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第24話 散発する魔物の襲撃

 馬車がブルーヴェイルの南門を出発してから昼を過ぎた頃。道中を順調に進んでいたレオンとセリナ、そして商人ガルフ一家の一行は、広大な森林地帯へと足を踏み入れた。

 メルグレイヴへ向かう街道の途中に広がるこの森は、古くから魔物の生息域として知られており、冒険者たちの間でも注意すべき場所とされている。もっとも、大型の危険種が頻繁に出現するわけではなく、いわゆる雑魚の魔物が散発的に現れる程度だと聞かされていた。

 だが――果たして、それだけで済むだろうか。


 ガルフの馬車は頑丈な車体を誇り、さらに二頭立ての馬で安定した速度を維持している。しかし、あくまで商人の家族を乗せ、荷物もたっぷり積んだ状態であるため、無理にスピードを上げることはできない。

 馬車の両脇を歩くレオンとセリナは、時折前方と後方に視線を走らせながら、周囲の気配を探っていた。


 手綱を握るガルフは、浅黒い肌に分厚い手のひらを持つ逞しい体格の男だ。若くして商隊を仕切るだけの胆力を持っているが、戦闘のプロではない。時折、息抜きがてら護衛の二人に話しかける。


「君たち、足取りが落ち着いてるな。護衛を頼んで正解だったよ。さっきのゴブリンもあっという間だったし」


 昼前、小規模のゴブリン集団が馬車を狙って襲いかかってきた。しかし、セリナの迅速な察知と的確なナイフの投擲、そしてレオンの剣撃によって、瞬く間に鎮圧された。それがガルフの安心感につながったのだろう。彼は「これなら大丈夫だ」と言わんばかりに、安堵の笑みを浮かべている。


「ええ、ゴブリンくらいなら慣れています。とはいえ、まだ道のりは長い。油断せず進みましょう」


 レオンは穏やかに笑いながらも、警戒を解かない。その隣で、セリナがぽつりと口を開く。


「……数が多いと、面倒」


 相変わらず淡々とした口調だが、その言葉には実感がこもっている。たとえ単体では脅威にならなくても、群れで襲ってくるとなれば話は変わる。まして、ゴブリン以外の魔物が現れた場合――。レオンは考えるだけで気を引き締めた。

 ガルフは、そんなセリナのそっけない態度に苦笑しつつ、手綱を握り直すと、馬を軽く促した。


 森の道を進むにつれ、空気は次第に湿り気を帯び、周囲にはひんやりとした静寂が広がっていった。草木が生い茂り、太陽の光は木々の合間から細く差し込む程度。道の両脇は茂みや藪に囲まれ、ときおり鳥のさえずりや小動物の足音が微かに聞こえてくる。

 そんな中、先ほどのゴブリンに続くようにして、新たな魔物の気配が漂い始めた。


 フェングモール――狼に似た姿を持つ魔物だが、やや小柄で牙が鋭く、群れでの狩りを得意とする。その魔物が道の端から数匹、馬車を覗き込むように現れた。

 レオンとセリナは瞬時に警戒態勢に入る。フェングモールたちは鼻を鳴らし、低く唸り声を上げる。子どもや女性が乗る馬車を弱い獲物とみなしたのか、徐々に距離を詰めてきた。


「セリナ、フェングモールだな」

「……知ってる。三匹いる。わたし、左を取る」


 レオンが右へ回り込み、セリナが左へ滑り込むように散開する。フェングモールたちは一瞬躊躇したが、気性の荒い一匹が突進してきた。

 セリナは即座にナイフを放ち、その後脚を正確に貫く。悲鳴を上げた魔物の動揺が伝播し、群れ全体が一瞬混乱した。その隙に、レオンが鋭い一閃で別の一匹を切り伏せる。最後の一匹は、戦況が不利と判断したのか、尻尾を巻いて逃げ去った。


「……助かった! なんという素早さだ……」


 ガルフが馬車の上から驚嘆しつつ礼を述べるが、セリナはそっけなく頷くだけだった。しかし、彼女の尻尾がかすかに揺れているのを、レオンは見逃さなかった。


 さらに道を進むと、森の奥から耳障りな羽音が響いてきた。

 スティンガーフライ――大型の虫系魔物で、毒針を尻に備え、飛行しながら獲物に刺す習性を持つ。数匹が馬車の積み荷に反応し、甘い香りに誘われるように飛来してきた。彼らはパタパタと不規則に羽ばたきながら、隙を見て毒針を放とうとしている。


「くそっ、毒針があるぞ! 気をつけろ!」


 レオンが警告するなか、セリナはすでに森側へと一歩踏み込んでいた。遠距離戦が得意な彼女にとって、動きの速い相手を捉えるのは慣れたものだ。とはいえ、スティンガーフライはランダムな軌道で飛び回り、狙いをつけにくい。

