文化祭当日 朝‐2
「…………」
正門の前まで来たけれど、その前で足が止まってしまった。
「緊張してる?」
隣にいてくれてる渚が聞いてくる。
「不思議なことにな。まさかこんなに緊張するとは思わなかった」
とはいえ、ここまで来て引き返すなんて馬鹿な真似はしない。
もう決めたんだ、逃げないって。渚の隣に立っても恥ずかしくない自分になるって。
「……よし」
深呼吸をし、今一度覚悟を決めて正門をくぐった。
□
教室へと向かう途中でも周りからの視線や声が聞こえてくる。文化祭の準備で走り回っている人でも立ち止まって見てきたり。
約6ヶ月もの間で一度も見たことないやつが現れたらそりゃ見るわな。
「一躍人気者だねぇ」
いつもみたく揶揄ってくる渚。変に気を使われるより全然いい。というかそのままで頼む。
「まあこうなるよなぁ。でもいつかは慣れなきゃなんだし、頑張るしかないな」
1年生の教室は2階にあるため、あっという間に着いてしまった。いつもは助かってるけど、今だけは呪いたくなる。
教室のドアに手をかける。
少しは開けるのをためらうかと思ったが、不思議と体はすんなりとドアを開けた。
「おは……え?」
ドアの近くで仕事をしていた佐々木が、入ってきた俺たちに挨拶しようとしたが俺の顔を見て止まった。
それに続いて、ドアが開く音に反応したみんなも作業をやめ、こちらを見てくる。おそらく全員「誰?」となっているだろう。
そんな中、数人の例外が俺に近づいてくる。
「おはよー遥っち」
「おはよう、一ノ瀬」
「うんうん、僕的にはそっちのほうもかっこいいと思うよ」
鈴名と海瀬、それに王子様モードの喜野だ。アネゴは……衣装の最終調整をしているのかここには居なかった。
「おはよう」
この3人は過去の事を知らないけれど、何も聞かずにいつものように接してくれた。
その優しさが嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
「ええ!?い、一ノ瀬君!?」
「え、まじ?」
「うそぉ……」
後に続いてみんなも俺が誰だか理解したらしく、各々驚きの声をあげ始めた。
すぐそばにいた佐々木なんか軽くショートして固まってるし。
「というわけで、これからも……よろしく頼む」
「「「よろしくー!」」」
「こりゃ王子様に並ぶレベルだな」
「あそこだけ顔面偏差値ヤバくね」
まだ驚いている人もいるが、ほとんどは理解出来たらしく各々の作業に戻って行った。
「………………」
このクラスなら受け入れてくれるとは思っていたけど、ここまですんなりだと逆に不安になる。
そんな俺の考えを見通してか、ドヤ顔をして肘でわき腹をつついてきた。まるで「私の言った通りだったろう?」とでも言いたげだなこいつ。
まあ実際そうだから何も言えないのだが。
「じゃ、これアネゴのとこ持ってってね」
いつの間にかショートから回復していた佐々木が、俺の分の仕事を渡してきた。
「お、おう」
言われた通りに空き教室へと足を運ぶと、そこには衣装の最終調整をしていた手芸部の3人がいた。
手芸部と言いながらやってることは裁縫なのは……突っ込まないでおこう。
「実行委員からのお届け物でーす」
「おー、ありがとう……な?」
こちらを向いて俺を視界に入れた瞬間にアネゴは固まった。他の2人もそのあとに続いて固まった。
さっきも見た光景だが、違うところが一つある。アネゴ以外の2人の目つきが怖いのである。
そう、それはまるでちょうど欲しかったものが目の前に来たみたいな……。
「……ええやん。そっちのかっこいいほうもウチは好きやで」
助言もしてくれたアネゴは渚と同じように喜んでくれた。
「ありがとな、色々」
「ええんやで」
そして、少し遅れてほかの2人も動き出したかと思うと、目にもとまらぬ速さで接近して俺の肩を掴んだ。
「素晴らしい……!ああ神よ!私たちに恵みを与えてくださるなんて、あなた様はどれだけお優しい方なのですか!これがあれば、あんなことやこんなことが……へへへ」
「まさしく私たちが求めていた逸材!温めていた一眼レフを使うにふさわしい!フヘへ、どんな服にしようかなぁ、軍服?もしくはファンタジーっぽい騎士とか!?」
めちゃくちゃ興奮した様子で早口でまくし立てる2人。
「お、おう?」
「すまんな、一ノ瀬はんがよすぎて我を失っとるわ」
そんなさらっと言われましても。よすぎてってあれだろ?着せ替え人形としてだろ?
「よかったら、私たちが作った様々な服を着てくれ!空いてる日でいいから!」
「なるべく早めに教えて!その日までにいろいろ作っておくから!」
ここで首を縦に振ったら、あれやこれやと彼女たちの着せ替え人形として着せられるのだろう。それは御免なので、しっかりと断らなければいけないのだが……。
軍服とか興味しかないものを出されては……!
「……わかった。また連絡する」
「「!!!!」」
「!?」
ここ最近見た笑顔の中で一番の満面の笑みを浮かべた長谷川と大平。そして誰よりも驚いた顔をしたアネゴ。
「え、ええんか?その、悩んでたのに」
アネゴの懸念は最もだろう。けれど、この自分を好きになるためのいい機会だと思ったのだ。あといろいろな服着てみたい。
「いいのいいの。あ、でもいろいろ着たいから結構後で頼む。三学期くらいで」
「「りょーかい!!!」」
「まあ一ノ瀬はんがええならええけど」
そうして、文化祭前の最終確認などの仕事を終え、ついに。
『それでは、これより2025年度、第76回文化祭を開催します!!!!!!』




