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可惜夜(あたらよ)に君を想う  作者: ウエハース
第五章 夜明け
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プロポーズ、そして

「本日は何をお求めで?」

「決まっておりません」

「……はい?」


色々必要なものがあるって言ってたのはお主ではなかったか?


「ならなんで俺が呼ばれたんだよ。バレンタインのお返しも兼ねてだったのに。なんだ別のものをご所望か」

「いや、そういう訳じゃなくて」

「なら……」

「これから忙しくなって会えなくなるから、その前に会っておきたいなと思って」


…………今日の渚可愛すぎない?

何だこの生物。え、かわい。可愛すぎて困る。こんなに可愛かったら財布の紐ゆるゆるになるぞ。


「よし、ほしいもの片っ端から言ってくれ。全額出す」

「いやいやいいからいいから!」


渚は首をブンブン振って、財布を取り出そうとした俺の手を押さえつける。


「なら適当に回っていいのがあったら買うって感じでいいな?」

「それでお願いします」


それから俺たちは一通り回りながら、渚が欲しい物を買っていった。なんか前にもこんなものがあった気がするけど気のせいか。


「どっちがいいと思う?」

「そうだな……普段明るめの色が多いから、それらと合いやすいようにこっちかなあ」

「…………」


素直に答えたらなんか黙られたんだが。え、どこか答え方ミスった?いつも明るめなのはよく見てたから間違いないと思うけど。


「ど、どうした?」

「いや、遥が彼氏でよかったなと。こういうとき『どっちも似合ってる』とか言う愚か者がいたりするって陽菜さんから聞いてたから」


なにそのまるで実際に見たかのような言い方。

……まさか喜野、言ったのか?買い物デート時の禁句を。あのアホ、一途なのも考えものだな全く。


「これでも一応モデルの卵ですー。そんなこと言えねぇし言ったら後で母さんに怒られるからな」

「え?なんで遥のお母さんが出てくるの?」

「実はさ───」


詳しいところは省いて"昔から母さんによく買い物に連行されてスパルタ教育を受けていた"と説明すると、渚は納得したような顔をして頷いた。


「英才教育の賜物ですか」

「英才……?」


あれを英才と呼ぶのなら大抵のものが英才教育になるんだが。あとはあれだな。アネゴに口うるさく、それはもう耳にタコができるほどに言われたからな。『どっちも似合ってるとか言ったらしばくからな』って素振りしながら言われたときは死を覚悟した。俺が言うのもなんだけど、あいつ厄介オタクみたいになってるな?


「買うの?それ」

「買おうかなー。遥のお墨付きだし」

「お墨付きて」


渚はうきうきでそのままレジに直行していった。そこまで喜ばれると気恥ずかしいというかなんというか。

渚を待っていると、ふと携帯が振動した。送り主を確認すると母さんだった。通知の枠に入り切ってない時点でもう嫌な予感しかしない。とはいえ見なきゃ後で怒られるから見なきゃいけないんだけど。

恐る恐る内容を確認してみると……。


『我が息子よ、突然だが私たちは今日旅行に行くことにした。一泊二日でな。帰りは明日の夜になるだろう。なので、それまでに何があっても私たちはわからないし詮索したりしない。後悔の無いようにすることだ。あと明日雨予報だからシーツ干すなら部屋干しで頼む』


何言ってんだこいつ??????

余計なお世話にもほどがある。あるんだけど、そう言われたらもしもの可能性が頭をよぎる。

いや、さすがにだろ。でもなぁ。うーーーーーーん。

なんて爆弾を投下しやがるあの親。


「おまたー。ん?どうしたの?」

「いや、なんでもない。明日まで親が家にいないって言われただけ」


見られないようにスマホをポケットにしまう。見られたら終わる。ほんとに終わる。


「ふーん。ね、次行こうよ」

「はいはい」


…………とりあえず今は忘れて買い物デートを楽しむとしますか。



  ▢


「いやー買った買った。何割か出してくれてありがとね遥」

「い、いいってことよ」


すっからかんになってしまった財布を見て思わず引き攣ったような笑顔が漏れる。こいつどんだけお金貯めてたんだ。でもまあ、渚の笑顔が見れたなら十分か。

俺たちは今、晩御飯も食べ終わり、まだ時間があるのでせっかくならと展望台のような場所で夜の街を見下ろしている。まわりには珍しく誰もいない。


「この夜景もあと半月で見納めか~」

「向こうは向こうで夜景に趣あるだろ」

「でも見慣れた日本の夜景もいいじゃん」

「まあ、分からなくはない」



深夜まで営業している飲食店、おそらく残業している人がいるビル、そしてマンションなどの住宅。いつも何気なく見ていた世界には、想像以上に人がいる。多種多様な人たちが。少し前までは世界がこんなにも広く色鮮やかなものだとは思いもしなかった。それに気づかせてくれたのが、渚だった。まあその他にも少し助けてもらったが、やはり一番は渚だろうな。

