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第11話 初めての昇格

 朝の光がギルドの窓辺を照らす中、レオンはいつものようにカウンターへと歩み寄った。周囲の冒険者たちもちらほらと集まっているが、今朝は妙に自分に向けられる視線が多いような気がする。


「おはようございます、リリアさん。今日は……」


 言いかけたところで、リリアは満面の笑みを浮かべ、大きく頷く。


「おはようございます、レオンさん! さっそくですが、おめでとうございます! 今日からDランクの冒険者ですよ!」

「え……Dランク? 俺、まだEランクになったばかりで……昇格ってそんなに早いんですか?」


 レオンは驚きに目を丸くし、周囲を見回す。すると、カウンターの後ろにいる別の受付スタッフたちもニコニコとこちらを見ている。


「異例の速さですね。でもギルドとしては、レオンさんの実力と安定した成果を評価しているんです。単独で複数の依頼をこなして、魔物の討伐証明もしっかり提出されてますし」


 リリアは書類の束を抱えて、ひらひらと揺らしてみせる。そこにはレオンがこれまで提出した戦利品や証拠部位のデータ、依頼達成の記録などが細かく記されているのだろう。


「そ、そんなに褒められると……ちょっと気恥ずかしいですね……」


 レオンは照れながら頬をかく。自分ではまだまだ経験不足だと思っていたが、ギルドは見逃していなかったらしい。


「でも、おめでたいことじゃないですか! ほら、周りの冒険者さんたちも興味津々みたいですよ?」


 リリアがくすっと笑い、指先でホールを指し示す。その視線の先には、ぼそぼそと噂話をしている冒険者たちの姿があった。


「え、あの新入り、もうDランクだってよ」

「最近よく聞く名前だな。ソロでゴブリンとかスライム倒してるって噂だ」

「あいつ、何者なんだ……?」


 低い声がちらほらと聞こえる。リリアの言うとおり、彼らは驚きや関心を隠せない様子だ。

 レオンは少し背筋を伸ばし、「期待されるのは悪くないな」と内心思いながら、改めてリリアに向き直る。


「……どうやら本当に有名になり始めたみたいですね。ちょっと気が引き締まります」

「ふふっ、いいことですよ。さて、Dランクになったレオンさんですけど、新たに受けられるクエストの幅も広がりますよ。ちょっと見てみますか?」

「ぜひお願いします。……どんな依頼があるのですか?」


 リリアがカウンターの奥からいくつかの依頼票を取り出し、レオンの前に並べてみせる。討伐系、採取系、護衛系などが雑多に書き込まれているのがわかる。


「討伐系なら『コボルトの巣の偵察』や『野盗討伐』、採取系なら『希少鉱石の採取』、護衛系なら『貴族の護衛依頼』なんていうのもあります。もちろん、どれも難易度がEランクより少し上がりますから、慎重に選んでくださいね」

「コボルトの巣の偵察か……群れを相手にするのはきつそうだな。護衛依頼も気になるけど、まだちょっと早い気もするし……うーん、悩みます」


 レオンは複数の依頼票を見比べながら、頭をひねる。Dランクになると、確かに難度が上がるのは感じるが、それだけ報酬も魅力的だ。


「無理せず、自分に合ったものを選んでくださいね。焦らなくても、レオンさんはどんどん成長してますから。選択肢はたくさんありますよ」


 リリアの言葉に、レオンはほっと笑みを返す。新しい段階に来た実感が、じわじわと胸に広がっていく。ギルド全体が自分を認めてくれているならば、少しずつステップアップしていきたいという意欲がわいてくる。


「……よし、とりあえず討伐系は注意が必要そうだ。しばらくは何件か安定した採取や探索系をこなしてみようかな。余裕が出てきたら、護衛依頼とかも視野に入れたいですね」

「いいと思います。Dランクとはいえ、まだ一歩踏み出したばかりですし。……でも、ひとつ提案があるんです」


 リリアが声を潜めるようにして言うので、レオンは思わず耳を傾ける。すると彼女は「パーティを組むことも考えたほうがいいですよ」と、柔らかい口調で助言した。


「Eランクはソロでも問題なかったのですが、それ以上の依頼になると、単独では厳しい場面が増えてきます。あと、万が一のときに仲間がいると心強いんです」

「うーん、確かに……昨日のコボルト戦でも、もし群れだったら危なかったでしょうね。俺も自分の限界は少し感じてます」


 レオンは昨夜の戦闘を思い出す。単独行動の利点もあるが、今後さらに難度の高い魔物や複数戦が予想されるなら、仲間がいたほうがいいに決まっている。ただ、誰と組むのか、どうやって相手を探すのかなど、考えるべきことは多い。


「慌てなくても大丈夫ですけど、ギルドの交流スペースや依頼の掲示板で共闘募集なんかもやってますし、必要だと思ったら活用してみてくださいね」

「わかりました、リリアさん。いつか、いい仲間が見つかればいいなと……」


 レオンがそう答え、リリアに笑みを返したとき、どこからか視線を感じる。ギルドの奥まった場所――薄暗い隅のテーブルに、一人の人物が腰掛けていた。

 頭からフードを深く被り、顔の上半分が影になっているため、性別すらわからない。だが、その視線だけははっきりとこちらを捉えているのをレオンは感じとった。


(誰だろう……? やけに熱い視線だけど……)


