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第29話 決闘! 誇りをかけた戦い

 メルグレイヴの冒険者ギルドで突如として決まった決闘。それは、かつてセリナを支配しようとした男、エディンが突きつけた理不尽極まりない挑戦だった。

 しかし、過去の恐怖に怯えるセリナを見て、レオンは迷わず立ち上がる。彼女を護るべき仲間として、決闘を避ける選択肢などなかった。

 相手は、Bランク目前と噂されるCランク冒険者・エディン。一方、レオンはまだDランクの新米と見なされている。実力差があると周囲は考えていたが、レオンの毅然とした態度に、ギルド内の冒険者たちも次第に関心を寄せていく。

 はたして、この不釣り合いな勝負の行方はどうなるのか――。興味深そうに見守る冒険者たちは、次第に張り詰めた空気を感じ取りながら、その結末を待っていた。



 メルグレイヴの冒険者ギルドには、正式な決闘を行うための広場が設けられている。もともと、冒険者同士のいざこざを公正な形で決着させるための場だが、決闘には一定のルールがあり、ギルドマスターの立会いが必須とされていた。


 翌日の昼――。レオンとセリナは、広場へと足を踏み入れる。

 セリナはフードを深く被り、耳を隠したまま傍らで固く立っていた。昨日の出来事がまだ頭から離れないのか、その指先はわずかに震えている。それでも、レオンの背を見つめながら、なんとかその場に踏みとどまっていた。


 広場の中央にはギルドマスターが厳しい表情で待ち構えている。対するエディンは仲間たちを引き連れ、余裕たっぷりの態度で腕を組みながら、「さっさと始めようぜ」と不遜に笑う。周囲には、この勝負を見届けようと集まった冒険者たちが輪を作っていた。

 ギルドマスターは静かに息を整え、重々しく告げる。


「これより、メルグレイヴ冒険者ギルド公認の決闘を行う。ルールは以下の通り。互いに武器や魔法の使用は自由。ただし、相手を殺すことは禁じる。戦闘不能にするか、降参させた時点で勝負は決する。いずれかが危険と判断した場合、私の権限で試合を止める。よろしいな?」


 レオンは静かに頷き、剣の柄に手を添えたまま、目の前の相手を冷静に見据える。セリナは不安げに後ろへ下がりながらも、フードの下からじっとレオンを見つめていた。


「フン、Dランク風情が調子に乗るなよ」


 エディンは薄ら笑いを浮かべ、背負った剣を軽く肩にかけながら広場の中央へ進む。


「ここで貴様の身の程を思い知らせてやる。俺が勝ったら、その獣人を返してもらうぜ」


 仲間たちは「やっちまえ、エディン!」と囃し立て、周囲の冒険者たちも固唾を飲んで見守っている。

 レオンは深く息をつき、一度だけ剣を鞘から半ば抜いて感触を確かめると、鋭い視線をエディンに向けた。


「……やるからには、手加減はしない」


 セリナがこの男に苦しめられていたことを知ってしまった以上、迷う理由はどこにもない。

 ギルドマスターがゆっくりと手を上げる。


「両者、準備はいいな?」


 広場に張り詰める静寂。レオンは剣を抜き、構える。エディンは笑みを崩さないまま、一歩踏み出す。


「……それでは、始め!」


 その言葉とともに、決闘が幕を開けた。ギルドマスターの声が響いた瞬間、エディンは迷いなく剣を抜き、地面を蹴った。

 Cランクの実力を積み、Bランク寸前と評価されるだけあって、その剣筋と動きには確かに力強さがある。しかし――。


「……随分と雑な剣だな」


 レオンは一瞥し、冷静に距離を測る。エディンの剣捌きは力に頼った荒々しいもの。筋力を武器にしたゴリ押しの戦闘を得意としているのだろう。しかし、その動きには無駄な力みが多く、隙が生まれやすい。

 レオンは剣を軽く構え、横へ素早くステップしてエディンの突きをかわした。その動きは無駄がなく、まるで相手の攻撃を予測していたかのようだった。足元の土埃がわずかに舞い、エディンの剣が空を切る。観衆の誰もが、レオンの洗練された回避に息を呑んだ。


「なっ……!? 貴様、なぜそんな動きができる!」


 エディンは目を見張るが、レオンは淡々とした口調で返す。


「お前が遅いだけだ」


 その一言に、エディンの表情が険しくなる。ギルドの決闘場に集まった冒険者たちも、ざわめき始めた。


「おいおい……エディンが押されてるぞ?」

「DランクがCランクを圧倒するなんて……どういうことだ?」


 エディンは苛立ちを募らせながら、渾身の斬撃を振り下ろす。しかし、レオンは軽く体を引き、まるでスローモーションでも見ているかのようにあっさりと回避。そのまま、素早くカウンターを繰り出した。


 ガキンッ!


