もう沈まない太陽
「本当にこっちで合ってんの?」
「住所送られてきてるんだから間違いないですって」
半信半疑の椿さんをよそ目に、俺は目的地まで足を進め続ける。俺たちは今、早朝のパリの街を歩いている。向かっているのはとある洋菓子店。地図アプリの指示に従って何度か道を曲がると、目当てのお店が見えてきた。現地では結構有名らしく、連日沢山の客が来るとの事だが今日は定休日なので全く人の姿は見えない。
見えないのだが、たまにすれ違う人に怪訝な目で見られる。というのも、俺たちの服装はサングラスにマスクという不審者コーデだからだ。その理由は……まあおいおい。
「ここ?」
「みたいですね」
ここに来るまでに見てきたお店とは違い、見るからに高級店といった風貌をしている。
お店に入る前にこの不審者コーデを外して……と。
「よし」
気合いを入れ直して、俺は何故かフランスなのに英語で『closed』と書かれている看板が掛けられている扉を開けた。
▢
これは遥がお店に来る少し前のこと。
「忘れ物はない?」
「ちゃんとお土産持った?」
「確認したしちゃんと持ったよ」
「もう帰っちゃうのか〜」
「寂しくなるね」
「またこっちに遊びに来たら会えるよ」
約4年間一緒に働いた同僚達と最後の会話を交わす。何人かは服にしがみついてきてなかなか離してくれないけど、今だけは引き離さずに好きにさせてあげる。別れたくないのは私も同じだから。
「ほら、渚が困ってるじゃないか。離しておやり」
「オーナー!いいじゃんか最後くらいー」
みんなを制止したのはこの店の店長のミシェルさん。高校生だった私にミシェルさんの全てを叩き込んでくれた師匠でもあり恩人である。
「まあ、寂しくはなるね」
「「でしょー!?」」
「ありがとね、師匠。色々教えてくれて」
そうお礼を言った私の頭を少しゴツい手で撫でてくれた。
「いつか全員連れて行くからそれなりの広さにしときなよ」
「ぜ、全員……!?が、頑張る!」
「楽しみにしてるよ」
それからしばらく話していると、チリンチリンと誰かが店に入ってきた音がした。
「あれ?」
「今日定休日だよね?」
「看板もだしてたよね?」
本来ならありえない来客に、私たち以外の全員が首を傾げている。
「ちょっと見てくる」
同僚の一人が定休日の説明をしに表に歩いていった。
「すみませーん。今日定休日なん、です、け……ど」
かと思ったらダッシュで戻ってきた。信じられないものを見たというような様子で。
「かっ、かかかかか、『KANATA』!『KANATA』が!来てる!」
「「「ええっ!?」」」
『KANATA』。世界的に人気の日本人モデルで、つい数日前にあったパリコレでも最近発足した新ブランドの服を着て出ていた。
「見に行こ見に行こ!」
「それにしてもなんで今日来たんだろ。日本人ならあの看板読めると思うんだけど」
「サインくれるかな?」
来た理由がわかる私は、あたふたしてるみんなを尻目に駆け出す。
「あっずるいぞ渚!」
「抜け駆けなんてさせないから!」
後からKANATAのファンのみんなが追いかけてくる音が聞こえるけど、そんなことより大事なことが私にはあるから。
そして、その姿を視界に捉えた。
4年前より格段に伸びた身長、みんなが羨むスタイル、そしてなにより自信に満ちた顔。変わってるところはあるけれど、そこにいたのは、私の大好きな人だった。
最愛の人の胸の中に、速度を落とすことなく突っ込んでいく。
「はっるっかー!」
「ぐぶっ!?出会い頭にタックルする馬鹿がいるか!」
「ここにいるけど」
「そうだなお前は馬鹿だったな」
そう文句をたれる遥だったが、私がタックルしてもほとんど動かなかった。今日までどんなに努力してきたのか伺える。すんごい頑張ったんだね。
「……会いたかった」
「ああ、俺もだよ」
互いの額を合わせて抱きしめ合う。ああ、間違いない。懐かしいこの温もり。やっと、会えたんだ。
▢
渚の同僚が到着するまで抱きしめた後、俺と渚の関係を説明した。
「え、それじゃあ二人はそういう関係ってこと!?」
「「はい」」
「約4年も遠距離とかすごいね〜!」
「寂しくならなかったの?」
「うーん、ほぼ毎日連絡はとってたのでそこまで寂しくなかったですね」
「あ、ここに来たての時に言ってた『世界で一番カッコイイ旦那さん』って……」
「ちょっ!?」
