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第27話 王宮の密命と幼馴染の誓い

 時は遡る――レオンが王宮を出奔した翌日、王宮は大きな動揺に包まれていた。第二王子が突如姿を消したという一大事は、王国全体に波紋を広げかねない。しかし、国王をはじめとする王宮の上層部は、王国の威信と安定を最優先し、事態を極秘裏に処理する道を選んだ。

 その裏では、宰相の指示による極秘の捜索が進められ、水面下で動き始める。中でも、王宮魔術師団の一員であり、レオンにとって幼馴染であるサフィアは、この出来事を境に運命を大きく変える決断を迫られていた。



 玉座の間。 夕刻にもかかわらず、大広間には国王を中心に、宰相、近衛騎士団長、王宮魔術師団長といった王国の要職者たちが整列していた。

 レオンが姿を消したとの報が入ってから、誰もが緊張の面持ちで言葉を交わしている。


「継承権を持つレオン王子が突如姿を消したとなれば、王国の安定が揺らぎます。早急に捜索隊を編成し、国内外へ広く捜索をかけるべきではないでしょうか」


 痩身で白髪の宰相は、深刻な表情で提言する。王宮内だけでなく、貴族の間にもレオン失踪の噂が広まりつつあった。国王が事を荒立てたくないのは理解できるが、すでに動揺が広がり始めているのも事実だった。

 近衛騎士団長が一歩前へ進み、低く落ち着いた声で異を唱える。


「しかし、公にすれば王宮の威信を損ないかねません。レオン王子の失踪を公表すれば、敵対勢力が混乱を煽り、さらには隣国との外交に悪影響を及ぼす可能性もございます」


 その指摘に、宰相は「それは分かっている」と小さく嘆息する。第二王子の不在は、王国にとって政治的にも大きな問題だ。しかし、だからこそ慎重に対応すべきだと考えている。

 そんなやり取りを静かに聞いていた国王が、やがて厳かに口を開いた。


「……レオンは病気療養中、と発表する。それ以上は何も語るな」


 即断ともいえる国王の決定に、玉座の間は静まり返る。宰相はわずかに眉を寄せたが、すぐには異を唱えず、慎重に言葉を選んで進言する。


「しかし陛下、それでは捜索が思うように進められません。せめて、限られた者のみにでも、正確な情報を……」


 だが、国王はその言葉を遮るように、冷静かつ断固とした口調で言い放った。


「余はこの件を外へ漏らす気はない。捜索は最小限にとどめ、大々的な動きは一切禁じる。騒ぎを大きくするな。……それが、王宮と王家を守るための最善策だ」


 近衛騎士団長が「はっ」と短く答えて頭を下げる。宰相も口を引き結び、やむなく従うしかなかった。

 そのとき、王宮魔術師団長が一歩前に進み、深く一礼しながら進言する。


「陛下、レオン王子の捜索に魔術を用いるべきかと。探知魔法や足跡追跡の術を使えば、短期間で足取りを掴める可能性がございます」


 しかし、国王は表情を変えず、冷ややかに却下した。


「……必要ない」


 その一言に、魔術師団長の顔には困惑の色が浮かぶ。彼だけでなく、宰相や騎士団長も、なぜ国王がここまで頑なに情報を統制しようとするのか、完全には理解できていない様子だった。しかし、国王の纏う威厳は絶対的であり、誰もそれ以上の異議を唱えることはできない。

 王がここまで強硬な姿勢を貫くのには、何か秘めた思惑があるのかもしれない。しかし、少なくとも、王宮が公には何も発表せず、水面下での極秘捜索に徹するという方針は、この瞬間に確定した。


 玉座の間での会議が終わった後も、宰相は諦めていなかった。

 第二王子の失踪という重大事を放置すれば、いずれ王国の安定が脅かされる。宰相にとって、これは決して見過ごせる問題ではなかった。



 宰相の私室。 そこに集められたのは、彼の信頼を置く一部の貴族たち。絨毯の敷かれた静かな部屋で、宰相は軽く咳払いをしながら、集まった者たちを見回した。


「国王陛下は、レオン王子の捜索を公には行わぬと仰った。しかし、レオン王子がどこへ消えたのか突き止めねば、いずれ国政に大きな不安が募ることになるだろう」


 貴族たちは顔を見合わせ、戸惑いを見せる者もいた。


「しかし、陛下がそう決断された以上、私たちが独断で動くのは……」


 慎重な口調で意見を述べる者もいたが、宰相は静かに首を振る。


「陛下のお考えは理解している。しかし、手をこまねいていてはならぬ。レオン王子は単なる失踪ではない。恐らく、我々の目の届かぬところへ意図的に姿を消したのだ」


 そう断言すると、場の空気が張り詰めた。


「つまり、レオン王子自ら足跡を消し、追跡を困難にしている可能性が高い。ならば、我々も慎重に動かねばならん。騒ぎを大きくせず、密かに情報を集めるのだ。ただし、報告は怠るな」