 だが、セリナは焦らず、一瞬の動きを見極める。そして、鋭い一閃とともにナイフを放つと、一匹の羽根を正確に貫いた。バランスを崩した魔物は地面へ落下し、もがいているところをレオンがとどめを刺す。


「お見事ですね!」


 ガルフが感嘆の声を上げる。すると、残りのスティンガーフライたちは警戒して距離を取った。だが、セリナがすぐに次のナイフを投げ、レオンも馬車の周囲を警戒しながら動き回ることで、ほどなくして虫の群れも散り散りに飛び去った。


 昼下がりの柔らかな陽射しが森の木々を照らし、風が心地よく頬を撫でる。旅の半日が過ぎ、すでに複数回の魔物襲撃を受けていた。しかし、その都度レオンとセリナが迅速に対処し、商人一家に危害が及ぶことは一度もなかった。特に十歳の娘アニエスは、護衛二人の戦いぶりにすっかり魅了され、「すごーい!」と興奮しきりだった。

 スティンガーフライとの戦闘を終えた直後、ガルフが改めて感嘆の声を漏らす。


「いやはや、大した腕前だ。君たちに護衛を頼んで正解だったよ。これほどの実力があれば、安心して旅が続けられる」


 セリナは「当然」と短く答えるだけだった。表情は相変わらず無表情気味だが、彼女の尻尾がわずかに揺れているのをレオンは見逃さなかった。

 レオンは商隊の状況を確認しつつ、周囲の様子にも目を光らせる。これまでの魔物は散発的で数も少なかったが、それが今後も続くとは限らない。


「まだ道中は続きますし、気を抜かずにいきましょう。これからはもう少し森が深くなりますし、魔物が増える可能性もあります」


 ガルフは頷き、「そうだな。油断大敵だ」と言いながら、娘のアニエスを落ち着かせるように声をかける。アニエスはセリナの耳や尻尾に興味津々で、先のフェングモール戦を見たことで「お姉ちゃん、すごい!」とますます憧れを募らせている様子だった。

 とはいえ、セリナにとって耳や尻尾を触られるのは気持ちのいいものではないらしい。アニエスが楽しげに手を伸ばしてくるたび、ひらりと身をかわして距離を取る。


「すごーい! お姉ちゃん、かっこいい! その耳もふわふわ~!」

「……ダメ、触らないで」


 アニエスはそれすらも遊びの一環のように感じているのか、「わ~、逃げ足も速い!」と無邪気にはしゃいでいる。

 レオンはそのやり取りを横目に見ながら、微笑ましさを覚えた。セリナもまんざらではなさそうだ。完全に拒絶するわけでもなく、どう対応していいのか分からず落ち着かない様子がありありと見て取れる。

 馬車の周囲に響く子どもの笑い声が、護衛任務に漂う緊張をほんの少し和らげていた。


 午前から複数回の魔物襲撃を受けたこともあり、陽が少し西へ傾き始めたころ、一行は小さな小川のそばで小休止を取ることになった。馬車の速度を落とし、道沿いにある小さな小川の近くで停車する。馬の水やりと食事を兼ねて、しばしの休息だ。


 ガルフと妻のミレーヌは馬の世話をしながら各自の食事を用意し、アニエスはセリナに「一緒に食べよ!」と声をかける。しかし、セリナは「……別に」と言いつつも、レオンが広げた簡易テーブルに座ることを拒まなかった。

 レオンは鞄から乾燥肉やパンを取り出し、セリナには干し肉を手渡す。アニエスはセリナの隣に座り、時折ちらちらと彼女の耳を見ては、小さく笑みを浮かべている。


「いやぁ、本当に君たちがいて助かるよ。私も多少の護身はできるが、子どもがいるからな……今のところ無事に進めていて本当によかった」


 ガルフが安堵したように言うと、レオンは食事を取りながら冷静に答えた。


「まだ道の半分も来ていませんし、明日以降も警戒を続ける必要があります。大型魔物が出る可能性も、ゼロではありませんから」


 そう言いながらも、レオンは実際のところ、大型魔物が簡単に出現するとは考えていなかった。この街道は冒険者たちの巡回もあり、ブルーヴェイル周辺の治安は比較的安定している。 ほとんどの脅威はゴブリンやフェングモールのような小規模の魔物に過ぎない。だが、万が一を考えれば、備えを怠るわけにはいかなかった。


 セリナは食事を終えると、ナイフの刃を確認しながら、横目でアニエスの動向を探っている。少女はセリナの尻尾に興味津々だったが、先ほど軽く拒まれたのが気になったのか、距離を保ちつつも名残惜しそうに「いいなぁ……ふわふわ……」と小さくつぶやく。