色んな人から質問攻めにされていると、誰かがとても気になることを言ってくれた。
『世界で一番カッコイイ』ねぇ……。めちゃくちゃ嬉しいけど同じくらい恥ずかしい。
「渚さんや、惚気は程々にな」
「くっ、割と惚気けてたから反論できない!」
「おい待て他になんて言ったんだ」
どうやら余罪が沢山あるらしい。後でじっくり聞かせてもらおう。
「お迎えが来たということは、そろそろお別れの時間だね」
俺たちを見ていた店長さんが、ふとそんなことを呟いた。
「そうだね」
「最後に写真撮ろうよ」
「いいねそれ」
「それじゃあタイマーセットするよー」
「二人は真ん中ねー」
サクサクと集合写真をと撮る準備が進められていく。あっという間にみんな並んでタイマーまでセットされた。
「3.2.1.キュイキュイ!」
「「「キュイキュイ!」」」
写真を撮り終わったあと、写真をいれる額縁にサインを書いた。お店に飾るのかと思いきや、裏に飾ってみんなで鑑賞するらしい。
「またねー!」
「お店行くからー!」
「待ってるからー!」
渚と店員さんたちはお互いに涙目になりながら別れの言葉を紡ぎ、俺たちはお店を後にした。
「お、やっと来た」
「椿さん!」
「渚ちゃん久しぶり!」
「お久しぶりです。……で、なんで二人とも不審者コーデ?」
まあ気になるよな。いつの間にか人の数がめちゃくちゃ増えてたからここに来る時より不審者感が増してるし。
「遥が人気になるにつれて私も知られるようになったから。有名人って辛いね……」
「街歩いてるだけで囲まれるからな……」
最初の頃を思い出して遠い目をする俺と椿さん。そんな俺たちを見て察したのか渚もこれ以上は言及してこなかった。
「ってやば!遥、飛行機の時間やばいよ!このままだとギリ間に合わないかも!」
「多分というか絶対俺のせいなのでタクシー代全部出すんでタクシー捕まえて!」
俺と椿さんが必死に動いてタクシーを捕まえると、その横で渚が何かを懐かしむように笑った。
「ん?どうした?」
「いや?肝心なところは抜けてるの変わらないなって」
「そればっかりは変わらなかったんだよな……」
「そこも可愛いとこなんだけど」
「空港までお願いします!」
イチャイチャの雰囲気をぶった斬るように椿さんが運転手に目的地を大きめの声で伝えると、タクシーは空港まで全速力で向かった。
▢
「新郎、入場」
神父の声に従って、歩みを進める。その途中で顔なじみたちがこちらに手を振っているのが見えた。あとからかうような声も。よし隆人、お前後で覚えてろよ。
「新婦、入場」
俺が入場して少しした後、渚の番になった。
扉が開き、彼女の姿が見える。
女神だのふざけた感想は今日くらいは控えよう。
ただただ、美しい最愛の人がそこにいた。
「新郎一ノ瀬遥、あなたは蒼野渚を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「新婦蒼野渚、あなたは一ノ瀬遥を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「では、誓いのキスを」
渚のヴェールをめくり、その素顔が顕になる。なんとなく分かってはいたが、真っ赤だ。自分以上に顔を赤くしているのを見ると、先程まであった緊張も吹き飛んだ。
「渚」
小さく呼びかけると、渚は顔を赤くしながらも微笑んでくれた後、目を閉じた。
そんな可愛すぎる女性に、気持ちを通じ合わせるようにキスをした。
▢
ここは、今日オープンする、街の一角にある小さな洋菓子店。
「渚ー、こっちはこれでいい?」
「いい感じー!ごめんねー手伝ってもらって」
「初日くらいは手伝わせてくれ。多分これからバイト希望殺到すると思うしな」
「だよね……。って危な!結婚式の時の写真出しっぱだった」
「裏持ってくわ」
「助かる〜。んで最後に看板を『OPEN』にして、と」
「ただまー。これで終わり?」
「終わり!あとはお客さんを待つだけ!」
『チリンチリン』
記念すべきお客様第一号が来店する音が、店に響いた。
「「……!いらっしゃいませ!!」」
このお店が『KANATA』の名前と共に拡散され、連日大盛況となるのは、少し先の未来の話。
初作品ということで拙い部分しかなかったと思いますが、ここまでお付き合いありがとうございました!
また次回作でお会いしましょう!
本当に、ありがとうございました!