 宰相の指示を受け、集まった貴族たちは短く頭を下げた。王宮内ではレオンの支持派と反レオン派が入り乱れており、公に動けば不必要な混乱を招く。だからこそ、水面下で確実に情報を掴むことが重要だった。

 こうして、表向きには「レオン王子は病気療養中」と発表されながらも、宰相と彼の腹心たちは、密かにレオンの行方を探し始める。王宮魔術師団や近衛騎士団の一部も、宰相の意を受けて独自に動き出す可能性があった。

 しかし、それはすなわち国王の目を盗んでの行動を意味する。



 同じころ、王宮魔術師団でも混乱が生じていた。

 第二王子が姿を消した以上、魔法による捜索が最も有効な手段であることは明白だった。しかし、国王の命令は「捜索は一切不要」。それが王宮の方針として固められていた。


 魔術師団長の執務室。

 室内では、団長の前に複数の魔術師が集まり、動揺を隠せずにいた。


「ですが団長、レオン王子の失踪は王国の危機では? 魔術による捜索をすれば、すぐにでも……」

「それは許されない」


 団長は低く、しかし強い口調で制した。


「陛下の命は絶対だ。捜索はせぬ。……王宮には王宮の事情がある」


 その言葉に、魔術師たちは「しかし……」と言いかけたものの、団長の鋭い眼光を受けて口を噤むしかなかった。


 「レオン王子を失った王宮など考えられない」という焦りと、「国王の命令には逆らえない」という現実――その相反する想いが、魔術師団全体に重苦しい空気を漂わせていた。


 サフィアは、沈黙の中でじっと考えを巡らせていた。


 彼女は王宮魔術師団の一員であり、エルフの血を引く若き魔術師。長い銀髪を背に流し、鋭い知性を秘めた翠の瞳が特徴的だった。団長からも将来を嘱望されていた彼女だったが、今は俯きがちに思考を巡らせていた。

 なぜなら、彼女はレオンが出奔した夜に、彼と直接会っていたからだ。


 あの夜――。

 サフィアの胸には、あの時の痛みが今も残っている。彼女はあの瞬間、レオンが王宮に戻らないことを確信した。そして、彼を止めることもできなかった。


 ――だからこそ、今、彼女は決断しなければならない。

 魔術師団長は「捜索は不要」と繰り返し、部下たちに王宮内の動揺を鎮めるよう指示を出していた。しかし、その言葉の裏には「決して捜索に関わるな」という明確な意図が含まれていた。

 サフィアは、そんな団長の姿を見ながら「ここにいても何もできない」 という現実を痛感する。


(……レオン、私はあなたをお探しします。黙って見過ごすことなど……できません)


 彼女の決意は固まりつつあった。

 王宮魔術師団の一員であることを捨てるつもりはない。しかし、王宮に縛られたままでは何もできない。


 ならば――。

 静かに、サフィアの心にある計画が浮かび始めていた。



 やがて会議が解散し、自室へ戻ったサフィアは静かに考えを巡らせていた。

 ――王宮を離れるには、もっともらしい理由が必要だ。

 彼女は王宮魔術師団に所属する身でありながら、元々はエルフの里の出身である。幼少の頃、王都へやって来たのは魔術を学ぶためであり、王宮に仕えることを選んだのもまた、自らの意志だった。


 しかし、今は違う。

 王宮に留まり続ける限り、レオンの行方を追うことはできない。ならば、自ら動くしかない。


(エルフの里の事情を口実にすれば、しばらく王宮を離れられるかもしれない)


 そう考えたサフィアは、魔術師団長に面会を申し込んだ。


 魔術師団長の執務室。

 室内では、団長が険しい表情で机上の書類を睨んでいた。第二王子の失踪は王宮全体を揺るがしているが、国王の命によって捜索が禁止されたことで、魔術師団の中でも困惑が広がっている。

 その中で、サフィアは静かに部屋へ入り、恭しく一礼した。


「団長……私、エルフの里から呼び出しを受けました。一時的に帰省を許可していただけないでしょうか?」


 団長は怪訝な顔をし、眉をひそめる。


「この状況でか?」


 確かに、第二王子の失踪により王宮全体が緊迫しているこの時期に、部下が一人抜けるのは大きな痛手だ。だが、サフィアは既に理由を用意していた。


「……理由の詳細は話せませんが、里からの召喚を無視することはできません。長くはかかりませんので」


 団長はしばらく沈黙し、サフィアを見つめたまま何かを考えているようだった。そして、やがて小さく嘆息する。


「……わかった。エルフの里の事情なら、我々も軽視するわけにはいかない。国王の許可も必要だが、今は騒ぎを大きくしたくない。お前を欠くのは痛いが、長くはかからないのだな?」


