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第16話 新たな仲間、戦いの準備

 前夜までの興奮も冷めやらないまま、朝の冒険者ギルドは慌ただしく一日を始めようとしていた。レオンはいつもより少し早めに到着し、ギルドの酒場コーナーで簡単な朝食をとりながら、これから一緒に行動するパーティメンバー――セリナを待っていた。

 まだ朝早いギルドの酒場コーナーは、夜ほどの賑わいはないが、カウンターやテーブルには数人の冒険者が朝食をとっている姿が見られる。多くはパンとスープの軽い食事で、それぞれ手短に済ませることが多い。レオンも同様に、薄くスライスされたパンと温かいスープを口にしながら周囲を見渡していた。


(セリナとは昨日パーティを組んだばかりだが、実際どんな戦い方をするんだろう……)


 まだまともに共闘したことがないため、役割分担や相性については未知数。王宮時代に学んだ範囲では、獣人は種族によって身体能力や得意分野が大きく変わると聞いていたが、セリナは特に隠密やナイフを得意とするらしい。その点では、レオンが前衛を担当し、彼女が後衛やサポートを担う形を想定しているが、実際にやってみないとわからないことも多い。

 そんな思考を巡らせていると、ギルド側の受付カウンターからリリアがやってきて、テーブルに座っているレオンを見つけた。彼女は微妙に眉をひそめながらも、いつもの柔らかい微笑みを浮かべて近づいてくる。


「おはようございます、レオンさん。今日は早いですね?」

「おはよう。セリナを待ってるんだ」


 その言葉に、リリアの表情がほんの一瞬だけ曇る。だが、すぐにいつもの微笑みに切り替えて声を返す。


「……ふぅん。待ち合わせなんて、まるで恋人みたいですね?」

「そ、そんなことは……ただのパーティメンバーだよ」


 言い訳がましく答えるレオンを、リリアはくすりと笑う。どこか刺のあるような、その表情にレオンはまたしても落ち着かない気分になる。


「はいはい。でも、レオンさんのパーティが上手くいくか気になりますね。ちゃんと相性が合うといいですけど……」

「まあ、そこは実際にやってみないとわからないよな。セリナの戦い方もまだ把握してないし」


 リリアは少しだけ肩をすくめ、「そうですね、まあ、頑張ってください」と上辺だけの言葉を残して、他の冒険者から呼ばれたらしく受付のカウンターへと戻っていく。その後ろ姿を見送るレオンは、ひどく気まずい感情が胸に残るのを感じた。

 昨日、パーティを組むことが決まったばかりだというのに、リリアの態度が妙に引っかかる。やはり、彼女はセリナの存在を快く思っていないのか――そんな疑問が頭をよぎる。



 しばらくすると、冒険者ギルドの扉が開き、銀色の耳と尻尾を持つ少女が軽やかな足取りで入ってきた。セリナだ。フードは下ろしており、周囲からは獣人への興味深そうな視線も注がれているが、彼女は気にする様子もなくまっすぐ酒場コーナーへと向かってくる。


「おはよう、遅れた?」


 ギルドと酒場コーナーの境目付近で軽くあたりを見回していたセリナは、レオンを見つけるとすぐ近づいてそう尋ねる。レオンはパンを平らげながら首を振った。


「いや、ちょうどいいタイミングだよ。さっき来たばかりだから」


 セリナはレオンの隣に座り、じっとレオンの顔を見つめてくる。クンクンと匂いを嗅ぐような仕草を見せるのは相変わらずだ。


「……あなたの戦い方、知りたい。昨日はパーティ組むって決めただけで、細かい話してないから」

「そうだな。俺は基本的に剣を使って、近接戦が主かな。でも、相手によっては防御に回ることもある。あまり遠距離武器は得意じゃなくて、魔法もやれなくはないけどそんなに上手くない」


 自分の得意分野を簡潔に伝えると、セリナは「ふぅん」と興味深そうに目を細める。彼女は自分の腰に手をやり、そこから小さなナイフを取り出して見せた。


「わたしは……隠密と奇襲が得意。ナイフ、あと短剣。正面から戦うのはあまり好きじゃない」

「じゃあ、俺が前衛で戦って、セリナが後衛でサポートする形がよさそうだな。ナイフとか奇襲を活かして、相手を翻弄してくれたら助かる」


 レオンがそう提案すると、セリナは小さく頷く。


「うん。それならやりやすい。……あなたを援護するの、楽しそう」


 何気ない言葉だが、楽しそうという単語を聞いて、レオンはどこか気持ちが軽くなる。ソロで厄介な魔物を相手にするのとは違い、やはり仲間と連携するのは心強いのかもしれない。


