6.二年生、春(2)
いくらか空は明るくなったけれど、雨は相変わらず降り続いている。雨が屋根に当たる。ひさしや雨樋を流れ落ち、地面を打つ。直接地面を叩く。時折、本当に時折、ロータリーの向こう側の道路を、水を巻き上げながら車が通り過ぎていく。窓枠を額縁にした風景画の中で、貧相に葉っぱをまとった木が、音もなく揺れている。待合室の反対側の端で、おばあさんたちが何か話している。中途半端に残っている壁に遮られて、切れ切れのぼんやりした声というか音としてしか聞こえず、姿は見えない。
何もかもが、ひどく遠いところにあった。特に、触れているしっとりとした彼女の手の冷たさに比べると。指先が接し、彼女の指の間のくぼみを、僕の指が少しずつ進んで行く。そして彼女の左手に僕の右手が覆い被さった。指の先から手首まで。
やがて彼女が手をひっくり返し、最初はおずおずと、そしてぎゅっと、僕の手を握った。僕は窓を見たままだった。たぶん彼女もそうだったのだろう。彼女の手は滑らかで、冷たくて、その向こう側の厚みや温度が感じ取れた。
僕がその手を握り返すことまで含めて驚きもなく自然にできるのは、もう何度も経験していたからだ。かといって、顔が真っ赤になる、いや、見たことがないから、正確に言えば唖然とするほどに顔が熱を持ったり、まるで銃でも突きつけられている(夢の中で経験がある)ように、胸が痛くなるほど高鳴るというのが変わるわけでもない。そんな僕の反応が彼女に伝わっているのではないかと最初は怖かったし恥ずかしかったけれど、繰り返すうちにどうでも良くなった。
こうするのをどちらがどうやって最初に始めたのかは覚えていないけれど、彼女から手を乗せてくることの方が多かった。状況が良さそうであれば、彼女からでなくても、あるいは彼女より前に、僕の方が手を出した。そうしている間、何かごまかしてでもいるように、僕たちは互いを見ようとはしなかった。たまに僕がちらりと様子を見ると、彼女は、決まって正面かあさっての方向に顔を向けていた。逆に、彼女の視線を感じながら、僕の方がそんなふうにしていたこともあった。そしてどちらにしても、会話は途切れるか、笑えるほどぎこちなくなる。今日は前者だった。
いつの間にか決まっていた一つの合図は、一度強く手を握り、それを緩めるというものだった。彼女がそうしたときには、もう十分心臓の鼓動は早まっているのに、ひときわどきりとさせられる。台風が吹き荒れる中で、突然、一層激しく雨粒を窓に打ち付ける風の波が起こるように。