 一瞬、目が合うかと思ったが、謎の人物は微動だにせず、相変わらずフードの陰からこちらを見つめている。まるでこちらの会話を聞いていたようにも見えた。

 レオンはなんとなく居心地の悪さを覚えつつ、リリアとの会話を続ける。


「ま、とにかく今日はDランクの昇格でおめでたい日です。レオンさんの実績を見れば、周りも納得の判断だと思いますよ」

「本当にありがとうございます。リリアさんがアドバイスをくれたおかげです。ソロ行動だと、情報が何より大切ですから」

「ふふ、私としては、レオンさんにもっと活躍してもらえたほうがギルドの評価も上がって嬉しいですしね。頑張ってくださいね!」


 その言葉に、レオンは素直な笑みを返し、「努力します!」と力強く宣言した。ギルド内でも注目を集め、リリアにも後押ししてもらえるなら、ここから先の道がさらに開けてくるかもしれない。

 しかし、あの隅にいるフード姿の人物だけは、相変わらず沈黙を保ったまま、こちらの様子をじっと観察していた。



 リリアと一通りの相談を終え、今後の依頼の方針を考えながら、レオンはギルドホールを見渡す。すでに冒険者たちのざわめきが戻っており、誰もが自分の活動に向けて動き出している。

 そんな喧騒の中、ふとした拍子に先ほどのフードの人物を目で探してみたが、いつの間にか姿を消していた。

 まるで最初からそこにいなかったかのように――いや、視線だけは確かに感じたのだ。あの妙な胸騒ぎはいったい何だったのか。


(気のせいだったのか……? でも、変だな……)


 頭を振って、その疑問をかき消す。いまはDランクへの昇格を素直に喜んだほうがいいだろう。謎の人物のことは、よほどのことがない限り、自分から追及する必要はない。

 やがてギルドの喧騒が一段落し、リリアも別の冒険者の対応に追われているのが目に入る。レオンは「また後で来ます」と小さく手を振ってから、ギルドの扉を開けた。

 外に出れば、さわやかな風が街路を駆け抜けている。頭上には晴れ渡った空。Dランクになった自分の足取りは、これまで以上にしっかりと地に付いているように思えた。



 その夜、ギルドはいつも以上に人の気配で溢れていた。酒場コーナーでは、昇格祝いに一杯おごると声をかけてくれる冒険者たちもいて、レオンはなんとか断りつつ適度に交わり、情報交換をする。

 周囲の冒険者は、やはり彼の実力に興味を持っているらしく、「どんな修行を積んできたのか」「出身はどこなのか」と質問が相次いだ。レオンは王族出身という事実を隠しながら、なんとかはぐらかしつつ答える。


「……まあ、いろいろあって。まだまだ未熟なので、恥ずかしいかぎりです」


 結局、その場ではパーティを組む話には発展せず、みんなが「いつか一緒に行けたらいいな」程度で終わる。それでも、さまざまな人と繋がりが生まれるのは悪い気分ではなかった。

 一方で、レオンの背中にチクチクと刺さる視線は、時折感じるものの、実際に絡まれるようなことは今のところ起きていない。素行の悪い冒険者たちとはまた違う、奇妙な気配だけが宙に残る。



 夜更け、宿屋のベッドに腰掛けたレオンは、明日の予定を頭の中で組み立てていた。

 Dランクとはいえ、長く活躍している冒険者たちには遠く及ばない。それでも、ゴブリンやスライム、コボルトを相手にした実戦経験は確実に力になっている。今後はもう少し難度の高い依頼も視野に入れ、いつか護衛や探索のクエストにも挑戦したい。

 そして、リリアから提案されたパーティ結成。確かに自分の成長のためには仲間が必要だと思う。しかし、どんな人と組めばいいのかまではわからない。信頼できる相手を探し、じっくり交わりを深めてから決めたい――。


(焦る必要はない。いまは自分の足でできることを積み重ねて、それからでも遅くないだろう)


 静かな部屋の灯りを消し、レオンは横になった。無意識に、ギルドの隅で見つめていたフード姿の人物の姿が頭をよぎるが、疲れた身体が思考を止めるように眠りへと誘う。

 こうして、レオンはDランク冒険者としての新しい一歩を踏み出した。まだ世間の視線は好奇の目が多いかもしれないが、いずれ彼はこの街で無視できない存在になるだろう。

 その背中を見守るように、あるいは値踏みするかのように――謎の人物の視線は、確かにギルドの片隅から注がれていた。

 そこにはただの興味ではない、何か特別な意図を孕んだ匂いがする。だが、レオンはまだ、そのことに気づくよしもない。


 夜の静寂が街並みを包み込み、遠くの鐘の音が一度だけ響く頃、レオンは穏やかな寝息の中で明日の挑戦を夢見るばかりだった。

 そして、新たなDランクの冒険者として、彼の名は少しずつ広まっていく――。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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