 鋭い金属音が響き、エディンの剣が弾かれる。受け止めた衝撃で体勢を崩し、思わず後ずさる。取り巻きの仲間たちが息を飲み、観衆の冒険者たちも驚きを隠せない。


「エディンが……押されてる……?」


 そもそも、レオンはDランクといえど、ブルーヴェイルで数々の実戦を積み、護衛任務も成功させてきた。さらに、王宮仕込みの剣術と、無駄のない洗練された動きで最小限の力で最大の成果を生む――そんな戦い方を前に、エディンの力任せの剣ではまるで通用しない。

 優劣は、すでに明らかだった。



 決闘は終盤に差し掛かっても、レオンの動きに乱れはなかった。対するエディンは、焦りと怒りに任せた力押しを繰り返すが、その度に剣を空振りし、スタミナを消耗していく。

 レオンは冷静に剣の軌道を見極め、紙一重で回避しながら反撃の隙を狙っていた。


 そして――。ついにエディンの動きが疲労で鈍った、その瞬間。レオンは鋭い突きを繰り出した。

 エディンは咄嗟に剣で受けようとしたが、突きの圧力に押し負け、剣ごと弾き飛ばされる。


「ぐっ……!?」


 彼の握っていた剣が、カラン、と無情な音を立てて地面に落ちた。ギャラリーが「うおっ……」と息を呑む中、レオンは一気に間合いを詰め、剣の柄をエディンの喉元に突きつける。

 その瞬間、エディンは完全に身動きを封じられた。


「ぐっ……バカな……俺が……!」


 地面に片膝をついたエディンは、悔しげに歯を食いしばる。しかし、レオンは容赦なく冷静な声で言い放つ。


「終わりだ」


 その言葉と同時に、ギルドマスターが右腕を上げ、決着を宣言する。


「勝者……レオン!」


 一瞬、静寂が訪れる。そして次の瞬間、ギルド中にどよめきが広がった。Cランク――しかもBランク目前と噂されるエディンが、まるで子どものように完敗したのだ。


「マジかよ……」

「あり得ねぇ……」


 冒険者たちは信じられないといった様子でレオンを見つめる。その中には、レオンの戦いぶりを見て「この男、本当にDランクなのか?」と疑問を抱く者も多かった。

 一方、ギルドの端でその光景を見守っていたセリナ。レオンの勝利が決まると、彼女は小さく息をつき、胸を撫で下ろした。

 その金色の瞳には――敬意と驚き、そして微かな安堵の色が宿っていた。



 こうして決闘は、あまりにも一方的なレオンの勝利で幕を閉じた。沈黙に包まれたギルド内で、やがて冒険者たちが口々に感想を漏らし始める。


「なあ、今の動き、明らかにDランクのレベルじゃなかったぞ……」

「エディンが手も足も出ずに負けるなんて……一体、何者なんだ、あの冒険者は?」


 噂は瞬く間に広がり、レオンの名はギルド内で一気に知れ渡った。Cランク冒険者エディンを完全に圧倒した技量、冷静な立ち回り――そして、剣士としての洗練された動き。

 多くの冒険者が、その存在に興味を抱かずにはいられなかった。

 一方、ギルドの端でじっと様子を見守っていたセリナ。


 彼女はゆっくりとレオンに近づくと、狼耳をフードの下でわずかに震わせながら、声を潜めて言った。


「……やっぱり、強い」


 その言葉とともに、尻尾も微かに揺れる。セリナの表情には、エディンを退けてもらった安堵と、レオンの圧倒的な戦いぶりへの驚きが入り混じっていた。

 レオンは苦笑しつつ、小さく息をつく。


「俺も、大怪我する覚悟だったけど……エディンの動きは、正直、隙だらけだったな」


 そう言いながら、周囲の冒険者たちの視線が集まっていることに気づく。好奇心と驚きの入り混じった眼差しが、あちこちから向けられていた。


「まあ、これでセリナを奪うなんて馬鹿げた話は、もう消えたはずだ」


 そう呟くレオンの横で、セリナはそっとフードを直しながら、静かに頷いた。



 エディンは敗北のショックから立ち直れず、仲間たちに支えられながらギルドの広場を後にした。その背中には、これまでの横暴を知る者たちからの冷ややかな視線が注がれる。


 力で他者を抑えつけてきた男が、自分より格下と見ていた相手に完敗する――その衝撃は計り知れないだろう。


 嘲笑する者もいれば、呆れたように首を振る者、わずかに同情の色を見せる者もいたが、大半は冷淡だった。

 ギルドマスターは腕を組みながら、しみじみと呟く。


「いやぁ……すごい試合だったな。あれほどの差がつくとは思わなかった」


 周囲の冒険者たちも、それぞれに驚きを隠せず、ざわめきが広がっていく。


「あの動き……Dランクのレベルじゃないぞ」

「一体どんな修行を積めば、あれほどの実力になるんだ?」


 レオンの戦いぶりを目の当たりにした彼らの視線には、興味や警戒が入り混じっていた。そんな中、数人の冒険者が積極的に声をかけてくる。


「レオンさん、だよね? すごい動きだった……もしよかったら、うちのパーティに来ないか?」

「セリナさんも、あんなに頼れる仲間がいるなら安心だね」


 突然の注目に、レオンはわずかに困惑しながらも、穏やかに笑みを浮かべる。そのまま隣のセリナに視線を向け、静かに問いかけた。


「大丈夫か?」


 セリナは、ゆっくりと息を吐き、フードを少しだけ直すと、短く「……ありがとう」と呟く。


 レオンは軽く頷き、そんな彼女を見守るように歩き出した。こうして二人は、ギルドの広場を後にする。周囲の冒険者や観衆の視線を浴びながら、レオンの名はこの街でも一気に知れ渡ることになった。



