリナにとって心地よいものになりつつあるのだろう。以前なら、必要以上に他人と距離を取っていた彼女が、今では自然に隣に座るようになっている。

 やがて、セリナは静かに横になった。レオンも深く息を吐き、明かりを落とす。そして、静かな夜が訪れる――二人の旅立ちを控えた、最後の夜が。

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