軽い尋問と着せ替え人形
新学期が始まった。始業式のために学校に来て、みんな冬休みに何をしたのかを友達に話したりするだろう。
『冬休みに、何をしたのか』
みんなは覚えているだろうか。俺が冬休みに何をしでかしたのかを。そう、アレである。クラスメイトの前でやってしまったのである。
隣にいる渚も同じ気持ちなのかとても入りづらそうにしている。
「「入りづら〜」」
「遥のせいなんだけどね?」
「あの後した土下座で許して欲しい」
「ん?何してんの2人とも」
ふと、第三者の声が聞こえた。その方向を見ると、そこには我らが担任田沼先生がいた。何故か数ヶ月ぶりに会うような気がするけど気のせいかな。
「ほらもうHR始まるから入った入った」
「「あ、ちょっ」」
田沼先生に強引に教室に押し込まれた。普通なら開いた扉に一瞬注目してから視線を元に戻すんだろうけど、今回ばかりは全く違った。
俺たちを見た途端に小声で話し始めたのだ。既に羞恥で死にそうだったが、何とか自分の席に座って先生の話を聞く。その間もとてつもない視線を感じたので生きた心地がしなかった。
▢
始業式も終わり、連絡事項の伝達も終了し、解散となった。その瞬間に俺と渚は爆速で教室を飛び出す……つもりだった。
しかし、教室を出る直前で渚はクラスの女子たちに、俺は男子たちに捕まった。
「はーい蒼野さんちょっとこっち来ようねー」
「はーい一ノ瀬さんちょっとこっち来いやオラ」
大人数に囲まれては何も出来ない。されるがままに隅っこに連れてかれた。
「いくつか質問をする。正直に答えろ」
「……はい」
怖いって。圧怖いって。
わぁ……近藤君、君ってそんな怖い顔できたんだね……。
「いつから付き合ってる」
「23日からです」
「冬休みはイチャイチャしてたと」
「………………」
事実だから何も言い返せない。
「その事を知ってたのは」
「いつものメンバーです」
「で、アレをした経緯について」
「……魔が差しただけです」
「差しすぎでは」
「渚にも言われましたそれ」
「TPOって知ってるか」
「……すみません」
事実だから何も言い返せない(2回目)。
それだけ聞くと、欲しい答えを得たのか場の空気が柔らかくなった。
「やっぱ付き合うかぁ」
「見てる側も焦れったかったしな」
「独特な距離感があったというか」
「うんうん」
後方腕組勢が急に湧いてきたぞ。
焦れったいも何も解決しなきゃいけない問題だらけだったから進まなかっただけだからな。
「ちなみに告白はどっちから?」
「俺」
「「「おお!」」」
「で、なんて言って告白したんだ?」
やはりここでも定番質問……ではあるのだが、渚が秘密にしたいらしいので俺からは何も言えない。
「俺も言いたくないし、渚が秘密にしたいらしいから言わない。知りたきゃ渚から聞きだしてみろ」
「無茶言うな……」
それができたら苦労しねーよとみんなは口々に文句をたれているが、その顔は笑っていた。今更ながらに、俺はいい友達を持ったのかもしれない、と思った。
「よし、解散解散。次の予約が埋まってるんでな。TPOは弁えろよ」
「……次?」
聞きたいことは全部聞いたと言わんばかりに、全員俺の周りから離れていった。
どうやら身に覚えのない『次』があるらしい。全く検討もつかないが、まだまだ引きずり回されることだけは分かる。
一体何なのかを考えていると、また肩を掴まれた。
「やあやあ一ノ瀬くん」
「ちょっとお時間いいかな?」
振り向くと、そこに居たのは(絶対手芸の域じゃない)手芸部の長谷川と大平、そして橘だった。
「文化祭の時に言ってたこと、覚えとるか?」
「文化祭…………あ」
思い出した。そういえば着せ替え人形にされる約束をしていたんだった。
「おーけー、思い出した。で、今から?」
「「「今から」」」
……何故だろう。圧を感じる。
「ちなみに拒否権とかは……」
「蒼野さんから聞いたよー?今日特に予定ないんだってね?」
渚さーん?何言ってくれてんのー?