「よし、じゃあ実際のクエストを選ぼうか。ギルドの掲示板で相性のいい依頼があるか見てみよう」


 セリナは「うん」と返事し、すたすたと歩き始める。尾を揺らして歩く姿が目を惹くのか、周囲からの視線を集めているが、彼女はまったく気にしない様子だ。レオンはその後ろをついていき、酒場を出てギルド内の掲示板へ向かう。



 掲示板にはさまざまな依頼票が並んでおり、Dランク以上のものが増えている。レオンもDランクに昇格したばかりとはいえ、この中から自分たちに合ったものを選ぶ必要がある。

 セリナは鋭い目つきで依頼の紙を一枚ずつ眺め、やがて「これ、どう?」と指を差して示した。そのクエストはコボルトの巣の偵察。群れを形成するコボルトの一団が近辺の山中に巣を作り、被害が増えているという報告だ。


「……コボルトの巣の偵察。危険度は中程度だけど、わたしの隠密、役に立つ。敵の数、こっそり数えやすい」


 確かに、コボルトは複数で行動することが多いため、正面戦闘になると厄介だ。だが、セリナの隠密スキルを活かせば、群れの規模を見極めてピンポイントで叩いたり、最低限のリスクで撤退したりが可能かもしれない。


「なるほど。万が一群れに囲まれたら面倒だけど、セリナの隠密があればリスクを下げられる……。じゃあ、これを受けてみるか」


 レオンがそう決めると、セリナは嬉しそうに微笑み、しっぽをぴょこりと揺らす。掲示板から依頼票をはがし、受付へと向かう。

 そこにはリリアが待ち受けており、書類を渡すと彼女は淡々と確認していく。だが、視線はわずかに複雑な色を帯びていた。


「気をつけてくださいね。コボルトの巣にシャーマン個体が混じっているという噂もあります。魔術を使うコボルトがいたら、危険度は跳ね上がりますから」


 セリナはそれを聞き、静かに微笑んだまま「問題ない。レオンがいるから」と呟く。そこに込められた信頼が直球すぎて、レオンは驚いてしまう。


「えっ……」


 リリアはそのやりとりに、少し呆れたような、苛立つような、複雑な表情でため息をつく。そして書類の処理を素早く終わらせ、「もう無理はしないでくださいね」とだけ言い残すと、奥の部屋へと入っていった。

 リリアの表情には明らかに不満が混じっていた。レオンはその後ろ姿を見て、再び落ち着かない気持ちになるが、セリナはまったく気にした様子もないままレオンに向き直った。


「じゃあ、出発の準備。道具屋に行く?」

「ああ、そうしようか」


 ふたりはギルドの外へ足早に向かう。周囲の冒険者たちは、その後ろ姿を興味深そうに見送っていた。



 道具屋には、レオンがいつも利用しているおばさん店主がいる。大きな看板がかかった木造の扉を開くと、店主はカウンターで帳簿を広げていたが、ふたりの姿を見て「いらっしゃい」と笑顔を向ける。


「おや、久しぶりだねぇ。今日は何を買うんだい?」


 レオンは慣れた様子で店主に声をかけ、救護セットの補充とポーション数本を頼む。セリナは店内の棚を眺めつつ、思いついたように毒消し薬も追加注文した。


「毒消し……コボルトの武器、汚いことある」

「なるほど。確かに、コボルトが毒塗りしてるって話も聞いたことある。じゃあ、それももらおうか」


 店主は「はいはい、まいどあり」と言いながらさっそく棚から必要品を集める。救護セットは包帯や消毒液、簡易ガーゼが詰まったもので、ポーションは傷の回復用に数本があれば安心だ。

