7.二年生、春(3)
彼女を見ると、顔はこちらを向きながらうつむき、視線は脇に逸れていた。そして僕が振り向いたのに気づいたからか顔を上げた。少しだけ眉根が寄せられ、上目遣いで、頬の赤みは読み取れないけれど、ほんの少しだけ開いたままの唇の間から漏れる湿った吐息の温度は伝わってくるようだった。僕は目だけで周囲を見回してから、意を決して、体を彼女に向けてのめらせ、同じようにその身を傾けた彼女の口に、僕の唇を押し当てた。
少しずつ深くまで唇を重ねて、おずおずと舌を歯の間に入り込ませていくと、その感触は溶けるようで、どこまでもそれを味わっていたいと思うと同時に、心臓に直接触れられ、あるいは触れているようなぞくぞくとする感覚には、怖くなってしまう。それと同じくらい、いやそれ以上に怖いのは、閉じることのできない目の前、間近の彼女の顔にほとんど遮られた視界の中の光景だった。待合室のスペースを区切る壁が見える。ほとんどそれしか見えない。雨音もどこかに行ってしまい、聞こえるのは早すぎる心臓の鼓動だけだった。しかし、何かを待ち構えている。何かが聞こえは、見えはしないかと探している。つまり、壁の向こう側にいたはずの、あるいは新たにやってくる人の気配を。
僕たちは、そういう可能性というか、危険性をはっきりと理解していた。それでも、彼女も僕も、こんな行為を決してやめようとはしなかった。言葉にしたことはないけれど、むしろあえて、そんな状況を選んでいた。理由は分からなくても、意味は分かる。この危うい状況の中では、彼女のほんのわずかな震えも、僕の舌に触れたり押し返したりする彼女の舌の感触も、同じように明瞭だったから。
時にはそれが、慌てて引き離されることもある。そうなると決まって、まるで夢から覚めて飛び起きたように、激しい鼓動と押し殺した荒い息づかい、そして今日の場合には、相変わらず降り続いていた雨が、汗がにじんで流れて落ちていくのに合わせてサボっていた演奏を再開するのが、突然、異様にはっきりと聞こえ始めるようになるわけだ。