 サフィアは「ええ」と力強く頷く。


 ――だが、それが嘘であることは彼女だけが知っていた。

 本当はエルフの里へ向かうつもりなどない。彼女の目的は、レオンの行方を追うことだけだった。


 団長から正式な許可を得ると、サフィアは部屋を出る。扉を閉じた瞬間、わずかに安堵の息を漏らすが、それと同時に胸の奥が痛む。


(……団長を騙すのは本意ではないけれど、レオンを探し出すためには、こうするしかない)


 この瞬間、サフィアの決意は固まった。

 王宮に留まり続ける限り、レオンを見つけることはできない。ならば、自らの手で彼を探し出すまで――。



 一方、時は流れてレオンがメルグレイヴへ到着し、護衛任務を終えた頃。舞台はブルーヴェイルの冒険者ギルドへと移る。

 酒場コーナーでは、ベテラン風の冒険者、中堅の冒険者、そして若手の冒険者がテーブルを囲み、酒を酌み交わしながら世間話をしていた。その合間に、カウンター業務をこなすリリアも時折耳を傾けている。


「おい、聞いたか? 王都の王子様が病気で寝込んでるらしいぞ」

「ああ、俺も聞いた。王宮内で療養中だとか……」


 その話に、若手の冒険者が疑わしげに口を挟む。


「マジかよ? 王族ってやたらと体が丈夫そうなイメージだけどな。そんな簡単に病気になるか?」


 ベテラン風の冒険者は、酒の入ったカップを傾けながら思い出したように呟く。


「王都にいる知り合いの商人が言ってたんだがな……レオン様って、品があるだけじゃなく、剣も魔法も使えるとか。そんな奴が急に寝込むなんて、ちょっと不思議だよな」

「だよなぁ。しかも、突然『病気療養中』って発表されてもな……普通に考えりゃおかしい。実は王宮を抜け出したんじゃねぇかって噂もあるらしいぜ?」


 若手の冒険者はその言葉に思わず吹き出す。


「ハハッ、冗談だろ? 王族がどこに行くってんだよ? そんなことしたら国中大騒ぎだろ」


 すると、カウンターの脇からリリアが顔を出し、興味を引かれたように控えめに問いかけた。


「王宮を抜け出したなんて、本当にあり得るんですか? そんな噂、私初めて聞きましたけど……」


 冒険者たちは肩をすくめ、「さあな。単なる噂さ。病気ってのもホントかどうか分からんしな」と気のない口調で答える。

 リリアは「まさかね」と軽く笑って応じるが、その心の奥で妙な引っかかりを覚えていた。

 レオンという名の冒険者が、王子という肩書を隠している――そんな馬鹿げた想像が、一瞬脳裏をかすめる。

 だが、すぐに「そんなはずない」と頭を振る。レオンは確かに礼儀正しく、剣の腕も立つが、王子だなんて現実離れしすぎている。何より、王族が突然冒険者になるなど聞いたことがない。


(……でも、もし仮に、本当にそうだったとしたら……?)


 一瞬でもそう考えてしまった自分に、リリアは苦笑する。考えすぎだ。

 冒険者たちも単なる笑い話程度にしか捉えていないようだ。ギルド内のざわめきに紛れ、リリアは再びカウンター業務へと戻っていった。



 同じころ、サフィアは王宮魔術師団を離れる準備を整え、「エルフの里へ帰る」 という口実を装って王都を出発しようとしていた。彼女の心にあるのはレオンへの思い――彼がなぜ王宮を捨てたのか、その真実を知りたい。そして、どこかで力になりたいという切実な願いだった。

 本来なら馬車や護衛を雇うのが安全だが、王宮魔術師団の給金を少し貯めただけのサフィアには、十分な資金はない。単独での旅を決意し、まずはレオンの手がかりを求めて主要街道を利用し、王都より南にある魔法都市ルミエールを目指すことにした。


(……王宮では、レオンが病気療養中と発表されているけど、きっと噂くらいは広まっているはず。ルミエールでも何かしらの手がかりが掴めるかもしれない)


 エルフのような長寿種族にとっては、人間の数年など短いものかもしれない。しかし、サフィアにとっては、レオンが危険にさらされる前に探し出すことが最優先だった。


 こうして、サフィアは王宮の意向に背き、自らの意志でレオンの捜索を決意する。これは王国の命令でも密命でもない。誰からも許可されていない、彼女自身の選択だった。


(……王宮が動かないなら、私が動くしかない)


 そう覚悟を決めた瞬間、サフィアもまた、レオンと同じように王宮を後にする者となった。


 レオンを取り巻く新たなヒロインの運命が、やがて交錯することになる。だが、それはまだ少し先の未来の話――。

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