 毒消し薬は少し値が張るが、セリナの提案通り安全策を優先する。金額を聞いて財布を確認し、問題なく支払えるとわかると、レオンが銀貨と銅貨を店主に手渡した。


「お二人さん、新しくパーティを組んだのかい? しっかり準備しておきなよ。何があるかわからない世界だからね」


 店主が釣り銭を渡しながらそう言うと、レオンは丁寧に返事をする。


「はい。初めてのパーティでもあるので、きちんと装備や道具を揃えておこうと思いまして」

「……うん」


 セリナはそれだけ呟き、並んだ薬品や包帯を丁寧に背負い袋へ詰め込んでいく。その仕草には慎重さが滲んでいて、普段の無邪気な態度とのギャップを感じる。

 ふとした瞬間、セリナはレオンの袖をそっと引っ張る。驚いて振り返ると、彼女が静かに言葉を紡いだ。


「……ありがとう」

「どうしたんだ?」


 困惑するレオンに、セリナはほんの一瞬考え込むような表情を見せ、申し訳程度に笑みを浮かべる。


「……一人じゃないの、久しぶり」


 その言葉に、レオンは過去の自分を重ねるように思い出す。王宮を出て以降、自分もずっと孤独に冒険者としての日々を過ごしてきた。そんな彼がリリアやセリナなど、人との繋がりを得ていることに不思議な感慨を覚える。

 レオンは小さく微笑みを返し、優しい声で応じる。


「……そっか。でも、これからは俺もいる。セリナが一人で背負い込む必要はないよ」


 セリナは照れたように目を伏せ、かすかにしっぽを揺らしていた。その仕草が何とも愛らしく、レオンは少し胸が温まる想いを抱える。道具屋の店主は二人のやりとりを見て、微笑ましそうに声を上げた。


「さあさ、そう言うなら、しっかり準備していくんだよ。二人とも気をつけてね。特にコボルトは何をしてくるかわからないから」



 道具屋をあとにしたレオンとセリナは、ギルド前の広場へ戻り、最終的な出発準備を確認する。今日のうちにすぐ偵察へ向かうつもりか、それとも作戦を立てるために明日に回すべきか。

 セリナは「待ってもいい」と言うが、レオンはあまり時間をかけすぎてもコボルトの被害が増えると考え、「早めに行ってみよう」と決断した。


「よし、じゃああとはギルドに出発の報告をして、それからコボルトの巣に向かおうか。準備は大丈夫そうだし、場所は地図で確認できるから」

「うん。山の入り口から回り込むルートが安全。私、隠れながら先行してみる」


 二人で軽く打ち合わせをしながら、ギルドの中へと入る。受付のカウンターが目に入るが、リリアの姿は見当たらない。おそらく他の冒険者の手続きで奥の部屋へ入っているのかもしれない。

 レオンは少しだけ胸をなで下ろすような安堵と、わずかな物足りなさを同時に覚えた。彼女がいればまた一言二言かけてくれたかもしれないが、今の微妙な空気が続くのも気まずいからだ。

 一方、セリナはそれに気づいた風もなく、無邪気に尻尾を揺らしている。彼女なりに隠密の要点や敵の生態を頭の中で整理しているのかもしれない。


「よし、じゃあ出発しよう。俺が出発の書類だけ書いてくるから」

「わかった」


 セリナはそっけなく答え、ギルドの扉を開けて外へ出る。レオンは簡単な出発届けを記入し、ギルド職員に渡してから、セリナのもとへ向かった。



 ギルドを出た直後、セリナがレオンを見つめて口を開く。


「レオン。さっき道具屋で言ったとおり、私、一人じゃないの久しぶり。それで……いろいろ変なこともあるかも。でも、がんばる」

「うん。俺もソロでやってきたからわかるよ。急に仲間が増えると戸惑うこともあるよな」


 セリナはほんの少しだけ笑みをこぼし、言葉少なに前を向いた。レオンはそんな彼女の横顔を見ながら、昨日までソロだった自分に重ねる。これからは二人で行動すれば、もちろん心強い面もあるが、トラブルも増えるかもしれない。

 そう思いながらも、レオンはセリナがナイフを使い冒険者たちの襲撃から助けてくれたことを思い出し、確かな腕前を確信している。何より、彼女が「がんばる」と言ってくれたことが、どこか嬉しく感じられた。


(リリアがどう思ってるのか、気になるけど……今はクエストに集中しよう。コボルトの巣の偵察。セリナと一緒なら、きっとやれるはずだ)


 レオンは心の中で小さく意志を固め、セリナと並んで街の門をくぐる。外には朝日に照らされた風景が広がり、まだ冷えた空気が顔をかすめる。

 こうして、新たな仲間との冒険が本格的に始まろうとしていた。その一方で、リリアの視線や言葉が胸に残り、レオンの心は揺れ動き続けている。それでも、いまは一歩踏み出すしかない。前へ進むことで、真実や答えが見えてくる――そう信じて、彼は地面をしっかりと踏みしめた。

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