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第23話 護衛の旅路と小さな同行者

 ブルーヴェイルの朝は早い。ギルドが開く前から馬車の行き来が始まり、商人たちが荷を積み下ろしながら、次なる旅の準備を進めている。護衛クエストの出発日となる今日、レオンとセリナは南門近くの馬車待機所へ向かい、依頼主と合流する予定だ。

 これは二人にとって、初めての本格的な護衛任務となる。Cランク昇格の足掛かりとしても重要な仕事だ。


 数日前、リリアから紹介されたクエスト――「メルグレイヴ行きの商人護衛」。正式に受注してからというもの、レオンとセリナは長距離の移動や不測の事態に備えて準備を進めてきた。

 騎士仕込みの剣術と獣人の隠密能力があれば、戦闘には自信がある。しかし、護衛となればまた違った気苦労があるだろう。戦うことよりも、そもそも戦わせないことが最優先。それに、旅路では商人との協調や交渉、判断力も試される。

 「信用こそが冒険者の力になる」――リリアからの助言を胸に、二人は護衛としての役割を果たす覚悟を決めた。


 そして迎えた出発の朝。

 南門近くの馬車待機所には、すでに複数の馬車が並んでいた。荷台にぎっしりと積まれた木箱や樽が、長旅の準備が整っていることを物語っている。

 真新しい車体もあれば、使い込まれて年季の入ったものも見られる。オーナーである商人やその使用人たちが、荷物の最終確認に追われ、忙しなく動いていた。

 そんな中、レオンとセリナが姿を現すと、周囲からちらりと視線が集まる。特に、セリナの狼耳と尻尾は相変わらず目を引く。だが、当の本人はそんな視線などまるで気にしていない様子だった。



 二人が探す相手は、ガルフ・バニングスという若き商人。ギルドの情報によれば、彼はここ数年メルグレイヴとの交易を手がけ、定期的に行き来しているという。まだ若い二十代後半の商人で、温和で人当たりのいい性格が特徴らしい。

 やがて、馬車待機所の一角に、二頭引きの馬車が停まっているのが目に入った。馬車の車体は堅牢で、帆布の天蓋がしっかりと張られ、荷台には商材が整然と積み込まれている。その横では、短く刈り揃えた黒髪の男が荷物を固定する縄を確認していた。

 レオンは馬車に近づき、その男に声をかける。


「ガルフさん、ですよね?」


 男は振り向き、口元に人懐こい笑みを浮かべた。


「おお、君たちが今回の護衛役かい? 二人とも頼りにしてるよ。魔物が出たら、すぐに対応してくれれば助かる」


 ガルフの朗らかな口調に、レオンは軽く頷く。


「ええ、心得ています。聞いた話では、この辺りの襲撃はせいぜい雑魚の魔物程度だと」


 その言葉を受け、隣に立つセリナがぽつりと口を挟む。


「……数が多いと、面倒」


 ガルフはセリナをちらりと見て、一瞬「おや?」という表情を浮かべたが、すぐにフッと笑みを深めた。


「はは、そっちのお嬢さんは獣人さんだね。確かに群れで襲う魔物もいるが、そこをなんとか頼むよ。長旅になるが、よろしく頼む」


 そう言いながら、ガルフは手を差し出す。レオンはそれをしっかりと握り返し、軽く微笑んだ。

 一方、セリナは相変わらず無表情だが、わずかに耳を動かして反応する。そして、ぎこちなくも礼儀として短く頭を下げ、簡単な挨拶をした。



 護衛クエストでは、商人本人だけでなく、家族や従業員が同行することもある。今回の依頼でも例に漏れず、ガルフの家族が同乗するようだった。すでに馬車には数人が乗り込んでいるようで、その中に十歳前後の少女の姿があった。

 ふわりと揺れる栗色の髪を肩口で弾ませ、好奇心に満ちた瞳を輝かせている。彼女は馬車のステップに立ち、外をキョロキョロと見回していたが、やがてセリナの耳に気づくと、小走りで近寄ってきた。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん、お耳ふわふわ~!」


 無邪気な声とともに、少女は手を伸ばす。子供特有の遠慮のなさで、興味のままにセリナの狼耳を触ろうとした。

 だが、セリナはすっと身をかわし、ぴたりと距離を取る。


「……ダメ」


 短く冷たい声が響く。途端に、周囲が一瞬静まった。


「えぇ~、ちょっとだけ~!」


 少女は目を輝かせながらせがむが、セリナは顔をそむけ、露骨に拒否の姿勢を示す。獣人にとって耳を触られるのは極めてプライベートな行為であり、簡単に許せるものではない。

 そこへ、穏やかな声が割って入った。


「こらこら、無理に触っちゃダメよ、アニエス。でも、本当に綺麗な毛並みね」


 優しく諭したのは、アニエスと呼ばれた少女の母親らしき女性だった。上品な雰囲気を纏いながらも、旅装に薄手のショールを羽織り、気品を感じさせる佇まいをしている。彼女は娘をそっと制し、セリナへ微笑む。


「はじめまして、ミレーヌです。すみませんね、うちの子が……。アニエスは獣人の方と接するのが初めてで、つい興味を持ってしまったみたいです」


 セリナは迷惑そうというより、ただ戸惑ったように瞬きをするだけで何も言わない。

 レオンが「まあ、獣人の耳はデリケートらしいから……」とフォローを入れると、アニエスは「そっかぁ、ごめんなさい!」と素直に頭を下げる。彼女に悪気はない。ただ、純粋な好奇心が少し行き過ぎただけなのだろう。

