相談
12月も中旬にさしかかった。空気も冷え、場所によっては雪が見られるこの頃に、俺は当てもなく学校の中を歩いている。
渚の話から約1ヶ月。やれることは全部試した。
まずは鈴名と海瀬に聞いた。2人の話は概ね予想していた通りだった。やっぱり、彼女たちもまだ諦めていないらしい。
けれど、世界は残酷だ。"諦めていない、だから助けられる"なんて綺麗事を許してはくれない。許すのは、自分の無力を嘆くことだけ。
渚のために何かをしようとすればするほど、それを実感する。
また、無意識のうちに自分が周りより大人だと思っていたことにも気づいた。自信に思っていた顔の良さも、渚と競っていた頭の良さも、学校という小さな箱庭だけでしか使えない。
何が大人だ。高一のガキに何が出来るってんだ。本当に大人なら、これくらい何とかしてみろよ。
歯を食いしばりながら、目に入ったベンチに腰かけ、スマホを開く。
見るのは紗枝さんとのトーク履歴。あれから2人にも詳しく聞いてみた。
分かったのは、渚がわざと楽観的な言い方をしていたということ。「結果が振るわなかった。だから資金援助が要る」と渚は言っていたが、現実はそんな甘いものじゃなかった。
紗枝さんたちには多額の借金がある。起業を失敗した時に背負うことになったらしい。
そもそも、起業した理由も彼らから独立して、渚の居場所を作ってあげようとしてのことらしい。
まあ、あれだ。「自分たちが邪魔して失敗させて借金させたけど、返済分の金出してやるから渚をよこせ」ってことだ。ゴミだな。
どれだけ悪態をつこうとも、何かが変わるわけでもない。と言うよりは、それしかできないのだ。
「はぁ…………」
自分の無力さにため息をつきながら、この時間を過ごす。
「あれ、一ノ瀬はん?何してんのこんなとこで」
「おや、奇遇だね」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「……アネゴに、命先輩?」
そこには、見覚えのある顔があった。
見ない組み合わせだな……ってそういや命先輩は手芸部の部長だったっけ。
「うっわ、凄い顔」
「…………そんな酷いか?」
「今にも死にそうな顔をしてるけど」
他人をよく見る2人に言われては、そうなのだと納得せざる得ない。自分では抑えていたつもりだったのだが、どうやら漏れていたらしい。
「2人が言うならそうなんでしょうね……」
「何かあったんだろう?」
「話してみんさい。というか話さんかったら引っぱたく」
「拒否権ないじゃねぇか……。いやまぁ話すけどさ。猫の手も借りたい状況なんだ」
ベンチは2人用なので、命先輩が俺の左隣に座って、アネゴが俺の右隣に立つ形で俺の話を聞いてくれた。
話すといっても渚のプライバシーのこともあるし、だいぶ端折って伝えた。渚がある約束のもと、自分を犠牲にしようとしていると。最初は渚の名前を隠していたが、速攻でバレたので仕方なく実名を出すことにした。
「何かしようと考えていると、なおさら自分が惨めになってきて。もう、何もしないほうがいいんじゃないかって」
自嘲するように笑い、何も出来ない自分の手を見る。
「なるほど」
「何もしない方が、あいつのためになる気がし」
『スパァン!』
甲高い音と共に、俺の頭が引っぱたかれた。
「!?!?」
何が起きたかのか分からず、叩かれた頭を擦りながら顔を上げる。
そこには、今まで見た事ないほど怒っている橘の姿があった。
「橘……?」
「……あんたにとって、蒼野はんはどんな存在や?」
「どんな……存在」
「いや、違うな。あんたにとって、彼女は"自分一人でどうにもならないから"で諦めるような存在なんか?」
「─────違う」
それだけは、自信を持って言える。そう口にすると、ふっと体が軽くなった気がした。
「なら、どうするんや?」
さっきの言葉を口に出したことで、自分の気持ちを理解した。かつて一度諦めた。一度逃げた。その結果が今の俺だ。
ああ、なら、今度は。
「逃げずに、意地汚く頑張るしかないな」
そう笑いながら言った俺の笑みは、先ほどの自嘲の笑みとは違ってたらいいなと思った。
「……うん、ええ顔になったな。それでこそうちが惚れた一ノ瀬はんや」
「ありがとな、たちば…………え?」
今なんて言った?
