第2話 暗がりの道中
夜の闇と朝の光の狭間。
王宮を抜け出したレオンは、城壁から続く細い山道を足早に進んでいた。背後には高くそびえる城壁があり、その向こうには王城の尖塔が、仄かに白み始めた空を背景にかすかなシルエットを描いている。
さきほどまで息苦しく感じていた王宮の空気。そこから解き放たれたことで広がるのは開放感か、それとも焦燥感か――。レオンの胸中には、どちらともつかぬざわつきがあった。
夜明け前の世界は静寂に包まれている。風が木々の間をすり抜ける音だけが、耳に心地よく響いていた。
王都から伸びる主要街道とは違い、この道はほとんど人の往来がない。小高い丘や山腹を縫うように続く旧道とも言える細道だ。石畳など整備されておらず、砂利や土が足元でざくざくと音を立てる。レオンは黒い外套を身にまとい、夜露に濡れた野草を踏みしめながら、一歩ずつ確かめるように前へ進んだ。
「さあ、どこへ向かう。すでに帰る場所など……ない」
声に出すことすら躊躇われ、彼は唇の動きだけでそう呟く。
王子という身分を捨てたばかりの今、王宮の外に独りでいるという状況は、レオンにとって未知の体験だった。幼少の頃から護衛や使用人が常に付き従っていた彼にとって、周囲に誰もいないことは、これまで感じたことのない孤独と現実を突きつけてくる。
ポツリと夜空から雫が落ちた。小雨の気配があるのかもしれない。肌に吸い付くような湿り気を感じて、レオンは外套の襟を少し立てた。
涼しい風が時折吹き抜けるが、それとは対照的に、彼の身体は熱を帯びている。緊張からなのか、それとも歩き詰めの疲労なのか――まだ、じっくり考える余裕はない。
不意に、遠くで野犬の遠吠えが響いた。
レオンは足を止め、咄嗟に腰の剣に手をかける。わずかな闇の奥でガサリと草が揺れる音がしたような気がして、瞳を凝らした。
(野犬か、あるいは狼か……。この辺りにそういった生き物がいても不思議じゃない)
王宮にいた頃は、危険な生物の話を耳にしても、どこか絵空事のように思っていた。常に護衛の騎士がおり、城門の警備が厳重なら、そんな脅威に遭遇する可能性などほとんどなかったからだ。
しかし、今は違う。彼は自分の身を、自分で守らなければならない。
剣の鍔に触れる指先に、自分自身の震えが伝わる。恐怖というより、初めて外の世界と向き合う不安に近いものかもしれない。
遠吠えは次第に遠ざかっていった。おそらく仲間同士の合図か、あるいはテリトリーの主張だろう。レオンはもう一度周囲を見渡し、やがて警戒を解いて手を下ろす。
冷たい空気が闇を裂くように肌を撫でる。その感触に、彼はゆっくりと息を吐き出した。わずかに肩の力が抜ける。しかし、この先にどんな危険が待ち受けているかもわからない。王宮にいた頃は意識したことのない緊張感が、ずっと体を張り詰めていた。
「……このまま進めば、どこかに町があるはず」
道の先に何があるのかは知らない。それでも人里までは、そう遠くないと思いたい。
王宮付近の地理や街道情報は学んでいたが、まさか自ら夜中に抜け出し、足で歩いて確かめることになるとは夢にも思わなかった。
胸の奥が、きゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。王宮から離れたという実感が、少しずつ重みを増してくる。
(これまで護られる側だった。今は……誰も護ってくれない)
心のどこかで「それが望んだ自由の代償だ」と自分を説得する。しかし、自由になったはずなのに、こんなにも落ち着かない気分になるとは想像していなかった。
歩き慣れない山道は途中で折れ曲がり、崖沿いの細い道へと繋がっている。崖下には木々の群れが鬱蒼と茂り、夜明け前の薄闇に溶け込んでいる。万一、足を踏み外せば滑落は免れないだろう。
