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第15話 交差する視線、揺れる心

 夕方になり、ギルドが一日の活気をやや落ち着かせる頃。レオンはセリナとともに必要な手続きをすべて終え、一旦解散することにした。セリナは今朝泊まった宿に行き、レオンも自分の宿へ戻る予定だ。

 ギルドの扉を出ると、オレンジ色の夕陽が建物の壁面を染めている。街路を歩く人々も増えてきて、にぎやかな音が遠くから聞こえる。セリナは頭にフードをかけ直し、レオンに軽く手を振る。


「私、こっち。じゃあ、また。次のクエスト、一緒に行こう、ね?」

「わかった。じゃあまた明日、ギルドで会おうか」


 セリナは尻尾を揺らしながら歩き去っていく。その姿を見送りながら、レオンは複雑な胸の内を感じていた。あまりに唐突なパーティ結成だが、セリナの身軽さとナイフの腕は確かに心強い。

 セリナの姿が人混みに紛れるのを見届けたレオンは、ゆっくりと息をついた。まだ夕暮れの街は活気に満ちているが、空には早くも一番星が瞬き始めている。宿へ向かう足を進めながら、彼はふと、この世界に生きる人々――いや、人々だけでなく、多様な種族のことを考えた。

 アストリア王国は、人族を中心とした大国である。しかし、この世界には人族以外の種族も数多く存在し、アストリアにもその姿を見かけることがある。


 人族は最も数が多く、文明の中心を担う種族。国や文化によって肌や髪の色、体格に違いがあり、冒険者・貴族・商人・農民など、あらゆる職業に従事している。アストリア王国は人族を主体とする国であり、政治や軍事も基本的に人族が担っている。


 獣人族はセリナのような獣の耳や尻尾を持つ種族。狼、猫、虎、兎、狐など、種族ごとに特性が異なり、身体能力に優れることが多い。アストリアでは数は少ないが、交易都市や辺境の村で見かけることがある。特に戦闘や狩猟に適した者が多く、冒険者として活動する者もいるが、迫害や偏見を受けることも少なくない。


 エルフ族は長寿で魔力に長けた種族。森に住むものが多く、自然と調和した生活を送る。アストリアとは交易関係にあるが、彼らは基本的に人族との距離を置く傾向がある。高度な魔法技術を持つ者も多く、王宮の魔術師団には数名のエルフが所属していると言われている。


 ドワーフ族は鍛冶や鉱山業に精通した短躯の種族。腕の立つ職人が多く、アストリア王国の鍛冶屋にも優れたドワーフ職人がいる。酒好きで気性が荒い者もいるが、仲間意識が強く、信頼できる相手には誠実に接する。


 魔族は闇の力を宿す種族。角や黒い瞳を持ち、強大な魔力を誇る者が多い。大陸の北方には魔族が統治する国が存在し、アストリアとは長らく敵対関係にある。現在は表向き停戦しているものの、陰では未だ緊張状態が続いている。


 レオンは街路を歩きながら、ふと奴隷制度のことを思い出した。アストリア王国には一応、公式には奴隷制度は存在しないとされている。しかし、実際には戦争捕虜や借金による債務奴隷が闇市場で取引されることがあると噂されていた。

 特に獣人族や魔族の一部は、人族社会の中で立場が弱く、不当な扱いを受けることも多い。違法とはいえ、貴族の中には裏で奴隷を所有している者もいるらしく、表向きは従者や使用人として扱われていることが多い。

 エルフやドワーフの奴隷は稀だが、高価な商品として扱われることもあるらしい。特にエルフは魔力を持つため、魔術研究のために狙われることもあるという。

 王国の法律上、正式な奴隷制度は認められていないが、辺境では密かに行われている実態があり、ギルドでも「奴隷解放の依頼」が時折掲示されることがある。レオン自身も王族時代、この問題について耳にしたことがあったが、表立って改善しようとする動きはなかった。

 レオンは胸の内で小さくため息をつく。


「……セリナも、そういう問題に巻き込まれたりしていなければいいが……」


 彼女の態度は飄々としているが、妙に他人を頼らないところがある。獣人族というだけで差別されることもあるこの国で、ソロで活動してきた理由は、単に気まぐれではないのかもしれない。


 一方で、リリアの素振りが気になってしょうがない。彼女は普段どおり仕事をこなしているに違いないが、今日は夕方になってもあまり目を合わせてくれないままバタバタと動いていた。

 悶々としながら街道を進んでいると、背後から足音が近づく気配がする。振り返れば、リリアが少し息を切らしながら走ってきていた。


「レオンさん、ちょっといいですか?」

「リリア……? もう仕事終わったのか?」


 リリアは少し眉をひそめながら、レオンの問いを無視して強引に続ける。


「セリナさんと、パーティを組むんですね……」

「え? ああ、うん。俺もソロで厳しくなってきたと思ってたところで……」


 リリアは少しの間口を閉ざし、夜風を受けながら髪を払い上げる。その表情はどこか寂しそうにも見えたが、すぐに取り繕うように笑みを浮かべた。


「そうなんですね……。確かにセリナさんは信用できる人ですよ。ただ、変わった獣人さんですし、少し距離感が独特なので、その辺だけ注意してください」

「うん、わかるよ。俺もさっき襲撃者たちのところで助けてもらったんだけど、なんだか不思議な子だなって思った」


 リリアは顔を背けて「そう……」と呟き、やがて胸の前で腕を組むようにしてレオンを見つめる。ポツリと落ちた言葉は、微妙に棘が混じっているように感じられた。


「別に……私がどうこう言える筋合いじゃないですよね。レオンさんが誰と組むかは自由ですから。でも、ほんとに気をつけてくださいね?」

「え? あ、ああ。ありがとう」


 そう返事してもしっくりこず、リリアは「じゃあ私、仕事に戻ります」とだけ言い、踵を返してギルド方向へ走り去っていく。レオンは声をかける隙もなく、雑踏へと消える彼女の背中を見送った。


(なんだろう、やっぱり怒ってるのか? 嫉妬……なのか?)