 そんな微妙な空気が流れる中、レオンは空の色を確認しながら立ち上がり、「そろそろ出発しますか」と口にする。

 ガルフも食事を片付けながら、「そうだな、日が傾く前にもう少し進んでおこう」と同意し、一行は再び旅路へと戻る準備を始めた。


 再び馬車が動き出し、一行は森の道を進んでいく。陽が西へ傾き始め、木々の隙間からこぼれる光が淡く長い影を作る。 風は心地よいが、日差しはまだ残っており、午後の名残を感じさせる時間帯だった。

 馬車の窓から顔を出したアニエスが、レオンやセリナの姿を見て無邪気に笑う。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんが護ってくれるんだね!」


 母親のミレーヌが「窓から身を乗り出さないの」と優しくたしなめるが、娘の興奮は収まらない様子だった。

 そうした微笑ましい一家の姿が、レオンたちの護衛への意識をさらに高める。仲間だけでなく、依頼主として守るべき家族がここにいる。その責任の重さを改めて胸に刻み、二人は周囲への警戒を怠らなかった。


 移動の合間、陽の色がやや赤みを帯び始めたころ、 アニエスが馬車から降りてきた。軽快な足取りでレオンに駆け寄り、「お兄ちゃん! 一緒に歩いていい?」と無邪気に尋ねる。

 ガルフが「少しだけならいいぞ」と微笑みながら許可すると、アニエスは嬉しそうにレオンの腕を掴んで並んで歩き始めた。小さな足で一生懸命についてくる姿に、レオンも微笑ましく思う。

 その様子を見ながら、セリナは小さく「……面倒」と呟きつつも、アニエスが突然飛び出さないように若干距離を詰めて歩く。アニエスは「お姉ちゃんも一緒に歩こうよ!」と声をかけるが、セリナはちらりと彼女を見つめ、「……私はいい」とそっけなく答えた。耳を触られるのを警戒しているのかもしれない。

 アニエスは少し残念そうな顔をしたが、それでも「ふふっ、お姉ちゃん、かっこいいからいいの!」と笑いながら、楽しげに歩き続けた。馬車の周囲には、旅路を包む穏やかな空気が流れていた。


 陽が西に傾き、森の木々がオレンジ色に染まるころ、 馬車を進めながらガルフが大きく息をつき、安堵の笑みを浮かべた。


「いやぁ、もう何度目になるか分からないが、ありがとう。本当に頼りになるな。ここまで魔物に襲われるとは思わなかったが、君たちがすぐに対処してくれたおかげで被害ゼロだ」


 レオンは笑みを浮かべながら頷く。


「魔物が散発的に出る森だとは聞いていましたが、思った以上ですね。とはいえ、まだ先は長い。油断は禁物ですよ」


 その言葉に、セリナは短く「当然」と返しながら、耳を微かに動かす。視線は森の奥に向けられ、周囲の気配を探っているようだった。

 そんな彼女の姿を見て、アニエスが馬車の窓から顔を出し、目を輝かせる。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん、耳もふわふわで、強くて……最高だね!」


 子ども特有の無邪気な賞賛に、セリナは一瞬戸惑ったように目を瞬かせるが、尾がわずかに揺れる。まんざらでもなさそうだが、照れ隠しなのか、そっぽを向きながらそっけなく「……まかせて」とだけ呟く。

 その様子にレオンは思わず微笑み、ガルフ一家も和やかな笑いをこぼした。険しい護衛任務の中にも、こうしたひとときがあるのは悪くない。


 太陽が西に傾き、森の中に長い影が落ち始めたころ、一行は予定していた野営地に到着した。


 こうして護衛の初日の道中は、複数回の魔物の襲撃を受けながらも無事に終わりを迎えようとしていた。ゴブリン、フェングモール、そしてスティンガーフライ……一度に大量ではないものの、様々な魔物が潜む森を抜けるのはやはり容易ではない。だが、レオンの冷静な指揮とセリナの圧倒的な身体やナイフのスキルによって、商人一家に危害が及ぶことはなかった。

 物語はまだ続く。野営中や明日の道中では、予期せぬ出来事が起こり得るだろう。だが、ふたりは散発的な襲撃という難題を乗り越え、自分たちの実力と協調性に手応えを感じ始めていた。商人一家も、先頭に立つレオンとセリナに絶大な信頼を寄せ始める。

 護衛の旅路は決して短くない。その間に、さらに大きな試練が待ち受けるかもしれない。けれど、いまの二人なら、ブルーヴェイルで積んできた経験を活かし、仲間として商人一家を守り通せるはずだ。

 ――こうして、護衛クエスト初日の道中は幕を下ろす。散発する魔物の襲撃を乗り越え、一行は野営地で束の間の休息を取ることになった。だが、森の奥にはまだ静かに潜む影がある。安らぎの時間が訪れるか、それとも新たな脅威が忍び寄るのか。その答えは、これから訪れる夜の闇の中に潜んでいた。

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