気を引き締め、慎重に歩幅を狭めながら進む。
遠くの空が、わずかに白み始めた。
東の空を覆う夜雲が、ほんのりと明るみを帯びている。夜と朝が入れ替わる狭間の時間。風が一段と冷たく感じられた。
やがて、小鳥のさえずりが控えめに聞こえてくる。まるでこの世界が、ゆっくりと目覚めようとしているかのようだった。
「……もうじき朝か」
そう口にすると、不思議と胸がざわついた。夜の闇に紛れて逃げ出したはずなのに、朝が来れば否応なく世界は動き始める。王城での出来事を思い返すまいとしても、頭の片隅には昨夜の光景がちらついた。
――サフィアが見せた、あの悲しげな目。
どんな言葉をかけられても、振り返らないと決めたのは自分だ。それなのに、彼女の表情を思い出すたびに、胸の奥が痛む。
そのとき――。
足元の石がぐらりと崩れた。
レオンは思わず体勢を崩しかけるが、とっさに崖側の岩肌に手をつき、バランスを取る。再び小石が崖下へと転がり落ちていく音が、暗がりにこだました。
深いため息をつき、慎重に足を運び直す。こんな些細なことで命を落とすわけにはいかない。
前方に視線を戻すと、道はやがて少し開けた場所に繋がっていた。
低木の生い茂る緩やかな斜面が広がり、道は二手に分かれている。片方はさらに山の奥へと続き、もう一方は標高の低い方向へと向かっているようだ。
レオンは迷うことなく、山を下る道を選んだ。
「まずは人の集まる所を目指さないと……」
どこかで食料や水を調達しなければ、このまま進むことはできない。
王宮から抜け出す際に最低限の荷物は持ち出していたが、それでも限りがある。飲み水と非常食はある程度確保していたものの、長旅には到底足りないだろう。
朝焼けの薄光が山肌を照らし始め、木々のシルエットがはっきりと浮かび上がる。
森を抜ける風は湿り気を帯び、肌にひやりとした感触を残した。
ふと見上げると、空の端がオレンジ色に染まり始めている。王宮の豪奢な窓から眺める夜明けの空とは、まるで違う風景だった。
カーテン越しに見る優雅な朝焼けではなく、手の届く寒さの中で迎える、剥き出しの世界。
(……こんなに自然が近かったんだな)
レオンは、わずかに苦笑を浮かべた。まるで子どもの頃、初めて城外に出たときのことを思い出すようだった。
あのときも、こんなふうに世界の広さを実感し、息を呑んだものだ。
しかし――。
あの頃は、サフィアや騎士たちがいた。
決して、一人ではなかった。
今は完全に一人きり。
たった一晩で、人のぬくもりがこんなに恋しくなるものなのか――。
心の奥底に滲む寂しさを噛み殺し、レオンは足を進める。道幅は次第に広くなり、かろうじて人が通った形跡があるように見えた。大きな荷車の轍の跡なのか、土が抉られている箇所が何本も走っている。
少なくとも、完全に荒れ果てた道ではない。
しばらく進むと、道端に小さな木造の祠が見えた。
苔むした石の台座に、質素な木の屋根が載っている。奥には神像らしきものが祀られているが、風雨に晒され、顔はすでに削れ落ちていた。
旅の安全を祈るためのものなのだろうか。
レオンは足を止めた。
祠に手を合わせるわけでもなく、ただぼんやりと眺める。王宮の壮麗な神殿とは比べるべくもない、素朴な祠。
しかし、その質素な佇まいに、人々の信仰の温もりを感じる気がした。
「……俺は今、ここに立っているんだな」
誰に向けるでもなく呟く。
その声は、静寂に溶けて消えた。
王城では、見下ろすだけだった下界の風景。
一歩足を踏み出すと、すべてが新鮮に映る。危険や不安も多いが、その先にある生の実感は、王宮で過ごした日々とはまるで違うものだ。
