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可惜夜(あたらよ)に君を想う  作者: ウエハース
第五章 夜明け
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あれから少し経った、12月23日。ほとんどの学校が終業式のこの日に、俺はとある人達と、とある場所で待ち合わせをしている。

スマホをいじって時間を潰していると、通知が複数届いた。

1つ目は母さんから。


『こっちは上手いこと纏まったよ。てなわけで、こっちのことは何も考えずに大御所に喧嘩売ってきな!』


喧嘩売るって……いや、"娘さんをもらう"って言いに行くんだから喧嘩売るのに等しいな。

実は、現在待ち合わせしている相手は渚の両親だ。渚の告白から少しした後、紗枝さん経由で『食事でも』と誘われたのだ。本当の渚を知ったからなのか、急に向こうから接触してきた。

おそらく、渚との距離感を気を付けろとかそういった類いのことを言われるのだろう。最悪関わるなって言われるかもしれない。

まあその指示に従う必要は無いんだけどな。

そしてもう1つの通知は橘と海瀬と鈴名からだ。


『このまま晩御飯も行っちゃうね〜』

『こっちは気にせずやったり!』


あの3人にはこの食事会が勘づかれないように、渚を連れ回してもらっている。

橘とは、あれからも友達として仲良くやっている。てかなんなら怒られた。


「一ノ瀬はん、昔のこと覚えてたんなら言うてくれるか!?」

「いや……、本当はサプラ〜イズって感じにしようかと思ってたんだよ。でも言う機会が無くってさ。あんな感じになっちまった」

「何がサプラ〜イズや!驚きすぎて普通に号泣したわ!うちの水分返して貰ってもええか!?」

「いだだだだだ!ごめんごめん悪かったって!」

「はあ……まあええわ。もう吹っ切れたからな。んで、なんかうちにできることあるか?」

「え?」

「アンタには蒼野はん以外と結ばれるのは許さんからな。ここまで来たら徹底的にサポートしたるわ」


ということがあり、橘にも協力してもらっている。振った俺が言う資格は無いと思うが、本当に良い奴だなと思う。

海瀬と鈴名は、二つ返事でOKを貰った。さすがに申し訳ないからなんか欲しいものを聞いたら。


「「夢を叶えた渚の笑顔で」」


と言われてしまった。責任重大だ。

他にも沢山の人に助けられて今この状況を作り出せた。渚はまだしも、俺にもそれなりに人望はあったらしい。

そして、ついにその時は訪れた。


「君が、一ノ瀬遥君かな?」


その声の方向を向くと、事前に調べた写真で見た2人が立っていた。

渚の両親である蒼野砂良(さら)と蒼野信久(のぶひさ)だ。


「はい。初めまして、一ノ瀬遥です」


怒りを表に出さないように、平然とお辞儀をして挨拶をする。ここで感情を爆発させては駄目だ。全部パーになる。


「丁寧にどうも。渚の父親の蒼野信久と妻の砂良だ」


そう言って2人もお辞儀を返してくれた。

温和な表情が、尚更神経を逆撫でする。耐えろ、俺。


「そうだね、早速向かおうか」


そして俺は既に予約されていたお店へと案内された。

案内されたのは高級フレンチ。俺の親も結構稼いでいるとは思うけれど、それでも手を出しにくいレベルのお店だ。自分お金持ってますアピールがしたいだけの人が来るお店って感じ。

まあ、この店もそんな意図で営業しているわけではないことは重々承知だが。


「実は小さいときに一度会っているんだけど、覚えているかい?」

「母から聞きました。子供の俺には見たことないものだらけで驚いたのを覚えていますよ」


昔の話から始まり、他愛のない世間話を交えながら、食事は進んでいく。前菜から始まり、メインディッシュを食べ、残りはデザートだけになった。どうやら平静を保とうと全神経を使っていたおかげで時間が経つのがとても早かった。


「さてと、デザートの前に少し話しておきたいことがあるの」


ふと、砂良がそう口にした、その瞬間、先程のほのぼのとした空気から一転し、張り詰めた空気が漂い始めた。

ついに、来た。


「あなたは渚からどれほどのことを聞いたのかしら?」

「渚が将来どうなるのかってことと、あなた達と紗枝さん達との間にある約束のことを」

「あら、ほとんど知っているのね。それならこっちから加える情報はないわ」


あくまで簡潔に、それでいて大雑把に答える。大方紗枝さん辺りから聞き出したのだろう。

なら、これから始まる話というのもどんなものなのか簡単に推測できる。


「あの子は18歳になったら私たちの元に帰ってきて、私たちのために働くようになる。それまでの間に、何かあればとても困るの。それは分かってるでしょう?」


渚が人形になることをさも当然かのように言う砂良。

どこまで行ってもクズなんだなと再認識する。


「ええ。それはもちろん」

「だから、そうね……、関わるなとまでは言わないわ。けれど節度を保って接してちょうだい。一応監視はつけてるけど。変な噂が立たないように。もしそんな噂が立ったら、その時は、ね?」


