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第18話 夜明け前の奇襲

 山道を少し登れば、セリナが昼間に見つけた巡回コボルトのルートに出るはずだ。レオンはわずかな月明かりを頼りに足元を確かめながら、奇襲に慣れたセリナを先頭に立たせた。

 やがてセリナは合図を出すように片手を挙げ、その場で身を伏せる。レオンも同じく姿勢を低くし、木陰に隠れるように動く。遠くからかすかな足音と不快な鼻息、低い唸り声が聞こえてきた。


「「「グルル……」」」


 コボルト特有の犬のような鳴き声と、金属か石で出来た武器がぶつかる軽い音。どうやら三匹が隊列を組んで歩いているようだ。セリナはフードをかぶり直し、レオンを一瞬見つめた後、身を低くして素早く森の闇に紛れ込む。


(すごい……全然見えないぞ)


 レオンはセリナの動きに感心しながらも、じりじりとコボルトの位置をうかがった。彼女の具体的な動きは読めないが、少なくともナイフで先制攻撃を仕掛け、撹乱する可能性が高いと予想している。自分はそれに合わせて動き、反撃の隙を与えないように立ち回るのが役目だ。

 息を殺して待つ数秒が、やけに長く感じられる。コボルトたちは地面を嗅ぎ回るように歩いているが、まさか獣人のセリナが、頭上の枝影や物陰を縫うように接近しているとは思いもしないだろう。

 次の瞬間、暗闇を裂くように鋭い閃光が走った。ヒュッと空気を切る音が響いた直後、先頭のコボルトがくぐもった声を上げて倒れる。ナイフが首筋に突き刺さり、コボルトはその場に崩れ落ちた。


「ギャウッ……!?」「グルルッ!」


 残った二匹のコボルトが驚いて周囲を見回すが、どこからの攻撃か判別できていない。セリナはさらにナイフを投げ、二匹目の肩に刺さる。さすがに致命傷にはならず、コボルトがこちらに向かって吠えかける。

 その隙を逃さず、レオンは闇の中から飛び出し、一気に剣を振り下ろした。一発で仕留められはしないが、二匹目のコボルトが怯む隙に間合いを詰め、さらに水平斬りを加える。コボルトの悲鳴が短く響き、倒れる音が闇に溶ける。

 三匹目はセリナの姿を捉えようと目を光らせ、棍棒を振り回している。だが、セリナはすでに位置を変え、背後から短剣を突き出して一撃で仕留める。ごとりとコボルトの身体が地面に崩れ落ち、一瞬のうちに沈黙が訪れた。



 わずか数十秒ほどの交戦で、巡回コボルト三匹を無力化できたのは、セリナの隠密能力とナイフの優位性が大きい。レオンは怪我を負うことなく済んだし、セリナもまるで軽い運動でもしたかのように息も乱れていない。


「驚いたよ、セリナ。隠密能力、ここまでのものとは思わなかった」

「あなたも、見事だった。二匹目、私が仕留める前に倒してくれたし」


 闇の中でやり取りを交わしつつ、二人は落ちているナイフを回収し、コボルトの死体をできるだけ目立たない場所へ移動させる。万が一、他のコボルトが巡回してきても簡単には死体を発見できないようにするための配慮だ。

 そのまま静かに先へ進むと、森の奥へと入っていく山道が細く続いている。どうやらこの先にコボルトの巣がある洞窟があるようだ。

 セリナは再び言葉少なにレオンを導き、地図ではなく自分の感覚を頼りに細い獣道を進んでいく。月明かりは木々に遮られ、数メートル先すらも見づらいほど暗い。レオンは足元を最大限注意しながらも、セリナの背中を見失わないよう付いていく。