もっとも、この選択が正しかったのかどうかは、まだわからない。
レオンは祠を後にし、山道を下り続けた。じわりと足の裏に疲労が溜まるが、気を張り続ける。寝不足も相まって、少しでも気を抜けば崖から転落しかねない。
そのとき――。
異臭がした。
湿った土の匂いに混じって、どこか生臭い。
腐った肉のような匂い――。
(……動物の死骸か? あるいは、魔物の痕跡かもしれない)
レオンは慎重に周囲を窺い、剣の鍔に手をかけた。王都近郊の魔物は、騎士団や討伐隊が駆逐しているはず。だが、それでも完全にいないとは限らない。
風下へ寄るように、足音を殺して進む。
やがて、道端に何かが倒れているのが見えた。
近寄ると、それは野ウサギの死骸だった。
――傷口が、大きく裂けている。
まだ新しい。大型の捕食獣か、それとも魔物がやったのか……。
吐き気を抑えながら、レオンは目を伏せた。
王宮でも狩猟の成果を見たことはある。しかし、こうして生の血生臭さを目にするのは、初めてかもしれない。
ぐっとこみ上げるものを堪え、再び歩き出す。
生き物の生と死が、目の前に転がっている。
王宮では決して見られなかった現実が、ここでは当たり前のように横たわっていた。
しばらく歩くと、道は岩場を抜け、深い林へと続いていた。
空はすっかり薄明るくなり、木々の枝越しに朝日が線のような光を落としている。淡い金色の光が、無数の木漏れ日となって足元の草を照らしていた。
林に足を踏み入れた途端、鳥たちの鳴き声が一気に増す。夜の静寂はどこへやら、森全体が目を覚ましていくように、あちこちから生命の気配が広がっていく。
風も微かに暖かみを帯び、朝の空気に変わりつつあるのを感じた。
「もう朝か……」
王宮では、朝早く騎士団の訓練が始まる。レオンも半ば義務的に参加していたが、今日はもうあの訓練に出ることはない。
代わりに、こうして森の中を一人で歩いている――それが現実だった。
その事実に、少しだけ胸がすく思いがあった。あれほど嫌気がさしていた王宮のしきたり。それから自由になれた。それが、自分で選んだ道。
しかし――。
今後は何もかも自力でなんとかしなければならない。守ってくれる従者もいなければ、命令に従う兵士もいない。
レオンは、その現実を実感するたび、独りぼっちの孤独感に押し潰されそうになっていた。王子の立場を捨てたからといって、自分が今すぐ強くなれるわけではない。
何年も築き上げられてきた王宮での生活習慣や価値観から抜け出して、すぐに放浪者として生きられるほど、世の中は甘くない。
「――でも、引き返すつもりはない」
誰に聞かせるでもなく、自らの決意を再確認するように呟いた。ここで足を止めれば、あの王宮に戻るしかない。だが、それは自分の心を再び押し殺す道だ。
後戻りなど、できるはずもない。
小一時間ほど林を歩き続けると、道が再び開けてきた。地面はむき出しの土のままだが、前方にぼんやりと建物の影が見える。
煙突らしきものが突き出ているのが確認できた。
人家なのか、それとも廃屋か――。
レオンの胸が、わずかに高鳴る。もし人が住んでいる家なら、水や食料を分けてもらえるかもしれない。だが、迂闊に近づけば、相手に怪しまれる可能性もある。どんな人間が暮らしているのかは、まだ分からない。
それでも、このまま野宿を続けるわけにもいかない。
レオンは慎重に近づくことにした。
枯れ草を踏みしめ、道なき道を抜ける。やがて、低い木柵で囲まれた小さな家屋が現れた。
屋根は藁葺きではなく、簡素な木材でできており、ところどころ剝がれかかった部分が修繕されている。
周囲に家畜の気配はなく、畑も見当たらないが、玄関先には水汲み用の桶が置かれていた。
(生活感がある……人が住んでいるのか?)
