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8.三年生、冬(1)

 ――すんごく遅かったね。

 ――補習があって。ごめん。

 ――あはは、勝手に待ってただけだよ、私が。それに、ここでも勉強できるし、なんか落ち着くから。一本ぐらい後にしても、別に平気。

 ――でも、寒くない?

 ――全然、大丈夫。ストーブ、独り占めできてるし。

 ――じゃあ、僕も間借りさせてよ。

 ――しょうがねーなぁ、許す。


 もたれ合った肩から、彼の体が笑うのに合わせて揺れているのが伝わってくる。顔を見なくても、表情がはっきりと分かる気がする。確かめる必要も感じないほど。だから話している間も、私も彼も、ただ正面を見ている。それでも私たちには、私たちの言葉が届く。

 互いの肩と頭を支え合いながら、傾いた視界には、窓枠の中の真っ暗というか真っ黒な景色があった。見えるのは延々と降り続けている雪と、その向こうの闇と、はっきりと、でも控えめにガラスに映った私と彼の姿と、窓枠を支える待合室の壁だった。いつまでも降ってくる大粒の雪は、ほんの少しの音も立てない。不思議なほどに。足下には、冬の間テーブルを追い払って居座るストーブがあった。わざとらしいほど古くさいその白くて丸いストーブは、ただ静かに、あるいはやっぱり音も立てずに橙色の光と熱を、空気の歪みにして立ち上らせていた。


 ――補習って、センターが近いから?

 ――両方かな。今日はセンター向けのだったけど、二次試験のもあるよ。

 ――へえ、大変じゃん。

 ――まあ、早く終わってほしいよね。

 ――いや……でも、怖すぎるんだけど。一回の試験で将来が決まるとか、マジ、勘弁してほしい。もっと早く勉強始めとけばよかった。

 ――でも、判定は良かったんじゃないの?

 ――当てにならんでしょ。私、肝心な試合でやらかしたこととか、何回もあるし。

 ――大丈夫だよ……きっと。

 ――ありがたいわぁ、そうやって言ってくれるの。


 笑いを胸の中で閉じ込めたみたいに私が体を揺すると、彼も同じようにした。でも、もう少しいい言い方、思っていること、その重みをはっきりと伝えられる方法を探していた私にとっては、ほとんど作り笑いみたいなものだった。


 私たちの話し声の他には、何も聞こえなかった。嘘だけど。例えば私のコートと彼のダウンがこすれる。長い吐息。鼻をすする。ベンチのきしみ。特に意味のない足踏み。足を伸ばしたときのスカートの衣擦れ。耳を髪が撫でる。そうやって数えてみればいくらでも音はあった。でも私にとっては、ただひたすら静かだった。そこには私たちしかいなかった。窓の外の雪も、ストーブの炎の揺らめきも、ずっと遠くの背景に過ぎなかった。


 外は真っ暗で、その向こう側に何があるのか、見知った光景がそこに存在するはずなのに、想像もできなかった。この場所には私たちだけがいて、たったそれだけで、それだけのために切り取られていた。そう感じた。

 でも同時に、そんな感覚が、例えば夢なんかよりもずっと馬鹿げていることにも気づいていた。もうすぐ、一ヶ月くらい経てば一つの試験があり、さらに一ヶ月ほど後には、もう一つの試験。

 それは決まっているし、確実だし、知っていた。そして、その先にもずっと時間が続いていくことも。つまり、どんな夢も、覚めてしまえばただ眠る前の時間に戻っていくように。だとすれば――

 私は思わず、彼の右手を強く握っていた。そこには暖かさがあって、すぐそこに確かにあって、いつもあった。初めて感じた一年ほど前から、ずっと。たとえ無かったとしても、待っていれば巡り会うことができた。

 私には、ほんの数ヶ月経てばそれが消えてなくなるなんて、とても信じられなかったし、信じることを心は拒んでいた。そこには、この古ぼけたバス停のような舞台装置は無い。順調に進めば(未来を先取りするズルをしてしまえば、実際そうなった)見知らぬ街だけがあり、当たり前に過ぎた時間もありはしない。

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