 さらに数分進むと、広がる木々の向こうにわずかに開けた空間が見えた。そこがコボルトの巣の入り口である可能性が高い。セリナは低い声でレオンに囁く。


「ここで待って。……私、少し前に出る」

「わかった。気をつけて」


 レオンも囁くように答え、身を伏せる。セリナは闇に溶けるように消え、しばしの静寂が訪れる。遠くから木々がざわめく音と、コボルトのかすかな唸り声らしきものが聞こえてくる。ここが敵の本拠地に近いのは間違いない。

 すぐにセリナが戻ってきて、巣の入り口を指さしながら言う。


「十匹ほど。おそらく、全員中で眠りかけている。……今が好機」


 夜明けまでにあと一時間ほどしかない。この時間帯なら、コボルトたちも疲労が溜まって警戒が緩んでいる可能性が高い。レオンは深呼吸して、剣の柄を握り直す。


「よし、一気に奇襲をかけるぞ。セリナがナイフで先手を取ってくれれば、俺が前に出て混乱したやつらを叩く」

「うん、一掃する。速攻で終わらせる」

「ああ」


 二人はそっと手を触れ合わせ、一瞬目を交わす。まるで熟練の狩人のように、夜明け前の闇に溶け込みながら狩りを始めた



 洞窟の入り口は草木で隠されるような状態になっていて、正面からはやや見づらい。セリナは見つからないよう入り口付近に近づき、そこを警戒するコボルトを探した。どうやら付近には一匹しかいないらしく、眠そうに槍を抱えてフラフラしている。

 セリナは一瞬のうちにナイフを放ち、そのコボルトの喉に突き刺さった。相手が声をあげる間もなく、地面に崩れ落ちる。レオンはそのタイミングで駆け寄り、洞窟の中へ突入した。

 内部はさほど広くはないが、所々に木製の支柱や簡易のたいまつが立てかけられ、薄暗い光が洞窟を照らしている。コボルトたちはほとんどが雑魚寝のように寝そべっていたが、突如の侵入者に気づいて騒ぎ始める。


「ギャッ!?」「「「グルルッ!」」」


 いくつかの声が交錯し、数匹がすぐに武器を手に取りこちらを威嚇する。レオンは剣を構え、中央に立ち塞がるコボルトの集団を牽制する。次の瞬間、セリナが背後からナイフを投げ、うちの一匹が悲鳴を上げて倒れた。


「よしっ……集中!」


 レオンは自分に言い聞かせるように、低く呟きながら目の前のコボルト数匹との間合いを一気に詰める。偵察の最終報告では、コボルトの総数は十匹ほどとされていた。この洞窟では、一度に全員が襲いかかってくることはないが、油断は禁物だ。

 コボルトの一匹が棍棒を振り下ろし、もう一匹が横から槍を突き出す。レオンは剣で棍棒を弾き、すかさず後方へ跳んで槍をかわす。間髪入れずに斜めに剣を振り下ろし、槍持ちのコボルトの肩口を深く切り裂いた。コボルトは悲鳴を上げ、肩から血を噴き出しながらよろめき後退した。


「ギャウッ!」


 棍棒を振り下ろそうとしたコボルトに対し、セリナが素早く体を滑らせ、短剣を突き出す。続けざまに、レオンへ飛び掛かるコボルトを一閃で斬り払った。

 ソロ戦闘では苦戦することも多かったレオンだが、セリナのサポートで敵の死角を突けるようになった。瞬く間に何匹ものコボルトが地に伏し、洞窟内には血の匂いと荒い息遣いが充満していく。


 しかし、さすがに十匹を超えるコボルトを相手にするのは容易ではない。洞窟の奥から二匹が弓のような武器を持って現れ、レオンたちへ矢を放ってきた。狭い空間での遠距離攻撃は避けづらく、レオンは剣を盾代わりにして矢を弾きながら、セリナに小声で合図する。