レオンは家のそばまで来ると、ドアの前で一度深呼吸する。
失礼にならないよう、ノックをしようと思うが、こんな早朝に見知らぬ旅人が訪れて、警戒されないか――不安がよぎる。
だが――。
その不安よりも、今は水と食料が必要だった。喉の渇きは限界に近い。背に腹は代えられない。
レオンは意を決し、ゆっくりと手を伸ばした。
トントン――。
木製の扉を軽く叩く。しばらく待っても反応はない。もう一度、少し強めに叩いてみる。
やがて、家の中からぎしりと床の軋む音がした。人の気配がある。
扉がわずかに開き、中から険しい目つきをした壮年の男性が顔をのぞかせた。灰色の髪に無精ヒゲ。粗末なシャツの上から古びた革ベストを羽織っている。
まだ寝ぼけまなこだが、訪問者が外套を着た若い男であることを確認すると、眉をひそめた。
「……誰だ、お前。こんな朝っぱらから何の用だ?」
強面の表情。
一瞥しただけで、警戒心がにじみ出ているのがわかる。王都に近いとはいえ、治安が万全とは限らない。見知らぬ旅人を警戒するのは当然かもしれない。
レオンはできるだけ落ち着いた声を作り、口を開いた。
「失礼します。私は……旅の者です。水や、もし余裕があれば、少し食べ物を分けてもらえないでしょうか」
男はじろりと、レオンを頭の先から足元まで値踏みするように眺める。街道を外れた場所とはいえ、突然の訪問者にしては身なりがきちんとしている。そのせいか、男の目にわずかな疑念が浮かぶ。
「旅の者……? その外套、ずいぶんいい生地じゃねえか」
レオンの背筋が、わずかに強張る。この外套は王宮で支給された高級品。目のいい者なら、それなりの品だと気づいてしまうだろう。
言い訳がましく口を開こうとするが、うまい言葉が浮かばない。
「……そ、それは……。まあ、事情はいろいろあって……」
動揺が表に出たのがまずかったのか、男は余計に怪しんでいる様子だった。
しかし、ここで追い返されれば、しばらく水も食糧も得られないまま山道をさまようことになる。それだけは避けたい。
「……お願いです。お礼はします。水と、できれば簡単な食べ物を譲っていただけるだけで十分なんです」
そう言いながら、レオンは小さな革袋を取り出し、男に見せた。中には最低限の所持金が入っている。
男は財布に視線を落とし、少し黙ったあと――。
「……ちょっと待ってろ」
そう言ってドアを閉めた。
やはり、追い返されるか――。
不安に駆られたそのとき、バタンと小さな音がしてドアが再び開く。男は乱暴にドアを引き、レオンを手招きした。
「入れ。外で話すのもなんだ。俺の寝起きが悪かっただけだ。水くらいは分けてやるよ」
ぶっきらぼうな口調だが、その言葉に敵意は感じない。レオンは安堵の息を吐き、小さく頭を下げてから家の中へ足を踏み入れた。
室内は質素だったが、生活感があった。
奥には小さな暖炉があり、その横に薪が積んである。テーブルと椅子、調理道具が整然と並び、なんとか普通の暮らしを成り立たせていることがわかる。
「すまない……助かります」
レオンがそう言うと、男は面倒くさそうに首を振る。
「礼はいい。オレだって旅人には困ったとき助けられたことがある……ま、あんたが本当に旅人なら、だがな」
言外に、「本当に怪しい人間じゃないのか?」と探っているのが伝わる。 レオンは余計な疑念を抱かせないよう慎重に言葉を選んだ。
「……事情があって、急に旅に出ることになったんです。王都を出たのは昨夜で、まだ行き先もまともに決めていなくて」
「昨夜に王都を? はは、そいつはやけに急だな。何か、でかい厄介事でも起こしちまったのか?」
男は冗談めかして言いながら、水が入った皮袋をひとつレオンに渡した。レオンはそれに苦笑するしかなかった。
(実際、王家にとってはでかい厄介事だろうな)
王子が突然いなくなったのだから。だが、そんなことを言えるはずもない。
「いろいろと、事情があるんです。感謝します」
そう答えながら、皮袋の水を口に含む。生温いが、新鮮な水の味が喉を潤し、身体の芯まで沁み渡る。
男が続けて、乾いたパンと少しの干し肉を差し出してくれる。レオンはそれをありがたく受け取り、硬くなったパンをゆっくりと噛みしめた。
今のレオンにとって、それは何よりのご馳走だった。
「礼を言うなら金で頼む。俺も余裕があるわけじゃねえんでな」
「もちろん。これで足りるでしょうか」
レオンは革袋から大銅貨と数枚の銅貨を取り出し、机に置く。
