いつかまた、その日まで
冬の寒さも完全に消え、春の陽気が世界を包むこの頃、俺は空港へと足を運んでいた。
年度末ということもあって、人で溢れかえっている。家族連れからスーツを着た人まで様々だ。
「確か……こっちの方だったけな」
人混みをかき分けて、目的の場所へと進む。10分間くらい歩いたところに彼女はいた。大きなスーツケースを携えてコンビニで買ったであろうパンを食べている。
「や、渚」
「ん、はふは!」
「食べてからでいいから」
「ん!」
数秒でペロッと平らげてこっちに走ってくる。春にしては厚着をしているが、これにはちゃんとした理由があるらしい。なんか向こうが日本より圧倒的に涼しい……というか日本がおかしいとのこと。
「紗枝さんたちは?」
「向こうで搭乗手続きしてる」
そう言って渚が指さした先には、見慣れた顔が受付で何かをしているのが見えた。
「で、語学の方はどうなんだ?」
「日常会話くらいなら、何とかって感じ」
「大丈夫かよほんとに」
「あ、そうそう。ちょっと指輪預かっててくれない?」
これからの事を色々話していると、ふと渚が変なことを言い出した。
「え、なんで?」
外す理由が俺には分からなかった。手荷物検査だとしても、俺はそこまで入れないから預かるというのはおかしい。
となると、また別の理由があるってことか。
「サプライズというか、まだみんな私が指輪つけてること知らないじゃん?」
「そうだな」
そう、実を言うと俺たちは指輪のことを誰にも話していない。海瀬たちにも、もちろん言ってないしなんなら紗枝さんたちにも言ってない。
「あー、なるほど。もう一度、今度はみんなの前で付けて欲しいと」
「さっすが遥!わかってるぅ!」
「なぜそういう変なイタズラを思いつくんだか……。まあいいよ。保管場所は……俺の指でいいか」
渚から指輪を預かり、指を探すと何とか入りそうな指があったからそこにはめておいた。傍から見たらただのファッションにしか見えないなこれは。
そうしているうちに他のみんなも続々空港に到着し始めた。
「渚ー!」
「みんなー!」
クラスメイト総出で送りに来たらしく、気づいたら大所帯になってしまっていた。今更ながらに渚の人望の良さを実感する。海瀬と鈴名に関しては渚の顔をわしゃわしゃして最後の堪能をしている。
……最後の堪能ってなんだ?
「よ、一ノ瀬」
「おう、喜野。お前も来てたのか」
「元々行く気ではあったけど陽菜姉に引き摺られてきた」
「首が取れるかと思った」と文句をたれる喜野だが、その表情は割と幸せそうなので満更でもないんだろうなと思いながら、渚が空くまで話し続けた。
しばらくすると、とあるアナウンスが空港に響いた。それは特定の便の手荷物検査を案内するものだった。
「あ、私の乗るやつだ」
渚の言葉がこの時間の終わりを示していた。
周りから「もう行っちゃうのー!?」と不満そうな声が聞こえてくる。
渚は律儀に一人一人に別れの挨拶をし始めた。女子たちはみんな泣いていたが、その中でも特に陽菜さんがガチ泣きしてた。若干周りが引くくらいに。
「渚ちゃん、げんぎでね〜!」
妹のように思っていた節が前々からあったから、多分結構きたんだろうなあ。程々のところで、喜野が別れの挨拶ついでに回収していった。あいつも苦労人だな……。
海瀬と鈴名はもちろん泣いていたし、つられて渚ももらい泣きしてた。親友と離れ離れになるのは誰だって辛いもんだ。
「やっぱり悲しいよ〜」
「出来ることならついて行きたいくらいだ」
「私もざびじいよ〜!」
そんな3人を見て思わず目頭が熱くなるが、何とか耐えた。みんな泣くのなら、せめて俺だけは笑って見送ってやりたいと思うから。
存分に泣いて満足したのか、二人は次の人に参加を促す。無論紗枝さんたちである。いつの間にか手続きを終えて戻って来ていた二人は、これといって泣く様子もなく、ただよくある確認のようなものをし始めた。
「忘れ物はないよね?」
「もちろん」
「何かあったらいつでも連絡しなさい」
「わかってるよ」
「それと、行ってらっしゃい」
「……行ってきます!」
事情を知ってる身からするとこれだけで満足ではあるんだけど、ここで満足するのは渚が許してくれないだろうな。
あ、うちの両親は仕事忙しすぎて来れてないぞ。年度末が近いからヒィヒィ言ってる。ブランド立ち上げるのも結構大変なんだなあ。
「ほら」
「行ってきなよ遥っち」
「漢見せろよ」
「トリは任せたよ遥くん」
いつもの四人から背中を押され、渚のところまで歩いていく。さっきまで泣いてたくせにニヤニヤしてるのが若干ムカつくけど、最後くらい大目に見てやるか。
「まあ、これといって言うことないんだけどな……」
「なんでさ!?」
「だいたいもうみんなが言ってるからな」
トリになるとこういうことが起きるんだよな。だいたい言うことが無くなって、その場しのぎのアドリブになる。
「そうだな……元気で」
「うん」
「必ず、迎えに行くから」
「待ってる」
「あとは……」
何を言おうか迷っていると、ふと自分の手にはまっている指輪が見えた。
「ああ、これを忘れてたな」
もう一度、今度はみんなの前で、渚の左手の薬指に指輪をはめる。
途端に周りからざわめきが上がりだした。「え?」だの「は?」だのまだ状況を理解しきれてない声も聞こえてくるが今は無視だ無視。
「……愛してる」
「……私も」
「………………」
「………………」
えっ、何この時間。もう言うべきこともやるべきことも終わったんだけど。何か忘れてるものでもあるのか?
「……行ってきますのキスは」
「考えたけど、さすがに人目が……」
こんなに人に見られてる中でキスするとか恥ずかしすぎて無理なんですけど。無理無理。残念ながら諦めてもらって…………あれ?そういや少し前、というか正確には正月にとてつもなく恥ずかしいことをしたような……?
あれに比べたら、マシでは?
うん、そうだな。
やるか。
「…………ん」
数秒、されど永遠にも感じられる時間、唇を重ね合わせた。
多分顔真っ赤になってるけど、見ないふりして言葉を紡ぐ。
「これで満足か」
「……うん」
渚は深呼吸をしたかと思うと、頬を両手で1回叩き、気合いを入れ直したらしい。
「それじゃ、行ってきます!!!」
「「「行ってらっしゃい!!!」」」
渚が見えなくなるまで見送ると、案の定というか肩に手を置かれた。
「さてさて、ちょっとお話、いいかな?」
「いいぜ。渚とキスできて無敵だからな!好きなだけ質問してこい!」
問い詰めてくるクラスメイトに対抗するようにこちらも吹っ切れて応対する。
…………そのせいで2時間くらい拘束された。
みんなは好きなだけ俺に質問して、欲しい答えを得たのかそそくさと解散していった。
「おーい一ノ瀬ー」
「帰るぞー!」
「「詳しく聞かせてねー!」」
いつもの四人の元に行く前に、母さんに電話をかける。要件は単純なものだ。
『もしもし?』
「あのさ、母さん。俺に母さんが持ってるモデルの全てを教えてくれ。目標ができたんだ」
『───私は甘くないよ』
その声は、いつもの母さんとは違う少し冷たい声色だった。けれど、なにか確信したかのようなものでもあった。
もう既に飛び去っていった空を見上げる。
迎えに行くって言っちまったしな。
「望むところだ」
次が最終話です。
ここまで長かった……。
最後までお付き合い下さい!