「セリナ、あいつらなんとかしてくれ!」


 セリナは無言で頷くと、闇に溶け込むように動き、洞窟の陰を伝って弓を持つコボルトの背後へ回り込んだ。次の瞬間、短剣が音もなく振るわれ、弓を構えていたコボルトの喉を正確に貫いた。もう一匹は矢を放とうとしたが、焦りから弓を引き絞る力が甘く、矢は洞窟の天井に無駄に刺さった。すかさずセリナがもう一撃を突き込み、コボルトは短い悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 一方、レオンは正面の二匹を相手にしていた。正面の二匹も連携して襲いかかってきたが、セリナが弓持ちを仕留めたことで弓矢を警戒する必要がなくなり、冷静に対処できる。右側のコボルトを剣で牽制しながら、左側のコボルトが槍を突き出した瞬間に踏み込み、斬り伏せる。残る一匹も、セリナが加勢したことで挟撃の形となり、反撃の隙を与えぬまま斬り伏せた。


「ふぅ……これで全部か?」


 レオンは周囲を見回す。コボルトたちが転がる洞窟の奥には、生活の痕跡が残っている。しかし、動く気配はない。

 セリナはナイフを回収しながら、「一匹、逃げかけたが仕留めた」と報告する。レオンが確認すると、逃げようとしたコボルトはさらに奥の小道で絶命していた。


 こうして二人は、コボルトの巣を完全に制圧した。予定通りの奇襲が功を奏し、夜明け前の短時間で戦いを終えることができたのは、セリナの隠密能力とレオンの前衛スキルが噛み合った結果だ。

 洞窟の奥には、コボルトが集めていたと思しき粗末な宝物庫があった。大半はガラクタや骨、壊れた武器などだが、中には多少価値のある鉱石や、汚れた銀貨・銅貨が混ざっていた。


「一応、これは依頼達成の際にギルドへ報告して、売却処理するか。……あと、コボルトの討伐証拠も残しておかないとな」


 レオンは討伐証明として必要な耳や魔石などを集める作業に入り、セリナは巣の中を軽く探索する。もともと指示されていた偵察クエストなので、殲滅までは求められていなかったが、結果的にはコボルトの巣をまるごと落とせた形だ。

 セリナが洞窟を一周して戻ってくると、レオンはコボルトの耳をまとめて袋に入れていた。セリナは黙ってその手元を見つめる。


「……すごいね、手際」

「慣れた、というのも変だけど……まあ、こういう仕事だから」


 セリナは小さく尻尾を振り、「わたしも手伝う」と申し出た。討伐後の処理は決して気持ちのいいものではないが、パーティとして協力し合うことは大切だ。レオンは「でも、あまり無理しなくていい」とやわらかく言った。


「うん、わかった。……大丈夫、コボルトには情けかけない」


 セリナの無表情の奥には、彼女なりの割り切りがあるのだろう。それがなければ、獣人としてここまで生き抜くことはできなかったのかもしれない。そう思いながらも、レオンは彼女の過去に思いを馳せたが、今は深く踏み込むべきではないと判断する。



 コボルトの巣を一掃し、必要な証拠を得た二人は、夜明け前に山の麓へ戻ることにした。殲滅後、洞窟を探索して必要なものを回収したが、欲をかくのは危険だ。

 外へ出ると、東の空がうっすらと白み始めていた。夜明け前のこの時間帯は、一気に冷え込む。森が静まり返り、早朝の鳥の声がかすかに響き始める。


「よし、一旦キャンプに戻ろう。あそこに荷物も置いてるし、コボルトの討伐証拠も整理しないとな」

「うん」


 セリナは夜目が利くせいか、相変わらず足取りが軽い。レオンは達成感を覚える一方で、全身に疲労を感じていた。奇襲が成功したとはいえ、魔物相手の戦闘は体力と神経をすり減らすものだ。


 しばらく歩いて麓のキャンプ地へ戻ると、即席炉の痕跡があり、周囲には最低限の荷物が残っていた。幸い、動物や他の冒険者に荒らされることはなかったようだ。

 レオンは再び薪をくべると、手をかざして呪文を唱えた。すると、指先から小さな火花が散り、薪の上に炎が広がる。魔法での火起こしはそこまで難しいものではないが、それでも一発で成功させるにはコツがいる。