 思い当たる答えを明確にできないまま、レオンは胸に妙な引っかかりを覚え、歩き始める。夕闇の冷たい空気が肌を撫で、彼の混乱した思考を少しだけ冷やしてくれる。

 パーティ結成で新しい道が開けるはずだった。なのにリリアが不機嫌そうに振る舞う姿が目に焼き付いて離れない。昨夜の甘い時間と朝の何気ないからかいを思えば、彼女の気持ちも少しは察することができる。

 しかし、自分の秘密を抱えたまま、リリアやセリナと深く関わることはいつか破綻するかもしれない。その不安も大きくなるばかりだ。



 宿屋へ戻る途中、レオンは闇に沈む路地をふと眺める。先ほどの襲撃事件、セリナの助力、そしてパーティ結成――今後は複数人での冒険が増えるだろう。

 一方、リリアとの微妙な空気はどうするべきか。彼女はまるで友人のイチャイチャを見て気に入らないという程度の嫉妬なのか、あるいは本気でレオンに何らかの感情を抱いているのか――。思考を巡らせても答えは出ない。


(もしかして、自分でも気づかないうちに、リリアを期待させてしまってるのか……?)


 王宮で生きてきたころの習慣が抜けきらず、自分では無意識に人を惹きつけるような振る舞いをしているのかもしれない。けれど今さら注意しようにも、何がどう誤解を招いているのか具体的にわからない。

 やがて宿屋の扉が見えてきた。レオンは頭を振り、余計な思考を止める。明日からセリナとのパーティが本格始動すれば、また新しいクエストやトラブルが待ち受けている可能性もある。今夜はゆっくり身体を休め、冷静にこれからのことを考えるべきだ。


(リリアがああいう態度を取るのも、セリナが急にパーティを組むと言い出すのも、すべて含めて冒険者の世界なんだろう。俺はこの世界に飛び込んだんだから、受け止めるしかない)


 深く息をつき、扉を開けて宿の中へ。ロビーでは宿の主人が「あ、今日は早かったな」と声をかけてきたが、レオンは軽く会釈して階段を上る。部屋に入れば、まだ布団の上には自分の装備品が雑然と並んでいる。

 剣はメンテナンス済み。スライムの魔石はギルドに収め終わり、報酬も確定した。襲撃者たちの件もギルドが対処してくれるはずだ。物事は順調に進んでいる――それなのに、心のどこかが落ち着かない。


(リリアとセリナ。二人の女性が、明らかに俺に興味を持っている。だけど、俺は王族の血を隠してるし、本当のことを言えないままで……)


 ふと昨夜のリリアの笑顔と、今日出会ったセリナの無邪気な瞳が交互に思い出される。まったくタイプの違う二人だが、そのどちらもがレオンにとって特別な存在になりつつある気がした。

 だが、王宮出身であるという秘密を背負う以上、すべてを打ち明けるわけにはいかない。彼が望むのは、真っ当な冒険者として生きる自由。それを手放すわけにはいかないし、仲間に危険が及ぶような事態も避けたい。


「……仕方ない。先のことはまた、時が来たら考えよう」


 小さく自分に言い聞かせながら、レオンは装備を外し、寝る支度を整える。深夜の帳に包まれた窓の外を見やれば、月が雲間から顔を覗かせ、街の明かりを淡く照らしていた。

 王宮を出奔した頃は想像もしなかった人間関係と感情の交錯が、レオンの胸を複雑に揺らしている。しかし同時に、それが冒険者としての日々に彩りを与えてくれているのも事実だ。

 リリアとセリナ――二人の視線がレオンのこれからの歩みにどう影響していくのか。迷いながらも、一歩ずつ道を進むしかないだろう。だが、その一歩は決して小さくはない。


「……とにかく、明日も早いし。今日は休もう」


 灯りを消すと、部屋の中は静かな暗闇に包まれる。行き交う想い、揺れる心。それを抱えながらレオンはゆっくりと目を閉じ、眠りの世界へ身を委ねるのだった。



 かつては王宮で過ごし、自由を求めてすべてを捨てたレオン。Dランクへ昇格し、多くの人々の興味を集める中で、着実に冒険者としての実力を伸ばしている。

 リリアの視線には、嫉妬とも友情ともつかない感情が混じり、セリナは不可解なまでに強い興味を示しながら彼をパーティに誘う。二人の女性の言動は、レオンの心に迷いやときめきをもたらし、同時に過去の秘密を抱えるもどかしさも拡大させる。

 それでもレオンは前へ進むと決めた。ソロの限界を感じていた今、セリナとのパーティは新たな道を切り開く可能性を秘めている。そしてリリアとのぎこちない関係が、この先どのように変化していくのか――それは、まだ誰にもわからない。

 夜の静寂がブルーヴェイルを覆う中、レオンの眠りはひそやかに続く。外には薄雲をまとった月が浮かび、星の瞬きがかすかに輝いていた。

 あの視線を交わした二人、そして突如現れた銀狼の少女。三人の思いが交錯し、揺れ動く心が夜の暗闇に溶け込んでいく。明日になれば、また新たな冒険の一歩が始まるだろう。レオンはそれを期待しつつ、僅かな安堵を胸に深い眠りへ落ちていった。

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