思わず笑みがこぼれる。

全てを捧げる理由には、それで十分すぎる。

ポケットにしまっていた小さな箱を取り出し、開く。

深呼吸を一回して覚悟を決め、渚を呼ぶ。


「渚」

「ん?」

「結婚しよう」

「──────へ?」


鳩が豆鉄砲をくらったような顔で数秒間固まったあと、みるみる頬が紅潮していく。


「え、ええっ!?いや、え?いやいやいや、え?」


あわあわしてるの可愛い。いや、それは後でたらふく楽しめばいいから、集中しよう。


「そのままの意味なんですけど」

「そうだろうね!?そうじゃなきゃ逆に怖いよ!?」

「まあ、まだ高校生だから未来の確約にはなるけど」


渚は感極まったのか、言葉を発せずにただ涙を流している。


「……いいの?」

「いいんだよ。いつかはこうなることぐらいわかってただろ」

「そうだけど……いざこうなると胸がいっぱいになって」


さらに渚の目から涙が溢れだした。ハンカチ……は何回か使ってるから駄目か。

仕方ないので指を使って涙を拭う。


「やっぱりよく泣くよなお前」

「誰かさんのせいなんだけど」


辛くて泣くことはあっただろうが、嬉しくて泣くことは渚の人生上最近までなかったはずだし、良いことではあるだろう。


「自分で言うのもなんだけど、私めんどくさいよ?」

「知ってる。俺の事好きだったくせに、人形になるからって想いを伝えなかったくらいだしな」

「な、ななな、なんで知って」

「海瀬と鈴名に聞いた」

「もー!」


付き合って少し経ったころに聞いたんだが、そのときはそれはもう驚いたとも。もちろん面倒な性格とも思った。そういうところもかわいいと思えてしまうくらいにはゾッコンである。


「それに重いし」

「それは俺もだって分かったじゃん」

「今は両親は大人しくしてるけど、いつまたちょっかいかけてくるかも予測できないし」


あれこれ自分と一緒にいる場合のデメリットを教えてくれるが、知ってるし、何なら対処法も考えてあるんだが。


「覚悟はできてる、というかそれくらいならもう背負ってる」

「え?」


そう言って、スマホの着信履歴を見せる。そこには三桁を超える不在着信があった。相手は全部渚の親。


「もちろん全部無視してる。とまあ、面倒な状況になってるからお前が心配する意味ないぞ。だってもう起きてることを心配しても仕方ないだろ?」


そう言って渚の顔を見ると、少し申し訳なさそうな顔をしていた。そういえば、あの夜もこんな顔してたっけ。


「俺が助けたいから助けてるんだ。だから大人しく助けられてればいいんだよ」

「何それ。私にもプライドってものがあるんですけどー」

「ならさっさと成長して貫き通してくれ」

「むかつく~!」


さて、いつもの渚に戻ったところで聞いてみる。


「で、返事は」

「…………不束者ですが、よろしくお願いします」



  ▢



「ふふっ、へへへ」


渚は歩きながら、指輪がはまった指を空にかざしてニヤニヤしている。さっきからずっとこうだ。そこまでされると嬉しいより恥ずかしいが勝つんだが。

あとはもう帰るだけ。帰るだけかあ…………。

ああ、もう!こんなこと考えるなんて母さんのせいだ。変なこと言ってきやがって。

葛藤していると、もう駅についてしまった。渚の家と俺の家は正反対なのでここでお別れだ。次に会うのは出発の日。実質今日が会える最後の日になる。

いつの間にか渚も静かになっていた。2人して改札には入らず、その前で立ち止まっていた。

しばらくそのままでいると、袖を少し引っ張られた。その方向を見ると、顔を真っ赤にして俯きながら袖を持つ渚がいた。それを見て、俺も顔が熱くなる。多分耳まで真っ赤だ。さっきの幸せそうな空気が一変した。


「……うち、今日誰もいないんだけど、来るか?」

「…………うん」


それ以上何も喋ることなく、俺たちは、改札を通った。

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