「ああ、ええねんええねん、叶わぬ恋ってわかってたし。さっきので踏ん切りついたしな」
「いや」
そんなんで片づけていいことじゃないだろ。『好き』って気持ちはそんな簡単に終わらせれるものじゃないはずだ。今、俺がこんなにも悩んでいるというのに。
「……やっぱりやさしいな、あんたは」
橘は、俺の考えを見透かしているかのようにそう呟いた。
「一ノ瀬君にいいことを教えたるわ。恋ってのはな、こういうもんなんやで。必ず結ばれるとは限らん。だからこそ、みんな色々な人を好きになるんや」
「………………」
よく分かる。彼女の言っていることはよく分かる。そういうものなのだろうと想像出来る。だが。
「だからな、あんたができるのは覚えておくことだけや。"自分のことが好きだった女の子がいた"ってな」
そう言って笑った橘の顔は、奇しくも今まで見た中で、1番彼女らしい笑顔だった。
「…………ああ」
こう答えることが、俺に出来る精一杯だと思った。
「……終わったかい?」
「「あ」」
2人して命先輩のことを忘れていた。声の方向を見ると、それはもう気まずそうな顔をしていた。
「すみません……」
「堪忍な〜、部長」
「まあこれも青春の1ページってやつかな。それはそれとして、精神的な部分は橘さんがやってくれたし、僕は現実的な話をしよう」
「現実的?」
「ああ」
現実的と言うと、どうやって渚の決意を崩すのかという事だろうか。諦めないとは言ったが、何とかできる方法を見つけた訳でもない。
「あの子の決意は生半可な物じゃないのは分かっているだろう?」
「それはもう」
「だからこそ、決意を崩すのは容易じゃないし、正直ほぼ不可能レベルまである」
「そうですね」
命先輩の言った通り、正直どうやったってあの決意を揺らがすことは出来ないと思う。あそこまで固い決意は見た事もないし、どうやればいいのか検討もつかない。
それが諦める理由にはならないが。
「なら、見方を変えればいい」
「見方を?」
「そう。決意を崩すのではなく、その決意の元となっているものを壊せばいい。今回なら、その約束になるかな」
「元を……」
例の約束というか条件を満たすために渚は自分を犠牲にする。ならその約束そのものを無かったことにすれば、自ずとその決意も崩れるということか。
しかし。
「口では簡単そうに言ったけど、実際やるとなるとめちゃくちゃ難しいよ。これ」
あの約束を何とかするためには、借金の返済という壁が立ちはだかる。起業して利益を生み出せればいずれ返済できるだろうが、それをみすみす彼らが許すとは思えないし、許していないからこそ渚がああしているのだろう。
この状況をひっくり返せるのは、彼らが手出し出来ない程の権力や影響力を持った存在が、紗枝さんたちのバックにつくか、協働するか。
けれど、そんな都合のいいやつがいるわけが…………。
「────あ」
「「?」」
いる。条件を満たす人が。めちゃくちゃ身近に。
問題はOKが出るかどうか……。確か明後日まで帰ってこないらしいから、聞くなら早めに聞いておかないと。
「ちょっと失礼します」
そう言って、少し席を外す。
少し離れたところでスマホを取りだし、電話をかける。
一応この時間帯は暇だと事前に教えて貰っているため、電話には出てくれるだろうが、理解してくれるのか。
『もしもし、どうしたの?』
「あのさ、ちょっとお願い……というか我儘なことを言ってもいい?」
『なになに〜?我儘を言うなんて遥らしくないじゃん』
「実はさ、─────────をお願いしたいんだけど」
『……なんか買ってきて〜とかかと思ったらめちゃくちゃガチな内容だった』
「ああ、それもお願い。というかそこに父さんもいる?」
『いるいる。というかスピーカーで聞いてる』
「ならよかった。……で、俺の我儘、通りそう?」
『このまま私たちだけで色々やるよりも、そういったノウハウを知っている人と協力した方がいいと思うんだけど、お父さんはどう?』
『正直アリだと思う。ココ最近手詰まりだったし。問題は向こうがそれでいいのかってことかな』
「…………んなあっさりOK出るとは」
『そりゃあね。情とかじゃなく、ちゃんとメリットも提示してくれたんだし、それが私たちが欲しかったものでもあったし』
『だから、遥は向こう方に聞いてみてくれ。向こうもOKなら帰ってきてから話し合うから』
「わかった。ありがとう、2人とも」
『あ、そうそう』
別れの挨拶をして、電話を切ろうとしたら止められた。
「なに?」
『必要な情報なのか分からないけど、一応伝えとくね。実は、遥が小さいときに渚ちゃんと会ってるのよ?』
「…………は?」
『んじゃばいばーい』
なにか言おうとする前に電話を切られた。母さんの言ってたことは……後で考えよう。
スマホの通知を見ると、通話をする前に聞いていた向こう方からも、OKが返ってきていた。これならいける。
そう確信して、俺は2人の元へと戻った。