渚の方を見ると、どうやら解放されていたらしく、『てへぺろ』と音が聞こえてきそうなほど見事な顔をしていた。
予定も把握されていては嘘をついて逃げることなどもできない。つまり詰み。
「はい連行ー」
「ハイハイ、ついてきゃいいんだろ」
そうして、先程よりは丁寧ではあったが、されるがままに連行された。
▢
連行されたのは最上階の端っこにある手芸部の部室。
ここで今一度確認しておこう、手芸とは刺繍などの手先でできるようなものだ。つまり、とてつもない数のミシンと、とてつもない量の自作したのであろう衣装たちが置いてあるのはおかしいんだよ。なんだよこの数バカなんじゃないの(誉め言葉)。
「どや、うちらの部室は」
驚いている俺にドヤ顔で聞いてくる橘。
「手芸というものについて考えさせられるな。もう名前裁縫部とかに変えた方がいいんじゃない?」
「来年変わる予定」
「ホントに変わるのかよ」
まさか適当に言ったのが事実だとは。
「ほらほら、さっそく着てみてくれ!」
「こっちもね!」
「まだまだあるから気張っていきや!」
「はいはーい」
あれこれと衣装を押し付けられ、そのまま試着室に入れられた。なんで試着室があるのかは考えない。いちいち考えてたら日が暮れる。
ふむふむ、最初はジャケットの肩出しらしい。白のノースリーブのシャツに黒のジャケット。下は深緑のカーゴパンツ。そしてシンプルならせん状のネックレスと黒の帽子。少しチャラさもありながらもクールさも垣間見える、とてもいいコーデだ。
分析している間に着替え終わっていたみたいだ。さて、お披露目といきますか。
カーテンを開けて、外にいるであろう彼女たちに見せる。
「どーよ……?」
そこには、あの3人だけでなく、いつもの4人もいた。
「おお……」
「似合ってる似合ってる」
「なんでいんの!?」
「「「「面白そうだから」」」」
「そんなこったろうと思ったよクソッタレ!」
てっきり帰ったものだと思ってたからめちゃくちゃ驚いたし、自信満々で出てったのが恥ずかしくなってきた。
「いやあ……彼女としてはかっこいい彼氏は見逃せないじゃん?」
「お前こないだうちのアルバムあさりまくってたじゃねえか」
「それとこれとは話が別よ」
分かってないなあ、と指を振る渚。
なら仕方ない。こちらもカウンターだ。
「まあ紗枝さんに写真もらってるからいいけど」
「待って初耳なんだけど」
一気に顔色が悪くなっていく渚。そう、冬休みの間にダメ元で渚の写真ををお願いしたら快く送ってくれたのだ。というか若干送りすぎではあると思う。専用フォルダか2000枚超えるくらいには。
「いつの!?」
「え、全部」
「全部!?!?」
赤ん坊の頃から高校までを表すなら、やはり『全部』になる。そして多分、数的にも。2000枚送られてきてるのに、まだまだあるなんて言われたら若干引くかもしれない。
「後で見せてよね!」
「無理でーす。で、次何着ればいい?」
「なんでさ!?」
渚の要求をフル無視して、手芸部に次を催促する。
「次……って何着か渡さなかったっけ?」
「ゴリゴリにレディースの服を俺に着ろと?」
「え、うん」
即答。さすがの俺にも羞恥心というものはあるし、どちらかといえばかっこいいタイプの服の方が好きなので、ワンピースなどは若干抵抗感がある。
どうしたものかと頭を悩ませていると、無視されたのが気に食わなかったのか不機嫌そうな渚が目に入った。
「あいつは?」
手芸部に提案してみる。どうやら俺の思惑にすぐに気付いたらしく、さらに目を輝かせた。
「アリ」
「よしやろ」
「そういやアンタもべっぴんさんやったなぁ」
「え」
彼女たちは逃げ場を無くすように渚の元へにじり寄っていく。
「3人とも目が怖いよ?話し合おうよ、ね?話せばきっと分かるは」
「「「問答無用!」」」
「ぐえっ──あいたっ!?」
そうして渚は俺の隣の試着室へとレディースの服と共にぶち込まれた。鈍い音が聞こえた気がしたが、まあ大丈夫だろ。
しばらくして、着替え終わった渚が試着室から出てきた。
「ど、どう?」
それは女神すらも霞むほどの美しさだった。ノースリーブのワンピースだけだというのに、ただそれだけで完成していた。羞恥心からだろうか、頬を軽く染めくりくりと髪をいじりながらワンピースの裾を握っている姿は、まるで絵のようだ。