 ギルドを出て、人通りの多い街路に差しかかると、セリナはようやく深く息をついた。フードを少しだけ下ろし、敏感にひくついていた鼻を落ち着かせる。

 遠巻きにまだ、「あの決闘でエディンを倒したのが彼だ」「すごい戦いだったな」と噂する声が聞こえるが、今のセリナにとって、それはどうでもいいことだった。


 ――レオンが、私を守ってくれた。それだけで、心が穏やかになる。

 彼女は長年、誰にも頼らず生きてきた。力なき者は虐げられ、弱さを見せればつけ込まれる。だからこそ、一人でいることが当たり前だったし、誰かを信じることも、必要とは思わなかった。


 だが、今日、目の前でレオンは迷うことなく戦い、エディンを圧倒した。そして、それを当然のように「セリナのために」やってくれた。

 それがどれほど心強く、嬉しかったことか――。


 「セリナ、疲れただろう。今日は宿に戻って、ゆっくり休もう。……もうエディンが絡んでくることはないだろうし」


 レオンの声に、セリナは素直に頷いた。彼が隣にいる。それだけで、これまで感じたことのない安心感が広がる。

 彼が守ってくれるなら、どんな敵が来ても大丈夫な気がする。


 (……やっぱり、いい匂い)


 レオンの隣を歩きながら、そっと彼の匂いを確かめる。優しくて、落ち着く香り――どこか懐かしく、もっと近くで感じていたいと思うほどに。

 仲間だからか、それとも別の感情なのか。セリナ自身も、はっきりと分からない。ただ、胸の奥に確かに温かいものが芽生え始めていることは、自覚していた。


 これまで一人で生きてきた自分が、今は誰かと一緒にいることを当たり前のように思えている。それが心地よいものだと、少しでも感じられるのは――きっと、レオンだからなのだろう。


 ――過去の因縁を断ち切ってくれたことへの安堵と言葉にできない感謝、そして微かに芽生えた感情。それらが胸の奥で静かに溶け合いながら、レオンの背をそっと見つめた。



 こうしてメルグレイヴの冒険者ギルドの広場での決闘は、レオンの圧倒的な勝利で幕を閉じた。エディンを一切の隙を見せずに打ち破った事実は、瞬く間に街中の冒険者たちへと広まり、レオンの名前は「Dランクとは思えない実力者」として知れ渡っていく。

 一方、敗北したエディンは深い屈辱を抱え、ギルド内での評判も急落した。彼が今後どのような行動を取るかは分からないが、少なくともセリナを強引に連れ去るような真似は当面できないだろう。もし彼が再び動けば、今回以上に自らの立場を危うくするだけだ。


 その日の夕方、宿に戻ったレオンとセリナは、ようやく静かな時間を取り戻した。

 セリナは部屋の隅でフードを外し、狼耳をわずかに垂らしている。疲労の色が見えるものの、以前よりも張り詰めた雰囲気は薄れ、どこか安堵の気配が漂っていた。

 レオンはそんな彼女の様子を見て、微笑を浮かべる。


「これで、少しは気が楽になったか?」


 セリナは、ゆっくりと息を吐きながら小さく頷く。


「……うん。ありがとう」


 それは短い言葉だったが、これまでのセリナからすれば、大きな変化だった。わずかに口元が緩み、かすかに笑みを浮かべた――そんな彼女の表情を、レオンは見逃さなかった。


「もしかして……笑った?」


 レオンが冗談めかして言うと、セリナは「……気のせい」とそっぽを向くが、その耳が微かに動いている。


 この決闘が、彼女の中で何かを変えたのは間違いない。

 レオンの名声が広まることは、今後の活動にとってプラスにもなり得るが、それと同時に目立つことで新たなリスクも伴う。もし王宮が彼の行方を追うならば、噂を辿って接触を図る可能性も出てくるだろう。


 だが、今はただ、勝利の余韻とセリナの解放感に浸る夜。レオンはベッドに横になり、疲れを癒やすようにゆっくりと瞳を閉じる。

 セリナもまた、静かに目を閉じる。


 ――今夜の夢に、エディンの影はもう現れないだろう。こうして、誇りを懸けた戦いは幕を閉じ、二人は次のステージへと進んでいくのだった。

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