"お母さんの作ろうとしているブランドを……"と聞こえた気がした。

しかも監視ときた。恐らく、パフェの時と夏休みの時の奴だろう。そんな前から見られていたとなると、少しゾッとするな。

…………確かにこの2人の言う通りだ。アオノグループは世界規模で見ても、とてつもない影響力を持っている。

母さんも元人気モデルではあるが、この2人とはレベルが違う……違うのだが、こいつらは母さんを、一ノ瀬凛を舐めすぎだ。


「そうですね、確かに彼女のことを考えるのならそうした方がいいでしょうね」

「でしょう?なら」

「まあ、断るんですけど」

「「!?」」


俺が首を縦に振ると思っていたのか、2人は驚いた表情をしたが、すぐに元に戻し、一転して冷徹な目で俺を見据えてきた。


「自分が何を言っているのか分かっているのか?私たちが少し手を加えれば、君の母親だって」

「あんたらはあの人を舐めすぎなんだよ」

「なに……?」


もう敬語も必要ないだろう。こんな、人を人と思っていないクズ共を敬う心を、器の狭い俺は持っていない。


「母さんは元トップモデルで、流行を牽引した。メディアにも引っ張りだこだった。嫌でも目に入るレベルに。それに比べて、あんたらはどうだ?メディアにもほとんど出ずに、『アオノグループ』という名前だけが知れ渡っている」

「それが、どうした?」


ただの事実を述べた俺に、怪訝な顔をする信久。

やはりというか、視野が狭いことこの上ない。


「おいおい、頼むよCEO。商売で最も大事なのは顧客からの評価だろ?あんたらが圧力をかけたことがバレたら一瞬で信頼を失うんだぞ?ただの一企業ならともかく、相手は元トップモデルで、ブランド設立前からとても注目されている。みんなどんなブランドを設立するのか興味津々なんだよ」


テレビをつけると、1週間のうちに1回は確定でその話題が聞こえる。それほどに人々から、言ってしまえば顧客となる層からも注目されている。


「そこに手を出すのなら、そっちの顧客が消えることも考えてもらわないとないけないよな?」

「それは……」

「確かにそうね。さすがにリスキーすぎるやり方だわ」


このまま押し切れるかと思いきや、横から砂良が割り込んできた。

彼女が何を言おうとしていのかはわかる。俺が今まで話してきたのはあくまで俺と母さんのことについてだ。

そこがダメなら、次は。


「けれど、渚はどうかしら?あの子と私たちの間にある約束のことを、忘れたわけじゃないでしょう?」


まあ渚だろうな。大人同士の約束。本来なら俺みたいな子供は関わることすら難しいものだ。それでいて穴がない。渚自身もその覚悟が出来ていて、もはや八方塞がり"だった"。

奇跡的に、全てを覆せるだけの手札を俺は持っていた。

さあ、それじゃ、勝敗が決まっている消化試合を始めようか。


「ああ、それも何とかなるんで」

「なんですって?」

「俺の親と紗枝さん達で話し合って、業務提携みたいな形で協力し合ってブランドを設立することになったらしいですよ?」

「なっ……」


そう、これが俺の勝ち札。

動いてくれるなら早めに動いて欲しいので、急ではあったがあの時母さんに電話をした。

それから両親と紗枝さんたちは話し合いを進め、ついさっき、今言ったような方針に決まったらしい。

紗枝さんたちはこの2人じゃない別の人、それも手を出しにくい人との関わりが必要で、母さんたちは起業や経営に詳しい人が必要だった。

利害の一致というやつだ。

元トップモデルで手を出されにくい母さんと、親戚ならそういった教育を受けているであろう紗枝さんたち。

この状況が既にできていたのは、奇跡としか言いようがない。


「これであの2人はあなた達に何とかしてもらわなくても、うちの両親とやっていけるから、約束も意味が無くなった。渚はあんたらの元に帰らなくてもよくなった」

「そんな、ことが」

「あるんだよ。そんなことが」


これで向こうの手札はゼロになった。反撃できるならやってみろ。全部潰してやるよ。


「いや、それでも!あの子にはここまで育てた恩が!」


ド定番の言い分だ。なんというか、ここまで来ると惨めになってきたな。

まあ、手を緩めるわけないんだが。


「その恩もここまでやるレベルじゃないだろ。確かに子供は育てられた親に少しは恩を感じなくてはならないという考えは分かる。けど、育てるのは親の義務でもあるだろ?」

「それは」

「なんなら、あんたら自分の娘にやったこと考えたらプラマイゼロどころかマイナスだぞ」


……言いたいことは言い切ったな。もうこの2人に用はない。

いつの間にか来ていた小さいデザートを一口で食し、帰る準備をする。

彼らは何も言えずに、こちらを見つめている。


「あ、そうだ」


席を立つ前に、言い忘れていたことを口にする。


「娘さん、貰っていきますね」


そう言い捨てて、店を出た。

ちょこっと書き方変えてみました

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