「え、女神?」
「似合いすぎじゃない?」
「まさかここまでとは」
手芸部が驚いているのをウンウンと頷きながら見ている後方腕組勢の海瀬と鈴名。
普通に感嘆している喜野。友達たる彼らでさえこの反応。
そして俺は──
「─────────」
言葉が出ない。確かに似合うだろうとは思っていた。普段からそれなりになんでも着こなせる渚を見慣れていたとはいえ、これはレベルが違う。既に恋に落ちているのに、さらに深く落ちたような感じがする。
「ちょっと、遥も何か言ってよ」
黙っていた俺が気に入らなかったのか、感想を催促してきた。何か言えたら言えてるんだよ。
「あー、いや、ちょっと、タンマ」
「なんで!?」
まさか感想を求めたら『タンマ』なんて言われるなんて思わないよな。でも許して欲しい。マジで言葉が出てこない。自分の語彙力ではこの美しさを表現できない。
「なんでもいいから早く!ちょっと恥ずかしいんだからねこれ!言うの恥ずかしかったら近く寄るし」
そう言って耳を近づけてくる渚。ここまでされて言わないわけにはいかないから、思ったことをそのまま口にする。
「なになに」
「可愛い」
「へ」
「俺の前以外でそんな服着るのやめてくれ。誰かに見せたくない」
「……う、うん。わかった……」
それだけ言って顔を離すと、耳まで真っ赤にした渚がいた。
「そっかー……。それなら、しかたないよね……」
渚はニヤける口元を抑えながらそんなことを口にして、試着室へと戻って行った。
「何言ったんだよ」
「思ったことそのまま」
「お、おう………。その、手加減してやれよ」
「努力はしてる」
それからも渚と俺は着せ替え人形として沢山の衣装を着た。普通の服とかだけじゃなく、軍服とかのコスプレ衣装もあったぞ。多種多様すぎると思う。多分店出せるレベルだ。
件の手芸部は我を忘れ、夢中でスマホで写真を撮っている。シャッター音が鳴りすぎて無限に続くかと思った。
「いやー眼福眼福」
「いいもの見たわ」
「お疲れさん」
全部出し切ったらしい3人が労いの言葉をくれる。まあ疲れはしたけど、楽しかった。それに、俺には楽しみにしていたことがあった。
「ほい、一ノ瀬はん。スマホ」
「サンキュー」
「え」
俺は預けていたスマホを橘から受けとった。
最新のフォルダには沢山の渚の写真があった。しっかりと撮ってくれていたらしい。
「ふむふむ、最高」
「お易い御用よ」
「消せー!」
「うおっ!?」
遅れて事態を把握した渚が涙目で飛びかかってスマホを取り上げようとしてきた。
「けーせー!」
「消すかバカ!お、これは秘蔵ファイル行きだな……」
「何選定してんの!?秘蔵ファイルって何!?」
「おっとまずい」
つい口を滑らせてしまった。渚をとうさ……ゲフンゲフン、無許可で撮影した写真たちが眠っているファイルなんて見られたらたまったもんじゃない。
格闘すること数分。戦いに終止符を打ったのは一通の電話だった。
「あ?誰からだ?」
角度的に名前が見えない。けど、着信音が聞いた事があったから、知り合いだろう。
お腹の上に渚を乗せたまま、その電話に出る。
「もしもーし」
『もしもーし、今大丈夫?』
「母さん、どうした?」
どうやら通話の相手は母さんだったらしい。
『買い物を頼みたくて。かくかくしかじか──を買ってきて欲しくて』
「今から?」
『今から』
「え、だる」
聞いただけでも20種類くらい買うものあったぞ。しかも全部コスメ製品だし。
『選択次第では今日の晩御飯が消えるよ?』
「喜んでやらせて頂きます」
『よろしい。じゃ』
とてつもなく理不尽な頼みを引き受けてしまった。引き受けてしまったというか引き受けざる得なかった。
「親から馬鹿みたいな買い物の頼みを受けたので俺は帰る」
「なら解散かなー」
「せやな、いい写真いっぱい撮れたしな」
「お疲れ様〜」
ぞろぞろとみんなが帰宅の用意をしているうちに逃げ出す。あいつに捕まる前に。
「こぉら待てー!」
「やっべ」
始まった俺と渚の追いかけっこは、渚が疲れて動けなくなるまで続いたのだった。