 セリナはそれをじっと見つめていたが、ふっと小さく頷いた。


「便利。わたし、魔法は苦手だから、少し羨ましい」


 レオンは苦笑しながら、炎が安定するのを見届ける。


「まあ、こういうときには役に立つな。でも、戦闘で使うほどの魔力はないし、細かい制御も難しい」

「それでも、十分すごい」


 セリナは淡々とした口調で言ったが、その言葉に嘘はなさそうだった。

 レオンは一瞬、驚いたように彼女を見た。魔法の才能に関しては特別な自信があるわけではなかったし、これまで誰かに褒められることもほとんどなかった。だが、セリナのまっすぐな言葉を聞くと、どこかくすぐったいような気恥ずかしさが込み上げる。

 照れ隠しのように咳払いをし、話を切り替えるように焚火を整え、温かい飲み物を用意しようとする。

 

「コボルト討伐の報告をギルドへしたら、報酬が出るだろう。偵察報告と一緒に追加の殲滅報酬もつくはずだ。いい成果になったな」

「……うん。わたしも、久しぶりに充実した」


 セリナは軽く体を伸ばし、目を細めた。まだ月が残る夜明け前の淡い光の下で、尻尾がかすかに揺れている。レオンはその様子を眺めつつ、軽く肩を回す。


「これでこの山の周辺はしばらく安全になるだろう。巡回コボルトが消えたら、被害も減るし。じゃあ、夜が明けたら街に戻ろう」

「うん、賛成」


 短い言葉を交わしつつ、二人は火を起こし、ほのかな暖をとる。闇の戦闘から解放された安堵感が体を包み、緊張が解けた頭に血が巡るのを感じた。



 レオンとセリナは交互に仮眠をとり、明け方のタイミングで再び起き上がった。気がつけば空が明るみを帯び、東の空が朱色に染まっている。森を吹き抜ける風は冷たく、身体の芯まで冷えたが、その分、朝陽の温もりが心地よかった。

 レオンは小さく伸びをし、出発の準備を開始する。コボルトの耳が入った袋、回収した武器や矢などを整理しなければならない。セリナもナイフの刃先を軽く確認し、それをホルダーに収めた。


「……帰ろう?」

「そうだな。報酬をもらわないと割に合わないし、何より早く街で休みたい……」


 疲労はあるものの、大きな怪我もなく目的を達成できたのは幸運だった。セリナは冷えた指先をこすり合わせながら、ちらりとレオンを見つめる。


「夜明け前、悪くなかった。あなたと共に戦う、予想よりうまくいった。……もう一度言うけど、あなた嘘つきの匂いしないから、安心できる」


 一見無表情だが、微かに微笑んだようにも見えた。レオンは照れを隠すように咳払いし、軽く笑う。


「そりゃよかったよ。いつも正直に言ってるつもりだしな。でも俺にも秘密はある……ま、そのうち話すかもしれない」

「うん、無理に聞かない。わたしも全部話すわけじゃない。けど……信頼できるなら、それでいい」


 そう言うと、セリナはさっさと自分の荷物を背負い、スタスタと先を行く。レオンはその後ろ姿を追いながら、胸に小さな痛みを覚えた。

 王族の秘密を抱え、それを隠している以上、完全に正直でいるとは言えない。もしセリナが本当に嘘つきの匂いを嗅ぎ分けられるのだとしたら――考えると、複雑な気持ちに沈む。


 だが、今はそんなことを考えるより、成功を素直に喜ぶべきだろう。先ほどの戦闘で改めて感じたが、彼女との連携は自分の戦い方に大きなアドバンテージを与えてくれる。自分も彼女を支えられる存在になりたい。お互いにとってこのパーティが有益であるなら、それこそが冒険者としての理想の関係だ。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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