男は一瞥し、まあまあだという表情を浮かべた。多すぎず、少なすぎず、といったところか。
「これでいい。ところで、あんた……この先はどこへ行くつもりだ? ここから町まで少し距離があるぞ」
「町まで? どちらの方向に行けばいいですか?」
「山を下りて川沿いの道を進めば、半日もかからずに小さな村がある。そこから先は……王都よりも北に向かえば、商人が通る街道があるが……」
男はため息まじりに道の説明をする。レオンは懸命に覚えようとした。地図は見慣れているが、実際に歩く道は感覚が違う。
「分かりました。助かります。すみませんが、もう少しだけ休ませてもらっていいですか? 夜通し歩いてきたので……」
男は苦笑し、肩をすくめた。
「ここで寝られても困るが、まあちょっと座って休むくらいならかまわん。ただし、その剣はさすがに警戒するから、抜いたりするなよ」
「もちろん。約束します」
レオンは椅子に腰かけ、安堵と申し訳なさを感じながら、ほんの少しの休息を得る。
外の世界には、優しい人もいる。
王宮のように、常に裏を探る貴族ばかりではない。
「そういや、名前も聞いてなかったな。俺はヴォルフってんだ。あんたは?」
「……レオン、です」
「レオン、か。どこか育ちが良さそうな顔してるが、こんな山道で一晩過ごしたのかね」
レオンは苦笑し、パンをかじった。
自分の出自は語れない。それでも、ひとまず敵意を向けられずに済んだことに、わずかな安堵を覚えた。
水と食事でわずかに体力を取り戻したレオンは、ヴォルフに礼を言い、再び旅を続けることにした。
長居すればするほど不審がられるだろうし、ヴォルフが王宮での逃走に関して何か情報を探ろうとしているのも感じていた。
深入りさせるわけにはいかない。
外に出ると、すでに太陽が昇り始めていた。山道にいたころの薄闇は跡形もなく消え、青く澄んだ空が広がっている。
ひんやりとした朝の空気が肺を満たし、どこか清々しさすら感じられた。
「さて、これからどうするか……」
ヴォルフに聞いたとおり、川沿いの道を探して村へ向かうのが無難だろう。
そこには冒険者がよく通うギルドの出張所があるかもしれないし、少なくとも物資は手に入りやすいはずだ。
冒険者ギルド――。
王宮でもその存在は知っていた。書類や噂の中でしか聞いたことはなかったが、民間の戦力を管理し、魔物や盗賊といった脅威に対処する組織だ。
いずれ世間に混じって生きるなら、そこを頼るのもひとつの手かもしれない。
レオンは外套を整え、剣の鞘を軽く叩いてから歩き出す。足元の痛みや疲労はまだ残っているが、進むしかない。王宮の重圧からは解放された代わりに、これから先、どんな危険や苦難が待ち受けているかもわからない。
だが、それこそが――王子という肩書を捨てると決めた、自分の選んだ外の世界なのだ。
「……初めての孤独、か。まあ、悪くない……かも」
自分に言い聞かせるように呟き、レオンは朝の光に染まる森の道を、確かな足取りで歩き始めた。
城外へ踏み出して、まだ数時間。いつかこの道を振り返るときが来るのだろうか。そのとき、自分はどこにいるのか。
木々の間を、見慣れない小鳥が飛び交う。穏やかな風が吹き抜け、遠くの山頂には白い雲がゆったりと流れている。
レオンは、かすかな胸の疼きを抱えながらも前を向いた。
もう、戻ることはできない。
昨晩の決意を胸に、剣を握る手に力を込めるのだった。そうして彼は、王宮から遠ざかり、一歩ずつ――自ら選んだ新しい道を進んでいく。どんな出会いが待ち受けているのか。どんな試練が訪れるのか。
それでも恐れることはない。いや、恐れていても、もう誰も彼を守ってはくれないのだ。自らの選択には、自ら責任を負うしかない。
野犬の遠吠えはもう聞こえない。朝の世界は静寂の中に生命の息吹を増し、レオンの心にも少しずつ落ち着きが戻ってくる。
夜闇がもたらした緊張と孤独。
夜明けがもたらした安堵と、不安の混ざった冒険心。
すべてを抱えながら、レオンは細い山道を下り続けた。振り返ることはしない。新しい生を求めるかのように、ひたむきに歩を進める。
薄明かりに包まれた王国の朝は、彼にとって初めて「自由の光」を感じさせるものだった。守られる立場ではなく、守るべきものを自分で見つけるための旅。
その始まりを告げる、静かな朝の光景が広がっていた――。
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