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可惜夜(あたらよ)に君を想う  作者: ウエハース
第四章 文化祭
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文化祭当日 朝‐1

文化祭当日。いつもより早く起きた。開催前の最終確認とかもあるけれど、一番の理由はやっぱり髪の毛いじるから。せっかくなら時間をかけてやりたいと思った。

朝ごはんを食べて、洗面所へ。

洗面所の鏡には約半年間毎朝見ていた顔がある。

渚から貰った勇気に応えたい。

その思いから、モデルのときと同じくらい手間をかけてセットを始める。

いつもと同じ手順でセットしていく。片隅にある違和感は、これから行く場所の違いにあるのだろう。

長い時間をかけて、セットし終わった。

鏡には、一ノ瀬遥が生きてきた16年で、1度も見た事のない自信に満ちた顔があった。

「よし」

洗面所での準備を終え、予定より早く家を出る……前に、両親が朝ごはんを食べているリビングへと顔を出す。

「じゃ、行ってくるから」

「おー、お?」

「楽しんで、ね?」

さっきまで普通にご飯を食べていた2人が、俺の方を見て固まった。

驚きのあまり、手から箸が落ちた。

「は、遥、それって」

口をパクパクさせながら俺の頭を指さす母さん。

「いやあ、まあなんというか」

そこまで驚かれるとさすがに恥ずかしくて、苦笑しながら頬をかく。

でも、ちゃんと言っとかなきゃな。一番迷惑かけて心配させたんだから。

表情を正して、2人に向き直る。

「ありがとう。もう、大丈夫」

仮面を被って自分ではない自分を演じていた日々を。抱えていたものを全部吐き出したあの日を、俺は、忘れることはないだろう。

かといってもう引きずることもない。本当の意味で過去にする。

だから、大丈夫。

母さんは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの顔に戻り、そして笑顔になった。

そして、いつも通りの声色で、いつもの言葉を言った。

「……いってらっしゃい」

「いってきます。父さんも」

父さんのほうを見る。

「ああ。いってらっしゃい」

父さんもいつも通り。それが、とても心地よかった。

そうして、俺は家を出た。



  □



いつものように息子を見送った後、私はその場から動けなかった。

「あなた、ティッシュ頂戴」

目頭が熱くなってきたから、傍にいたお父さんにティッシュを取ってもらおうと声をかける。

「ぼぐがづがっでるのなら」

返ってきた声に驚いて、思わずその方向を見る。

めちゃくちゃ泣いていた。大号泣。そんなお父さんに思わず笑みと涙がこぼれる。

「ふふっ。……よかったね」

「う”ん」

それからしばらくの間、2人して泣いた。

あまりに涙が止まらなくて、2人して遅刻したのは、遥には内緒でね。



  □


電車に乗って、学校へと向かう。

学校の最寄り駅に近づくにつれて自分と同じ制服を着た人が増えてきた。

そしてそれに比例するようにこちらを噂する声も増えていく。

「かっこよくない?」

「あんなかっこいい人うちにいたっけ?」

「何年生だろ。文化祭で会えたらいいね」

制服を着てこんな風に言われるのは初めてだからちょっと恥ずかしい。でもこれから慣れていくんだろうな。

これからのことを想像して、思わず笑顔になる。

周りの声が大きくなったけど、いちいち反応するわけにもいかず、そのまま恥ずかしさを我慢して電車を乗り切った。

改札を出た先に、見覚えのある姿があった。

もしかしたら、と願望に近いものではあったが、想像通りのやつがそこにいた。

「おはよ、遥」

「おはよ、渚」

俺に勇気をくれた張本人、蒼野渚が。

「制服姿のそれはやっぱり新鮮だねえ」

俺の姿をさらっと見て、そんなことを言ってきた。

「俺もだわ。こんなに恥ずかしいとは思わなかった」

「しっかりしなよ~」

渚はからかってくるけど、その顔から嬉しさがあふれ出てるのが分かった。本人は気づいて……なさそう。

本来ならこういうのはそっとしておくものだが、相手は渚なので容赦なく行かせてもらう。

「お前喜びすぎだろ。滲み出てるぞ」

「ふぇ?!」

あ、顔赤くなった。かわいい。

「べ、別にそういうんじゃないから!文化祭が楽しみなだけだから!」

うーん見事なまでのツンデレ。もはやこいつ俺に気があるんじゃないかと錯覚するレベル。

「もう、行くよ!」

その場から逃げるように歩き始めた渚の隣を歩く。自分で言うのもなんだが、ここだけ見たらただの美男美女カップルみてえ。

「みんなの反応が楽しみだね」

「楽しみ……だな」

歯切れ悪く答えた俺に、どした?と渚が顔を覗き込んできた。

「いや、"楽しみ"って思えるようになったんだなと。あんな嫌いだったのに」

そう思えるようになったのは、間違いなく目の前のこいつのおかげだ。感謝を言うと絶対調子に乗るから心の中にで留めておくけど。

「もしかして私のおかげ?」

すでに若干調子に乗っている渚が冗談交じりに聞いてきた。

「調子乗んな阿呆」

「あいてっ」

これ以上調子に乗られると手に負えないのでデコピンを一つまみ。

「はやく行くんだろ?」

渚より先に出て、挑発するように聞いた。

「こんの……!」

言葉とは裏腹に、笑顔で俺を追いかけてくる。

そんな様子がとてもかわいかったのは、渚には内緒で。

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