1.一年生、秋(1)
バスが来た。バスを待っていた私の前に、私の待っていないバス。でも私は、それを待っていたと言うこともできる。彼がそこにいるから。
木造の事務室と待合室は鏡に映したように並んでいて、同じように古くさく、同じように黒ずんでいる。その間に鏡の代わりに置かれているベンチに、彼は座っていた。赤みがかった日差しが届く端のところ。そして、私の影がちょうど届かないところに。
彼の向こう側には影が落ちている。その向こうはまた明るい。そこには、切り落とされた線路とプラットフォーム(雑草、錆、端を区切る鎖、最後の駅長のご挨拶が書かれた看板のおまけ付き)が残っている。
私や彼が生まれた頃までは、彼の座っているあたりに改札があったらしい。でも、どんな光景があったか想像もできない。色褪せたのか最初からそうだったのか、駅の遺跡を向いて左手の、事務室側の壁に並べられている古い写真が実演してくれていたとしても。ハサミみたいな道具で一つ一つの切符に穴を開けるなんていうのは、私にとっては映画やらでしか見たことがない。滑り込ませた切符を機械が何やら判定して、回収したり通せんぼをしたりすることの方が、よっぽど現実感があった。何がどうなっているのだか分からないまま、感心することしかできないけれど。
とにかく、今はそこに彼がいる。実のところ、後はどうでも良かった。何日ぶりだろう? たぶん二ヶ月くらい。ああ、だから六十日くらい。夏休みの一ヶ月は仕方ないけれど、それにしてもずいぶん長かったような気がする。数字としても、実感でも。
私も彼も、九月に入った頃にはもう、前と同じように、毎日ここに来ていたはずなのに。私と彼を出くわさせていた偶然の打率が、しばらく低迷していたらしい。
偶然だって? 白々しい! 何しろ、その正体を私は(そして彼も)知っている。つまり、私の部活と彼の七時間目の授業が終わる時間、そしてバスの時刻表に書かれた数字の、何というか、組み合わせ、重なり、折り重なり、交差……そう、交差でできている。その中身や裏側を少し覗いてみれば、もうそれを偶然ではなくできるはず。そうしてしまおうと、今日までずっと考えていた。でも彼がそこにいるのを見て、そこにいる彼を見て、そんな気はなくなってしまった。たぶん、ここにあった二ヶ月が、三ヶ月だろうと半年だろうと一年だろうと二年だろうと、同じようになったと思う。でもそれ以上長かったら、どうなるかは分からない気もする。
私は一度待合室の影の中に引き下がって、様子をうかがった。相変わらず、彼はベンチで何か本を読んでいる。たぶん、待合室には私たちが固まっていたから、そこにいることにしたんだろう。
まだ夏服の半袖のまま。私の長袖のジャージとは違う。ズボンの長さは逆だけれど。細いフレームが下側だけにある眼鏡が似合う。髪が短くなっているのは、夏休みの間に切ったってことか。けっこう、かっこいいと思う。本を読むのに集中しているみたいだけど、体は意外によく動く。右手の中指だけで頭をかく。読んでいたところに右手の指を挟んで、後ろの方の別のページをよく開く。右手で襟の具合を直すと、首筋が大きく見えたりもする。私と比べると日焼けが薄い。でも前よりも、ずいぶんはっきり色がついている。夏休みにどこかに出かけたんだろうか? 何か右手を挙げ、ゆっくりと少しだけ動かしたのは、書いてあった動作を再現しようとしてみたのかもしれない。