 そんなやり取りを横目に、ガルフが苦笑いをしながら言葉を続けた。


「娘が失礼をしたね。今回の旅はどうしても家族を連れていきたくてね。メルグレイヴには親戚もいるし、若いうちにいろんな経験をさせたかったんだ。それに……」


 一瞬、言葉を濁しながら、ガルフはちらりと家族の方を見やる。


「まあ、道中は長いし、しばらく家を離れるのは寂しいからね。セリナさん、娘が無理を言ったみたいで申し訳ない」


 セリナは一瞬考えた後、無表情のまま「……別に、問題ない」とだけ返した。怒っているわけではない。ただ、耳を触られるのが嫌なだけだ。

 アニエスは「次は絶対触らせてね!」と懲りずに笑っているが、すぐにミレーヌが「アニエス!」と窘める。

 レオンはそんな家族のやり取りを眺めながら、護衛の対象が商人とその物資だけでなく、こうした子供や家族も含まれるのだと改めて実感する。彼らの安全を守る責任を背負っているのだ――そう思うと、身が引き締まる思いだった。



 一連の紹介と挨拶が終わると、レオンとセリナは護衛としての役割やルートをガルフと再度確認した。メルグレイヴまでは一泊二日の行程で、道中は野宿となる予定だ。

 レオンは地図を広げながら、危険が予想される地点を指し示す。


「この辺り、野盗が出る可能性がありますね。過去の報告でも襲撃事例がいくつかあります」


 セリナも地図を覗き込み、さらりと補足した。


「夜は特に注意。火を焚くなら、隠す場所を考えるべき」


 その冷静な指摘に、ガルフは「なるほどね」とうなずきながら、二人のやり取りを感心したように見ている。


「いやぁ、頼もしいな。君たちがいてくれるなら安心できる」


 ガルフは笑顔で言うが、セリナは無表情のまま軽くうなずくだけだった。レオンは肩をすくめながらも、「安心とは限りませんよ。でも、全力は尽くします」と控えめに応じる。

 そしてガルフ一家は馬車へと乗り込んだ。ガルフが手綱を握り締め、いつでも出発できる態勢に入る。

 荷台には商材がぎっしりと詰まっており、道中の揺れで崩れないようしっかり固定されている。レオンとセリナも護衛としての最終確認を済ませ、いよいよ出発の時を迎えた。



 レオンとセリナは、馬車に並走する形で護衛を務める。レオンには馬を扱う知識もあるが、護衛としては徒歩で周囲を警戒したほうが臨機応変に対応しやすいと判断した。セリナも長距離移動には慣れているようで、荷物を最小限にまとめ、軽快な足取りで歩く準備を整えている。

 馬車待機所で最終確認を終えると、ガルフが「では、出発しよう」と声をかけた。アニエスは馬車の上からワクワクした様子で手を振り、「お姉ちゃんとお兄ちゃん、ちゃんと守ってね!」と元気よく声を上げる。

 セリナは一瞬驚いたように耳をピクリと動かすが、特に表情は変えず、軽くうなずく。レオンは苦笑しながら応じた。


「もちろん。大船に乗ったつもりでいてください。……まあ、今回は馬車だけど」


 そんな軽口に、ガルフが「ははっ」と笑い、ミレーヌもクスリと微笑む。護衛任務とはいえ、家族連れの旅ならではの明るさがあるのは悪い気がしなかった。

 しかし、レオンの胸にはひそかな決意があった。昨日のリリアとの時間を通じて、彼女からの信頼を強く感じた。今回の護衛を確実に成功させ、Cランク昇格への足掛かりにしたい――それがレオンの目標だった。護衛としての経験はまだ浅いが、それでも全力を尽くすつもりだった。

 朝日が昇るなか、馬車の車輪がゆっくりと回り始める。レオンとセリナも、それに合わせて歩き出した。市街地を抜けるまではゆっくりとしたペースだ。


 南門付近は、商隊や冒険者たちの往来が激しく、門番たちが通行手形を確認しながら、出発する者たちを見守っている。

 門番の一人が手を挙げて合図を送り、門が開かれる。視界の先には、ブルーヴェイルからメルグレイヴへと続く街道が広がっていた。この道のりが平穏で済むとは限らないが、一行はそのすべてを踏破する覚悟でいる。


「じゃあ、行こうか。門を出たら少し馬車と距離をとって警戒しよう」

「わかった。匂いを追いつつ、周囲を見る」


 セリナは小さな声でそう返し、獣人の耳をそばだてて周囲の気配を探る。彼女にとって護衛の旅は、普段の狩りとは勝手が違うかもしれない。しかし、レオンと共に依頼をこなすことに意義を見出しているようだった。


「セリナ、頼りにしてる」

「……うん。今回の仕事、ちゃんとやる」


 馬車の窓からアニエスが顔を出し、「お姉ちゃーん!」と元気に呼びかける。セリナはちらりと彼女を見やり、微かに苦笑しながら「……落ちないで」とだけ返す。彼女なりに気にかけているのだろう。レオンはそのやり取りを見て微笑ましく思いながら、「アニエスちゃん、危ないから、ちゃんと座ってて」と優しく注意した。

 こうして、一行はブルーヴェイルの南門を抜け、新たな旅路へと踏み出した。空は澄み渡り、陽光が街道を照らしている。


 レオンとセリナにとって、これはCランク昇格への大きな一歩となるだろう。そして、どんな出会いや困難が待ち受けているのか――それはまだ誰にも分からない。

 しかし、一つだけ確かなことがある。

 この旅路が、彼らの物語に新たな広がりをもたらすということだ。

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