文化祭 その1
文化祭が始まって約1時間。案の定というか、外には行列ができていた。理由は、言うまでもないだろう。
とはいえ多すぎる気がする。噂は一瞬で広まるにしても多い気がする。
そんなことを思いながら接客をしていると、あることが耳に入った。
どうやら生徒の中に『夜宵彼方』を知っていた人がいたらしく、全校生徒に一瞬で広まり、この長蛇の列が完成したというわけだ。
同じシフトに入っている人たちに申し訳なさを感じつつも、半分は喜野の人気の分なのであいつも悪いってことで手を打ってほしい。
「そういや陽菜さん来るんだっけ?」
「そうそう。そろそろ来る頃だけど……」
列のほうを見ると、真ん中のほうにその姿が見えた。いつもはズボンだが、今日は喜野と回るためスカートを着て少し可愛めにしているらしい。どうやらまだこちらには気づいていないみたいだ。
陽菜さんいわく、「学校での王子様モードのタカも見たい!!!」とのこと。彼女としてかっこいい彼氏を見たくなるのだろう。この2人はこのままゴールインしそうではあるので思う存分イチャイチャしていただいて構わない。
構わないのだが、それはつまり喜野に彼女がいることを公言することにもなる。それによる影響は……考えたくもない。
「俺的はあっちを出さないかとても心配なんだが」
あっちとは、素の喜野のこと。陽菜さんと一緒にいるときの喜野は割とユルユルなところがあるからふとした時に出さないか心配なのだ。
「だいじょぶだって。今までやれてるんだしいけるいける」
はい1本目。どうしてだろう、きれいに回収する気しかしない。
「もし出たら事後処理は全部任せてもらって構わない。まあそんなこと万に一つもないけどな」
はーいまさかの2本目、3本目。よし離れておこう。
そしてついにその時がやってきた。
喜野は接客しようとしていたクラスメイトに一声かけて、陽菜さんの接客に向かった。
「お帰りなさいませお嬢様」
王子様スマイルでお出迎え。そして陽菜さんは……
「──────────」
ものの見事に固まっていた。どうやら最愛の人の王子様スマイルは刺激が強すぎたらしい。
「こちらへどうぞ」
「は、はい」
言われるがままに空いている席へと案内される陽菜さん。そしてそんな陽菜さんに笑顔を崩さずに対応する喜野。はたから見ればなんてことない接客なのだが、俺にはわかる。あれは絶対楽しんでる。内心ではゲスい笑いを押さえてるに違いない。
「ご注文はお決まりですか?」
「は、はい」
円滑に店を回すために、並んでいる間にメニューを見てもらい、あらかじめ決めておいてもらうようにしている。
「ドーナツと、あと紅茶をください」
「かしこまりました」
注文を聞いた喜野が、こちらに戻ってきて内容を伝えた。
「なんか、大丈夫そうだな?」
「だから言ったじゃん。大丈夫って」
どうやらほんとに大丈夫そうなので、あっちは任せて自分もやることをやろう。
しばらくして店内を見渡すと、ふと目に留まった客がいた。チェック柄のシャツを着て、一眼レフを首にかけている客だ。
パッと見は普通の男性に見えるのだが、さっきからずっと一眼レフを触っている。まるで画角を調整しているように。
当初想定していたよりも客数が馬鹿みたいに多くなった(ほんとに申し訳ない)ので、急遽もう1列分席を作った。そのせいで1列1列の間隔がけっこう狭くなっていて、後ろには陽菜さんがいる。
…………盗撮の可能性、ないか?
いや考えすぎだ。あくまでそう見えるだけだ。そう思いながらも、一応喜野にも伝えておいた。
喜野も無意識のうちに陽菜さんの周りにいたり、ちょくちょく話しているからだいぶ噂されている。
喜野も、「一応気を付ける」とは言ってたが、何もないことを願うばかりだ。
そんな時、例の男が財布を落として小銭を床にばらまいた。
「ああ……」
「大丈夫ですか?」
もちろん近くにいた陽菜さんも一緒に小銭を拾う。そしてその時、一眼レフのレンズはきれいに陽菜さんのスカートの中の方向を向いていた。
やったな。犯罪者ながら見事なやり口。実に不快だ。
そしてその男は、小銭を拾ってもらった陽菜さんにお礼を言って席に戻ったあと、あろうことか成果を確認し始めた。
さすがにやばいと思ったので、その男のもとへ向かおうとしたら、誰かが俺の肩を引っ張って止めた。
「俺が行く」
喜野だ。一言だけ言って、男のもとへと向かった。そのころには男も確認を終えていて、席を立とうとしていた。それを引き留めながら、喜野は告げた。
「お客様、申し訳ありませんがそのカメラの中身を見せていただけますか?」
「は?」
店内の空気がざわつく。それを気にせず、喜野は質問を続ける。俺はクラスの奴らに誰でもいいから先生を呼んできてくれと伝え、他のクラスメイトに簡単に事情を説明した。
「それ、撮ってましたよね?」
「何を言うのかと思えば、僕を犯罪者呼ばわりですか?あなた、見かけによらず最低な人間ですね」
開き直って、喜野を煽る犯罪者。それでも顔色一つ変えない喜野。
「何もしてないのなら見せれますよね?潔白を証明するのには一番手っ取り早いでしょう?」
そう言った瞬間、一転して男の歯切れが悪くなった。
「な、なんでそんなことしなきゃいけないんだ!お、お前には関係ないだろ!?」
「はやく見せろっつってんだよ」
「ちょっ!」
躊躇った男の手からカメラを奪い取り、中身を確認してため息をこぼす喜野。反応を見たところ、しっかりと盗撮の証拠が残っていたらしい。
「がっつり撮ってんじゃねえか」
「いや、これは、その」
男は必死に言い訳を探しているが、もはや手遅れだ。
「それじゃ警察のお世話になろっか」
「こ、このっ!」
苦し紛れに、犯罪者は目の前の喜野に殴りかかった。
が、喜野は華麗に避けて、足をかけて転ばせて、うつ伏せに倒れた男の上から押さえつけた。
「グッ!?」
「人の彼女盗撮して逃げようとしてんじゃねぇよカスが」
取り押さえたところにちょうどクラスメイトが先生を呼んできた。そしてそのまま男は連行されていった。
「陽菜、大丈夫?」
「私は別に大丈夫だけど、タカが……」
「え?」
喜野は陽菜さんの言葉に首をかしげながらも、後ろを振り向く。
その視界には、仕方ないとはいえ、額を押さえて「やっちまったなぁ」と苦笑する俺と、目の前で起きたこと、喜野の素を見たこと、そして喜野に彼女がいることに驚いて固まっているこの教室内の全員が映ったらしい。
いつも読んでいただきありがとうございます。
大学が始まったので割とペースが落ちると思いますが、許してください!!!!!




